『僕』と聖女と勇者2
ミリルさんの放った炎の玉は湖を挟んだ森に灰色の空を橙色に染めながら弧を描き飛んでゆき、対岸の森が幾つもの爆発音を上げ燃え上がった。
「ちょっとミリルさん何してんの熱いって!」
僕と師匠は瞬時に障壁を張り熱を防いで居たが…
「ウェァアチチッアチッアツ―――!」
ファナはその熱さに身をくねらせ踊りはじめた。
『キミタチ、キタエカタガ、タリナイヨ』
少年だけはその熱さに気にした様子も無く二人をニヤニヤと見ていた。
皆の非難めいた声を受け流し、ミリルさんは対岸の森を見据える。
「邪悪な・・何かが来ます」
・・・ミリルさん熱くないのか?
◇◇◇◇◇◇
森が燃え上がる少し前・・・
魔物の巣から出てくる人影が4つ、周囲は雪山と言ってよい状態だが、防寒具を羽織る事も無く麓の森に向かっていた。
「武器の殆どが砕かれてるじゃない!どうするのよ!"サン"」
灰色の髪を振り乱し切れ長の細い眼をさらに細くしヒステリックに叫ぶ女性、、青い貫頭衣に茜色の首から下を覆うタイツその姿は何処かで見たような服。
「仕方あるまい、"スー"事実として報告するまでだ」
赤を基本にした重鎧を着た目尻に皺を刻んだ男が老練の戦士が答えるがスーと呼ばれた女性は納得しなかった。
「"ウー"と"ロー"はどうするのよ?このまま御報告したら・・・クソッ!」
苛立ちまぎれに叩かれた大木が大きな音を立て抉られる。
「"サン"の言う通りじゃろ、正確に御報告すればよいんじゃないか?」
長い白髪、胸元まで伸びる白髭を撫でながら深緑の三角帽子にローブ姿の老人"ウー"はやれやれと言った表情で小さく答えた。
「今更無い物をどうこう言っても仕方ねぇだろ、あー女王様の言っていた魔法使い共の仕業か?」
最後の一人、胸元に「武」と縫い込まれた道着を着た青年"ロー"が、周囲を見渡しながら誰に問う訳でも無く呟くが誰からの返答も無い事に顔を顰る。
「どうすんだよ!」
小さく舌打ちし声を荒げる。
「お前の言うとおり、無い物をどうこう言っても仕方ない、もう一方の回収に向かうまでだ」
サンは湖に向けて歩き出した。
峰に空いた大穴から侵入する際、森の向こうに湖を確認していたからだ。
人が住むのなら水辺に近い場所に住居を構える筈である、そう女王の言葉だった。
『奴らは巣からそんなに遠くない場所に住んでいるはずだ、服装が冒険者のそれでは無く普段着に近い装備だったからな』
この雪に埋もれた山中に碌な装備も無く訪れるはずは無いという事だ。
魔法使いであると言う事も鑑みても周囲数キロ圏内だろう、そして、
『周囲を捜索し、発見次第、赤い髪の少女を連れてこい』
半身に酷い火傷を負い、その御姿は余りにも痛々しかった。
女王様に傷を・・・考えるだけでもはらわたが煮えくり返る程の怒りに見つけ次第、縊り殺したい所だが女王様の御命令でもある、捕まえて御前に差し出すまで。
サンの後をウーとスー、殿にローが並んで進む。
湖までもう少しかと言った所でウーが異変に気付いた。
「湖方面にとんでもない魔力の反応が・・・こりゃまずいぞ」
ウーが斜め前方を見上げる。
残りの三人も見上げると、そこには巨大な火の玉が灰色の空を焦がしながら此方に向かって落ちて来る所だった。
サンは瞬時に指示を出した。
「湖に向かって走れ!アレはマズい」
だが返事をしたのは二人だけスーが黙ったままだった。
「どうした?スー走れ!」
「ダメだ、スーの奴、気絶してやがるぞ」
ローがスーの眼前で手を振っているが空を見つめたまま反応しない、ただ口を少し開いたまま立ち竦んでいる。
スーは元々戦闘用では無く情報収集用として調整されている。
突然現れた常軌を逸した巨大な炎の玉を前にして意識が途切れたらしい、妙な所で気が小さいのだ。
「ロー!、スーを担いで走れ、急げ!」
ローはスーをすくい上げるように抱えると全速力で走り出した。
ウーも老人の様な見かけとは裏腹にヒョイヒョイと倒木を躱しながら駆けてゆく、
「ジジイ、余裕だな!」
「ふぉふぉ、ジジイとは失礼な、この外装はただの飾りじゃろう?」
余裕そうな言葉とは違い、その表情は真剣だった、それ程にあの火の玉は危険なのだろう、ローはゴクリと喉を鳴らしさらに脚を速めた。
降り積もった雪を物ともせず三つの影が森を駆ける、その上空を巨大な火の玉が周囲の空気を震わせ頭上を越えていった。
木々の隙間から雪に半分埋もれた湖が見えた時、後方から爆音と共に熱と衝撃が襲い掛かり4人は前方に吹き飛ばされた。
◇◇◇◇◇◇
炎の中から何かが飛び出して来た、いや、盛大に転がり出て来た。
僕は身体強化で視力を上げソレを見た、距離と炎のせいではっきりとは見えないが人の姿だけは分かった。
『ボクハ、スガタヲケスヨ』
そう言うと白髪の少年はパチリト指を鳴らし消えてしまった。
人数は3?4人か火の粉を払うようにお互いの肩や背を叩いていた。
「ひっ人じゃない!大変だよ助けないと!」
人の姿を確認するとファナが驚くような声を上げ慌てだした。
走り出そうとするファナの腕をミリルさんが掴み自分に引き寄せる。
「ファナ、アレは人ではありません」
「え?どう見たって人だよ!」
その姿は魔物とは違うがどう考えても人では無いだろう。
「ファナ落ち着け、人があの炎の側に居られるはず無いだろ」
「でもエル兄さん!」
ファナは人が傷つくのを黙って居られないようだ、この状態を見てもまだ僕たちの言葉を受け入れないようだ。
「落ちつけファナ、何かは分らないがミリルさんの言う通り、人じゃ無いのだけは確かだ」
揺らめく人影は周囲の炎を気にする事無く立ち竦む。
向こうもこちらを確認したのだろう、突き刺さるような殺気が向けられた。
「魔物の女王の手先かしら?予想より早かったわね」
師匠は呟くとミリルさんに問いかけた。
「ミリルさん?あの4人を撃退できる?」
倒すでは無く追い払えるかと聞いた師匠の言葉に、あの4人が僕では勝てない相手であるのだと分かった。
師匠でも勝てないと判断したのか…くそ、僕は…
「分かりません、ですが負ける気もありません」
全身に魔力を巡らせ身体強化を開始したミリルさんがファナに笑顔を向け
「私が守って見せます、ですから・・」
そう言うとミリルさんはファナと抱き寄せる。
「お姉ちゃん・・・んっん?」
驚き見上げたファナと唇を合わせた。




