第十話 わたしをしんじて
「やっぱり、わたしのいってることっておかしい?」
その実、父のアデルはドーラの証言が世迷言にしか思えていない。ドーラはドーラで、自分の身に起きた出来事は本当に現実か恐ろしくなっていた。
ヒカリという存在も実は幻で、夢と現実がごちゃまぜになっているのでは。
今、こうしているのも全部悪い夢。それなら、何も悩む必要は無かったのに。
内心、ドーラはすさみ切っていた。
『いい? ドーラ、今からわたしの言う通りにして。難しいことは考えなくていいから』
うん、とうなづけば意思は伝わる。
しかし、そんな素振りを見せてはいけない。ヒカリはドーラを除いて誰も知らないのだから。
やむなく沈黙を肯定とみなし、ヒカリは続けた。
『急に時間が止まったみたいに皆が動かなくなった。そして、目の前に二つの選択肢が現れた。って言いなさい』
『選択肢はアリシアを"助ける"と"助けない"の二択が出たって言いなさい』
『あと、時間が止まる前にアリシアとはサンドイッチを交換したけど、それが無かったことになっていた。これも言いましょう』
ドーラとしても、言いたいことがまとめられていたから、乗っかったつもりだった。しかし、実際口にしてみると、やはり妄想じみて疑わしくなる。
それでも、父親ならなんとかしてくれる。そう信じて、どうにか言葉を重ねる。
「えっと。ええっと、時間がとまる前にアリシアとはサンドイッチを交換したの。でも、止まってすぐにアリシアはティーカップをもっていたの!!」
「……何を言ってるんだ?」
『ドーラ、落ち着いて。これも追加してあげよ。時間が止まる前はサンドイッチを手に持っていた。それで、時間が動きだしたときにはサンドイッチがティーカップに変わっていた。って』
「時間がとまる前、アリシアはサンドイッチを手に持っていたの。それで、時間が動き出したときには、サンドイッチじゃなくてティーカップに変わっていた!! これでいい!?」
『ちょっと、アンタ!!』
「あっ」
しどろもどろで言葉を並べるドーラを見るアデルの目は、決して穏やかでなかった。
お前は嘘付きだ。そう突きつけられているようで、胸がきりきりと痛んだ。
「ほんとうなの!! しんじて!!」
「ううむ……」
あごひげを撫でながら目をつむるアデルに、ドーラはもう心が折れかけていた。
こんな話、信じてくれるわけがない。自分だって、誰かに同じことを言われたら信じない。
でも、言わなければ嘘になる。アリシアを助けようとしたのは本当で、決して嫌がらせがしたかったからではない。それだけは信じて欲しかった。
「これを他の人達にも話したのか?」
「……ううん、おとうさまにだけ。アリシアを"助ける"、"助けない"を選んだ話はおとうさまにしか、してない」
「そうか」
アデルはドーラの言葉に重く息を吐いた。そして、
「ドーラ。一度、医者に診てもらうぞ」
「……えっ」
「私としてはお前の話を信じてやりたい。しかし、そうするにはあまりに荒唐無稽すぎる。無作為に信じてはお前の為にならないかもしれない」
無常なる宣告だった。
ドーラはもう縋り付くしかない。それをアデルは、ドーラを抱きしめる形で受け止めた。
「今、お前はとてつもなく大きな問題を抱えている。それは、私達のような素人では踏み入れられない領域だ。専門機関と話をして――」
途中からアデルが何を言ってるのか、全く耳に入らなくなっていた。
父親と顔を合わせたのはいつぶりなのかはわからない。それでもドーラにとって、父親は完璧な存在だった。多くの人に慕われ、多くの仕事を動かし、多くの愛情を向けてくれる。
そんな大好きな父親に抱きしめられているのに、ドーラからすっと熱が抜けるように消えていった。そして、その隙間を埋めるように別の何かがふつふつと沸き上がる。
ドーラはやさしく介抱する父を乱暴に突き放した。
それは、信じてもらえない"怒り"だった。
「どうして、しんじてくれないの」
「ドーラ?」
「わたし、うそついてないもん!! ほんとうのこといってるもん!!」
「ドーラ、落ち着いて」
「じぶんでもおかしいってわかってるもん!! でも、わるいとおもってやったんじゃないんだもん!! だって、だって――」
「ドーラッ!!」
張り上げた声にぴんと背筋が伸びた。
そこには、いつも穏やかな父の顔ではなく、厳格な貴族の顔をした父が居た。
「医者には診てもらう。それまでは外に出るな。いいな?」
「おとうさま……」
「たとえお前に嫌われようとも、お前の為ならなんだってする。それが私の覚悟だ」
そう言うと、アデルはドーラの元からすっと離れて、部屋から居なくなってしまった。
その代わりを埋めるようにメイドのミオリーが入って声を掛けてきたが、ドーラはもう完全にうわのそらだった。
「ねえ、わたしどうなっちゃうの?」
「――」
「だめ、なにもわからないわ。なにを言ってるの、ミオリー」
いつも無表情で淡々としているミオリーが、珍しく心配そうに自分を見ている。そして、壊れ物でも扱うかのように体を起こしていた自分をそっとベッドに寝かしつけ、布団を敷かれた。
「ねえ、ミオリー。やっぱり、わたしっておかしくなっちゃったのかな」
「――」
「なんでこんなことになっちゃったんだろ」
ミオリーの声はドーラに届かない。
身もすくむような悪夢に、知らない声とのやりとり、突然の時間停止。友達とのすれ違いに、父親からも信じてもらえない自分。
それらをひとりで乗り切るには、九歳の器ではとても耐えられなかった。
『アンタ、十分がんばったよ。もう寝なさい』
「こういう時でも、あんたの声はハッキリ聞こえるのね。ふふ、やっぱりわたし、ダメになっちゃったのかもね」
『そんなことない。アタシがちゃんと見てたから。誰も信じてくれなくても、アタシがちゃんと見てたから』
「……あんた、わたしにしか見えないじゃない」
それから、糸が切れたようにドーラは意識を手放した。
明日なんて来なければいいのに、そう願いながら。
その傍ら、アデルの元にひとりの客人が現れる。
思わぬ客人に目を見張るアデルだったが、客人は顔を合わせるやいなや、開口一番にこう告げた。
「アリシア・ヴィクトリアスのティーカップから、毒が検出されたそうです」
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