7人目:魔女マキナと殺戮人形⑤
マキナに創造されてから約5年が経った。
そして彼女の話が本当なら明日、彼女がこの世界を滅ぼす日でもある。時計の針が0時になり、日にちが変わった瞬間、彼女の小さな身体に秘められた膨大な魔力がこの世界の全てを焼き尽くす。全てが破壊され、全てが燃え去る。
ここから遠いところに住んでいる人間にも被害が及ぶらしい。そんな存在である彼女は、今日も美しい顔で寂しそうに笑う。
日が暮れた時間、しんと静まる室内を2人並んで歩く。今頃外には満天の星空が煌めいているだろう。今日は特別に食後のデザートを用意した。今日が、目の前に居るマキナとおやつを食べる最後の日になるだろう。
世界の終焉をどこで過ごしたいか聞かれ、悩んだ結果私が生まれた研究施設が良いと言った。焦げたオイルと鉄の不快な匂いが充満する部屋だ。この日のために少しでもいい空気にしようと掃除をしたり、商人から買った消臭剤を使ったり、換気をしたが匂いを取り切れない。
この場所は私にとって、貴方と出会った思い出の場所なのにおやつを食べるのには向いていないと思う。それでもマキナは私の我儘に付き合い、ここで良いと言ってくれた。
配線を避けて、いつもの白いテーブルと椅子をここに持ってきた。マキナはいつものようにちょこんと座り、少し冷えるのでひざ掛けを敷いている。
私は最後のおやつを作り、紅茶を入れたティーポットを置いた。今は蒸らしている途中なのでもう少しだけ待ってカップに淹れよう。
「ついに今日が来てしまった」
用意したおやつをカットしてテーブルに並べていると、マキナは寂しそうに呟いた。今日はクリームをたっぷり乗せたフルーツケーキだ。場所が場所なのでいつもよりちょっと強めに香り付けをしている。
「結局、お前は私を一度たりとも殺そうとしなかった。どこで作り方を間違えたのやら。今までのランスロットより、人の心を理解させてしまった影響なのか」
「マキナ、安心してください、私は貴方を殺します。という事で、ケーキをどうぞお召し上がりください。度肝を抜かせてみせます」
「そう……」
マキナはフォークでケーキを大きめにカットして、口いっぱいに頬張る。
柔らかいスポンジを小さな口で何度も咀嚼し、こくんと飲み込んだ。
「とっても美味しくて驚いた。これで満足か?」
「ええ、とっても」
マキナはふっと笑顔を見せる。その表情に、私もつられて笑ってしまった。
私も自分が作ったケーキを食べる。ここに来た時より随分と上手になったと思う。クリームの作り方のレシピは最初のころと同じなのに、やはり知識だけでは上手くなれないと感じる。
「ランスロット、私は複雑なのだ。この世界のために私は死ぬべきだと思っているのに、お前と過ごした時間が心地よくて世界が終わるその瞬間まで、お前と居たいと願ってしまった」
「光栄ですマキナ。私も同じ気持ちです」
私にとってこの5年は穏やかで、毎日が至福の時であった。確かに生まれた瞬間は、頭を抱えた。己の使命にミスは許されない重圧感。本当に苦しかった。
それでも、貴方と過ごす日々は様々な幸福と感動を与えてくれた。目覚めた時に頭に送られた知識も素晴らしいものであったが、どこか他人事で心に突き刺さらなかった。でも今は、幸せというものが何なのか分かった気がする。
貴方の温かな体温も、気丈に振舞うその奥底にある弱さも全て知っている。包み込んで救ってあげたい、愛情という感情を知った。緊張感で常に張りつめていた貴方が、こうして笑ってくれるようになってどれだけ嬉しかった事か。
殺せと言いつつケーキを頬張り、毒が無いことに本当は安心している事も実は知っているんですよ。それを知って毒なんて入れられるわけがない。
貴方には穏やかに最期を迎えてほしいから。これは私を生んでくれた恩返しでもある。
…そろそろ茶葉が蒸らし上がった頃だろうか。
ティーポットを持って、それぞれのカップにお茶を注いでいく。フルーティーで良い香りがふわりと広がり、マキナが目を細めて笑う。
「初めての香りだ、良い香り」
「特製ブレンドです。お気をつけて、毒が入っているかもしれませんよ。是非一気飲みで」
「おお怖い」
私は彼女の前にティーカップと砂糖入りの小瓶を置いた。マキナは小さなスプーンでたっぷりの砂糖を紅茶に入れている。その間に私も着席し、香りを堪能する。良い香りだ。
「……未来の事を憂い、数々の魔法を調べ、なんとかせねばと考えた」
思い出を語るように、突然マキナはぽつりぽつりと呟き始める。私は鼻に近づけていた紅茶をソーサーに戻し、彼女の言葉に耳を傾ける。くるくるとかき混ぜる彼女の紅茶には、諦めと安堵を宿した表情が浮かび上がっている。
「そして私の真っ白な空想のキャンバスに、お前という存在を思い描いた。
その心のあり方はどのような色をし、どのように染まっていくのか。
英雄となるものがただの無骨な人形では良くないから、お前の顔の造形も衣装も全て私がデザインした。
想いを込めて丁寧に魔力を紡げば、無機物にだって命は宿る。
お前の魂は、本来美しい町を駆け抜ける少年のように自由であるべきだ。
それなのに私という存在がお前を縛り付けて、お前をここから離さない。……本当にすまない」
「マキナ、貴方が私を作ってくれたことには本当に感謝しています。だが私は自分の意思でここに居る。私は必ず貴方の心を救う。その為にも必ず貴方を殺す。徹底的に、完膚無きまで」
「……そう」
マキナはふーふーと紅茶に何度か息を吹いて冷まし、くいっと一気に全てを飲み込んだ。彼女の細い喉が、ごくりと動くのをこの目で確かに見た。
「随分と、美味しい毒だな……」
マキナは涙を流しながら笑った。
ぽたぽたと頬を伝う涙に気付いた彼女は、何かいろんな思いが溢れ出したのだろう。それがきっかけで涙腺が崩壊するように更に大量の涙を流し始めた。
「ううっ……ひっく……死にたくない……本当は死にたくないのだ……ランスロット、最後まで一緒に居て……」
声を殺して震えながら泣く彼女に居てもたってもいられなくなり、私は席から立ち上がった。彼女をそっと抱きしめ、いつものように優しく背中をさすったらマキナは少しずつ落ち着きを取り戻しはじめる。
そ のままずっと背中をさすっていたら、安心したマキナの目はウトウトと閉じ始める。
「なんだかとっても眠い……嫌だ……少しでも長く一緒に居たいのに……」
「泣き疲れたのかもしれません。どうぞお眠りを。私はずっとそばに居ますから」
「約束……だよ………ランスロット、愛して……る」
そう言って、マキナの意識は完全に閉じてしまった。寝息も立てずにピタリと完全に止まり、力の抜けた身体がずっしりと私にのしかかる。
私は彼女を抱きかかえ、ある場所に運んだ。




