【縁日通り】
「あっ、あの、里央さん疾斗さん……本当にありがとうございます…」
「どういたしまして」
「コルク銃であそこまで正確に射撃できるモンなんだな」
「払って貰ってるのに無駄な消費したくなかっただけだ」
屋台飯を買いに行く直前、視界の端で夫から撃ち方を教わった彼女が、駄菓子を狙う前に棚上を見ていたのは捉えていた。都築と共にこの場へ訪れて改めて景品を確認してその理由に納得。
射撃位置に大体の目星をつけて二人で撃ち続けて六発ほどで落とすことが出来た。
小物駄菓子と違い、箱物景品は中央を狙った所で落とすことが困難だ。
空気圧を利用して打ち出されるコルク弾で動かすには力が足りないため、根気強く回数を重ねることになる。
出来る限り上縁や角を狙う方が良いのだが、解っていても実践は難しい。
ゲームで銃を扱う都築もそこには気付いていたのだろう、自分だけでは不可能だと分かっているからこそ、自分に頼んできたようだった。
周りから見れば大の男が全く同じ物へ撃つ姿は少々異様だったかもしれないが、子猫のぬいぐるみが入れられた窓付箱を覗く凛が喜んでくれているのを考えれば、些末な事だ。
「お時間割いて貰ってごめんなさい、折角ご兄弟で来ているのに……」
「気にしなくていい。俺達こそ邪魔して悪いな」
「いえ…その、あまり複数人で遊んだことがなかったので……私も、たのしい、です…」
頬を赤らめて呟く妻の肩を優しく抱き、都築が眉を下げて苦笑する。
凛は自分と都築の通っていた高校の後輩であり、その両手へ先天的に力を宿している能力者でもある。
触れることで対象の持つ心情や残留記憶を読む事が出来る物なのだが、過去は服に指先が擦れただけで読み取るほどの鋭敏さを持っていたらしく、人と深く関わることに怯えて過ごしていたという。
表情が強ばりやすいのもその頃の影響らしく、負の感情が昂ると周囲の無音声と映像が短時間見えてしまうため、休日は人の多いところには行かないようにしているらしい。
能力と制御方法を理解した今は少しずつ改善してきているそうだが、疾斗が知る限りでの彼女の性格を考えると、大切な人に誘われて断れなかった部分も多少はあるかもしれない。
それでも、今日見せてくれている表情は学生時代に見かけていた偽りの笑みとは違い、穏やかで優しいものに見える。
「もう少し一緒したい所なんだが、一回集合しなきゃならねえからここまでだな」
「随分変な時間に集まるんだな?」
「夜に卓球大会するからチーム決めするんだと。こればっかは社員旅行だから仕方ねえけどな」
気絶ついでに忘れてくれれば良かったのに、と悪戯っぽく話す友人へ二人揃って笑って頷けば、話が見えていない凛が都築の浴衣袖を摘み引く。
聞かないほうがいい話だと軽く首を振って見せる姿と、教えて欲しいと言いたげに眉を下げる姿は、学生同士の恋人が戯れているようにも見えなくは無い。
兄は手洗い場へ行くと離れていき、宿場エリアの方向へと足を向けた夫妻の背が見えなくなるまで見送れば、僅かな静寂が訪れる。
(子供の頃は、祭りの日がずっと続けばいいなんて思ったんだがな)
請負人としてでは無く、普通の兄弟として一緒にいるのは一体どれほど振りだろう。
思えば、買物や外食以外で二人で外に出ているのは本当に久しい。
縁日遊びの客寄せ。
非日常を楽しむ声。
擬似祭囃子の音色。
そのどれもが心地よく、確かに現実にいる筈なのに。
自らの能力に溺れて夢を見ているのではと錯覚しそうになる。
「──と、疾斗」
ぼんやりとした思考を覚醒させるように耳を抜けた疾風の声に体を跳ねさせて振り向けば、パシリと小さな音を立てて何かが当たる。
至近距離すぎてぼやけて見える何かを確認すれば、額を叩いた紅色の紙は青いパイプへと巻戻り、仕返しと言わんばかりに笑みの形に口元を綻ばせる疾風が立っていた。
「遅いと思ったら。あれでも足りなかったのか?」
「ちげーよ。いや…間違っちゃいねえけど、そうじゃねェよ」
手に提げた白袋の内の一つが差し出され、意図を汲めないまま受け取れば軽く手が沈み、ふわりとバターの溶けた匂いが広がってゆく。
袋の中を覗いて見れば、ずれて開いたスチロール蓋の下から現れた馬鈴薯が温かな湯気で眼鏡のレンズを曇らせる。
「腹一杯になるぞ、って親父に言われても大体じゃがバター食ってたよな、お前」
「疾風だって、食べ飽きても知らないからな、って言われても烏賊焼きだったな」
手首に吊るされた串が突き出す白袋を軽く指し示せば、惚ける様に首を傾げて肩を軽く竦めてみせる。
疾風とは一卵性の双生児で外見は昔から鏡合わせのように似ている。
しかし、片目に宿した能力や味覚・好みでなく、体調面の問題から日中の生活さえも違い、時には互いの生活を羨むあまりに喧嘩になることもあった。
何もかもが違っている自分達が同じ時間に外で遊べるのは、夏夜の縁日が行われる神社の境内だけだった。
ゲームの世界では見たことのない遊戯はどれも魅惑的で、父を師と仰ぎ、互いを好敵手として遊び回り、空腹になれば屋台飯を見て回ったのを憶えている。
初めて買ってもらった食べ物が烏賊焼きとじゃがバターで、家では食べたことがない物に驚き喜び、毎年夏になると必ず買ってもらっては、味に飽きた頃合いで交換して食べていた。
憶えていてくれていた嬉しさと、当時の思い出の懐かしさに胸が暖かくなり、自然と頬が緩む。
「買ってきてくれたってことは、まだ食べてない訳だな」
「……一人で食う気にはならなかったんだよ」
やや拗ねたように顔を背けて呟く疾風の耳が紅く染まる。
冷めてしまうのも構わずに遊戯が終わるのを待っていた相手に、つまらない冗談を仕掛けるのは無粋という物だろう。
「足湯エリアに、酒の飲み比べが出来る所があるらしい。そこで食べないか?」
昔みたいに。
珍しく言葉に詰まり続ける兄の様子に笑いを堪えながら問えば、「おう」と短く返ってくる。
ゆっくりと一息つくその背を追い越し、疾斗は手提げ袋と地図を片手に先を歩き出した。




