第十一話 どうしてこうなんのよ!!
「やっちゃった」
『……』
「やっちゃったわ。どうしましょう」
この独り言はすべてヒカリに聞かせたやつなのだが、自室はしんと静まるばかりでまったく反応がない。
「ねえ、きこえてるんでしょ」
「……もしもーし」
「ねえ、あたしの中に住まわしてるんだから、返事くらいしなさいよ」
反応がない。ドーラの眉間はピキピキだった。
「んああああああああああああん!! なんなのよ、もう。ほんっと、なんでわたしだけこうなんのよ!!」
ふかふかのベッドの上、仁王立ちのドーラはひどく憤慨した。
ここしばらく人生最大の不幸みたく意気消沈していたが、よくよく考えてみたらドーラは大好きなお友達を救っただけなのに、その友達からはひどく怒られて、その挙句父親からは異常者として扱われた。
やっぱりわたしって――と、泣きたくなったが、父親に不満を思う存分ぶつけたら、ぐっすり眠れて目覚めすっきり。
ちゅんちゅんと鳥のさえずる声で目が覚めて、おはようの伸びをするくらいにはドーラは元気を取り戻していた。
「そもそも、わたしだって何がなんだかわかんないんだから、どうしようもないじゃないっ。そんな風におちつけるのなんて、あの王子くらいでしょ!? そうでしょ!? ヒカリ」
『つーん』
「なんで、あんたがすねてんのよっ。なんかもう授業も全部行きたくなくなってきたわ、もう退学しちゃおっかしら」
そんなことをすれば、間違いなくご両親からのお尻百叩きだが、今この瞬間だけドーラは無敵だった。シワシワのシーツをひっぱって、ぶおんぶおんと揺らしまくると、思いっきりベッドの上でぴょんぴょん跳ねまくった。
「んわああああああああああああああ!!」
『うっさいなあ、もう!! だまってなさいよ、アンタ!!』
「へっへーん。あんたには散々おちょくられたからね、仕返ししてやるんだから。あんたの声は誰にも聞こえませええええん!! わああああああああああい!! わああああああああい!!」
『うるさあああああああああああああああい!!』
「だまりませえええええええええええええん!! あんたの嫌がる顔が見たくてたまんないわああああああ!!」
奇声に奇行。イタズラ魂ゆえのフラストレーション発散にすぎないが、その前日が前日なので、傍から見ればいよいよ気がふれたと見れてもおかしくない。
本当はこんな姿見られたくないが、ひとたびやってしまえば、今まで我慢していたひと時をこの上なく後悔した。
ドーラは決して良い子ではないのである。
その時、2回ノックが鳴った。
「どう――」
「ドーラッ、いったい何があった!?」
乱暴にドアが開けられると、そこにはくたびれた様子の父アデルがそこにいた。正装こそしているが、服はところどころしわくちゃになっている。
「へっ、おとうさま」
「ゴーストが現れたのか!? それともデーモンでもとりついたのか!? ドーラああああああああああああああ!!」
「な、なにがどうなってんのおおおおおおおお!?」
アデルは取り乱したかと思えば、さっとドーラを担ぎ上げ、一目散に部屋を出ていこうとした。
何がなんだかわかっていないドーラは、「うえええええ!?」と声にならない叫びでじたばた暴れた。しかし、アデルも負けじと「ドーラああああああああ!!」と叫ぶせいで、にっちもさっちもいかない。
わらわらとメイドや執事達がやってきて、落ち着かせようとするが、娘の為ならアデルは無敵になれる。多勢であろうと、止まることはなかった。
「はあっ、ドーラ。なんということでしょう」
ちなみに部屋の入り口付近では、母のローザが口に手を当てて、地べたにへたりこんでいた。ひとりで奇声を上げる九歳の娘に、つい貧血を起こしてしまったのである。
そういうわけで、ブリュンヒルデ一家の朝は、とてもけたたましく始まった。
そして、彼らは揃いも揃って、大事なことを忘れていたのである。
「あのう、とりあえず皆さん」
ん? と、一斉に声の主に目を向ける。当の本人は気まずそうに苦笑いを浮かべながら、それでもめげずにはっきりと告げた。
「一旦、落ち着きませんか?」
彼の名はアレキサンダー・エル・ハイネス。
ハイネス王国の第一王子であり、この事件の闇を暴いた張本人である。
「出過ぎた真似をっ!! 大変申し訳ございませんっ」
「そんな、お気になさらず。僕だって気が動転しても仕方無いと思うので」
「身に余るお言葉、感謝いたします!!」
「感謝いたします!!」
「本当に気にしなくていいんだけど……まあ、それが出来たら苦労しないよね」
深々と頭を下げるアデル、ローザ、使用人たちをとりなすアレキサンダー王子。しかし、一番の当事者であるドーラはまるで事態に追いつけていなかった。
それもあって、あわあわした顔で人様に向かって指を差す。とんでもない不敬である。
「あ、あんた!! なんでここにいんの!?」
「そりゃあ、お友達を救うためでしょう」
「おともだち?」
「ドーラ。僕は友達じゃないやつに、カバンの中にねこじゃらしを詰められたのかい?」
「あっ」
「ドーラ、どういうことだ?」
「詳しく話を聞かせてくれないかしら」
「な、なんでもないよっ。アレクとはおともだち!!」
「よろしい」
前科を数えたら指がいくつあっても足りやしない。
そして、両親の笑顔に宿る鬼のような圧に、ドーラはお口をチャックするしかできなかった。
「まあ、本当なら僕が出しゃばる番ではないのですが、事が事なので僕なりに調べてみたんです」
「それが、先ほどお伝えされた?」
「ええ。アリシア・ヴィクトリアスのティーカップに、毒物が混入されていました」
とんでもない事実に、ドーラの顔からさあっと血の気が抜けた。
「ほ、ほんとなの?」
「ああ。うちの密偵を使ったから間違いない。カップのへり、飲み物の中身それぞれに毒が入っていたよ。それも、ひとたび飲んでしまえばあっさり死んでしまう強烈なヤツが、ね」
淡々と告げるアレキサンダーだが、内心は戦慄していた。
貴族の関係とは、陰謀うずまくのが当たり前の世界。だからこそ、他に出し抜かれなきよう、陥れないように最善を尽くす。それが、公爵家という国で二番目に権力を持つ家系なら、なおさらだ。
しかも、その権力を持った貴族の包囲網を搔い潜ったうえで、敵は毒物を混入してきたのである。
「ここで皆にお伝えしたいのは、標的が僕らの可能性もある。ということです」
「なっ……!? それは、最早国家に対する宣誓布告ではないですか!?」
「ブリュンヒルデ公、その通りです。今、僕たちは何者かの見えない力によって、国そのものが脅かされている。そう言っても良い」
スケールが大きすぎてまったく話が頭に入らないドーラ。
国そのものを陥れる脅威、そんなものが見えないところで隠れている。何かの本で読んだことがあるわね、その程度の認識だった。
「ちなみに、国が乗っ取られたらドーラがいつもすやすや寝ているベッドも、当たり前のように食べ残している食事も、大好物も全部没収だよ」
「んなっ!? どうして!?」
「だって、王様が王でなくなってしまったら、他の貴族が貴族でいられる保証、あると思う?」
王子の問いにドーラは頭をこねくりまわす。
もしも、わたしたちの国から王様がいなくなってしまったら。貴族という枠組みが他の誰かに奪われてしまったら。
「それって、つまり、このお家から追い出されて、ぼろっちい小屋でひもじい生活するってこと?」
「そうだよ」
ドーラはしばらく首をかしげる。そして、頭にこり固まった情報が正しい形で一つになったその時、
「いやよ!! ぜったいいや!! あんな硬い床の上なんて、いっしょうゴメンだわ!!」
全力でだだをこねた。
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