【訣別】
※疾風の一人称視点になります
今の俺が見ている夢は、自分の記憶の中の良い部分だけ集められた場所。そんなの、居心地が良いに決まってる。
しかも、ご丁寧に疾斗の事と請負業の事だけを避け置いて、伊純と過ごしていた時間だけを魅せられ続けていたなら、尚のこと。
【記憶情報改竄】
対象者の記憶を弄る事ができるという事が、こんな恐ぇモンだとは。
精神面に大きく作用する物の中では症例数が少ない能力で、俺の知っている能力者だと、前任の南都管理責任長が発症していた。
発症者本人が「人を生かしも殺しもする」なんて言ってたが……喰らった今だから、よく解る。
物置部屋の電気を付ければ、何となく見覚えのある配置で色々な物が積まれていた。
ただ、俺らの武装具や親父達が残した資料を入れてある棚、いつも着ているコートは無い。
俺が使っていた得物が全然思い出せねえのは、既に記憶から弾かれたせいかもしれねえが、扉を閉めてあるおかげか、匂いはしてきていない。
[自分の夢の中だと認知すると、自由に動くことが出来る]なんて話が昔からあるが、まさか本当に出来るとは。
そもそも普通の夢じゃ無いから出来たのかもしれねーが……今はそんなことどうでもいい。
疾斗に会った事で多少戻ってきた記憶を頼りに、あいつの武器が入ってるアタッシュケースを探す。
伊純が消えたのは、俺達が二十代前半だった頃の事。
窓硝子に写っている姿は三十二歳の俺だが、リビングや疾斗の部屋は十一年前の配置。
今いるこの夢の中は昔の配置で置かれている。
(渡辺 優なんて奴は知らなかったが、あの顔は覚えがある)
確かヤツは……ああ、そうだ。間違いなくアイツだ。
伊純の髪の長さが疎らだったのは、ヤツと俺の記憶に差異があったからか。
今回の依頼に関係していたとか、なんつー因果だ。
「疾風ー?」
物音に気付いたのか、伊純の声が廊下から聞こえる。
足音が一歩、また一歩と近づいて来ると同時、また甘ったるい匂いが部屋に入ってくる。
(くそ、何処だ…)
眼の熱は落ち着いちゃいるが、いくら夢の中といっても、使い過ぎたらどんな影響が出るか判らねえ。
かと言って闇雲に漁っても鞄が出てくるかどうか。
一か八か。左眼に意識を向けた瞬間。
─ プツン
胸元から何かが落ちた感触。思わず目を開けて見れば、二つ下げていたロケットのチェーンが片方切れている。
何処に行ったのかと床を見回すと、股下を抜けていったのか、数歩後方に転がっていて。
拾おうと身体を屈めたら、探していたケースが埋もれていた。
……偶然、だよな?
ロケットと一緒に金属製の鞄を拾い出し、重い蓋を開ければ、そこには小さな回転弾倉式銃が入っていた。
─ ガチャ
「疾風?寝てたんじゃないの?」
「あぁ。ちっと探しモノ」
ノックされる事なく開いた扉。
鼻につく匂いに耐えながら、探し物をする振りをして弾倉に弾を込めていく。
伊純は、黙って部屋に入ってくる事なんてなかった。
「何探してるの?一緒に探そうか?」
「あー……」
探している物を答える前に可否を聞いてくることもなかった。
こちらが答えてから、大体の場所を示してくれるか可否を訊ねてくるのが常だった。
「いや、良い。見つかりそうにねえし」
「そんな事ないわ、一緒に探せばきっと」
「見つからねえよ。絶対」
探すことを諦める俺に驚いた様子の伊純が、また一歩ずつ近づいて来る。同時に、甘い匂いが呼吸をまた乱してくる。
振りを続けて身体を丸めたまま、右手で握った銃を左の脇下に隠す。
銃口を、背後の気配に向けて。
「疾風?どうしたの、何か変よ?」
「どんなに探しても、伊純は、この世にもあの世にも居ねえんだよ」
「……な、何言ってるの?私は此処に居るじゃない」
「お前は、俺が知ってる伊純じゃない」
口にしたくなかった。
そう思ってしまうのは、一時でも救われてしまった自分が居るから。
現実だと信じたくなってしまった自分が居るから。
「疾風、アナタさっきからずっとおかしいワよ?!どうシチゃったノ?!」
引鉄に指を掛けて、甘ったるい空気の中、深く息を吐く。
自分が、自分で、この幸福な夢を終わらせねえと。
「消え失せてくれ」
最悪な夢は、もう見たくねェから。
躊躇いを捨てて引鉄を握り込む。
ヒュッと息を吸う様な音が耳を抜けて間もなく、ドサリと重い音が背後から聞こえた。




