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悪役令嬢は世渡り上手  作者: 木戸陣之助


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第八話 シンギュラリティ

「ね、ねえ。アリシア?」


 返事はない。微笑みながらティーカップを口に付ける直前で静止している。

 ドーラが体をさすってもぴくりと動かない。石像に触れたような堅さだ。

 また、周囲からも完全に音が消えている。ただ、自分とヒカリ、そしてアナウンスの声だけが反響した。


「どういうこと!? 何が起きてるの!?」

「知らないわよ……こんなの。何が起きて――」


 割って入るように、ドーラの前に二つの真っ新な枠が現れた。


『CAUTION!! 今からプレイヤーには二つの選択肢から解を選んでいただきます。一度そのルートを選ぶと二度と引き返すことはできません』


「な、なによおっ。これぇ!?」


 突如として現れる縁が装飾された桃色のウインドウに、無機質な音声による警告アナウンス。文字は黄金にこそ輝いているが、あまりに唐突で圧の強いワードが並んでいるせいか、怪しさが異様に際立っている。

 当然このような表示、ドーラは見たこともない。


「……どういうこと。なんで、今なのよ!?」


 しかし、ヒカリは知っていた。

 これは、七色のスターライトに現れる分岐処理。それは一歩選択を誤れば、ゲームそのものが強制終了し、リスタートする転換点だ。

 だが、ヒカリにはわからなかった。これは各ルートの親密度が足りずにゲームオーバーになる瀬戸際の演出。

 そんな崖っぷちのような選択肢がなぜ、急に現れたのか。


「……知ってるの?」

「ええ。これはね、いわゆる奇跡の復活ルート。選択一つで日常に戻れれば、アンタが見たバッドエンドに直行する可能性もある」

「ちょっと待って。そんなの聞いてないわよ!? だって良い子にしてたら――」


『制限時間は十秒です。それまでに選択がなければ、強制的に決定されます』


 ドーラの疑問を切り捨てるように、アナウンスが割って入る。


「ちょ、ちょっと待ってよ!! 冗談でしょ? 何が何なのか全くわかんないわよ!? ヒカリでしょ? ヒカリのイタズラなんでしょ?」

「そんなことしないって!! だったら、アタシがわざわざ出てくる理由がわかんないじゃな――」


『アリシアを"助ける"、"助けない"』


 アナウンスによって選択肢が掲示された途端、二つの枠には文字が刻まれ、淡く輝き出した。


『10』


「アリシアが危ないの? これ、ヒカリ知ってるの!?」

「知らないっ、こんなのストーリーには無かったっ」


『9』


「しかも、これ本当に秒刻みで進んでる」

「ねえ……アリシアは大丈夫なの?」

「わかんない。でも選び間違えたら絶対にダメな気がする」


『8』


「じゃあ、この二つの選択肢も見たことがない?」

「そうよ。だって――」


『7』


「ダメ。もう時間ない。とりあえず何を選ぶか決めよう」

「そんなの助けるに決まってるじゃないっ。でも、何から助けるの?」


『6』


「探さないとダメかも。残り5秒で」

「そんな……わかんない。わかんないわよ」


『5』


「アリシアを助けるんでしょ!? 何が何でも見つけないと――」


『4』


「どれよ。ねえ、どこにあるの!? わかんない、わかんないわ!?」

「探して。とにかく何か違和感を――」


『3』


「ああ、もうどうしよう!? 何か、おかしなところ」

「アタシも探してるから、がんばろっ」


『2』


「何か、何か何か……」

「ダメ、もう選ばないと。早く――」


『1』


「早く!!」

「"助ける"!! アリシアを"助ける"!!」


 ドーラは、決死の勢いで淡く光る選択肢を叩いた。すると、暗くなったはずの空間に光が戻り、一瞬であちこちから音が鳴り始めた。


「あっ!? アリシア、ちょっとまって!!」

「え?」

「それを、飲んじゃだめえええええええええええええええええ!!」


 アリシアがティーカップに口を付ける前に、ドーラはひったくるようにティーカップを奪った。そして、そのままドーラはティーカップを持って、


「アリシアは、こんなもの持ってなかった!!」

「え、急にどうしたのドーラ」

「わたしが渡したのはサンドイッチだった!! ()()()()()()()()()()()()()()()()!! だって、サンドイッチとオムレツ交換したでしょ!?」


 正解である。

 時が止まる前、アリシアはサンドイッチを食べようとしていた。しかし、今この空間において、手に持っているものはティーカップ。それは疑いようのない事実である。


「……え? 何を言ってるのドーラ」

「だって、サンドイッチはわたしが――」


 慌ててドーラは鞄から容器を取り出す。そして中を開けて、サンドイッチが入っていることを見せた。


「二個、入ってるわね」

「えっ……だって、いつも二人分持ってきてて。それで、ひとり分はアリシアのオムレツと交換して」

「オムレツなんて持ってきてないわよ?」

「え?」

『……ドーラは間違ってない。アリシアがおかしい』

「……わたし、夢見てたの?」

「ドーラ、算術の時間ほとんど眠っていたじゃない。ひょっとしたら寝ぼけていたかもしれないわね」


 ドーラはもう何がなんだかわからなくなっていた。

 確かにドーラの記憶では、オムレツとサンドイッチを交換して、オムレツをおいしくいただいた筈だ。でも、アリシアが言う通り、現状ではお皿の上にオムレツなんて置かれてなければ、サンドイッチも無くなっていない。


『気を付けて、ドーラ。ひょっとしたら、まだ終わってない』

「じゃあ、どうすればいいのよ!?」

「どうしたの、ドーラ? そんな怖い顔で。ティーカップに何かあるの?」

「そうなの。でも、わたし色々とおかしくなってるかもしれなくて、でも……やっぱり、アリシアに何かあるのは嫌だ……」

「……ドーラ? とりあえず、そのティーカップはだいじなものだから。返してほしいな」


 流石のアリシアも、ドーラのうわ言のような発言には付いていけてない。困惑したまま、ティーカップを返すよう促す。

 返したらどうなる。"助ける"という選択に反するかもしれない。

 アリシアの身に何かあったら、ドーラはとても耐えられない。


「……アリシア」

「なあに?」

「わたし、アリシアにはしあわせでいてほしい」

「ドーラ?」

「ほんとうに、ごめんなさい」


 この先に待つであろう結末に涙を浮かべて、ドーラはアリシアのティーカップを地面に叩きつけた。

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