第五話 なにしてんのよ
「しんどいわ」
「まだ一時限目終わったばかりよ。しっかりしなさいな、ドーラ」
「アリシアぁ、やっぱり勉強なんて夕食に仕込まれた野菜くらい無駄なのよぉ」
「それは世間一般でいうところの、有用というヤツになるんだけど」
机になだれこんでぶーたれるドーラに、よしよしと背中をさすってやるアリシア。それに甘えるように「もうやだ」だの、「帰りたい」だの、次々出てくる面倒な愚痴を否定するでもなく、ただただ子を見守るような笑顔で世話に従事している。
「ドーラは本当にがんばってえらいわねえ」
「ふふふん、もっとほめてえ」
「なんというか、親と子みたいだな」
「王子、ドーラは繊細なのです。そんな冷めた目で見られたらさらにやる気を無くしちゃいますわ」
「本当に同い年なのか? 君たち」
「もちろん。ね、ドーラ?」
「あったりまえでしょ~。このままよしよししてえ」
傍から見れば決してそうではないので、アレキサンダー王子の感覚が正しいわけだが、悲しいことにこの場の誰もがアリシアに言い返すことはできなかった。
「ところでドーラ。次の授業は何かわかるかしら?」
「わかんない」
「今日はハイネス王国の歴史学、算術、貴族の礼儀作法ね」
「三時間で終わるの? もう昔話だなんだってウンザリ!!」
「歴史学はこの後もあるわよ。歴史、算術を二時限、礼儀作法で一時限分ね。お昼はいっしょに食べましょ」
「わーい!!」
さらっと喜ぶドーラだが、これはアリシアの手腕である。ただ授業内容を話されてたら衝動で逃げ出していたドーラだが、アリシアとの食事というご褒美に頭が支配されて、イライラなんて遠くの星に飛んでしまっていた。
その始終におお、と感服するアレキサンダー王子一派。ドーラだけが気づいていない。
「さ、ワタシも教えてあげるから。一緒にがんばりましょ」
「うん!!」
「すげえ、あのドーラを手なずけてるぞ!?」
「さすがは外交に強いヴィクトリアス家!! あとアリシア様はやはり美しい!!」
「学ばないといけないね。見事な腕だ」
それぞれの評価が飛び交い、それからしばらくして二時限が始まった。
歴史学を担当する女教師は縁のとがった眼鏡を光らせて、生徒を監視している。そして何事もないと確認をすると、黒板へと振り返りツカツカとチョークで文字を書き連ねていく。
「ハイネス王国は建国から五百年、多くの国のパイプラインとして貿易を担って参りました。南にはオルヴェール海、北には雪原領域、東西には隣国と恵まれた立地により――」
『世界観も全く同じなのね』
「そうなの?」
『あれ、あんた起きてたの?』
「チョークの音がうるさくて眠れないのよ」
『とりあえず、アンタの日頃の授業態度がわかったわ』
ドーラは机で腕枕を敷いて顔をうずめながら小さな声でヒカリに話かけていた。
何を言っても仕方ないと諦めたヒカリは、そのまま七色のスターライトについて語りだした。
『アリシア・ヴィクトリアスって子なんだけれど』
「アリシアがどうかしたの?」
『七色のスターライトっていうゲームの話したでしょ? アレに出てくる主人公のサポートキャラなのよ』
「ふーん。それで?」
『呑気ね。一応、その主人公を取り巻く周りがアンタを破滅に追いやるって話なんだけど』
「えっ、どういうこと!?」
ついドーラは声を大きくしてしまい、慌てて口をつぐんだが、内心は肝が冷えていた。しかし、運がいいことに辺りを見回すと、皆一様に黒板に書かれた内容を睨みつけてノートに書き込むので必死なようだった。
さぼってるドーラは例外だが。
『声は殺しな、聞こえるでしょ。アリシアのキャラ立ちとしては、今のまんまで変わらない。けど、主人公の親友ってポジションなのよ』
「なんでアタシをのけ者にしようとしてる主人公ってやつと、アリシアが仲良くなるわけ?」
『そこが謎なのよねえ。だって王立星光学園って高等部から始まるし』
「高等部? だったら今よりもずっと先じゃない」
『そ。だから、今から高等部に入るまでの間に何かあった、と考えるしかないわね』
アリシアと仲が悪くなった? その未来にドーラはとても気が気じゃなくなった。癖みたいに辺りを見回し、何事もないと確認して、ほっと一息つく。アリシアの横顔にも不機嫌さは見られない。
『大丈夫? アンタ息辛そうだけど』
「だ、だいじょうぶよ。なんてことはないわ」
『……そ。よくわかんないけど、あんまり無理はしないでよね。アンタがおっ死んだら、アタシがどうなるかわかったもんじゃないし』
「わかってるわよ」
本来、ドーラは周りを気にするような性格ではない。
しかし、あることがきっかけでドーラは周りの視線に過剰に反応するようになってしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
『ちょっと、ほんとにだいじょうぶ?』
自身を取り巻く噂、悲しむ両親の顔、離れていく友達。その時の記憶が頭の中で溢れかえり、ドーラの思考は定まらなくなる。
ドーラの姉、ライラは才色兼備で学園からの信頼も厚い生徒だ。高等部に属している彼女は、貴族としてのふるまいや技量を既に身に着けており、教師陣からも模範生として扱われている。当然、下級生から羨望のまなざしを受けることも少なくない。
一方ドーラは、活発でこそあっても、特別才に優れているかといえば、せいぜい学園が求める水準よりやや下くらいだ。交渉という分野においては光るものがあるが、それ以上に品行方正に難があるせいで教師陣からの評価を落としている。
貴族という社会は格で飯を食っていると言っても過言ではない。得られた名誉や勲章により家の格は向上するし、恥をかけばその分家の格は落ち、さげすまれることもある。
ドーラはライラと散々比較されて生きてきた。ライラに成果で劣るドーラは、そのせいで肩身の狭い思いをして生きてきた。酷い時にはドーラはブリュンヒルデ家の出涸らしと揶揄されたこともある。
それがすべての要因ではないが、そういう噂や嘲笑を経て、ドーラが友達を失ったことは少なくない。
「おち、おちつくわよ……しんぱいしないで」
『……なんかあったら、言いなさいよ?』
「うん……」
腕枕に顔を埋めているから誰も気づかない。ドーラの額は汗でぐっしょりになり、過呼吸気味になってしまっていることを。こういう時に助けてと言えれば、少しは楽ができたのかもしれない。
しかし、ドーラは助けの求め方がわからない。面倒ごとを頼んだりその場から逃げることはできても、苦痛や恐怖をやり過ごす術を知らなかった。
「ふう、ふう、ふう……少し楽になってきた。もう、大丈夫よ」
『そう……』
釈然としない様子でヒカリは相槌を打った。それから本人の言う通り、ドーラは落ち着きを取り戻し、そのまま眠りについた。
当然傍から見ればスヤスヤなお嬢様なので、女教師は眉間ピキピキである。ドーラは職員室へと呼び出され、懇切丁寧にお説教されたのであった。
「……サイアクよ。勉強だけじゃなくてお説教までされるなんて」
『人はそれを、自業自得と言うわね』
「うっさい」
ぶつくさ文句を言いながら廊下を歩いていたその時、
「なに、アレ」
『あー……』
廊下の窓から見えた中庭で、生徒の集団がひとりを囲んでいる姿を見つけた。
そして、囲まれているひとりをドーラは知っていた。だから、それが何を意味しているのかも理解していた。
「ムカつくわね」
『助けるの?』
「助ける? なんで」
『そ。じゃあ、ほっときゃいいんじゃないの』
ドーラの疑問に、ヒカリの解は冷たいものだった。
しかし、ドーラはそれで目を背けることはしなかった。彼女は一目散に廊下を走ると、中庭へ続く窓を勢いよく開いた。
『よくわかんないわね。助けないんじゃないの?』
ヒカリの問に、ドーラは当然のように答えた。
「ムカツクから文句いってやるわ。ああいう、ひとりじゃ何にもできないヤツは嫌いなのよ」
『……へえ』
「ちょっと、何してんのよ!!」
ドーラは勢いよく、たむろしている生徒達の群れに飛び込んでいった。
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