西都 西地区β 四月十三日 午前十一時十二分
深海の様な調光を施され、罅割れを模した石造りの床が拡がる開け放たれた空間。
白系統で纏められた衣装を纏う疾斗と倉井は、監督とともに十数分前に撮影された映像を音と合わせて見つめる。
先日から撮影しているのは、インターネット上で楽曲展開して人気を博す男女ユニットシンガーのプロモーション映像だ。
メディアに姿を見せることはほぼ無く、これまでの楽曲映像も本人達は出演しない代わりに様々な男女ペアが出演し、話題を集めている。
今回は自身の中にある問答・善悪・真偽に葛藤する様が歌われており、その歌詞を映像化するにあたって新型模造機体のプロモーションを兼ねさせてもらった、ということらしい。
今確認しているのは、急遽追加となった組手の映像。
元々は鏡写しの自分達が歌詞を唱える事で和解するというシーンだったものだ。
撮影終了となる筈だった三日前、先方から急遽「何処かに戦っているシーンを入れてほしい」と希望が入り、臨場感と熱量に拘る監督の提案で一連の流れを通して撮影する方式を取った。
パネル前や街頭での静止画撮影は、よほどの事態が起きない限りその指示通りに動けばいいため特に問題はないが、映像撮影の場合、顧客の希望が入った際には編集作業に入る迄は出来るだけ対応していくのがこの世界での定石だとなっている。
「──ぅオッケェェーイ!!撤収作業はいってくれ!」
映像確認を終えた監督の一声で、現場内のスタッフ達が安堵や疲労感を口にしながら其々の持ち場を片付けるために散らばってゆく。
スリープモードに入れていた自分達の分身を起こし、メンテナンスモードを立ち上げて一息付けば、無精髭を撫でる監督が満足そうに笑みを浮かべてこちらへ握手を求める様に手を差し出してきた。
「いやぁー、ハヤト君とメイちゃんのお陰で本当に良い映像が撮れたよ!忙しい中時間作ってもらって、悪かったねぇ」
「先方の御依頼に対応することを第一としています。何より、良いモノになるのであれば出来る限り対応させていただくことが大切ですから」
「新人が色々やらかしてくれて一時はどうなるかと思ったが、うっ…なんとか間に合いそうだ」
目頭を押さえて大袈裟な感激を見せる男に驚いて宥める倉井に苦笑し、左手に嵌めた時計型端末に目を落としてみるが、文字盤には長針短針の表示しか映っていない。指を滑らせて通知欄を確認するが、其処に並ぶ項目には全て[0件]の表示が続いている。
「しかし二人ともすごいねぇ。サバイバルゲーマーってのはスタントみたいな動きも出来るのかい?」
「私は小さい時から護身を兼ねて古武術やっているんです。今日は銃を使わせていただけたので、そういう動きはありませんでしたけど」
「俺は父と兄の影響で体術と柔術やっていたので」
「なに、お兄さんが居るの!ハヤト君がこんだけイケメンなら、お兄さんはさぞかし男前なんだろうねぇ…どうだい、夜の打ち上げに」
「ああいや…兄は一般職なのでそういうのは」
ほぼ同じ顔をしているとは言い辛い状況に嘆息を漏らすと、内情を知る娘は口許を隠して笑いを堪えている。
呼んだところで「そっちの業界人は面倒そうで」と難癖を付けてきて素直に来るとは思わない。
そもそも病院で話した日以降から疾風からの連絡は一切入ってきていない。
過去にも何度か音信不通になった事はあるが、大概は長くて二日ほどだ。それが今回は今日を含めて五日目になる。
いま身を置いている場所の院長は学生時代の先輩であり、正真正銘の外科医である彼の腕を知っている。
手術の執刀を任せることもあるだろうが、自分の知る限り、仲川は人一倍相手を思いやる人間だった。仮に複数件頼んでいるとしても、そう連日連夜頼む事は流石に無いだろう。
(…あの日の翌朝には東都請負業務監視調査機関から依頼受託連絡が来た。となると八日夜までの行動は暫定でも判るが…)
帰宅したとすれば本人ないし月原から連絡が入りそうなものだが、再度左手首を覗いてみても通知表示は映されていない。
単純に通信端末の電力切れだとしても、空き家で仕事をしているわけでは無いのだから、充電する為の電源やツールはある筈だ。
明後日の夕方には依頼人である佐多へ現状報告を行う予定だが、このままでは情報の擦り合わせすら出来ないまま当日を迎えかねない事になる。
「ハヤトさん……どうか、しました?」
「いや…すまない。少し考えごとをしていた」
「少しですか?皺、とても深いですけど」
「っ!?」
二人の倉井に顔を覗き込まれている事に驚き、思わず目を瞬かせると共に眉間へ手を当てる。いつの間にか背後に立っていたもう一人の自分に「どうした?」と首を傾げられ、弱く首を横に振って苦笑した。
「私、打ち上げ前に一度家に戻るんですけど、ハヤトさんはどうするんですか?」
「家に帰るより近いから事務所に寄って着替えるつもりだ」
「じゃあ良かったら車乗っていってください。今、ヒロさ……あ、えと、け、ケイさんもお仕事終わったそうで来てくれるそうなので…」
ケイとは疾斗の所属する事務所の後輩・桂馬浩志のことだ。
倉井と同じく声優業を兼ねつつメディアモデルとして活動しており、最近は恋人である彼女と二人で暮らし始めたという。
近々其れを発表する為、倉井は疾斗達が籍を置いている事務所に移る事になっている。
「私、着替えてケイさんに連絡してきますね」
「あぁ、デカいのが二人ほど邪魔すると伝えといてくれ」
軽く落とした冗談に倉井とその模造機体は笑う。
送迎に来てくれるらしい相手をわざわざ呼び直し、耳まで赤く染めて照れ笑いを浮かべたまま更衣室へと向かって駆け出した娘の後を、模造機体は同じ様に追ってゆく。
どこまでも似通い過ぎているその動作に奇妙さを覚えつつ、疾斗は音を消して自身の模造機体へ唇を動かせば、瞳孔の役割を果たすレンズがその動きを読み取り、全てを読み取った機体は控え室の方へと足を向けて歩き出す。
「あのぅ…」
「はい」
「本当にすみませんでした!」
振り返りざま、スタジオに響き渡った時と同じ声量で、廊下中に高く大きく謝罪の声が響き渡る。行き交う人は怪訝な表情を浮かべてこちらを見ては、我関せずと歩き去ってゆく。
頭を下げ続ける目前のスタッフは、数週間前の現場でも撮影直前に呼び出しの声で叱責を受けていた人物と同じだ。
監督の話では今回から現場作業に就いたという話だが、注意力に欠けているのか、どこか一点に集中してしまうとそれしか見られなくなるらしく、撮影中に何かしらのトラブルを起こしていた。
今日の撮影は、集中直と体力を使う撮影ということもあり午後頭には終わらせるつもりで打ち合わせをしてきたのだが、あのアクシデントが発生させ、その結果、集中力を回復させる時間を取るために一時撮影を止めざるを得なくなったのだ。
全工程の撮影を終えることができたので事なきを得ることは出来たが、今は出来れば顔を合わせたくない相手である。
「今回は間に合ったから良いですが、次からは状況確認くらいお願いできますか?」
頭を下げ続ける相手に半ば呆れつつ、その肩を軽く叩いて顔を上げさせる。
撮影を中断した後も頭を下げられてはいるので終わった事としていたが、今回だけでもあまりにも多すぎるミスの回数。
今回は自分や倉井だから監督に怒られるだけで済んでいるだけであり、もし他の現場であれば、他の演者や被写体からも反感を買って怒鳴られかねない。
「……あまりこういう事は言いたくないですが、貴方の軽率な行動で万一期限に間に合わなければ、我々は連帯責任になるんです。他の方にも迷惑になりますので」
「はい…気をつけます……」
注意をされているというのに頬を染めているスタッフに溜息を漏らし、軽く会釈して背を向ける。
本当のところであればもう少し注意をしたいところだが、この後の打ち上げにも来る可能性を考えると、この場で小言じみてしまうのは互いにとってマイナスにしかならない。
先手を行くことを常に頭へ置いて動く疾斗にとって、彼女のその場あたりで取る行動は、いやでも目についてしまう。
相変わらず誰からの連絡も入らない端末達に胸騒ぎを覚えつつ、僅かに疼痛を訴える左頭を軽く押さえる。
自分の荷物を手に戻った模造機体と共に、玄関ホールへ歩を進めれば、桂馬が硝子製の自動扉の向こう側で軽く手を上げた。
「悪いな、倉井の申し出に甘えさせてもらった」
「疾斗さんならいつだって歓迎っスよ、お迎えだっていつでも」
「私もですよ、なんてったって私とヒロさんの恩人ですし!」
いつの間にか後ろからついて来ていたらしい倉井が渡って両手を握り息巻く姿に眉を下げて笑う。
「ありがたい申し出だが、大事な後輩をハイヤー代わりにしたくはない」
二人並んで目映く笑う様子に口角を緩め、青年の頭頂で一房跳ね立つ白茶の髪を直してやれば、前髪の向こうで紅玉の双眼を細めて笑う。
桂馬は【白抜赤附】とも呼ばれる先天性染色体異常により、雪のような白髪と血のように紅い眼を生まれつき持つ。
旧国時代から不吉の象徴として捉えられ、特殊な力を備え持つ人間が増えた現在でも、忌み嫌う傾向が強いことから、彼はその瞳を隠すために前髪を厚く長く伸ばし、髪も染めている。
「先にメイを家に連れて行ってからでも良いっスか?」
「任せる。俺は着替えられれば良いんでな」
昼間の陽光が残していった大気熱の残る外界から、開けられたトランクへ模造機体達が入るのを確認して、心地よい冷気を抱いた後部座席へ乗り込む。
無駄に電力を消費させぬよう、携帯端末に入れていた遠隔操作機で電源を落とせば、まるで自分の寝姿を写しとった様な顔で目を閉じる。
「改めて二人とも撮影お疲れさまっスよ。打ち上げの腹つなぎ…にはならないかもしれねっスけど、疲れた身体にアイスどうぞ」
差し出されたクーラーバッグを覗き、後輩の気遣いに感謝して礼と交換に抹茶のバータイプアイスを封切って咥える。
甘さを控えて作られているミルクアイスに、芳醇な茶の風味が程よく合い、すっきりとした苦みが後味を引く。
「その抹茶アイス、食べやすくないっスか?」
「ああ、しっかり茶の味がして美味いな」
「良かったー。そのアイス、養成所時代に世話になった先輩に教えてもらったヤツなんスよ」
美南先輩、いまどうしてるんスかねぇ。
桂馬の何気なく落とした言葉に驚き、口中で溶けたアイスに気管を堰き止められ、思わず咽せた。




