第二話 わたし、生まれ変わるわ!!
「やってやるわあああああああ!!」
盛大な叫び声と共に目を覚ましたドーラ。
硬いフローリングで体が痛むかと思えば、ふかふかのベッドの上だった。
へりに付けられた宝石の装飾が陽の光で輝いて、窓に付けられたカーテンはひらひらと風に吹かれている。あまりに平和過ぎて頭が真っ白になった。
「お体には問題ありませんか!? ドーラ様っ」
「えっ」
公爵家のメイド長が慌ててドーラの前にやって来ては、ぺたぺたと体を触りはじめた。怪我が無いかを確かめているのだが、状況に置いてかれたドーラはなすがまま受け入れるのみ。
「ここ、どこ?」
「……なんてことぉ」
明後日の回答にメイド長は顔面蒼白。
というのもこのメイド長は、ドーラが高台を登っている最中に足を滑らせ落っこちた第一発見者である。医者の手配や介抱のためにと、屋敷中を走り回っていた。どうしてドーラが頭にバケツを被っていたのかは全く理解できなかったが。
という背景もあって、ドーラにもしものことがあると思うと気が気ではなかった。それは、事情を聞いて集まった使用人たちも同じ気持ちだった。
「私が話してみましょう」
そんな中、ミオリーと呼ばれたメイドが前に出る。彼女はひとりだけ落ち着いた様子だった。
「ミオリー、……お願いできる?」
「はい、お任せください。ドーラ様、私のことはご存知ですか?」
「ええっ、ミオリー。なんでここに?」
「ドーラ様が足を滑らせたと聞きまして」
「わたし、ぼろっぼろの小屋に捨てられちゃったんじゃ? 非常食しか食べられないんじゃ?」
「ふむ、もうダメかもしれないですね」
「どういうことぉ!?」
ミオリー以外の全員が卒倒しかけた。
「冗談ですよ。ご無事で何よりです、ドーラ様」
「へ?」
「ここはボロ屋でもなければ、非常食以外にもふんだんに食材を取り扱っています。当然このベッドも、ドーラ様が毎日お休みになられている特注品です」
「へ?」
「ひょっとしたら、悪い夢でも見ていたのかもしれませんね」
「……ここ、どこ?」
「ブリュンヒルデ邸になります、ご安心ください。貴女が九年、生まれ過ごした場所にございます」
淡々と事実を告げるミオリーの言葉に、パニックで混乱したドーラの頭の中はストンと整理されていった。よくよく見返してみれば、自分の部屋に違いないし、ベッドの寝心地だってフローリングなんかとは段違い。当然、大人にもなっていない。
ようやく我に帰ったドーラの瞳から、次々と大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うわあああああああああん、ミオリいいいいいいいいい」
そのままミオリーの胸に抱きつくと、ミオリーはそれを暖かく受け止めた。
「大丈夫ですよ、ドーラ様。私は勝手にいなくなったりしません」
「わあああああああああああん」
それから。
「ふむふむ。ドーラ様は私にイタズラをしようとして、高台からバケツの水をぶっかけようとしたが、足を滑らせて地面に落ちてしまったと」
「うん」
「自分が路頭に迷う悪夢を見て、そのうえ得体の知れないヒカリという輩に将来がヤバいと警告されたと」
「そう!!」
「将来が危ないですね」
「やっぱりそうなの!?」
泣きそうになるドーラだが、食い違いが生まれていることをドーラは知らない。
「ふむ、そうですね」
ミオリーは顎に手を当てた。
ドーラは散々親に甘やかされたせいで、ごめんなさいの一つも言えない。将来が危ないというのも、あながち間違いではなかった。
ブリュンヒルデ夫妻もこんな風に育ったドーラに頭を悩ませていた。ミオリーにもどうにかならないか裏で相談していたくらいには。
「とりあえず、淑女たるもの悪いことをしてしまったからには謝罪をしなければなりません」
「しゃざい?」
「ごめんなさい、と謝るのです」
「んなっ!?」
ドーラはこれでもかと顔をしかめた。
というのもこの九歳児、才色兼備の姉の後ろ姿に頭を焼かれてしまったせいで、謝ることが恥ずべきことだと思い込んでいるのである。
『問題が起きたなら、謝る前に責任を果たしましょう』
これが口癖の姉が間近にいて、しかも有言実行ばかりなので憧れを持つには十分すぎる刺激だった。実際は、“口先だけでなく、責任を果たしたうえでしっかりと謝罪する”が、姉のポリシーなのだが、都合の良いドーラのおつむはそんなこと知る由もない。
「嫌よ!! そんなことしたらブリュンヒルデの名が廃るわ!!」
「言うと思いました」
ミオリーは額に手を当てた。
わかってはいたが、こうも重症だと少しは気が滅入る。とはいえ、無理にでも矯正しようとすると、ドーラは反発して仕返しにイタズラを仕掛けてくる。
「だって、謝るってのは自分が弱いって認めるってことでしょ?」
「弱いと認めることの何が悪いんですかね」
「えっ」
「ライラ様は少なくとも己の欠点と向き合い、克服なされてる。その姿勢がドーラ様には、はしたなく見えるのですか?」
ドーラは口をつぐむしかなかった。
確かに、姉のライラは毎日のように努力をしている。やさしいだけで自慢の姉だというのに、ドーラにできないことをいくらでも出来る。
努力をして、多くのことが出来るようになった姉に、ドーラは憧れたのだ。
「……ううん、思わない」
「自分の非を認めることも同じです。確かに痛い所を曝け出すかもしれない。辛い思いをするかもしれない。それでも、私達はやらなければならない」
「どうしてなの?」
ドーラにとっては、素朴な疑問だった。
その問いにミオリーはやさしく微笑んで答えた。
「いざという時、自分を許せるようになるためですよ」
ドーラの頭に“?”マークがピロンと立ち上がった。
子供には少々難しい話だが、ミオリーはそう信じている。いつかドーラがこの話を理解できる年になったその時、きっと彼女の助けになると。
「それに、大人になってぼろ屋で寂しい人生を送るのは嫌なのでしょう?」
「ぜったいにいや!!」
「そういうことです。じゃあ、早速謝りましょうか」
「だれに?」
「私、そしてアレキサンダー殿下ですね」
「なんでよ」
「高台に登って足を滑らせたのは、隠れて私にバケツの水をぶっかける為ですよね」
「そ、そんなことはないけど?」
この期に及んで、すぎる嘘である。
「あと、アレキサンダー殿下の手記に落書きをされたそうですね」
「な、なんで知ってるの」
「一時間おしりペンペンか、それとも屋敷の外周を二十周するか。どちらが良いかお選びください」
これでもかとニッコリして見せるミオリーに、思わずたじろぐドーラ。
ドーラは考えた。これはミオリーが本気で怒ってる時のやつだと。そして、誤ったところで許される隙がまるで無いじゃない、と。
少しだけ頭を悩ませて、辿り着いたドーラの答えは。
「アレクに謝ってくるわ!!」
そう言いながら、ダッシュで部屋を抜け出した。
しかし、大人のミオリーに速さで勝てるわけもなく、呆気なく捕まったドーラは、おしり百叩きに外周二十周と散々な目にあうのだった。
『ふふん、ざまあないわね』
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