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墓神  作者: 示右来
GIRL-HOOD
2/9

 

 電車に揺られてようやく最寄り駅まで到着した。少年とは駅の改札口で別れた。

 三四区と言えば、治安が悪い。そんなイメージだ。他にも似たような区域はあるけれど、ここまで非道な所はない。

 ホームレス、

 動物の死体、

 道路に散らばるゴミ、

 飛び交う下品な怒号、

 スラム街なんてそんなもの。

 虐げられてきた人間が暮らすには真っ当だ、と、そう思う人は少なからず居る。

 家はあるが、どこか貧相で心許ない。

 家庭はあるが、どこか陰鬱としている。

 まぁそんな町に搾取されてきた人間が居るということは、それを搾取してきた、またはこれから搾取してくる人間もいるということ。

 面白がっているのか、自分の力をひけらかしているのか。

 こんなもの事実を目の前にすれば不毛な考えだ。


「此方で間違いない様ですが、気配が薄すぎますわね。けれども、普通の御人ごじんが対処できるわけもございませんし」

「……一箇所ずつ回ってみるか。人の気配もしない」


 虱潰しに、アパートの二階から部屋を確認していく。

 屋根のない階段には雪が降り積もっており、しかし、その上に足跡はなくまだ誰も通っていない様だった。寒さでドアノブがどれも冷たく、十开の体の熱を奪っていった。


「もぬけの殻だな。脱皮した蝉の殻みたい」

「まぁ、素敵な比喩ひゆですこと」


 アイシェは直様すぐさま頷いて微笑んだ。

 十开に対する彼女の対応力には毎度感服する。華麗に迷言をかわし、しかし『何言ってんだ此奴』と馬鹿にするでもなく、寧ろ褒めている。


「部屋が荒らされている形跡なども全く無い様ですし、冷やかし、だったのでしょうか? 」

「……にしては、部屋の鍵が空いてるのは不自然すぎないか?」


 現状をあまり壊さないように部屋を物色しながら、意見を交換していく二人。

 1LDKの間取りには必要なものが綺麗に整頓されて置いてあり、生活環あふれる部屋だった。


「十开さん、此方を見てくださいまし」


 すると、アイシェが何か手がかりを見つけた様で、十开を招いた。


「こちらの襖ですけれど、部屋からどこかの部屋に()()()()()()様ですの。外観から見て、この間取りは随分不思議ですもの」


 アイシェは神妙な面持ちで告げた。

 彼女の言う襖は、所謂、物置や押し入れ、外来語でクローゼットなどと呼ばれる所だったのだから。


「ふむ……んなら、他の部屋もそうなっている可能性が高いな」

「空間、()しくは時間に秀でたモノかと。彼等それらであれば、妙に気配が散漫しているのも納得です。地雷を踏んで仕舞えば引き込まれてしまいますのでお気を付けて」


 十开はアイシェの的確な推論に固く頷いた。

 残りの部屋も同様に鍵が空いていたが人影はない。


「……あら、あら、十开さんの予想通り六つの部屋全て、どこか別の部屋へ繋がっている様です」

「そうか」


 残るは一階の一番端の部屋。二人はその部屋に妙な気配があることを感じ取っていた。他の部屋にはない微かな雰囲気。


「ここが他の六部屋と繋がっている部屋だとすると、お前の言うように、空間を歪められているか、時間の流れが止まっているか、だが」


 十开はドアノブを握りゆっくりと右へ回した。


「……」

「どうされました?」


 開く瞬間、違和感を感じた十开は入ってこようとするアイシェをその場で静止させる。そして眉を顰めて彼は言った。


「いや、アイシェ、お前ここで待ってろ。扉は開けてていいが、扉もだがこの部屋に関するものは触るな。それとこの敷居の先にも絶対に入るな」

「え、ええ。承知いたしましたわ」


 普段のおっとりした性格とは真逆。人に指図することもない彼が、アイシェに絶対という言葉を使った。アイシェもその意図を汲み取り、しっかり頷いて返事をした。


「……」


 案の定、他の部屋から繋がっていた場所であった。

 薄ら気配を感じるものの、確信にたるものはない。気配の核が此処には無いとそう直感した。

 そしてもう一度この部屋に入った時に感じた違和感を思い出す。

 電流が走った様な感覚でも、畏怖を感じたわけでもない。ゆっくり、じんわり、ねっとりと纏わりつく様な夏の湿気に似た陰鬱なもの。

 生活感のない部屋は非常に不気味だった。トイレにはトイレットペーパーは一つもなく、冷蔵庫、その他家電なども見当たらない。住んでいたのかすら怪しい。スラム街だからか、とも考えるが、国からの配給や給付制度を使えば貧困とはいえ生活ができないわけではない。

 一通り、ざっくりと部屋を見終えて十开はアイシェのいる玄関の方へ足を運んだ。


「如何だったでしょうか? 何か目星めぼしい手がかりは御座いました?」

「いや、ここが一番生活感がなかったくらいだな」

「そうでしたか。では、いち、ど……?」

「どうかしたか?」


 アイシェの言葉が詰まったことに、いち早く気づいた十开は問いかける。


「いえ、十开さん。貴方の仰る通り、わたくしは部屋に入らなくて正解でしたわ。此方が鍵でしたのね」


 アイシェはそう言って十开の背後の異様な空間に目を細めた。

 短い廊下のはずが、ずっと、何百メートルと合わせ鏡のように続いている。

 十开も背後を振り返り眉間に皺を寄せた。


「……」

わたくしは此方から此処周辺のことを詳しく調査して見ますわ。十开さんご検討お祈りします」

「……もっと心配してくれないわけ」


 アイシェの切り替えの速さに、少し拗ねてた十开。


「あら、それではご自身が弱者、であると、そう明言している様に解釈いたしますけれど?」


 しかし、また非情な切り返しに十开は気まずげに頭を掻いて、玄関の敷居を跨いだ瞬間。

 十开の姿はなく、アイシェが一人、無関心に降り積もる雪を眺め白い息を吐きながら佇んでいた。

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