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ノエル・ヴァース  作者: ひむひりか


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11/21

リーゼとエレン

朝の光が、テルナ村の屋根を照らしていた。


 ヴァルセーヌの家の前では、ノエルが小さなゴーレムの様子を確かめていた。短い手足を動かしながら、ぎこちなく歩く姿は、まだ生まれたばかりの子どものようだった。


「ノエル、また見てるの?」


 声をかけたのはマリーだった。その隣にはオーティスがいる。


「うん。昨日より歩き方が安定しているんだ。足の形を少し変えたから、その影響だと思う」


「へえ。そんな小さな違いで変わるんだな」


 オーティスがしゃがみ込み、ゴーレムの動きを覗き込む。


「お前、昨日はもっとふらふらしてたもんな」


 まるで相手に言葉が通じているかのように話しかけるオーティスに、ノエルは苦笑した。


「まだ簡単な命令しかできないけどね」


「でも、動くんだろ? それだけですごいじゃないか」


 ノエルは少しだけ誇らしそうに笑った。


 その様子を、戸口に立つリーゼが眺めていた。


 ゴーレムが動いたときのノエルの喜びようは、今でも印象に残っている。


 自分の魔法を使ったことで、あんなにも喜んでくれる人がいた。


 それは、リーゼにとって初めての経験だった。


「リーゼ、今日はみんなで村を回ってみない?」


 マリーが振り返って尋ねた。


「村を……?」


「うん。せっかくだから、いろんな人に紹介したいの。みんな優しい人たちだよ」


 リーゼは少し迷った。


 知らない人と話すのは、まだ苦手だった。


 何を聞かれるのか。

 どう答えればいいのか。

 もし、自分のことを知ったら、どんな顔をされるのか。


 考え始めると、胸の奥が落ち着かなくなる。


「無理に話さなくてもいいんだぞ」


 オーティスが、いつもの調子で言った。


「俺だって、最初から村のみんなと仲良かったわけじゃないしな。まあ、気づいたら知り合いが増えてたって感じだけど」


「それ、オーティスが誰にでも話しかけるからじゃない?」


 マリーが呆れたように言う。


「いいことだろ?」


「悪いとは言ってないよ」


 二人のやり取りに、ノエルが小さく笑った。


 リーゼは三人を見つめた。


 彼らは、誰かに無理に何かをさせようとはしなかった。


 話したくなければ、話さなくてもいい。

 すぐに仲良くなれなくても、構わない。


 そう言ってもらえたことが、少しだけ嬉しかった。


「……行ってみたい」


 リーゼが小さな声で答えると、マリーは明るく頷いた。


「うん! じゃあ、行こう!」


     


 最初に訪れたのは、村の中央にある広場だった。


 そこでは何人かの村人が、荷車に積まれた木箱を倉庫へ運んでいた。


「おはようございます!」


 マリーが声をかけると、村人の一人が顔を上げた。


「おお、マリーちゃん。今日は友達と一緒かい?」


「うん! この子はリーゼ。ノエルとオーティスもいるよ!」


「よろしくお願いします」


 ノエルが頭を下げ、オーティスも手を上げた。


 リーゼは一瞬遅れて、小さく頭を下げた。


「よろしくお願いします……」


「はは、そんなにかしこまらなくてもいいよ。せっかく来たんだ、ゆっくりしていきな」


 村人はそう言って笑った。


 それだけだった。


 リーゼの過去を尋ねることも、どこから来たのかをしつこく聞くこともなかった。


 ただ、そこにいる一人として迎えてくれた。


 それが不思議だった。


「ところで、悪いんだが、少しだけ手を貸してもらえないか?」


 村人が木箱を見ながら言った。


「荷車がいっぱいでね。倉庫まで運びたいんだが、あと少し人手が欲しいんだ」


「俺がやるよ!」


 オーティスがすぐに手を挙げた。


「僕も手伝います」


 ノエルも続く。


「私も!」


 マリーは慣れた様子で木箱を持ち上げた。


 三人が自然に動き始める中、リーゼだけがその場に残った。


 手伝いたい。


 でも、自分に何ができるだろう。


 力仕事は得意ではない。帝国にいた頃は、命令されたことをこなすばかりで、誰かと一緒に働いた経験もほとんどなかった。


 リーゼが迷っていると、村人が小さな木箱を差し出した。


「これを頼めるかな? 中身は軽いから、心配しなくていいよ」


「あ……はい」


 リーゼは両手で木箱を受け取った。


 確かに、重くはなかった。


 ノエルたちの後について歩き、倉庫まで運ぶ。


 ただ、それだけのことだった。


 けれど、倉庫に着いて木箱を置くと、村人が笑顔で言った。


「ありがとう。助かったよ」


 リーゼは思わず顔を上げた。


「……私も、役に立てたんですか?」


 口にしてから、少し変な質問だったかもしれないと思った。


 村人は不思議そうに瞬きをした。


「そりゃあ、そうだろう。君が運んでくれたから、箱を一つ運ぶ手間が減ったんだ」


 それから、何でもないことのように笑った。


「助け合うってのは、そういうもんさ」


 リーゼは返事ができなかった。


 役に立たなければならない。


 そう思っていたことは、何度もあった。


 役に立てなければ、必要とされない。

 必要とされなければ、ここにいる意味がない。


 帝国では、そう考えずにはいられなかった。


 けれど、この村では違うのだろうか。


 大きな力がなくても。

 特別なことができなくても。


 ただ、小さな木箱を一つ運んだだけでも。


 誰かが、ありがとうと言ってくれる。


「……どういたしまして」


 リーゼは、ゆっくりと答えた。


 その声はまだ小さかったけれど、さっきよりも少しだけ自然だった。


     


 広場を離れた四人は、村の共同倉庫へ向かった。


 そこでは、農作業に使う道具や、冬に備えて集めた薪などが保管されている。


 倉庫の前には、年配の男性が薪を積み直していた。


「おや、マリーちゃん。今日は賑やかだね」


「こんにちは! 何か手伝えることはありますか?」


「そうだなあ。薪を積み直しているところなんだが、少し崩れやすくてね」


「じゃあ、俺がやるよ」


 オーティスが袖をまくった。


「こういうのは得意だからな!」


「待て待て。力任せに積むと、また崩れるぞ」


 男性が笑いながら止めた。


「下を安定させて、隙間を埋めるんだ。急がなくていい」


「なるほど……」


 オーティスは真剣な顔で薪を置き直した。


 その隣では、ノエルが積み方を観察していた。


「下の薪を少しずらすと、上の重さが分散しそうですね」


「おっ、よく気づいたな」


 ノエルは教わったとおりに薪を並べ、崩れにくい形を作っていった。


 マリーは落ちていた薪を拾い、リーゼもそれに続いた。


 しばらくすると、薪の山はきれいに積み上がった。


「よし、これなら大丈夫だ」


 男性が満足そうに頷く。


「みんな、ありがとうな」


 オーティスは額の汗を拭った。


「いやあ、いい汗かいた!」


「オーティス、まだ少ししか働いてないよ」


「細かいことはいいんだよ!」


 マリーが笑い、ノエルも肩を揺らした。


 リーゼも、つられるように口元を緩めた。


 ほんの一瞬だった。


 それでも、自分が自然に笑ったことに気づき、少し驚いた。


 誰かを傷つけないように気を張る必要もない。

 失敗を恐れて、正解を探し続ける必要もない。


 ただ、みんなと一緒に薪を拾い、積み上げる。


 そんな時間が、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。


     


 昼前、四人はマティルダの家を訪れた。


 扉を開けると、乾燥させた薬草の香りと、古い本の紙の匂いが漂ってきた。


「おや、ノエル。今日はお友達も一緒なのね」


 窓辺で本を読んでいたマティルダが顔を上げた。


「こんにちは、マティルダさん」


 ノエルが挨拶する。


「今日はリーゼを連れてきたんです」


「まあ、あなたがリーゼね。話は少し聞いているわ」


 マティルダは本を閉じ、穏やかに微笑んだ。


「来てくれて嬉しいわ。どうぞ、座ってちょうだい」


「……お邪魔します」


 リーゼは緊張しながら、椅子に腰を下ろした。


 マティルダは、リーゼの様子をじっと観察することも、過去を尋ねることもしなかった。


 代わりに、机の上に置かれていた小さな木箱を片づけ、みんなが座れる場所を作った。


「今日は村を回っていたの?」


「はい。みんなのお手伝いをしてきました」


 マリーが答えた。


「リーゼも一緒に手伝ってくれたんですよ」


「そう。それはよかったわね」


 マティルダはリーゼへ視線を向けた。


「村の人たちは、少しおせっかいなくらい親切でしょう?」


 リーゼは返答に迷った。


「……はい。どうして、そんなに親切にしてくれるのか、まだよくわからなくて」


 マティルダは少しだけ目を細めた。


「そうね。理由を考えると、難しく感じることもあるかもしれないわ」


 そして、静かに続けた。


「でもね、誰かに親切にするのに、特別な理由が必要とは限らないのよ」


「特別な理由……」


「困っている人がいたら手を貸す。誰かが来てくれたら、歓迎する。そういう小さなことが積み重なって、村の暮らしはできているの」


 リーゼは、その言葉をゆっくりと受け止めた。


 誰かの命令があったわけではない。


 報酬を与えられるわけでもない。


 それでも、人は誰かのために動くことがある。


「……私にも、できるでしょうか」


 気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。


 マティルダは驚かなかった。


「もちろん。あなたは今日、村の人たちのお手伝いをしたのでしょう?」


「はい……」


「それなら、もう始めているじゃない」


 リーゼは目を伏せた。


 胸の奥が、少しだけ温かくなった気がした。


「それからね」


 マティルダは棚から薄い本を取り出した。


「もし興味があれば、いつでも本を読みにいらっしゃい。文字を読むのが好きでなくても構わないわ。お茶を飲みに来るだけでもいいのよ」


「……いいんですか?」


「ええ。ここは本を読むためだけの場所ではないもの」


 マティルダは笑った。


「誰かと話したいときに、話しに来てもいい場所よ」


 リーゼは、その言葉を聞いてしばらく黙っていた。


 そして、小さく頷いた。


「……ありがとうございます。また、来てもいいですか?」


「もちろんよ。いつでもいらっしゃい」


 マティルダの返事を聞き、リーゼはほんの少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、マリーも嬉しそうに微笑んだ。


     


 マティルダの家を出ると、太陽は少し西へ傾き始めていた。


「次は、うちに来ない?」


 マリーがリーゼに尋ねた。


「お母さんにも紹介したいの」


「……マリーのお母さん?」


「うん。前に話したでしょう? 体があまり強くないんだけど、優しい人なんだ」


 リーゼは少し緊張した。


 人の家を訪ねることにも、誰かの家族に会うことにも、まだ慣れていない。


「大丈夫。母さん、きっと喜ぶよ」


 マリーはそう言って、リーゼの顔を覗き込んだ。


「もし疲れていたら、無理しなくてもいいからね」


「……ううん。行ってみたい」


 リーゼが答えると、マリーは嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、決まり!」


 四人はマリーの家へ向かった。


     


 マリーの家は、村の外れに近い畑のそばにあった。


 家の周りには、手入れされた花壇があり、窓辺には小さな鉢植えが並んでいる。


「ただいま!」


 マリーが扉を開けると、家の中から穏やかな声が返ってきた。


「おかえりなさい、マリー」


 居間では、一人の女性が椅子に座っていた。


 年齢はマリーの母親らしく、柔らかな表情をしている。そばには畳んだ洗濯物が置かれていたが、まだ片づけの途中らしかった。


「お母さん、リーゼを連れてきたよ」


 マリーがリーゼを紹介する。


 エレンは三人の顔を見渡すと、親しげに笑った。


「あら、ノエルもオーティスも一緒なのね。二人とも、いらっしゃい」


「こんにちは、エレンさん」


 ノエルは慣れた様子で挨拶した。


「お邪魔してまーす!」


 オーティスは、いつもの調子で手を上げた。


「ふふっ。オーティス、今日は何か壊してないでしょうね?」


「ちょっと! 俺、そんなにしょっちゅう壊してませんよ!」


「この前、椅子の脚を折ったのは誰だったかしら?」


「あれは、椅子が古かったんです!」


「はいはい。そういうことにしておきましょうね」


 エレンが楽しそうに笑い、マリーも呆れたように肩をすくめた。


「もう、お母さん。オーティスをからかわないでよ」


「だって、ついね」


 ノエルも小さく笑っていた。


 その様子を、リーゼは少し離れたところから見ていた。


 ノエルもオーティスも、エレンと気兼ねなく話している。


 何度もここへ来て、食事をしたり、マリーと遊んだりしてきたのだろう。


 エレンにとって二人は、娘の友達であると同時に、昔から知っている身近な子どもたちなのだ。


「それで……あなたがリーゼちゃんね?」


 エレンがリーゼへ向き直った。


「初めまして。私はエレン。マリーの母親よ」


「……初めまして。リーゼです」


 リーゼは緊張しながら頭を下げた。


「来てくれてありがとう。マリーから、あなたのことは少し聞いているわ」


 エレンは、優しく微笑んだ。


「大変なこともあったそうね。でも、今はこの子たちと一緒に過ごしているのでしょう?」


 リーゼの肩が、わずかに強張った。


 何をどこまで聞いているのだろう。


 帝国のことを知っているのだろうか。

 自分が何をさせられていたのかも。


 考え始めると、言葉が出なくなった。


 けれど、エレンはそれ以上、詳しいことを尋ねなかった。


「ここでは、ゆっくりしていってちょうだいね。マリーと仲良くしてくれたら、私も嬉しいわ」


 そう言って、いつものように笑った。


 リーゼは、戸惑いながらも小さく頷いた。


「……はい」


「さあ、みんな座って。お茶を淹れるわね」


 エレンが立ち上がろうとした。


 けれど、椅子から腰を浮かせたところで、ほんの少し動きを止めた。


「お母さん、私がやるよ」


 マリーがすぐに声をかけた。


「大丈夫よ。これくらいなら……」


「いいから、座ってて。お茶くらい私が淹れるから」


 マリーは慣れた様子で台所へ向かった。


 エレンは困ったように笑い、再び椅子に腰を下ろした。


「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに、娘に任せてしまって」


「そんなことないですよ」


 ノエルが自然に答えた。


「エレンさんは、無理しないでください。マリーも、いつも頑張っていますから」


「そうそう。マリーは働き者ですからね!」


 オーティスが頷く。


「オーティス、あなたはもう少し落ち着いて働きなさいね」


「ええっ、俺も頑張ってますって!」


 また笑い声が起きた。


 リーゼは、そんなやり取りを見つめていた。


 ノエルはエレンの体調を気遣い、オーティスは遠慮なく冗談を言う。エレンも二人のことをよく知っていて、気兼ねなく言葉を返している。


 そこには、長い時間をかけて築かれた関係があった。


 家族ではなくても、こんなふうに相手を気遣い、自然に笑い合える。


 リーゼには、それがとても眩しく見えた。


「リーゼちゃん」


 エレンに呼ばれ、リーゼは顔を上げた。


「はい」


「マリーと仲良くしてくれてありがとう。あの子、きっとあなたと過ごす時間を楽しみにしていると思うわ」


「……私も」


 リーゼは、言葉を探しながら答えた。


「私も……マリーと一緒にいると、楽しいです」


 口にしてから、少しだけ恥ずかしくなった。


 けれど、エレンはとても嬉しそうに微笑んだ。


「そう。それならよかった」


 それだけだった。


 なぜ楽しいのか、どうしてそう思うのか、詳しく説明する必要はなかった。


 リーゼの言葉を、そのまま受け止めてくれた。


 やがてマリーがお茶を運んできて、四人はエレンを囲むように座った。


 オーティスが最近の鍛錬の話を始め、マリーが畑であった出来事を話す。ノエルは二人の話を聞きながら、ときどき質問を挟んでいた。


 リーゼは最初、ほとんど話せなかった。


 けれど、誰かが話すたびに笑いが起こり、エレンも穏やかな相槌を打つ。


 その空気に包まれているうちに、リーゼの緊張は少しずつ薄れていった。


 自分が何かを話さなくても、責められない。


 うまく笑えなくても、無理に笑う必要はない。


 ただ、ここに座っていていい。


 そんなふうに思えた。


     


 しばらくすると、エレンが立ち上がった。


「さて、お茶も飲んだことだし、洗濯物を片づけないとね」


「お母さん、私がやるよ」


 マリーがすぐに立ち上がる。


「あなたはお友達と話していていいのよ」


「でも……」


「大丈夫。畳むくらいならできるから」


 エレンは笑って、洗濯物へ手を伸ばした。


 しかし、何枚か畳んだところで、少し疲れたように椅子へ腰を下ろした。


 マリーの表情が曇る。


「お母さん……」


「平気よ。少し休めば大丈夫だから」


 エレンは心配をかけまいとするように微笑んだ。


 リーゼは、二人のやり取りを見つめていた。


 マリーは母親を助けたいと思っている。


 エレンも、できる限り自分で家のことをしたいと思っている。


 けれど、体が思うように動かない日もある。


 リーゼには、何もできなかった。


 病気を治す魔法は知らない。


 体を元気にすることもできない。


 もし自分がここで何かをしようとしても、何ができるのだろう。


 そう考えていたとき、ふと、昨日の小さなゴーレムの姿が頭に浮かんだ。


 短い手足で歩き、木片を運び、箱へ入れた小さなゴーレム。


 あの子は、何か特別なことをしたわけではない。


 ただ、頼まれたものを運んだだけだった。


 それでも、ノエルはあんなにも喜んでくれた。


 ならば。


 もし、家事を手伝うゴーレムがいたら。


 洗濯物を運んだり、軽い荷物を持ってきたり、散らかったものを片づけたり。


 ほんの少しでも、エレンの負担を減らせるのではないだろうか。


 リーゼは膝の上で、そっと手を握った。


 自分の魔法で、誰かを助ける。


 それは、帝国で命じられていたこととは違う。


 誰かに命令されたからでもない。


 役に立たなければ、ここにいられないからでもない。


 自分が、そうしたいと思ったからだ。


「……ノエル」


 リーゼは、小さな声で呼びかけた。


「ん? どうしたの?」


「私……作ってみたいものがあるの」


 ノエルは、リーゼの顔を見つめた。


「どんなもの?」


 リーゼは、エレンとマリーのほうへ視線を向けた。


「マリーのお母さんのために……家事を手伝うゴーレムを作ってあげたい」


 言い終えると、胸の奥が少しだけ震えた。


 誰かに頼まれたわけではない。


 自分で考えて、自分で決めたことだった。


 ノエルは一瞬驚いたように目を見開いた。


 それから、ゆっくりと笑った。


「……いいね。きっと、役に立つと思う」


「本当……?」


「うん。でも、まずはエレンさんが何を手伝ってほしいのか、聞いてみよう。僕たちが便利だと思うものと、本人が必要としているものは違うかもしれないから」


 リーゼは、その言葉を聞いて頷いた。


「……そうだね。ちゃんと聞いてみたい」


 まだ、作りたいゴーレムの形は決まっていない。


 どんな動きをさせるのかも、どれくらいの命を吹き込めばいいのかも、わからない。


 リーゼの魔力も、まだ十分には回復していなかった。


 けれど、今はそれでよかった。


 考える時間がある。


 相談できる人がいる。


 そして何より、自分で選んだ願いがある。


 リーゼはエレンを見つめた。


 エレンはマリーと話しながら、穏やかな笑みを浮かべていた。


 その笑顔を、少しでも長く守れたらいい。


 リーゼは、そう思った。


     


 帰り道、夕日が村の畑を赤く染めていた。


 オーティスは今日手伝った薪の積み方について、まだ何か話していた。マリーはそれに相槌を打ち、ときどきリーゼの様子を確かめている。


 ノエルは少し後ろを歩いていた。


「リーゼ」


 呼ばれて振り返る。


「ゴーレムのこと、明日から一緒に考えよう」


「……うん」


「焦らなくていいよ。小さなことから始めればいいんだから」


 リーゼは頷いた。


 昨日、彼女は初めて、自分の魔法で誰かを喜ばせることができた。


 そして今日、自分から誰かのために何かをしたいと思った。


 まだ、何も完成していない。


 それでも、確かに一歩進んでいた。


 誰かの命令に従うためではなく。


 誰かに必要とされるためだけでもなく。


 自分が大切にしたいと思った人のために、自分の力を使う。


 それが、リーゼの新しい願いだった。


 夕暮れのテルナ村を歩きながら、リーゼはそっと微笑んだ。


 明日が、少しだけ楽しみだった

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