『僕』と聖女と勇者3
ファナの驚きの表情で開かれていた瞳は閉じられ、抵抗する様にしていた腕はゆっくりとミリルさんの腰に回された。
甘い吐息が漏れ、炎に照らされている二人の頬がふわりと朱色に染まる。
・・・何してるんですか?
いや解っている、白髪の少年から聞いたファナから魔力を急速に補充する方法だ。
少年は「コウソクジュウデン」っと言っていたが意味は分からなかった・・・魔法の名だと思う。
実際、ファナの赤い髪色の色が抜け薄くなっている、魔力がミリルさんに移動している証拠だ。
何時までも離れない二人に声を掛けようと決心した時、ミリルさんの唇がそっと離され惚けた表情で見上げるファナの頬を優しく撫でた。
「ファナの唇はとても・・・」
そう言うとミリルさんは全身に魔力を漲らせる、傍から見ても分かる・・・これが勇者・・の力・・
放たれる魔力の残滓に当てられ体が震え動かない、これが勇者、そう絶対的な強者。
炎の熱に当てられて居ても冷汗が背を伝い、僕は心に疼く何かを感じ胸元を握り締めた。
「お、お姉ちゃんコレ」
ファナは髪の中から剣を取りだしミリルさんに手渡した、ミリルさんのメイスでは魔力を通した瞬間砕けてしまう、その為、先日見つけた剣、ファナは魔剣と呼んでいたソレを渡した。
ミリルさんは差し出された剣を両手で受け取ると。
「ありがとう、ファナ、行ってきますね、沢山…魔力を使いますから・・・戻って来たらまたお願いしますね」
「え・・うん」
ミリルさんが僅かに微笑む。
「フィルノールさん、エルゼル君、ファナをお願いします」
そう言うとミリルさんは地面を蹴り対岸に向かって湖の上を走り出した、握られた剣からは魔力が炎のように揺らめく。
ミリルさんに踏みつけられた湖の厚い氷が砕け、氷塊が水飛沫を煌めかせなが舞い上がった。
ファナの元に師匠と二人駆け寄るとファナの消えそうな呟きが聞こえた。
「お姉ちゃん…それ死亡フラグだよ…」
「死亡?・・ミリルさん危ないのか?」
「あ・・いや・・その・・」
ミリルさんへ振り向くと、すぐ近く湖の中央に4人の姿が見えた、二人がくちづ・・魔力譲渡を行いっている間に移動していた様だ。
向こうはミリルさんの接近に足を止め迎え撃つように構えている。
あのミリルさんの魔力を感じても師匠の表情は硬く余裕を感じない、それ程までにあの4人が強いのか?ここから感じる魔力からすればミリルさんの方が圧倒しているんだが。
赤い鎧を着た男がミリルさんの前に立ちはだかる、ファナの鎧とは違い全体が丸みを帯びたフルプレートだ。
盾を構えミリルさんの出方を窺うように2度3度攻撃を受け流す、一撃毎に火花が飛び散り、金属同士を叩きつける轟音が湖の縁に居る此方まで聞こえ衝撃波が体を軋ませる。
だがその二人を見ていた他の3人は少し下がった所で各々が気の緩んだ表情で何をする訳でも無く観戦し始めた。
赤い鎧の男は勇者であるミリルさんの攻撃を受け流している、どういう事だ?
「エルゼル、ファナちゃん気付かれないように逃げる準備をして…」
視線は湖から離す事無く、師匠が僕たちを抱き寄せる様にして呟いた。
「お姉ちゃんは・・・?」
ファナは泣きそうな顔で師匠の顔を見た。
「勝てないと思う、もう押され始めているし後3人も居るのよ、今戦っている相手より弱いとは限らないし最善策を考えないと」
そんなはずはと戦いに眼を向けると防戦一方だった鎧の男が攻撃に転じミリルさんの張り巡らす防壁を砕き、その刃がミリルさんに迫っていた。
「そんな、まさか・・」
「魔力の総量が強さじゃないわ、幾ら魔力を効率よく使えても本人の戦闘経験の差が出ているわ」
悔しそうな師匠の顔にファナが否定するように首を振る。
「そんな・・・お姉ちゃんは勇者だよ・・・負けないよ」
ぽろぽろと涙こぼし始めた。
その姿を見ていられず顔を背けると剣戟に押され始め焦りの表情の現れたミリルさんの顔が見えた。
押し負け始めた?
それ以上に長期戦はマズい、幾ら効率よく魔力を使えても無限じゃ無い、魔力総量が多くても必ず魔力切れを起こす、しかもまだ3人も残っている現状ではミリルさんに勝機は無い・・・のか?。
まだ向こうはこちらに眼を向けていない、逃げだすには今しか無いのか。
逃げる?また逃げるのか僕は・・・あの時みたいに。
僕はファナの肩に手を置き少し大きな声で名を呼んだ。
「ファナ、僕を見ろ!僕を勇者にするんだ!」
「エ、エル兄さん・・でも・・」
何を悩んでるんだ!それしか方法が無いんだ!
ジワリと胸が痛む。
「あの少年が言ったじゃないか、勇者に成らないか?って、ミリルさんを助けたいんだろ!」
「・・・エルゼル、考え直せない?他の方法を・・・」
師匠・・何故です?また、ジワリと胸が痛んだ。
「無いですよ、勇者であるミリルさんが負けてしまったら・・・ファナが悲しむじゃないですか!」
ファナは師匠と僕の顔を何度も巡らせるように見ると小さく何度か頷く。
「ファナちゃん・・」
僕の両手に自分の手を添えると、
「わ、私は、エル兄さんを勇者と認めます」
数舜の静寂の中、遠くの木々の燃える音と斬撃音だけが聞こえる。
「「「・・・・」」」
「何も起こらないな・・」
「あれ・・?この前は勝手に・・・」
ファナは焦った表情で自分の胸元を叩く。
「ちょっちょっと、出て来てよ」
だが何も起こらない、僕はファナが何をしているのか分からなかった。
「何してるんだ?遊んでる場合じゃ・・」
「分かってる!ちょっ出てこい!急用なの!」
すると、ファナの胸元から淡く輝きを放つ水晶が現われた、だがその水晶には細長い手足の方な物も生えていた。
驚くファナと師匠、当然僕も驚いた、何故ならその水晶は地面に飛び降りる様に降り立つと、
『忙しい時に何度も呼び出さないでください!なんで邪魔するんですかー!』
そう叫びながら地団駄を踏んでいたからだ。
「こっちも大変なんです、急いでエル兄さんを勇者にしてください!」
バタバタと手足?を振り回し踊るようにグルグル回っているそれを見ている。
なんだコレ・・こんな変なモノに勇者にされるのか、一抹の不安がよぎるが信じるしかない。
『先日、勇者を指名したじゃないですか?もう2人目ですか?ハーレムでも創るんですか?』
「誰が創るかー!お姉ちゃんは女性だし!」
「お願いします、急いでるんです!」
僕はその水晶に向かって頭を下げた、すると騒いでいた水晶が静かになり、顔を上げると目の前に胡坐を掻く様にして浮いていた。
『貴方が勇者候補ですね、確かに条件は満たしているようですが』
「急いでお願いします」
『勇者は1人いれば十分でしょう?何故に2人目を?』
ファナはその水晶を掴むと正面であろうと思わしき面をミリルさんの戦う方へ向けた。
防戦一方、障壁を砕かれ直接体に盾が叩きつけられていた、勇者が負ける?
その姿を見て驚いたのは僕達だけで無く、輝く水晶が全体を震わせ驚いている。
『何故?勇者が押されてるんですか?あの者達は誰なんですか!』
その時、湖を向いて居た僕達の後ろから、すっと腕が現われ輝く水晶を掴んだ。
「ほほう、これはまた面白い物を持っておるのぅ」
聞き覚えの無い声に皆が振り返ると、そこには好々爺然とした老人が水晶を珍しそうに眺めていた。
深緑色の三角帽子にローブ、白髭、間違い無く湖に居た内の一人だ。
老人は水晶を振ったり、手足らしきモノを引っ張ったり反応を見ている様だが、水晶はさっきまでと変わって一言も喋らない。
こちらに向かって危害を加えようとする訳でも無く、ただ水晶を物珍しそうに見ているだけだが、これだけは分かった。
僕達は逃げられないと。




