東都 北地区β 二月十五日 午前九時十三分
「───さん、ハヤトさん」
「ん…」
身体が揺すられる感覚に、ゆっくりと意識が浮上する。
左目に感じる光量に眉を寄せつつ音が聞こえた方へと顔を向けると、自分よりも若い青年は困った様に笑って安堵した。
「佐賀か…」
「そんな良い声で[佐賀か…]じゃないですよぉ。少しって言ってたのに思いっきり寝入るし、何度呼んでも起きないからどうしようかと思いましたよ。もうすぐ着きますって」
「あぁ、すまない……」
「その様子じゃまーたお兄さんとゲームしてたんでしょ?ダメですよーやり過ぎは」
「あぁ…」
起床を促してきた茶化すように笑う後輩 ─ 佐賀 秋良に苦笑して、眠気払いに頭を振る。
「ハヤトさん起きてくれて良かったっスよ。アキ、ずっと起きない起きないって煩くて」
「なっ?!起こせってせっついたのケイさんでしょっ!」
駐車場内へ入り、どこに停めようかと場所を定めるように見回す桂馬 浩志から遠回しに咎められた佐賀が、白にも近い金髪を振り乱して揶揄われた子犬のように吠える。
「オメーらどっちもうるせーぞ。ウチの稼ぎ頭サマが御立腹したら誰が責任取ってくれるんだー?」
「自分だけいい顔しないでくださいよリョウヤさん!」
「別にいい顔なんざしてねーだろ?それにオレ、元から顔良いわ」
助手席に座り、嫌味と冗談混じりに茶化す月原 涼夜からボトルコーヒーを投げ渡され、礼を言って栓を開ける。
─肩書きに国家認可がついている以上、大統領から【緊急】と呼び出されば、嫌でも向かわなければならない身分。
それ自体は国家請負人になったときに了承していることであるため気になることではないが、今回に至っては流石に呼ばれた理由に腹が立つ。
呼び出された理由は、パーティー中に政治家が逃してしまった他国大統領の猫を探せ、というものだったのだ。
要人警護や不審者の捕縛などであればまだ納得もできるが、まさかの動物捜索。
政都内を探し回り見つけることはできたものの、無駄に睡眠時間を削られたために機嫌は頗る悪いのだが、彼らには一切関係がない。
揶揄に顔を赤くして反論している佐賀の声は寝起きの耳で聞くには少々賑やかすぎる。だが、先日片付けた一件の後に喪った人間のことで気落ちしている自分が気を紛らわせるには、このぐらいの方が丁度いい。
噛み殺しきれなかった欠伸と引き換えに酸素が身体に入り、コーヒーを流し込めばぼやついた意識が徐々に鮮明さを取り戻す。
(随分、懐かしい夢だった)
子供の時分に高層階から焦がれていた昼の街並は、思いのほか地味な色に包まれている。当時、両親からようやく許可をもらって昼間の外へ出た際、考えていたよりも色が少ない事が何故か酷く悲しかった。
今思えば過度な期待だった、と見慣れてしまった風景を窓越しに見つめて一つ深呼吸をすれば、戯れたがる子犬のような視線を感じて目を動かす。
「そーいえば、ハヤトさん、なんか良い夢でも見ました?」
「…何故?」
「おーおー、存外鈍感なアキちびちゃんでも気付くことあるんだねぇ。疾斗ちゃん、寝顔が少し笑ってたんだよ。ちょっとと言わずだいぶ楽しそうだったというか」
楽しげに笑う佐賀とニヤつく月原を交互に見やり、視線を逸らす。
話すこと自体に抵抗がある訳ではないが、今それを言えば撮影休憩時に話の続きをせっつかれるのは目に見えている。
教えてほしいと袖を引く後輩の額を指で軽く弾き、空にしたボトルを同期に渡して捨てさせると、二人は同時に膨れた。
「はいはい二人とも、イジりタイムはそこまでっスよ。今日のスタジオ兼フィールド、到着です」
エンジンが止められ、バンのドアがゆるりと自動で開く。
黄土色の倉庫のような外観をした建物の外、先に到着していた事務所の社長と雑誌の編集者らしき人物たちが挨拶しており、既に停められている車両からは撮影機材が下ろされ始めている。
「この施設、去年出来たばっかりで予約取れないって聞いてたケド」
「平日だから取れたんじゃな…あー!あれ先月出たばっかのガスライフルじゃん、やっべ超カッコいい!」
身長差だけで見たら父親と学生の様な二人を横目に、荷台を開けて装備が詰められた鞄を降ろす。
今日の内容は東都内で人気になっているブランドの新作夏服の撮影だけでなく、様々なルールを設けてトイガンで撃ち合う【サバイバルゲーム】の撮影も行う予定で、普段の移動よりも荷物が多い。
「しかし、なんでHARKをわざわざ指定してきたんスかね?他より人数少ないの知ってる筈ですし…」
投げられた問いの解を探すように軽く周囲を見回せば、別の事務所所属のモデルの姿が目に映り思わず目を眇める。
向こうもこちらの姿を認識したのか、各々が此方へ会釈をするも、内の三人は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
サバイバルチーム・モデルユニット【Seed Soldiers】
男性四人と女性二人で構成されている六人組で、個々での活動は勿論、最近人気が出てきた模擬戦闘ゲームのファッションも中心に活動をしている。
本人達もゲームのプレイヤーであり、交流戦という名目で会場を借りて身体を動かす事もあり、十日ほど前にユニットリーダーである青山遼からゲームに誘われたのだ。
その時は自分達四人の他に都築を誘い、南地区γにある小さな屋外フィールドで模擬戦に興じた。
三種類のゲームルールをローテーションしながら七時間ほど遊び、相手と較べて人数が一人欠けている状態の中で勝利を重ね、結果的には大勝だった。
「この前の負けに誰かしらが文句言い出したんじゃないか?」
「ええぇ、だってあれプライベートだったじゃないですか、本気で来いって言ったのはあっちだし」
「逆恨みは彼方の野郎組の専売特許だからねぇ。どーせ言い出したのはアホほどプライド高い背高のっぽ君だろうよ」
渋皮色の長髪を掻き上げて、心底呆れた様子で鞄を背負った月原の一言に一同で頷く。
「ハヤトちゃん達よかった、間に合ったわね。道路、結構混んでたかい?」
「スイマセンねぇ千都世サン、チビアキ侍が途中で腹減ったってうるさかったんでコンビニ寄ったら遅くなりまして」
「んなっ?!リョウヤさんなんで言っちゃうんですか!」
「ああもう、二人とも止めるっスよ!」
言い争いを始めた二人と仲裁に割り入る桂馬にスタイリストが呆れ笑う様子に肩を竦め、疾斗は再度ユニットの方へと振り向くと、目が合った青山が顔を歪めて両手を合わせながら頭を下げる。
その姿に口角を上げつつ首を左右に振れば、再度頭を下げてから「またあとで」と口が動かされ、言葉にする事を控えて首を縦に揺らす。
四人の数歩ほど後ろを付いて門を潜れば、撮影スタッフ達の会釈と挨拶が順々に耳を抜けてゆく。
フィールドの管理人という夫婦に通された更衣室替わりの大型コンテナに入ると、大量の新作トイガンが詰められた箱の前で、衣装担当スタッフ達が新作服をハンガーに掛けながら待ち構えていた。
「服の撮影とサバゲーの撮影、どっちが長いっスかね…」
「ケイちゃん、そりゃ愚問ってヤツでしょ。サバゲだけでもそこそこ時間食うのにそこへ撮影も入ってきてるとなっちゃあ、ねぇ?」
「オレ、両方なんて未経験だからなぁ…」
「アキチビちゃんはまだまだヒヨコちゃんだから仕方ないだろーに」
「チビチビ言わないでください、変人センパイ」
「誰が変人だってぇ?」
「仕事は仕事、引き受けた以上はやるだけのこと。さっさと支度始めるぞ、待たせるとなお伸びる」
ため息をつく桂馬、管を巻く月原と佐賀を宥め、疾斗はコンテナ内へと足を踏み入れる。
渡されたインナーの深い青に、夢中のゲーム画面に映っていた海の青を思い出し、先の幻に意味があるのだろうかと内心首を傾げた。




