リーゼとエレン
朝の光が、テルナ村の屋根を照らしていた。
ヴァルセーヌの家の前では、ノエルが小さなゴーレムの様子を確かめていた。短い手足を動かしながら、ぎこちなく歩く姿は、まだ生まれたばかりの子どものようだった。
「ノエル、また見てるの?」
声をかけたのはマリーだった。その隣にはオーティスがいる。
「うん。昨日より歩き方が安定しているんだ。足の形を少し変えたから、その影響だと思う」
「へえ。そんな小さな違いで変わるんだな」
オーティスがしゃがみ込み、ゴーレムの動きを覗き込む。
「お前、昨日はもっとふらふらしてたもんな」
まるで相手に言葉が通じているかのように話しかけるオーティスに、ノエルは苦笑した。
「まだ簡単な命令しかできないけどね」
「でも、動くんだろ? それだけですごいじゃないか」
ノエルは少しだけ誇らしそうに笑った。
その様子を、戸口に立つリーゼが眺めていた。
ゴーレムが動いたときのノエルの喜びようは、今でも印象に残っている。
自分の魔法を使ったことで、あんなにも喜んでくれる人がいた。
それは、リーゼにとって初めての経験だった。
「リーゼ、今日はみんなで村を回ってみない?」
マリーが振り返って尋ねた。
「村を……?」
「うん。せっかくだから、いろんな人に紹介したいの。みんな優しい人たちだよ」
リーゼは少し迷った。
知らない人と話すのは、まだ苦手だった。
何を聞かれるのか。
どう答えればいいのか。
もし、自分のことを知ったら、どんな顔をされるのか。
考え始めると、胸の奥が落ち着かなくなる。
「無理に話さなくてもいいんだぞ」
オーティスが、いつもの調子で言った。
「俺だって、最初から村のみんなと仲良かったわけじゃないしな。まあ、気づいたら知り合いが増えてたって感じだけど」
「それ、オーティスが誰にでも話しかけるからじゃない?」
マリーが呆れたように言う。
「いいことだろ?」
「悪いとは言ってないよ」
二人のやり取りに、ノエルが小さく笑った。
リーゼは三人を見つめた。
彼らは、誰かに無理に何かをさせようとはしなかった。
話したくなければ、話さなくてもいい。
すぐに仲良くなれなくても、構わない。
そう言ってもらえたことが、少しだけ嬉しかった。
「……行ってみたい」
リーゼが小さな声で答えると、マリーは明るく頷いた。
「うん! じゃあ、行こう!」
最初に訪れたのは、村の中央にある広場だった。
そこでは何人かの村人が、荷車に積まれた木箱を倉庫へ運んでいた。
「おはようございます!」
マリーが声をかけると、村人の一人が顔を上げた。
「おお、マリーちゃん。今日は友達と一緒かい?」
「うん! この子はリーゼ。ノエルとオーティスもいるよ!」
「よろしくお願いします」
ノエルが頭を下げ、オーティスも手を上げた。
リーゼは一瞬遅れて、小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします……」
「はは、そんなにかしこまらなくてもいいよ。せっかく来たんだ、ゆっくりしていきな」
村人はそう言って笑った。
それだけだった。
リーゼの過去を尋ねることも、どこから来たのかをしつこく聞くこともなかった。
ただ、そこにいる一人として迎えてくれた。
それが不思議だった。
「ところで、悪いんだが、少しだけ手を貸してもらえないか?」
村人が木箱を見ながら言った。
「荷車がいっぱいでね。倉庫まで運びたいんだが、あと少し人手が欲しいんだ」
「俺がやるよ!」
オーティスがすぐに手を挙げた。
「僕も手伝います」
ノエルも続く。
「私も!」
マリーは慣れた様子で木箱を持ち上げた。
三人が自然に動き始める中、リーゼだけがその場に残った。
手伝いたい。
でも、自分に何ができるだろう。
力仕事は得意ではない。帝国にいた頃は、命令されたことをこなすばかりで、誰かと一緒に働いた経験もほとんどなかった。
リーゼが迷っていると、村人が小さな木箱を差し出した。
「これを頼めるかな? 中身は軽いから、心配しなくていいよ」
「あ……はい」
リーゼは両手で木箱を受け取った。
確かに、重くはなかった。
ノエルたちの後について歩き、倉庫まで運ぶ。
ただ、それだけのことだった。
けれど、倉庫に着いて木箱を置くと、村人が笑顔で言った。
「ありがとう。助かったよ」
リーゼは思わず顔を上げた。
「……私も、役に立てたんですか?」
口にしてから、少し変な質問だったかもしれないと思った。
村人は不思議そうに瞬きをした。
「そりゃあ、そうだろう。君が運んでくれたから、箱を一つ運ぶ手間が減ったんだ」
それから、何でもないことのように笑った。
「助け合うってのは、そういうもんさ」
リーゼは返事ができなかった。
役に立たなければならない。
そう思っていたことは、何度もあった。
役に立てなければ、必要とされない。
必要とされなければ、ここにいる意味がない。
帝国では、そう考えずにはいられなかった。
けれど、この村では違うのだろうか。
大きな力がなくても。
特別なことができなくても。
ただ、小さな木箱を一つ運んだだけでも。
誰かが、ありがとうと言ってくれる。
「……どういたしまして」
リーゼは、ゆっくりと答えた。
その声はまだ小さかったけれど、さっきよりも少しだけ自然だった。
広場を離れた四人は、村の共同倉庫へ向かった。
そこでは、農作業に使う道具や、冬に備えて集めた薪などが保管されている。
倉庫の前には、年配の男性が薪を積み直していた。
「おや、マリーちゃん。今日は賑やかだね」
「こんにちは! 何か手伝えることはありますか?」
「そうだなあ。薪を積み直しているところなんだが、少し崩れやすくてね」
「じゃあ、俺がやるよ」
オーティスが袖をまくった。
「こういうのは得意だからな!」
「待て待て。力任せに積むと、また崩れるぞ」
男性が笑いながら止めた。
「下を安定させて、隙間を埋めるんだ。急がなくていい」
「なるほど……」
オーティスは真剣な顔で薪を置き直した。
その隣では、ノエルが積み方を観察していた。
「下の薪を少しずらすと、上の重さが分散しそうですね」
「おっ、よく気づいたな」
ノエルは教わったとおりに薪を並べ、崩れにくい形を作っていった。
マリーは落ちていた薪を拾い、リーゼもそれに続いた。
しばらくすると、薪の山はきれいに積み上がった。
「よし、これなら大丈夫だ」
男性が満足そうに頷く。
「みんな、ありがとうな」
オーティスは額の汗を拭った。
「いやあ、いい汗かいた!」
「オーティス、まだ少ししか働いてないよ」
「細かいことはいいんだよ!」
マリーが笑い、ノエルも肩を揺らした。
リーゼも、つられるように口元を緩めた。
ほんの一瞬だった。
それでも、自分が自然に笑ったことに気づき、少し驚いた。
誰かを傷つけないように気を張る必要もない。
失敗を恐れて、正解を探し続ける必要もない。
ただ、みんなと一緒に薪を拾い、積み上げる。
そんな時間が、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。
昼前、四人はマティルダの家を訪れた。
扉を開けると、乾燥させた薬草の香りと、古い本の紙の匂いが漂ってきた。
「おや、ノエル。今日はお友達も一緒なのね」
窓辺で本を読んでいたマティルダが顔を上げた。
「こんにちは、マティルダさん」
ノエルが挨拶する。
「今日はリーゼを連れてきたんです」
「まあ、あなたがリーゼね。話は少し聞いているわ」
マティルダは本を閉じ、穏やかに微笑んだ。
「来てくれて嬉しいわ。どうぞ、座ってちょうだい」
「……お邪魔します」
リーゼは緊張しながら、椅子に腰を下ろした。
マティルダは、リーゼの様子をじっと観察することも、過去を尋ねることもしなかった。
代わりに、机の上に置かれていた小さな木箱を片づけ、みんなが座れる場所を作った。
「今日は村を回っていたの?」
「はい。みんなのお手伝いをしてきました」
マリーが答えた。
「リーゼも一緒に手伝ってくれたんですよ」
「そう。それはよかったわね」
マティルダはリーゼへ視線を向けた。
「村の人たちは、少しおせっかいなくらい親切でしょう?」
リーゼは返答に迷った。
「……はい。どうして、そんなに親切にしてくれるのか、まだよくわからなくて」
マティルダは少しだけ目を細めた。
「そうね。理由を考えると、難しく感じることもあるかもしれないわ」
そして、静かに続けた。
「でもね、誰かに親切にするのに、特別な理由が必要とは限らないのよ」
「特別な理由……」
「困っている人がいたら手を貸す。誰かが来てくれたら、歓迎する。そういう小さなことが積み重なって、村の暮らしはできているの」
リーゼは、その言葉をゆっくりと受け止めた。
誰かの命令があったわけではない。
報酬を与えられるわけでもない。
それでも、人は誰かのために動くことがある。
「……私にも、できるでしょうか」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
マティルダは驚かなかった。
「もちろん。あなたは今日、村の人たちのお手伝いをしたのでしょう?」
「はい……」
「それなら、もう始めているじゃない」
リーゼは目を伏せた。
胸の奥が、少しだけ温かくなった気がした。
「それからね」
マティルダは棚から薄い本を取り出した。
「もし興味があれば、いつでも本を読みにいらっしゃい。文字を読むのが好きでなくても構わないわ。お茶を飲みに来るだけでもいいのよ」
「……いいんですか?」
「ええ。ここは本を読むためだけの場所ではないもの」
マティルダは笑った。
「誰かと話したいときに、話しに来てもいい場所よ」
リーゼは、その言葉を聞いてしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……ありがとうございます。また、来てもいいですか?」
「もちろんよ。いつでもいらっしゃい」
マティルダの返事を聞き、リーゼはほんの少しだけ笑った。
その笑顔を見て、マリーも嬉しそうに微笑んだ。
マティルダの家を出ると、太陽は少し西へ傾き始めていた。
「次は、うちに来ない?」
マリーがリーゼに尋ねた。
「お母さんにも紹介したいの」
「……マリーのお母さん?」
「うん。前に話したでしょう? 体があまり強くないんだけど、優しい人なんだ」
リーゼは少し緊張した。
人の家を訪ねることにも、誰かの家族に会うことにも、まだ慣れていない。
「大丈夫。母さん、きっと喜ぶよ」
マリーはそう言って、リーゼの顔を覗き込んだ。
「もし疲れていたら、無理しなくてもいいからね」
「……ううん。行ってみたい」
リーゼが答えると、マリーは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、決まり!」
四人はマリーの家へ向かった。
マリーの家は、村の外れに近い畑のそばにあった。
家の周りには、手入れされた花壇があり、窓辺には小さな鉢植えが並んでいる。
「ただいま!」
マリーが扉を開けると、家の中から穏やかな声が返ってきた。
「おかえりなさい、マリー」
居間では、一人の女性が椅子に座っていた。
年齢はマリーの母親らしく、柔らかな表情をしている。そばには畳んだ洗濯物が置かれていたが、まだ片づけの途中らしかった。
「お母さん、リーゼを連れてきたよ」
マリーがリーゼを紹介する。
エレンは三人の顔を見渡すと、親しげに笑った。
「あら、ノエルもオーティスも一緒なのね。二人とも、いらっしゃい」
「こんにちは、エレンさん」
ノエルは慣れた様子で挨拶した。
「お邪魔してまーす!」
オーティスは、いつもの調子で手を上げた。
「ふふっ。オーティス、今日は何か壊してないでしょうね?」
「ちょっと! 俺、そんなにしょっちゅう壊してませんよ!」
「この前、椅子の脚を折ったのは誰だったかしら?」
「あれは、椅子が古かったんです!」
「はいはい。そういうことにしておきましょうね」
エレンが楽しそうに笑い、マリーも呆れたように肩をすくめた。
「もう、お母さん。オーティスをからかわないでよ」
「だって、ついね」
ノエルも小さく笑っていた。
その様子を、リーゼは少し離れたところから見ていた。
ノエルもオーティスも、エレンと気兼ねなく話している。
何度もここへ来て、食事をしたり、マリーと遊んだりしてきたのだろう。
エレンにとって二人は、娘の友達であると同時に、昔から知っている身近な子どもたちなのだ。
「それで……あなたがリーゼちゃんね?」
エレンがリーゼへ向き直った。
「初めまして。私はエレン。マリーの母親よ」
「……初めまして。リーゼです」
リーゼは緊張しながら頭を下げた。
「来てくれてありがとう。マリーから、あなたのことは少し聞いているわ」
エレンは、優しく微笑んだ。
「大変なこともあったそうね。でも、今はこの子たちと一緒に過ごしているのでしょう?」
リーゼの肩が、わずかに強張った。
何をどこまで聞いているのだろう。
帝国のことを知っているのだろうか。
自分が何をさせられていたのかも。
考え始めると、言葉が出なくなった。
けれど、エレンはそれ以上、詳しいことを尋ねなかった。
「ここでは、ゆっくりしていってちょうだいね。マリーと仲良くしてくれたら、私も嬉しいわ」
そう言って、いつものように笑った。
リーゼは、戸惑いながらも小さく頷いた。
「……はい」
「さあ、みんな座って。お茶を淹れるわね」
エレンが立ち上がろうとした。
けれど、椅子から腰を浮かせたところで、ほんの少し動きを止めた。
「お母さん、私がやるよ」
マリーがすぐに声をかけた。
「大丈夫よ。これくらいなら……」
「いいから、座ってて。お茶くらい私が淹れるから」
マリーは慣れた様子で台所へ向かった。
エレンは困ったように笑い、再び椅子に腰を下ろした。
「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに、娘に任せてしまって」
「そんなことないですよ」
ノエルが自然に答えた。
「エレンさんは、無理しないでください。マリーも、いつも頑張っていますから」
「そうそう。マリーは働き者ですからね!」
オーティスが頷く。
「オーティス、あなたはもう少し落ち着いて働きなさいね」
「ええっ、俺も頑張ってますって!」
また笑い声が起きた。
リーゼは、そんなやり取りを見つめていた。
ノエルはエレンの体調を気遣い、オーティスは遠慮なく冗談を言う。エレンも二人のことをよく知っていて、気兼ねなく言葉を返している。
そこには、長い時間をかけて築かれた関係があった。
家族ではなくても、こんなふうに相手を気遣い、自然に笑い合える。
リーゼには、それがとても眩しく見えた。
「リーゼちゃん」
エレンに呼ばれ、リーゼは顔を上げた。
「はい」
「マリーと仲良くしてくれてありがとう。あの子、きっとあなたと過ごす時間を楽しみにしていると思うわ」
「……私も」
リーゼは、言葉を探しながら答えた。
「私も……マリーと一緒にいると、楽しいです」
口にしてから、少しだけ恥ずかしくなった。
けれど、エレンはとても嬉しそうに微笑んだ。
「そう。それならよかった」
それだけだった。
なぜ楽しいのか、どうしてそう思うのか、詳しく説明する必要はなかった。
リーゼの言葉を、そのまま受け止めてくれた。
やがてマリーがお茶を運んできて、四人はエレンを囲むように座った。
オーティスが最近の鍛錬の話を始め、マリーが畑であった出来事を話す。ノエルは二人の話を聞きながら、ときどき質問を挟んでいた。
リーゼは最初、ほとんど話せなかった。
けれど、誰かが話すたびに笑いが起こり、エレンも穏やかな相槌を打つ。
その空気に包まれているうちに、リーゼの緊張は少しずつ薄れていった。
自分が何かを話さなくても、責められない。
うまく笑えなくても、無理に笑う必要はない。
ただ、ここに座っていていい。
そんなふうに思えた。
しばらくすると、エレンが立ち上がった。
「さて、お茶も飲んだことだし、洗濯物を片づけないとね」
「お母さん、私がやるよ」
マリーがすぐに立ち上がる。
「あなたはお友達と話していていいのよ」
「でも……」
「大丈夫。畳むくらいならできるから」
エレンは笑って、洗濯物へ手を伸ばした。
しかし、何枚か畳んだところで、少し疲れたように椅子へ腰を下ろした。
マリーの表情が曇る。
「お母さん……」
「平気よ。少し休めば大丈夫だから」
エレンは心配をかけまいとするように微笑んだ。
リーゼは、二人のやり取りを見つめていた。
マリーは母親を助けたいと思っている。
エレンも、できる限り自分で家のことをしたいと思っている。
けれど、体が思うように動かない日もある。
リーゼには、何もできなかった。
病気を治す魔法は知らない。
体を元気にすることもできない。
もし自分がここで何かをしようとしても、何ができるのだろう。
そう考えていたとき、ふと、昨日の小さなゴーレムの姿が頭に浮かんだ。
短い手足で歩き、木片を運び、箱へ入れた小さなゴーレム。
あの子は、何か特別なことをしたわけではない。
ただ、頼まれたものを運んだだけだった。
それでも、ノエルはあんなにも喜んでくれた。
ならば。
もし、家事を手伝うゴーレムがいたら。
洗濯物を運んだり、軽い荷物を持ってきたり、散らかったものを片づけたり。
ほんの少しでも、エレンの負担を減らせるのではないだろうか。
リーゼは膝の上で、そっと手を握った。
自分の魔法で、誰かを助ける。
それは、帝国で命じられていたこととは違う。
誰かに命令されたからでもない。
役に立たなければ、ここにいられないからでもない。
自分が、そうしたいと思ったからだ。
「……ノエル」
リーゼは、小さな声で呼びかけた。
「ん? どうしたの?」
「私……作ってみたいものがあるの」
ノエルは、リーゼの顔を見つめた。
「どんなもの?」
リーゼは、エレンとマリーのほうへ視線を向けた。
「マリーのお母さんのために……家事を手伝うゴーレムを作ってあげたい」
言い終えると、胸の奥が少しだけ震えた。
誰かに頼まれたわけではない。
自分で考えて、自分で決めたことだった。
ノエルは一瞬驚いたように目を見開いた。
それから、ゆっくりと笑った。
「……いいね。きっと、役に立つと思う」
「本当……?」
「うん。でも、まずはエレンさんが何を手伝ってほしいのか、聞いてみよう。僕たちが便利だと思うものと、本人が必要としているものは違うかもしれないから」
リーゼは、その言葉を聞いて頷いた。
「……そうだね。ちゃんと聞いてみたい」
まだ、作りたいゴーレムの形は決まっていない。
どんな動きをさせるのかも、どれくらいの命を吹き込めばいいのかも、わからない。
リーゼの魔力も、まだ十分には回復していなかった。
けれど、今はそれでよかった。
考える時間がある。
相談できる人がいる。
そして何より、自分で選んだ願いがある。
リーゼはエレンを見つめた。
エレンはマリーと話しながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
その笑顔を、少しでも長く守れたらいい。
リーゼは、そう思った。
帰り道、夕日が村の畑を赤く染めていた。
オーティスは今日手伝った薪の積み方について、まだ何か話していた。マリーはそれに相槌を打ち、ときどきリーゼの様子を確かめている。
ノエルは少し後ろを歩いていた。
「リーゼ」
呼ばれて振り返る。
「ゴーレムのこと、明日から一緒に考えよう」
「……うん」
「焦らなくていいよ。小さなことから始めればいいんだから」
リーゼは頷いた。
昨日、彼女は初めて、自分の魔法で誰かを喜ばせることができた。
そして今日、自分から誰かのために何かをしたいと思った。
まだ、何も完成していない。
それでも、確かに一歩進んでいた。
誰かの命令に従うためではなく。
誰かに必要とされるためだけでもなく。
自分が大切にしたいと思った人のために、自分の力を使う。
それが、リーゼの新しい願いだった。
夕暮れのテルナ村を歩きながら、リーゼはそっと微笑んだ。
明日が、少しだけ楽しみだった




