第九話 はんせいしてます
「ううむ、とんでもないことになった」
茶色のあごひげを何度も手で擦りながら、眉をひそめて苦笑いを浮かべる男がいた。
白シャツの上にえんじのベストを着た彼はアデル・フォン・ブリュンヒルデ。ハイネス王国ブリュンヒルデ公爵家の当主であり、ドーラの父である。
書斎のガラス窓からは陽光が差しているが、彼の内心はこの上なく雨模様。というのも、娘のドーラが日頃懇意にしているヴィクトリアス家ご息女の私物をわざと壊したと報せを受けた。
どうしてこんなことを、と最もな疑問に苛まれながらも、ヴィクトリアス家に赴き、当主に頭を下げてきた。旧知の中とはいえ、壊したものが彼の亡き奥方の形見ということもあり、気の毒に思えるくらいには憔悴しきっていた。
そして、その当主にも事実確認をしたところ、使用人から聞き取りした内容に相違はなく、さらには「ごめんなさい」と謝罪をしながらご息女の私物を壊したのだという。ますます、意味が分からなかった。
「今回のこと、どう思う? ローザ」
オレンジ色の長髪を首元で結い、ローブを纏う女性は、彼の妻でありドーラの母であるローザ。彼女は、アデルの問いに沈痛な表情で答えた。
「そうですわね。わたくしもあの子の親ながら、さっぱりといったところですわ」
「そうだよなあ……」
今後、何かしらの形で弁償させてくれと願い出ることでほとぼりは冷めたが、横のつながりに傷がついたというのは当主としてかなりの痛手。そして、手塩にかけて育てた娘の愚行に、自分たちの教育が悪かったのかもしれない、とひどく後悔を募らせていた。
「それにしても、ドーラが自分から謝った……いったい、どういう風の吹き回しだ?」
「使用人からの話ですと、先日ドーラがケガをした時に悪夢を見たようで、それから人の話に聞く耳を持ち始めたそうです」
アデルとローザが知る限り、ドーラが誰かに謝罪や感謝の意を伝えたことは一度として無い。
日頃、公務で娘たちとの時間をあまり過ごせていない二人だが、使用人づてで、どこに出ても恥じないよう、淑女のたしなみは教育を施してきた。しかし、幼少期から甘やかして育ててきた影響か、ドーラは謝罪というものをかたくなに否定するようになる。
それが、どうしてか自ら謝罪を申し出たのである。やらかしたことはまるで矛盾しているが。
「ほんとうに、あのお転婆娘は」
「わたくしも、もっと目を光らせておけばよかったものを。大変申し訳なく思います」
「共に仕事をしているのだ。そこまで気を張っていたら、つぶれてしまうさ。それに、日頃家を支えてくれている使用人に落ち度があるとも思えない」
「……どうにか、解決の糸口が見つかれば良いのですが」
あまりに無茶苦茶すぎる状況に、アデルはいっそ笑いごとにして逃げ出したくなっていた。
「……ふう。こういう時こそ、落ち着いて行動する。だよな、父上」
それでも、彼は貴族の当主であり、二児の父である。
いくら仕事や立場に忙殺されているとはいえ、現実から目を反らすわけにはいかない。そう己を鼓舞して、問題と向き合うことにした。
「よし、とりあえずドーラにも直接話を聞こう。ひょっとすると、何か見落としていることが見つかるかもしれない」
「わたくしも、ドーラの様子を確かめてみようと思います。あの日以降、部屋にこもりきりみたいなので」
「苦労をかけるな」
「とんでもないですわ」
それからアデルは、手始めにドーラの様子をメイド長に尋ねた。
「様子はどうだ?」
「ひどく憔悴していらっしゃいます。口をとざしたまま、ベッドから出てこない状態が続いています。食事はとってくださるのですが……」
「ということは、本人から事情は聴けずじまいというわけか」
「力及ばず大変申し訳ございません。ドーラ様は繊細なお方なので、無理にでも聞き出そうとするとより悪化してしまうかと思い、なかなか聞き取りが出来ず」
「いや、その判断は正しいと思う。私なら無理にでも聞き出しかねないからな、配慮に感謝するよ」
「身に余るお言葉、感謝いたします」
話によると、ドーラと親睦が深いミオリーも状況が聞けずじまいだという。
心を閉ざしてしまった背景に何があるのか。それがドーラに変化の兆しを与えた"悪夢"と繋がっているのか。
自分の目で確かめるしかない。そう判断したアデルは、ドーラと直接対話をすることにした。
「ドーラ、入るぞ」
「……お父様」
部屋の扉を開けると、ベッドから体を起こしたドーラがそこにいた。
オレンジの髪はぼさぼさで、顔色もすこぶる悪い。ひどくやつれている。
「隣、いいか?」
「ええっと、ちらかってしまってて……」
「いいさ。愛娘の顔が見れるならやすいものだ」
そう言うと、ドーラは「どうぞ」と小さく呟いて、座るスペースを開けた。
そこにアデルは座ると、使用人からの情報をもとに、やさしい声色でドーラに尋ねた。
「話は聞いた。色々と聞きたいことは山のようにあるが、とりあえず反省しているとは聞いている。違いはないか?」
「はい、はんせいしてます」
「そうか……」
「おこらないんですか?」
びくびくしながら、アデルの様子を伺うドーラに思わず胸を痛めた。
もう少し自分たちがしっかりしていれば、ドーラにこのような思いはさせずに済んだのかもしれない、と。
「そうだなあ。本当ならおしりペンペンしてやろうかと思ったんだがな、こんなにも反省しているならその必要はないだろう」
「えっ」
「成長したな、ドーラ」
それでも、後悔は表に出さない。
父としてあるべき姿に迷ったとしても、彼女の今を導くのは自分である、と。
「……ごめんなさい。おとうさまの、おかあさまの、みんなのかおに泥をぬってごめんなさい。わるいことはしたくなかったのに、でもアリシアがいなくなっちゃうのが怖くなって」
「そういう気持ちを示すのが、謝罪というものなんだ。ドーラは大事なことを学んだんだよ」
「うう、ごめんなさい。ごめんなさいっ。うわあああああああああああん!!」
涙ぐむドーラをそっと支えてやる。父の胸に身を預けたドーラはしばらくの間、わんわんと泣き続けた。
もう二度とこのような思いをさせないように。アデルはそう胸に誓った。
しばらくして落ち着きを取り戻したドーラは、何があったのかをぽつぽつと語った。それは、ヴィクトリアス家のご息女であるアリシアの身を案じて、ティーカップを壊した。という前もって使用人から聞いた内容と相違なかった。
「そこが一番気になったんだが。そのティーカップがあることで、どうしてアリシアちゃんがいなくなっちゃうと思ったんだ?」
「それは……」
アデルの問いにドーラはえっと、やその等の言葉を重ねるだけで、口をもごもごと動かすのみ。
アデルにはその真意がわからなかった。言いたくないは流石に許されない。しかし、それで断じるには妙に引っ掛かる。
「言えないような何かがあったということか?」
「……うう、いいたいんだけど、どういったらいいのかわかんないの」
「どういったら……か。ドーラ、それはアリシアちゃんに関係しているのか?」
ドーラはこくりとうなずいた。そして、なぜか目線を上にしてきょろきょろと何かを追い始めた。それからもう一度何かにうなずくと、おずおずと語り始めた。
「えっと。急に時間が止まったみたいに皆が動かなくなった。そして、目の前に二つの選択肢が現れた。出てきたのは……そう!! アリシアを"助ける"と、"助けない"っていうにたく? ってやつ。それで――」
ドーラは急に話を止めて、アデルのことをじっと見つめた。
「やっぱり、わたしって、いってることおかしい?」
その通りだと口にしようとした。しかし、本能がそれを止めた。
今、ドーラから目を反らしてはいけない。とてつもなく大きな何かを抱えている。アデルの中で、そんな予感がしていた。
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