陸
「そうか、じゃあもうこれで気は済んだか? すんだなら戻るぞ」
「……なに、やっぱり日時丸のこと殺しちゃうの?」
「別に、そんなことしないけど」
急にしおらしく眉を八の字にしたものの、それは彼女の演技であることは明確である。
そもそも、彼女は生きていない。人ではないのだから。寧ろ最も死に近い、というか死そのものであったりする。
「俺が思うに、この状況は恥で黒歴史で……なんだっけ?」
「……人生最大の汚点って、そう言いたいの?」
元より鋭い目力に更に力が入り、鍛刀されたばかりの刀そのものだ。
「無かったことにしたいなんて言ってんのに、今の状況は、態々それを主張してるみたいなんだけど」
態々、思い出すような時間を創って。
態々、トラウマだと主張しているようで。
「じゃあ、あんたはこう言いたいわけ? 今までの話が日時丸のつくり噺って、そう言いたいわけ?」
「それは、お前にしかわからないことだ。俺はあくまで話を聞いていただけに過ぎないから。自分のことは自分が一番知ってると思うけど。だからと言って、今までの話を嘘だと断定しているわけでもない。俺に日時丸の人生をとやかく言う権利はないってこと」
「それってつまり、日時丸のことに興味ないみたい」
鋭い眼光は変わらず、そこにプラスされた半月の笑み。口元が笑みを浮かべていても、その目は獲物を借る、相反した目つきだ。アンバランスな表情がより場の雰囲気を不穏にする。
「興味がないわけじゃないけど」
「でも、そうでしょ? 確かにあんたは話を聞くだけとは言っていたけど、まさかそこまで馬鹿正直だとは思ってなかった」
日時丸の心境は、十开のこれまでの言動から受けた結果としては正しいものだ。
しかしながら、これを性格や性質の相違といえば片付けられてしまうのも、また実相なのだ。
もっと現実的な話をすれば、十开はうなることを知っていた、というか伝えられていたという事実があり、ある程度はこの状況を予測できていた。
だがしかし、それを知っているだけで、十开の態度が変わるかと言えばそうではなく、彼が冷たい人間に見えるのも仕方ない。
「兄ちゃんに頼まれてたからな。近々こうなるって」
「兄ちゃん? なに、誰のこと」
とある単語に引っ掛かりお覚えたのか、ぶっきらぼうに彼女は問うた。
「“日時丸の大好きなお兄ちゃん“の兄ちゃんだけど」
「あんたの言い回しってクドいし、煽られてんのって感じ」
自分の言い草にいちゃもんを付けられた十开だったが、何のことだ、ときょとん顔。
「ま、でも、やっぱりそれってお兄ちゃんに頼まれたからなんじゃん。墓守としての気持ちは日時丸に向いてないって、そう言ってるようなもんじゃん」
「……」
「ほうら、やっぱり。ビジネスライクってわけね~」
彼女は十开の言い草になんだかんだ文句を言いつつも、また自分がそれに言い返すことは、定石だと悪態を吐く。
それは、事実に基づいて自分がどう解釈したのか、という心情からくる煽りのようなものでもあった。
もちろん、十开の言った言葉も事実ではあるし、彼自身に煽ったという自覚はない。
彼女にはそう解釈されただけで。
「それは違う。ただどう言葉にしようか迷ってただけ」
「……ふーん、で? それで、日時丸のお兄ちゃんに何言われてたわけ?」
『すまんな。また最近あいつ構ってやれねぇで、そろそろアレきそうなんだわ。お前ら巻き込むぞ、なんて脅し文句付きでな……ま、俺が対処出来る時はいいんだが、まだ仕事が落ち着かなくてなー……そんときゃ、俺が来るまでご機嫌取っててくれ』
アラサーだがまだ二十代でり日時丸の兄の家守久遠は、苦労が滲み出た顔を申し訳なさそうに歪めて頭を掻いていた、そんな姿を十开は思い浮かべながら簡潔に伝えた。
「『最近、また構ってやれてねぇからなぁ、もしお前らに火の粉が飛んで来たら、俺が来るまで構ってやってくれ。頼むな』って」
「……それ、お兄ちゃんの真似のつもり? ぜんっぜん似てないんだけど! お兄ちゃんを馬鹿にしてる?」
「いや、そんなつもりはないけど。兄ちゃんに寄せた方が嬉しいかなって……」
「ねぇ、やっぱ煽ってんの⁉」
十开のその優しさは火に油だったようだ。
しかし、自覚がない十开の脳内は、何故怒っているのかという疑問で埋め尽くされていた。
「俺は実際知ってたけど、だからって興味もないやつにここまでのことはしないよ。電話がかかってきて、最初は普通の依頼かと思ってたから、もしそうだったら、こんな沢山は油売らない。構ってくれって頼まれてたけど、俺もそうしたいと思ったからだ」
日時丸はたじろいだ。十开のストレートな物言いに怯んだ。
彼女は墓神になり大好きな兄と契約をしたは良いものの、彼は直系外の墓守の中でも、非常に優秀な人材であったため多忙を極めていた。勿論、仕事は一緒にこなしているので、いつも側にいるということに間違いないが、仕事は仕事。
案の定、仕事を終えて帰れば、彼女の“お兄ちゃん”は、義務の如く、食事と風呂を済ませて眠りにつくのだ。
日時丸はその事実が当然不服で、物凄く不満であった。
彼女が墓神になったのは、年端もいかない小学生の頃だったと、十开は聞いている。今の彼女は彼女が自分で時間を経過させた姿であり、成長に伴う性格や心情、そして思考・思想が変化することはない。墓神は墓神となった時点での概念が形を成したもの。
つまり、彼女の姿がどんなに変わろうと、中身は小学生のままなのだ。
という訳で、実際は年齢も心情も幼い彼女は、大好きなお兄ちゃんに相手にされないことに癇癪を起こしたのだった。
「多分もうすぐ来ると思う」
「なにがよ」
「日時丸の兄ちゃんだよ」
『もし巻き込まれたらなりふり構わず真っ先に連絡してくれ』と、彼女の兄に頼まれていたこともあり、時間のゆがみを感じたあの扉の前でアイシェに入ってくるなと伝えたのも、アイシェに“兄ちゃん”へ連絡させるためだった。
時間軸が違えば、当然向こうで当たり前に使っている電子機器等は全く使えない。そうなれば、連絡手段はなくなり詰んでしまう。
十开の墓守の力を使えば、強制終了も可能であるが、そうしなかったのは日時丸の友人であったことと兄という性質と、その二つがある。
双子の弟と妹を持つ十开は、風貌に見合わず世話焼きだった。重ねて、日時丸のことも友人半分妹半分の気持ちで接していた。
鈍感ではある十开だが、日時丸と負けず劣らずのメンタルを持ち合わせ、ちょっとやそっとの癇癪などに靡かない。相手の気が済むまでずっと待つのだ。
「会いたくないの?」
「んなわけないじゃん……」
「じゃあ、そろそろ戻るか?」
「……戻ればいいんでしょ」
仕方ないからと、自分の方が十开の我儘を渋々聞き入れるかのように、言葉尻を窄めながら彼女は受け入れた。
ようやく日時丸の創った時間軸から戻った十开は、体感数時間前に見知った一室に佇んでいた。隣には事を起こした張本人が、不服な態度で立っている。
思考が追いつくなり、ここは十开が産まれた時間軸の方のあのアパートであると気づく。
「十开さん、戻られましたの? こちらもお連れ致しましたわ」
コンコンコン、と響く丁重な呼び出しに、十开は日時丸の方を振り返って「行くぞ」と促した。
扉を開けると、馴染みのある空気に深く息を吐いた。そして目の前には声の主と、誰よりも大きな影がひとつ。
「帰るぞ、日時丸」
面倒ごとを起こしたにも拘らず、大きな影を有した青年は優しく諭すのだった。




