南都 中央地区α+ 一月二十二日 午前七時五十四分
ルームサービスで頼んでいた朝食を食べ終え、荷物から服を引っ張り出していると、携帯端末が鳴り響く。 画面を覗き込めば、一応の依頼主である飛雅の名が映し出されているが、この端末の持ち主は覚めぬ眠気を流し落とそうと浴室に入ってしまったばかりだ。
昨日の一件を思いつつ、斑鳩は鳴り続ける端末を手にしたまま頭を捻る。
(...出ても良いけど依頼人に怒られてるし、かと言って拗らせたらそれはそれで面倒だし...)
依頼人である夫妻の言動を考えれば、自分が完全なるイレギュラーなのは明白。 何かしら行動を取る前から組頭の牽制を受けた事を考えると、仕事を済ませた二人を手に掛けるつもりだったか、もしくは組員に引き込む算段をつけていたのだろう。
温厚に見せかけているつもりでいるあの短気な組頭のことだ。
このまま放置すれば、居場所を特定させて殴り込みに来ても不思議ではないし、「どうしたものか」と端末を見つめ続けた所で面倒が伸びていくだけである。
「...仕方ない。疾斗君の声出せるかなぁ...」
一息吸い、自らの首を片手で掴む。小さく長く発声しながら顎から喉笛にかけてを手で揉みながら彼と同じ音を探す。
耳を抜けた声質が似た音になったところで手を離し、呼び出しの切れた端末を手に取ると、再度鳴ったと同時に通話開始をタップした。
「はい」
『出るのに随分時間かかったなぁ、新堂さん』
「申し訳ありません、部屋に携帯を忘れてしまったもので」
『人間誰でもある事だ、でも次は忘れんでくださいよ』
肯定しつつも有無を言わせるつもりのない命令口調が妙に笑えて噴き出しそうになってしまう。声が変わってしまわぬよう、腹筋へ力を込めて笑いを止め、次の要件を待つ。
『新堂さん、あの黒髪の兄さん抜きで今日来てくれませんかね?』
「彼抜きで、ですか」
『新堂さんには悪いが、どうにもあの男はいけ好かなくてなぁ。それにどうしてもアンタだけに頼みたい事があってね』
報酬は提示の二倍出す。
電話の主は疾斗と信じ込んでいるのか、ガサついた声で笑う。
「...わかりました。準備次第そちらにお伺い致します」
『頼みます』
数秒の空白を置いて電話が切られ、斑鳩は喉をさすりながら端末を置いてあった場所へと戻す。
「個人的な頼み、ねぇ。疾風君とだったら昨日のうちに頼むつもりだったのかしら」
飛雅からの言葉を頭で反芻しつつ、顎に移動させた手でその形を辿り、首を傾けて思案する。
「ま、いっか。昨日のアレ見たかったし♪」
興味を向けるのも束の間、自身のトランクバッグから意気揚々と大型のノートパソコンを取り出し、ラウンド型テーブルの上で起動させる。
それとほぼ同時に扉が開く音が聞こえ、濃紫色の髪を乱雑に拭きながら出て来た男の方を見ると、唯一の視力を宿す左の緑眼を細めた。
「……朝からよく見る気になれるな」
「早期確認は研究において基本だよ。一分一秒違うだけで結果は変わるしー…って言っても死体は変わらないけど。初めて見るやつだったから気になったんだ」
太いフレームの眼鏡を掛けながら、東都に留まっている彼の兄から届いたデータファイルを解凍し、展開する。
一体一体の写真と検察から届いたであろう書類の画像を、通し記号で照合しながら並べ替え、沸き上がる探究心を抑えつつ内容へ目を通す。
「そうだ、さっき依頼主から電話あったよ」
「…内容は」
「頼みたいことがあるから、ボク抜きで来てくれ、だってさ。準備次第向かうって言っといたよ」
「夫人も飛雅も兄貴じゃない事を警戒していたからな…わかった」
呼び出しへ勝手に応じた事を責めも咎めもせず、使っていたタオルを洗面所へと放る。
肩に羽織り掛けていた濃紺色のカッターシャツへ袖を通して身繕いを整え、疾斗がハンガーにかけていたジャケットと鞄を手に取る。
携帯端末を投げろと招く手に口角を上げて応え、充電器から抜くと同時に放れば、計ったように男の手に吸い込まれた。
「何か判れば連絡しろ。人手が必要ならフロントに連絡、いいな」
「はいはーい、そっちも気をつけてねー」
口角を上げたままヒラヒラと手を振り、出て行く背を見送る。
(……ホント、真面目な男だねぇ)
彼の兄と一緒に行動していたとしたら文句の一つも言われただろう。
腹に据えかねることは無いのだろうかと思いつつ、画面に映る画像へと目を戻す。
「…今日のところは疾斗君を見習うとしようかな」
ずれてきていた眼鏡をかけ直し、斑鳩は写真を拡大した。
**********
(居場所までは明かさなくて正解だったな)
苔生えた瓦礫の傍へバイクを停め、朽ちた日本家屋風に造られた飛伽組の母屋を見る。
バイクのリアバッグへ詰めていた荷物を取り出し、ヘルメットと携帯端末を外してディンプルキーを引き抜く。
「アニキ、お待ちしておりました!」
崩れた門柱の横にある木戸が開き、既に待機していたらしい青年数人が頭を下げてくる。
聞きなれぬ呼称にゆるりと首を振りつつも、促されるままに玄関口へと向かえば、組頭である飛雅が仁王立ちのままニタリと口角を上げた。
「昨日に続いてお呼び立てして申し訳ないなぁ、新堂さん。あの兄ちゃんは居ないな?」
「ええ。先程のお約束通り、自分一人です」
昨日の態度と名を口にしない事を考えると、斑鳩の存在は完全に邪魔な存在として見ているのだろう。
疾斗の言葉を鵜呑みにはせず、待機させていた男達を顎で往なし、周囲の確認へと向かわせる。
「立ち話もなんです、どうぞ上がって」
「この場で構いません」
「いやしかし、呼び付けておいて立ち話っちゅうのも…」
「お受けした件に該当する人間の捜索もあります。申し訳ありませんが」
話を伸ばされれば、要らぬ事に時間を潰され、昨日の様に逃げ場を塞がれる可能性がある。
力を使えば抜け出す事は容易だが、無闇に使い後々にくる代償が大きくなるリスクを考えると、それは得策ではない。
さらに食い下がろうと眉を下げて困惑する様子を繕う依頼人と目を合わせ、会釈程度に頭を下げる。
玄関口に人の気配が戻っていない事を確認したのか、引き入れる算段をつけていたらしい飛雅は苛立った様子で頭を掻き、意図を読めとばかりに疾斗を睨む。
「……国の請負屋ってのは頭固いのが多いんか?」
「俺のことを言っているのであれば否定はしません。肯定もしませんが」
表情一つ変えることなく首を傾げ、男へ話の先を促せば、眉間の皺を深めながら溜息を吐き出す。
そして僅かに顔を顰めて了承の音を吐き、その場に腰を下ろした。
「昨日の件とは別で、一人仕留めてほしい奴が居るんだが」
「……それは、【社会的に】と言う意味でしょうか?」
「阿呆な事を言いなさんな。命に決まっとろうよ」
着物の袖口から写真を取り出し、目を眇めニタリと嗤うその表情に明らかな欲を垣間に感じ取る。
そこに映る一人の人物に疾斗は片眉を上げるも、断りを許すつもりは無いであろう気配を醸す男に内心舌打ちし、言葉無く頷いた。




