OVER-TIME
「すまんな、本当に。日時丸の癇癪に付き合わせて、悪かった」
「はぁー? 癇癪って何よ! 付き合わせたって何よ! お兄ちゃんが構ってくれなかったのが悪いんでしょーが!」
「いてっ、痛い痛い!」
癇癪という言葉に敏感に反応した日時丸に、スネを蹴られる久遠。
背丈も体格も、十开より更に高く大きい。十开が成長中の少年の厚みだとすれば、やはり、体格の良い成人男性の身体の厚みは格が違う。
墓守という神職のその二文字は華々しい並びだが、体力は勿論のこと、フィジカルもまた重要な才である。それを十二分に満たした男と言っても過言ではない久遠の体格。
爽やかに切り揃えられた短髪はよく似合っている。額の右側に部分的に広がる大きな白い痣は生まれつきだそうだ。
そんな大男は、日時丸と言う一七(実際は八つ)の少女に掌の上で転がされ、これまでの不満を隠そうともしない彼女にスネを蹴られている始末。それも、彼の明け透けな発言のせいではあるが。
しかし、この久遠という日時丸の兄という存在により、呆気なく終息を迎えた日時丸の“閉じこもり事件”ではあったのだが。それも、当人同士のコミュニケーション齟齬の所為な訳で。
全くお門違いな流れ弾だったが、二人の懐は深海よりも深いようで気にした様子はない。寧ろ丁重に受け止め、磨いてくれたまである。
十开に至っては謝られた意味が分からないとでも言いたげな表情で首を傾げている。
「いえいえ、私共は依頼に忠実に務めた迄ですの。気負わず、お気になさらず」
そう言ってアイシェは着物の袖口から巾着袋を取り出すと、それをポンと久遠手のひらへ置いた。
中身は至って普通の金平糖。
「優しさが身に染みるなぁ……」
「最近忙しい様ですし、偶には甘いものでも口にしませんと、無理が祟ってしまいますわ。それに、優しいのは十开さんの方ですわ。これも、彼に頂いたものですし、優しさの御裾分けです」
「いいのか?」
久遠は十开を見て問うた。
「まだあるからこっちあげようか?」
アイシェの言動を気にするでもなく、寧ろ自ら施しを授けようとしている十开。
「ですから、お気になさらず」とアイシェもまた微笑んだ。
「それで私からひとつご提案なのですが__今日から一週間程、日時丸さんとゆっくり過ごされてみては? 家守さんと日時丸さんお二人のお仕事は、私と十开さんで引き継ぎ致しますから。是非」
「そうだそうだー! 日時丸のことも労えー!」
「お前なぁ……」
久遠は呆れ苦笑した。『労われたいのは俺の方だ』と言わんばかりの表情。
「日時丸さんは家守さんの前ですと、やはり甘えん坊と言いますか、妹さんという雰囲気が強くなりますわね」
「ハッキリ言っていいぞ、自己中の我儘娘って」
「ハッキリ言わないから、アイシェはそんなこと思ってないのよ!」
「!? ぃってぇーな、おい。暴力娘、そのアイシェが一週間休みくれるって言ってんだ、折角極楽園に連れてってやろうとか、思ってたんだがなぁーー? その態度でいられるとなぁー? 行きたくねぇなら、いいけど」
極楽園、それは今世間で話題のテーマパーク。
一日遊び終える頃には、疲れも悩みも吹っ飛ぶと話題のテーマパーク。
「は、はぁ⁉ なにそれ、行くに決まってんじゃん! チケットは絶対ワンデイファーストパス以外認めないから! ホテルもスイートにしてよね!」
久遠の言葉にに態度を改めるでもなく、日時丸は行く前提__最早、確定事項だと話を進め始めた。
『どんな格好をしようか。そうだ、全部新しいものを買えばいい』などと、遠足が楽しみで眠れない子供宛ら。
否、彼女は八つの子供だ。
浮き足立っている、そんな彼女に十开が見事な茶々を入れる。
「お前、にしても話したがらなさすぎだったな。三回ぐらい引き伸ばしてたけど、視聴者的観点から見ると三回は諄いぞ。せめて二回だ」
「……あーもう、うっざい! てか視聴者って何よ! 日時丸の話しか聞かなかったくせに。一々それ言うほうがくどいのよ!」
ダメ出しを受けた日時丸の表情は一気に氷点下。低温やけどと言うか下手すれば引火しそうな雰囲気だ。
「諄いとかそれ以前に、話ずれてんだけどさ……」
「あらあら、仲が宜しいことで。それも平和で大変宜しいことですわ」
「……」
十开による唐突なダメ出し。案の定それに煽られてしまった、日時丸は突っかかる。
久遠が話を戻そうとするも、聞く耳を持たない。
その一連の流れを見て、呑気な感想を垂れるアイシェ。
先が思いやられ項垂れる久遠。
「ああもう、墓守と話すの疲れる! アイシェ帰ろ!」
(日時丸の一方的な)言い合いは終わったのか、十开を横目に後ろを歩いていたアイシェに日時丸は声をかける。かけたはいいものの、アイシェはアパートの方をじっと見つめていた。
「ねぇ、アイシェ?」
「はい、申し訳御座いません。私としたことが呆けておりましたわ」
「ううん、それはいいんだけど。ね、帰りさ新しくできたカフェ行かない?」
「ええ、私で宜しければお付き合いいたしますわ」
「もっちろん、おごってもらうから!」
ぎゅっと、アイシェの右腕に自身の左腕を絡ませ、いつの間にか後ろに追いやられた十开と久遠を振り返り、日時丸はニヤリとほくそ笑んでまた前を向いた。
その後姿は高慢なお姫様のようにも見えた。
久遠はやれやれと肩を竦めるが、右隣からの視線に気付きそれに応じる。
「なんだ? 十开、俺の顔に何かついてんのか?」
「久遠君の周りは変なのばっかり寄ってきて大変だなぁ、とか思ってただけ」
「(いや、自分にブーメランなこと__わかってるわけねぇか……)」
久遠は自身の心境を敢えて口にはせず、変なものとは何かを問うた。
「何が?」
「日時丸とか、家族とか」
「ああ、まぁ日時丸はあれでも俺にとっちゃあ、かぁいい妹だしな。けど家族はあいつだけだぞ?」
「……」
久遠の返答に十开の脳内が疑問に埋め尽くされる。日時丸の話を聞いていた限り、彼に家族はちゃんといた筈だ__とそう思ったところで気付く。
(ああ、なるほど)
時間という概念は使い勝手がいいようだ。
十开は納得した。
「どうした?」
「いや、何でもない」
ひとりで満足げな十开に、久遠は首を傾げた。
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______廃墟のアパート前。
二人の少年と思わしき姿があった。
「あっれー、こっから反応アリだったのになぁー。なんもねぇーんだけどー?」
「壊れてるんじゃないですか、それ」
「ええぇ、これ最新のやつだぞ? しかも昨日もらったばっかのっ!」
「初期不良ってやつじゃないですか? 居ないのなら帰りましょう、先輩。時間がもったいないですから」
「んだなー。帰ってメシ食って、寝るか」
「……はい」
口調の丁寧な大人し気な少年は帰路に就くものの、立ち止まって再びアパートの方角を見つめていた。
「って、おーーい、かえんじゃねーの? なにぼーっと突っ立ってんだよー てか帰るって言ったのお前だろー!」
が、先を歩く『先輩』と呼んでいた青年に、催促され踵を返す。
「はい、すぐ行きます」
速足で追いつくと二人は並んで歩きだした。
またその二人の青年の影をじっと見つめている、少女の双眸がひとつ__。




