東都 中央地区α+ 同日 午後六時三十分
「かんりにんさん、バイバーイ!」
「おう、また月曜日な。ちゃんと寝ろよ」
「はーい!」
学童保育で預かっていた子供達からの挨拶を笑いながら返し、最後の一人がエレベーターに乗ったのを確認すると、静けさの戻った管理室へと戻る。
スリープ状態にしていた据置型のパソコンを起動させてニュースを覗けば、変死体事件の憶測コラムと情報提供を求める広告が数件表示される。
一体目が発見された当初と比べれば少なくなってはいるが、世間の関心はまだ多少惹いているらしい。
タブレット端末へ届いた|東都請負業務監視調査機関からのデータを据置端末へ移し、遺体の写真と照らし合わせる。
(1・3・4は飛伽組構成員、2と5は一般人か。構成員と間違われた可能性がある。凶器と見られるモンは......
やっぱ解らなかったか...)
南都の二人と情報共有することと、遺体の継続保管以外に何もしようがないが、遺体の身元が判明しただけでも良い。
「民間機関に頼んだら金に目の眩んだ人間に餌を撒かれかねない」と考え、国有機関を経由して調査依頼したことで、沈静の気配を漸く見せ始めたメディアに拾われずに済んだ。
それらを考えれば、それなりに掛かった費用も痛手に思わないで済んだように思える。
週刊誌に見開き二頁のスクープを取られたことで、 水滴一つが水面を大きく揺らしてゆくように他のマスコミ達も挙って反応。我先に新たな情報を手に入れようと街中で見張りが溢れ、初動が完全に遅れてしまった。
自身名義で所有しているこのマンションの棟内へ置いている事務所にも、調査協力依頼が留守番電話に数件吹き込まれていた。
人の興味を惹くには温すぎる情報しか拾えなかったメディアにとって、この一件は人気を独占するための好機とばかりに食らいついている。
(いい加減諦めろって話なんだよな...)
連絡を返した所で、内容のない面倒な押し問答が待っている事は予想が付いている。止まぬ連絡に数日は
録音音声を聞くだけ聞いて消していたが、最近は面倒すぎて受話器を外したままにしている。
兄弟揃って別職がある自分達は生活に困る事は無いが、受話自体を拒否している状態では一般依頼を請ける事も出来ない。
一般職従事者たちにとっては、真偽を曖昧に報じる人間達からの手伝いの依頼相談電話が止まない現状は、もはや死活問題となり始めている。
(里央の話じゃ[機関長が殆ど休んでねえ]ってコトだし、こっちとしても早々に片付けたいんだが...)
既に各機関と連携を取って対応を始めてはいるが、事が大きくなった今は完全に任せきりとなっているため、これ以上長引かせるわけにもいかない。
遺体発見箇所を書き込んだ紙地図を確認しながら、甘く薫る煙草を唇で遊ばせて、これまで見てきた状況を頭で遡る。
遺体はどれも無残な姿だが、争った形跡は一切見られない。
一人目に関して言えば、現場に血液が流出した様子も無かった。
回収までの時間が遅かったとは言え、横たわっていた地面に被害者の血液が一滴も無い、不自然な状況。
(遺体のあった場所は成人歓楽街のホテル傍の路地裏だった。そんな場所でやり合ったら誰だって気付くし
被害はもっとデカい筈)
他の遺体は、人気が少なくそれなりの広さがある場所に転がされていた。しかし最初だけは、明らかに人
気の多い所の死角を狙っていたように思える。
(...使った凶器見つける事ばっか焦点当ててたが、よく見たら発見場所がみんな飛伽組系列の所有地だな)
一般人に手を出していなくとも、暴力団であるというだけで世間からは疎まれる。不要な恨み嫉みを買っている事もあるだろう。
先代逝去後、現組頭が就いてからは東都に置かれている支部でも、一部の上層部が荒っぽくなっていた。
─こちらに関して言えば、既に支部長を叩いて大人しくさせてあるが。
(どっからも[暴れてる]なんて話は聞いてねえし、ここ最近の巡回も目についたことは特になかったし...個人的な恨みってやつか?)
次の犠牲者が出る前に拘束すべきと思うと同時に、「恨みを買っているなら仕方ない」の一言で片付けたい自分が居る。
旧国の伝統的団体組織だからとのさばって居る事自体が理解出来ない。否、理解する気もない疾風にとって、この不可解極まりない一件に怯えてもらい、支部を畳んでもらいたいとすら思っている。
(...もう少し早く気づけきゃ良かった)
忙しさに感けて考察を怠った自分に溜息を吐き、早朝に斑鳩へと送信したメールを確認するが、開封した事は分かるも返信はまだ来ていない。
普段は調査を依頼すれば、大概はこちらが面倒になって来るほど連絡を入れて来るが、そんな男が一切返してこないと言う事は、あちらも難航しているのだろう。
どこを視ようとも調べようとも何も出てこない上に、遺体の損傷状態を確認する以外の手掛かりが無い。
タブレット画面端を指で叩き、纏まらぬ思考を霧散させようと煙草へ手を伸ばす。
換気扇下へ向かいながら唇に銜え、火を点そうとライターを近付けたと同時、受付口のベルが鳴らされた。
「はいはい、今出ますよ」
煙草を置き、小窓を開けて外を覗き込む。
窓の向こう側白い人工光の下、ロングパーカーを羽織った青年と、白の春物コートを纏った娘が揃って会釈し、疾風も頭を下げた。
「夕時にすいません、此方に請負業務事務所があると聞いて来たんですが…」
「在りますよ。連絡は何かしてます?」
「それが、何度ご連絡しても通話中音が鳴ってしまっていて…」
「あぁ、そうでしたか。したら、今日はもう事務所終わってる時間なんで、俺の方から話しときますよ」
連絡が取れなくて当たり前だ、と喉元まで出掛けた返答を呑みこんで、【人の良い管理人】の仮面を顔へ貼り付けたまま、必要な虚偽を並べ立てる。
「え、良いんですか?」
「えぇ、知り合いなんで。メモの方には番号もお願いします」
人pの出入りが少なくなってくるこの時間帯であれば、この場で話を聞く事もできないことはない。
しかし、今は斑鳩からの連絡を待つ身でもある以上、上の空で聞く事になるのは明白だ。
疾風は虚偽を言付けて受付表と小さなメモを差し出し、二つの用紙へ記名を貰う。
「あのっ、いつぐらいに連絡もらえますか?!」
「俺も全て把握してる訳じゃ無いんでなんとも」
「出来るだけ早くお願いしてくださいっ!じゃないと…」
何かを言い掛けた娘の口を手で覆い、兄であろう男がまた頭を下げる。
「美雨、失礼だろ」
「でもっ」
「分かりました、一応伝えときますね」
今にも口論になりそうな雰囲気を裂くように疾風が言葉を入れれば、美雨と呼ばれた娘の顔が明るくなる。
青年の眉根は更に下がり、何度目か解らない会釈を重ねながら、雨の降り出した夕闇の街へと戻って行った。
(真反対な兄妹だったな…って、ウチは人のこと言えねえか)
バインダーに挟んだ受付表を確認し、書かれた名字に見覚えを感じて手を止めて携帯端末に手を伸ばす。
アドレスを確認しようと画面に触れると、スクリーンに連絡を待っていた相手の名が表示された。
『わっ、出るの速い』
「ちょうど携帯出したとこだったからな、待ってたぜ」
『ゴメンねぇ。解析結果は出せたんだけど、それに基づく実験したくて準備してもらってたんだよ。それに
ものすごーく時間かかっちゃって。そっちって雨降ってる?』
「は?ちょうど降り始めたが...」
男の柔かな間延び声に天気を問われ、訳も判らないまま外の様子を伝える。
『あー...じゃあ実験見てもらったら早めに巡回出た方が良いかも』
「何が言いてェんだよ」
『うん...多分だけど、そっちの雨はねぇ...』
殺人鬼を呼ぶ雨だ。




