第十二話 わたしはわたし!!
ドーラに夢や目標なんて大層なものはない。
ぜいたくな暮らしに、なんでも言うことを聞いてくれる召使い。愛してくれる両親。付き合ってくれる友人。最初からすべて手に入っていた。
だから、新たな何かを追う理由なんてない。今でさえあれば、それでいいのだ。
しかし、身に起きた不幸が、それは当たり前ではないと諭した。
「わたし、すっごくなやんだ。あやまりなさいって言われたとき、ほんとうにイライラしたし、納得もできなかったけど、怖いからそうしたの」
白い目が向けられることは理解しているつもりだ。なぜなら、ドーラがイタズラをするたびに怒られてきたし、わがままを言うたびに後ろ指を差されてきた。
ぜんぶ自業自得だし、当然の結果だが、ドーラひとりだけは何一つ納得いってない。
「……ドーラ?」
「でも、やってみてわかった。ぜんっぜん、たのしくない」
皆一様に目が点になった。ドーラだけは覚悟を決めた顔をしているが、誰一人としてなぜそうなっているか付いていけてなかった。
「わたし、えらくてあたりまえだし。それに、人に気をつかうのもきらい。ともだちは助けたいけど嫌われるのはいやだし、いいように使われるのもいや!!」
ものすごく真剣な顔でじたんだを踏む九歳に、全員が目を見張っていた。
「いいことをしたのに何もいいこと起きないし、頭おかしいって思われるし。しかも、知らないやつが何か狙ってるんでしょ。なんでこんなに嫌な目にあわないといけないの!? おかしいじゃない!?」
『色々とタイミングが悪かったのよ。今言うことじゃ――』
「タイミングが悪いって、ぜんぶわたしじゃない奴のつごうじゃない!!」
「ええっと、ドーラ。いったい誰と」
「これが先日お伝えした夢遊病にございます。アデル様」
「なんてこと……」
「おかしくないわよ!! ぜーんぶ、この見えないやつが色々いってるのが原因よっ。そんなもの見えないあんたたちが悪いじゃない!!」
ものすごい暴論である。しかし、ドーラはこの上なく生気を取り戻していた。
「わたしは普通に暮らしてるだけなの!! なによえらそうにって、わがままだって。それがわたしの普通なんだからッ!! よくもわからないヤツらが、人の邪魔をするなっ!! あんたの不幸はあんたで背負え、こんなもの知るかっ!!」
好き勝手言ったドーラは一息ついて、わーって叫んで部屋を飛び出した。
それから何もかもを置き去りにして、ぴゅーっと屋敷の門を通り抜ける。
「あ、ドーラ……」
「アリシアじゃない」
「えっと、その――」
命拾いした貴族の少女、アリシアは気まずそうに口を開く。
そんな彼女をドーラは、
「いま、むしゃくしゃしていそがしいの。あとにして!!」
「ええーっ……」
もう気の向くままに激走した。振り返ることもせず森の中につっこむと、木の幹をよじ登って、枝という枝を飛び移り、猿もびっくりのスピードで森の中を駆け抜ける。
『アンタ、むちゃくちゃよ!!』
「なにがよ」
『その意味のわかんない身のこなしもそうだけど!! なんで急に出てったのよ!!』
「へんっ。なんであたしが人の言うこときかなきゃいけないのよ」
『いやいや、アンタ。ふつうに危ない話してたじゃない!? 聞かない理由が――』
「どいつもこいつも、アタマで考えすぎなのよ」
『はあっ!?』
「おいしそうなご飯があったら食べるでしょ? ほんとうは食べたいのに理由つけて、何もしないなんてバカのすることよ」
『……うわあ』
ひゅん、と空気の擦れる音がする。
あまりに無茶苦茶すぎるドーラの答えに、ヒカリは思わず苦笑いした。実際は体なんてないから表情なんてないのだが、実体があれば間違いなくそうしていた。
ヒカリはドーラがどれだけお転婆な令嬢なのかを知らなかった。
「危ないのがこわいなら逃げればいいし、怒られるのがいやなら逃げればいい。誰かが助けてなんてくれるわけない。でも、ひもじい思いも嫌だ。それなら」
『それなら?』
「ぜんぶ、やっつけちゃえばいい!!」
途端、木々で覆われた視界が開ける。現れたのは一面緑の平地。
生い茂る草原を全速力で駆けて、風にでも乗ってしまうかのように、ドーラは走った。
「まあ、やっつけるのは無理だから逃げるんだけどね」
『……あんたねえ』
ゲームの世界では散々プレイヤーの邪魔を働き、ことごとく攻略ルートをつぶしては高笑いを繰り返すにっくき令嬢。多くのプレイヤーが完全攻略を目指し、欲望とともに夢半ばで散っていった。
まるで生きてるかのようにプレイヤーの前に現れては、ことごとく攻略キャラの好意をかすめ取り、ハンカチを握り締めさせた彼女の名は、
「あとは、よろしくねえええええええええええ!!」
ドーラ・フォン・ブリュンヒルデ。
恋愛ゲーム、七色のスターライトの悪役令嬢にして、最も出現方法の難しい隠しヒロインである。
その真実に辿りつい者は、未だ存在しない。
完
これにて第一部は完結となります。読んでいただき、ありがとうございました。
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さいごに、いつも見て頂き誠にありがとうございます。




