「私」と誓い
日も傾け掛ける頃、ようやく帰路につく俺とフィル姉さん
「最後はもう少しで追いつかれちうとこだったよ~ファナちゃん凄い!」
あの後俺は身体強化だけを使いフィル姉さんを追いかけた。
走るのではなく、木の幹を蹴るようにして飛び移りながら、最初こそ足を滑らしたりもしたが、少し経てば結構思い通りに移動できるようになった。
あれだ『だってばよ』って言いたくなる動きが出来るようになった。
「フィル姉さんが本気を出したら全然追いつけないから、でも褒められるのはうれしい」
相変わらず滑るように移動するフィル姉さんが楽しそうにクルクル回りながら
「褒めて育てるのが好きなんだ~」
それってまだまだだって事ですね…でも良い全然だめだなんて言われたらかなり凹むから
家に戻り扉を開けるとそこには大量の衣類が山積みにされていた。
エル兄さんが回収してくれた着替え…にしては多すぎるんだけど
「お帰りなさい、フィルノールさんファナちゃん」
「「ただいま」~」
「洗った衣類を片付けているので夕食は少し待っていてくださいね」
なら食事の前に汗を流そうという事になり部屋の奥に向かうと、脱衣所の扉に
『今お湯使ってます、エルゼル』
と書いた板が扉に掛けてあった。
フィル姉さんが扉の隙間から中を覗いていたので何を見ているのか気になり
脇から覗こうとすると止められた。
「うひひ、ちょっと待とうかファナちゃん、今行くと間違い無く怒られるから~」
何が見えたんだろう?
また洗濯物の山に眼を向けていると
「帆馬車に積んでたの全部持って来たなエルゼル…よくやった」
フィル姉さんはホクホク顔だった、大人の男物が大半でサイズが違いすぎる、どうするんだろうと考えていると顔に出ていたのか
「仕立て直して使うんだよ、冬用の衣類も多いみたいだしね」
「なるほど、でも見てるだけで暑いですね」
「だね~」
クスクスとフィル姉さんと笑っていると奥の扉が開きエル兄さんが出て来た。
「おかえりなさい、師匠、ファナ」
「ただいまです、エル兄さん」
「エルゼルどうだった?」
「司祭長に護衛、それに騎士も見ていません、あと必要ない物は埋めてきました」
「ご苦労様エルゼル」
それを聞くとフィル姉さんは俺の手を引き脱衣所に向かった。
「はい、ファナちゃん両手挙げて~」手際よく服を脱がされ抱えられるように湯船に向かう。
俺は身の危険を感じササッと汗を流し急いで出ると、フィル姉さんが残念そうにこっちを見ていたが昨日みたいな事になると困るんですよ!
食堂に向かうと洗濯物は片づけられ夕飯の準備が始まっていた、ミリルお姉ちゃんが芋の皮を剥いている。
手伝う為に炊事場に向かおうとすると、エルゼルに呼び止められた。
「おい、ファナこれ欲しかったんだろ?」
そう言って小さな箱を渡してきた、開けてみると布?が入っていたが…
何だろうとソレを広げて見ると男物の下着だった…何これ汚い、しかも変な臭いがする
「お前の趣味嗜好は良く解らんがついでに拾ってきた、欲しかったんだろ?」
ほほう、お前は俺をそういう性癖だと思ってるのか
「欲しい訳無いだろ、私はそんな趣味は無いぞ!誰のだよコレ!」
「誰のかは分からん護衛の誰かだろ?」
怒りのあまりソレを勢い良くエル兄さんに投げつけると『当たれば死ぬ』と言わんばかりに必死に避けた。
「ウワァァ汚いな!当たったらどうするんだよ!」
魔法障壁を忘れるほど必死だと…
汚い?どういう事だ?掴んでいた手の臭いを嗅ぐ…
「に゛ゃ、臭いが目に染みる…」
ウェェ、思わず床に膝をついてしまった。
臭、臭すぎる…も、もしかして…使用済み…???
投げた事で臭いが拡散したのか、ミリルお姉ちゃんが青い顔をして外に飛び出した。
護衛の男共が…こまめに洗濯などしている訳無いだろがー超汚れ物だろ!いや汚物だろ!ソレ
こんなモン貰って嬉しいとか欲しかったとか思うかマジでねぇぇだろがぁぁ
人が殺せるレベルだぞ!
なるべく綺麗そうな所を指先で摘まむように持ち上げるが指が震える。
両手が汚染され鼻を摘まむ事すら許されない、涙が出て来た。
「エル兄さん捨てて来て!」
逃がさない様にエル兄さんににじり寄る。
「臭いし嫌だよ、ファナ欲しがってただろ遠慮するな!」
少しずつ後ろに下がりながら退路を探している様だが脱衣所への扉しか無いぞ、しかも今はフィル姉さんが使っている飛び込めまい。
「別に欲しかった訳じゃ無いよ、替えが無かったからだけだから!」
「そんな事かそれなら洗って乾かせばすぐだったろ?ファナならそこらの岩を熱して置いとけば」
・・・その手があったか、ちらりとエル兄さんを見るとやれやれと言った顔で俺を見ていた。
そのニヤツいた顔に腹が立って顔めがけて汚物を投げつけた。
「何騒いでるの~」
お湯から上がって来たフィル姉さんが扉を潜りエルゼルの後ろに現れた。
エル兄さんもフィル姉さんに気が付いたようだ、俺達は悲鳴を挙げそうになる。
背の低い俺がエル兄さんの顔をめがけ投げつけたのだもしエル兄さんが避けたら・・・
ぎゃぁぁエル兄さん避けるな!絶対に避けるな!フィル姉さんの顔に当たるからぁ!
エル兄さんも飛んでくる汚物を見つめながら震えている。
黄色い軌跡を残すように飛んでくる汚物に葛藤しているのが分かる、すまんそのまま顔で受けるんだ・・・・そうすれば二人とも・・・いや俺は助かるから!
だがエル兄さんは耐えられなかったようだ…俺を涙目で見ながら見事に回避した。
『フサァァ』
投げつけた汚物は見事にフィル姉さんの顔に被さり、悲鳴を上げる事も無く崩れ落ちた。
フィル姉さんに駆け寄ると急いで汚物を放り投げフィル姉さんの頬を叩くが反応が無いエルゼルが叫ぶ
「そんな…師匠が呼吸をしていない、余りの臭さに呼吸を諦めたようだ、このままでは」
フィル姉さんは唇をきつく結んだまま白目をむいて痙攣していた。
「大丈夫ですフィル姉さん危険物は取り除きましたから呼吸をして下さい」
だが意識は戻らない、俺は魔力を集めフル姉さんに触れ『治療術の奇跡』を発現する。
光がフィル姉さんを包み込み表情が柔らかくなり呼吸が戻り始めた。
自分の髪を確認すると半分くらい白くなってるとかどんだけ重傷だったんだフィル姉さん死に掛けてたんじゃないか?
あの汚物を早急に処理しなければ死人が出る、今更とそれを摘まみ外に放り出して焼却した。
更に手が臭くなったような気がする…
ミリルお姉ちゃんはどこまで逃げたのか姿が見えない、まぁ帰って来るだろうけどその前に家中の窓を開け臭いを外に逃がした。
少しするとフィル姉さんが眼を覚ましたがここからが地獄だった。
まずフィル姉さんは俺に治療術のお礼を言うと何故こうなったのかの説明をエル兄さんと俺の求めた。
俺達は隠す事なく話すと、
「なるほどなるほど~お仕置きだね!」
いつもの声だが何かが違う、エル兄さんを見てみるとガタガタと震えていた。
そこまでなのか、エル兄さんがここまで恐怖するお仕置きとは一体。
まずエル兄さんがフィル姉さんに連れて行かれた、
「ファナちゃんはここで待ってて、外覗いちゃダメよ」
そう言って出て行った。
フィル姉さんの笑い声と共に魔法障壁の砕ける音が鳴り響く
『ドドドドドドドドドヒハハハッハハハガガガガガガガガガ』
フィル姉さんの笑い声が高くなっていく。
(ひぃぃぃぃ次俺なの俺なの)
軽いはずの扉が石の扉のような音を立て開かれた、俺の肩がびくっと上がる。
「ファナちゃん外のエルゼル治療してくれる?」
「はい、師匠!」
震える足を叱咤しながらフィル姉さんの横を駆け抜けるとそこには
ビクンビクンと体を跳ねさせているエル兄さんが転がっていた。
すぐにエル兄さんの治療の為魔力を集める、顔が…酷いマンガみたいに腫れ上がってる
涙目になりながら治療を終えると魔力の殆どを使ってしまったのか体に力が入らない状態になってしまった。
倒れるまではいかないがこの後のフィル姉さんのお仕置きを考えると…死ぬかもしれない…
「さぁ次はファナちゃんだよ~~~」
「ヒィィィィィ」
ゆっくりと振り向くとそこには満面の笑みを称えたフィル姉さんが居た。
「さっさと臭い落としに行くよ~ファ~ナ~ちゃ~ん」
体の動かない俺は服のまま湯船まで連れて行かれ、もうなされるがままに丸洗いされた。
「うへへへへへへっ」
フィル姉さんの笑い声がと共にどう表現していいのか分からない感覚に支配され頭が真っ白になって行く。
途中ミリル姉さんが救出に来てくれたが鼻血を噴き出して倒れるとこまでは見た筈だが意識が無くなった。
翌朝目が覚めると自分のベットの中だった、寝間着を着ているし何時眠ったのか記憶があいまいになってる。
「訓練から帰って来て…エル兄さんから汚物渡されて…」
「フィル姉さんに…エル兄さんを治療して…」
この辺りから記憶が曖昧になってる。
起き上がりそのまま食堂に向かうとミリルお姉ちゃんが朝食の準備をしていた
「おはようお姉ちゃん」
「お、おはようファナ」
ミリルお姉ちゃんは俺をジッと見つめ真っ赤になった。
「ファナ体は大丈夫ですか?」
腕を振ったり体を逸らしたりしたが問題は無いようだったので
「うん大丈夫、魔力も戻ってるみたいだし」
「そ、そう良かった」
お姉ちゃんはそう言って朝食の準備に戻った。
あの後エル兄さんはどうなったんだろ?
まさかまだ倒れてるとかないよね治療した筈だし。
気になって外に出てみるとエル兄さんが玄関前で正座してた…なんでエル兄さんがフィル姉さんに従順なのか分かった気がした。
部屋の奥から幸せそうないびきが聞こえるフィル姉さんだ、師匠は絶対に怒らせちゃいけない。
俺はそう心に誓った。




