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ノエル・ヴァース  作者: ひむひりか


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15/19

荒れ果てた真相

時は遡り、ドラグノア帝国の軍勢が迫って来ていると知ったノエル達のテルナ村での翌朝。


 テルナ村の広場には、村人たちが集まっていた。


 普段なら畑仕事へ向かう者や、家の手入れをする者の姿が見られる時間だったが、今日ばかりは誰も仕事に取りかかろうとはしなかった。


 広場の中央には、ノエルとヴァルセーヌが立っていた。


 その少し後ろには、リーゼの姿もある。


 ノエルは集まった村人たちを見渡した。


 いつもと変わらない顔ぶれ。


 自分を受け入れてくれた人たち。

 失敗しても笑って励ましてくれた人たち。

 何度も助けられ、共に笑い合ってきた人たち。


 そして今、自分が守りたいと思っている人たちだった。


「みなさん、集まってくれてありがとうございます」


 ノエルは一度息を吸い、言葉を続けた。


「昨日、ヴァルセーヌから聞いたんです。ドラグノア帝国の軍隊が、この村に向かっているということを」


 広場がざわめいた。


「ドラグノア帝国だって?」


「どうして、こんな村に……」


「軍隊って、どれくらいの人数なんだ?」


 いくつもの声が重なる。


 ノエルは、すぐには答えなかった。


 自分にも分からないことが多すぎたからだ。


「正確な人数は分かりません。いつ到着するのかも、はっきりとは分かっていないんです」


 村人たちの表情が曇る。


 ノエルは隣に立つリーゼを見た。


 彼女はうつむき、両手をぎゅっと握りしめていた。


「……私のせい、なんです」


 小さな声だった。


「私が帝国から逃げたから……。みんながここにいるのに、私が来たせいで、この村が……」


「リーゼ」


 ノエルが名前を呼ぶ。


 リーゼは顔を上げられなかった。


「ごめんなさい……」


 その言葉を聞いた村人たちは、互いに顔を見合わせた。


 やがて、一人の男が口を開いた。


「おいおい。そんな顔をするなよ」


 それは、マリーの父、ダルクだった。


「君がここに来る前から、俺たちはこの村で暮らしてきた。これからも暮らしていきたい。それだけのことだ」


「でも……」


「それに、困っている人を助けるのは、そんなに悪いことか?」


 彼は困ったように笑った。


「ノエルだって、昔からそうだっただろう。畑のことで困っていれば手を貸してくれたし、壊れた道具だって一緒に直してくれた。俺たちは、そういうお前に何度も助けられてきたんだ」


 その言葉に、周囲の村人たちもうなずいた。


「そうだな。今度は俺たちが協力する番だ」


「帝国の軍隊が来るなら、できることをやろう」


「大切な村を、そう簡単に明け渡すわけにはいかないからな」


 次々と声が上がる。


 リーゼは、信じられないものを見るように村人たちを見つめていた。


 責められると思っていた。


 自分を追い出そうとする人がいても、おかしくないと思っていた。


 それなのに、誰も彼女を責めなかった。


 隣にいたマリーが、そっとリーゼの手を握る。


「大丈夫。みんなで考えよう?」


「……マリー」


「一人で全部背負わなくていいんだよ」


 リーゼは唇をかみしめた。


 胸の奥に、温かいものが広がっていく。


 けれど同時に、こんな人たちを危険にさらしたくないという思いも、強くなっていた。


     


「みなさんが協力してくれるのは、本当に心強いです」


 ノエルは村人たちに向き直った。


「でも、僕は一つだけ、絶対に譲れないことがあります」


 広場が静かになる。


「それは、みんなの命を守ることです」


 ノエルの声には、迷いがなかった。


「敵が何人いるのか、どれくらい強いのか、僕たちはまだ知りません。もし少人数なら、戦って追い返せるかもしれない。でも、もし大軍だったら?」


 誰も答えなかった。


「僕たちが勝てると思い込んで戦って、誰かが命を落としたら……。そんなことにはしたくないんです」


 ノエルは、ゆっくりと村を見渡した。


「だから、最初から戦うことだけを考えるのはやめましょう」


「じゃあ、どうするんだ?」


 オーティスの父、バルスが尋ねた。


 ノエルは少しだけ考え、それから答えた。


「みんなに、一時的に村から隠れてもらいたいんです」


「隠れる?」


「はい。村の地下に、大きな避難場所を作ります」


 村人たちが驚いた顔をする。


「地下に、そんな大きな場所を?」


「僕の土魔法ならできると思います。村のみんなが入れるくらいの広さを作って、そこに一時的に避難してもらいます」


 ノエルは地面に目を落とした。


「ただ穴を掘るだけじゃない。崩れないように支えを作って、空気が通る道も確保する。みんなが安全に過ごせる場所にするつもりです」


 ヴァルセーヌが、静かにうなずいた。


「土の性質を理解しているお前なら、可能だろう。ただし、広さだけでなく、強度や空気の流れにも気を配らねばならんぞ」


「分かってる。そこも考えて作るよ」


 ノエルは答えた。


「そして、みんなが避難した後、この村を変えます」


「変えるって、どういうことだ?」


「誰も住んでいない村に見せます」


 ノエルは、広場の周囲にある家々を見た。


「道を崩して、畑を荒らして、建物を土で汚す。人が長い間住んでいないように見えるようにするんです。生活の跡も、できるだけ隠したい」


 村人たちは、黙って話を聞いていた。


「もし敵がここに来ても、リーゼがこの村にいるとは思わないかもしれない。村人がどこへ行ったのかも分からない。そうすれば、みんなが見つかる危険を減らせます」


「……敵を倒すんじゃなくて、やり過ごすってことか」


 バルスが言った。


「うん。今の僕たちには、それが一番安全だと思う」


 ノエルはうなずいた。


「敵の人数も、目的も、まだ分からない。何も分からないまま戦うより、まずみんなの命を守りたいんです」


 その言葉に、村人たちは互いに顔を見合わせた。


 やがて、バルスが力強くうなずいた。


「よし。俺たちも手伝おう」


「えっ?」


「地下の避難場所を作るのはお前に任せる。だが、それ以外の準備は俺たちにもできる。家の中の物を運び出すことだって、生活の跡を片づけることだってな」


「そうだな。必要な物をまとめて、いつでも避難できるようにしておこう」


「畑のことも任せてくれ。荒れたように見せるなら、どこをどうすればいいか分かるからな」


 次々と協力を申し出る声が上がった。


 ノエルは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「みなさん……ありがとうございます」


「礼を言うのは、まだ早いぞ」


 バルスが笑った。


「まずは全員で無事に乗り切ろう。それから、また畑を耕せばいい」


 その言葉に、何人かの村人が笑った。


 緊張に包まれていた広場に、ほんの少しだけいつもの空気が戻ってきた。


 ノエルは、その光景を見つめた。


 この人たちを守りたい。


 誰一人、失いたくない。


 その思いは、ますます強くなっていた。


     


 話し合いが終わり、村人たちがそれぞれ準備に取りかかる中、ノエルは一人、村の外れに立っていた。


 目の前には、いつもと変わらない大地が広がっている。


 この土を動かすことなら、できる。


 けれど、地下に大きな空間を作るのは簡単ではない。


 広げすぎれば崩れる危険がある。支えを増やせば、その分だけ掘り進める場所が狭くなる。空気の通り道も必要だ。


 何より、避難している間、村人たちが安全に過ごせなければ意味がない。


「……考えないと」


 ノエルはしゃがみ込み、地面に手を触れた。


 土の感触が手のひらに伝わってくる。


 どこに空間を作るのか。

 どのくらいの深さが必要なのか。

 どうすれば崩れずに支えられるのか。


 頭の中で、いくつもの方法を組み立てていく。


 けれど、考えれば考えるほど、別の問題が浮かび上がってきた。


 もし、作戦が失敗したら。


 もし、敵が予想よりも早く来たら。


 もし、村人たちを守りきれなかったら。


 ノエルは、ぎゅっと拳を握った。


 そのときだった。


 ふと、昔の記憶がよみがえった。


 金属の匂いがする工房。


 壊れた機械を前に、どうしていいか分からず立ち尽くしていた自分。


 何度試しても動かず、苛立ちと悔しさでいっぱいになっていたあの日。


 そんな自分に、ガルドは言ったのだ。


『壊れたなら、直せばいい』


 ノエルは、目を閉じた。


 あの言葉を、今でもはっきりと覚えている。


 機械が壊れたなら、なぜ壊れたのかを考える。


 原因を見つけ、仕組みを理解し、直す方法を探す。


 力任せに動かそうとするのではなく、よく見て、よく考える。


 ガルドが教えてくれたことだった。


 けれど、今の自分が向き合っているのは、壊れた機械ではない。


 村そのものだ。


 守りたい人たちが暮らす場所であり、たくさんの思い出が詰まった場所。


 そこに危険が迫っている。


 ならば――。


「……壊れたなら、直せばいい」


 ノエルは、小さくつぶやいた。


 ガルドの言葉を、もう一度口にする。


「壊される前に、守る方法を考えればいいんだ」


 ノエルは顔を上げた。


 敵と戦って勝つことだけが、守る方法ではない。


 戦わずに済む方法があるのなら、それを選べばいい。


 危険が迫っているのなら、危険そのものから遠ざければいい。


 そして、今の自分には、それができるかもしれない。


 土を動かし、形を変え、必要な場所に必要なものを作る。


 機械を直すときと同じように、仕組みを考え、問題を一つずつ解決していけばいいのだ。


「……よし」


 ノエルは立ち上がった。


 迷いがすべて消えたわけではない。


 それでも、何をすべきかは見えてきた。


 まずは、村人たちが安全に避難できる場所を作る。


 その後、テルナ村を人のいない場所に変える。


 敵がどんな軍隊であろうと、村人たちの命だけは守り抜く。


 それが、今の自分にできることだった。


     


「ヴァルセーヌ」


 ノエルは、村の入口に立っていた老人のもとへ歩いていった。


「地下の避難場所を作る。今日中に、できるところまで進めたい」


「うむ。わしも手伝おう。土の状態を確かめるのは、一人より二人の方がよい」


「ありがとう」


「礼はいらん。お前が決めたことだ。最後まで考え抜け」


 ノエルはうなずいた。


 その少し離れたところでは、村人たちが避難の準備を始めていた。


 必要な荷物をまとめる者。

 家の中を片づける者。

 畑や道具のことを相談する者。


 誰もが不安を抱えているはずだった。


 それでも、誰一人としてノエルの作戦に反対しなかった。


 ノエルは、その姿を見つめた。


 ここは、自分が選んだ居場所だ。


 自分を受け入れてくれた人たちがいる場所だ。


 だからこそ、守りたい。


「みんなを、必ず守る」


 ノエルは静かに誓った。


 そして、地面へと手を伸ばした。


 土が、わずかに震える。


 テルナ村の地下で、誰にも知られない避難場所を作るための作業が、始まろうとしていた

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