第四十五話:最深管理区画の門と、失われた古代OS
学園全域を揺るがす魔導異常を止めるため、立ち入り禁止の地下最深部へ潜入した生徒会一同。
古代回廊の熱線やガーゴイルを秒速で突破し、辿り着いたのは帝都の全地脈を束ねる超巨大炉心でした。
しかし、暴走冷却を試みたノアの前に現れたのは、かつて幼少期のノア自身が組まされた冷徹な自律迎撃プログラム《ゴースト》!
無警告の一斉掃射が迫る中、ノアは過去の自分を超えるため電脳空間へのフルダイブを決意する――!
現実の炉前防衛戦と仮想世界の戦いが交錯する、緊迫の第四十五話をお楽しみください!
埃の積もった旧校舎の地下廊下を駆け抜け、第1章で事件のあった旧文芸部室を横目に、最奥の備品倉庫へ滑り込む一同。
部屋の隅に置かれた重厚な鉄製ロッカーを、アイラとタクトが力任せに横へスライドさせる。
剥き出しになった黒ずんだ石壁の中央に、分厚い円形ハッチと、何重もの物理シリンダー錠が埋め込まれているのが現れる。
ハッチの縁には、先ほど生徒会室の画面で見たものと同じ「金色の古代幾何学紋様」が薄っすらと刻み込まれている。
「あった……! 本当に備品倉庫の壁の奥に隠し扉があるなんて、ノアの解析通りじゃん!」
「うっわ、ホコリすご! でも鍵の機構自体は……へへっ、アタシの出番でしょ!」
セナがポケットから特製の魔導ピックツールを取り出し、瞬く間に3つの物理シリンダーをカチカチと早業で解錠する。
「物理ロック解除完了! あとはノアくん、魔力錠のハッキング頼んだ!」
ノアは黒革の端末を開き、ハッチの魔導端子へコードを流し込む。
「古代言語のバイパス認証を通します。……3、2、1、解除」
プシューッ……と重苦しいエア圧が抜け、分厚い円形ハッチが軋みながら手前へ開く。
ハッチの向こう側に広がっていたのは、床ではなく、漆黒の闇が垂直に落ち込む底なしの巨大竪坑。
懐中電灯の光を落としても底が見えず、吸い込まれそうな暗黒が広がっている。
「……っ! なんだこの穴……底が全然見えねぇぞ!?」
坑口の奥底から、地上へ向けてゴオオォォ……と生暖かい風が吹き上がってくる。
それは単なる空気の流動ではなく、肌をチリチリと刺すような高密度の魔力圧を含んでおり、全員の髪と制服の裾を激しく揺らす。
「それに、この風……地下の奥底で、莫大な魔力が渦を巻いて淀んでおりますわね」
リサは時計に目を落とす。
「結界炉の臨界まで残り2時間40分。階段や梯子を探して降りている時間はありません」
モタモタしてる時間はないってことね。
「なら、やることは一つね。……タクト、出番だよ!」
「へへっ、任せてください! 『連続偏向スライダー』敷設完了! 北方でやった時みたいに、摩擦と衝撃は全部俺の障壁が殺します!」
セナが調子良く言う。
「よっ、待ってました! タクト急行、出発進行〜!」
「ふざけていないで、着地時の体幹を崩さないように集中しなさい」
タクトが両腕の青銀の魔導腕甲を打ち合わせ、カチリと魔力循環を励起させる。
坑口の縁に立ち、暗黒の縦穴へ向けて手をかざす。
斜め45度の角度をつけた淡い藍色の光膜――『偏向反発面』を、螺旋階段のように竪坑の内壁に沿って連続で生成していく。
「みんな、しっかり掴まって! 一気に行くわよ――ダイブッ!!」
私を先頭に、6人が迷いなく暗黒の竪坑へと飛び込む。
落下速度が乗る直前、足元に展開された光のスライダーが滑らかに身体を受け止め、ジェットコースターのような猛スピードで螺旋状に滑走を開始する。
竪坑の最下層、滑り台の末端がふわりと反発力を弱め、トランポリンのように6人の勢いをゼロにしてフロアへ着地させる。
煤埃一つ立てずに全員が綺麗に着地を完了する。
「ふぅ……全員無傷、着地成功っす!」
懐中電灯とノアの端末の光が照らし出したのは、学校の建屋とは完全に切り離された異様な光景。
黒曜石のような漆黒の石材と、継ぎ目のない青白い古代金属で構築された、見上げるほど天井の高い神殿のような巨大回廊が目の前に広がっている。
セナは周囲を見回して口笛を吹く。
「うっわ……何ここ。学校の真下とは思えないくらい、ガチの古代神殿じゃん……」
ノアは端末の深度メーターを凝視する。
現在地、地下350メートル。……間違いありません。学園の正規図面には一切存在しない区画です」
私は指揮杖を構え、回廊の奥の闇を睨みつける。
「……ここが、結界炉の最深部へ続く道ね」
息を呑む一同の頭上、回廊の壁面に刻まれた古代の幾何学紋様が一斉にチカチカと不穏な真紅に点滅を始める。
着地したばかりの回廊の側壁一面、幾何学レリーフの溝にドス黒い赤紫の魔力が走り、空間全体が低周波の唸りを上げ始める。
壁面の丸い照射孔から、触れるもの全てを炭化させる数千度の「高出力ビーム」が格子状に一斉射撃される。
空気が一瞬で焼け焦げ、熱波が生徒会を襲う。
「うわっ、出た! お約束のレーザートラップ! しかもこれ、当たったら一瞬で灰になるやつじゃん!」
「炉心の過負荷エネルギーが防衛ラインへ直結してます。通常回路の遮断が利きません!」
セリアは優雅に白衣の袖を払い、淡い水色のフラスコを抜く。
「あら、それなら熱源そのものの結合を奪ってしまえばよろしくてよ」
セリアが手首のしなりだけで、回廊の前方空間へフラスコをアンダースローで投擲。
空中で弾けたアンプルから、極小の吸熱粒子を含んだ「白銀の霧」がモヤのように一瞬で拡散する。
「『吸熱反応触媒』ですわ。高熱のエネルギーほど、よく吸い取ってくれますの」
「ナイスですセリア先輩! 残りカスは全部天井へポイっす!」
わずかに残った熱線の残滓に対し、タクトが前へ滑り込み、両腕の魔導腕甲から『指向性偏向障壁』を前方斜め上に展開。
「二人とも完璧! 足を止めずに前進――」
私がそう言いかけた時だった。
熱線を抜けた直後、回廊のアーチ天井から「キィィィン!」と不快な金属共鳴音が響く。
黒曜石と青白い古代金属で鍛えられた2体の「自律防衛ガーゴイル」が、鋭い鉤爪を光らせて急降下襲来する。
リサが眼鏡を押し上げながら床と虚空へ同時に指先を向ける。
「『氷棺連環』」
中でガーゴイル2体の翼と四肢に瞬時に絶対零度の氷晶が巻き付き、滑空の軌道を完全に凍結・停止させて床へドスンと叩き落とす。
「着地地点を凍結固定しました。会長、叩き折りなさい」
「言われなくても! 生徒会の行く手を邪魔する石ころは、叩き割って通るのみッ!」
身動きの取れない石像兵の眼前に、私は魔導指揮杖を上段に構えて踏み抜く。
指揮杖の先端に『瞬間凝固』の魔力を一点集中させ、ガーゴイルの胸部コアへノータイムで振り下ろす。
ドゴォッ!と重厚な打撃音が響き、数千年の風化に耐えた古代合金の胴体が、飴細工のように木端微塵に粉砕され、青白い動力光を失ってガラガラと崩落・沈黙する。
「うへぇ……相変わらず容赦のないワンパンっすね」
「はいはいお見事〜! 敵性反応ぜーんぶロストしたよ!」
砕け散ったガーゴイルの残骸を飛び越え、回廊の最奥へ辿り着く6人。
通路を塞いでいたのは、回廊の天井まで届く圧倒的な高さを誇る「黄金の封印扉」。
私は扉の前に立ち、息を整える。
「ここが……最深管理区画の入り口ね」
扉の表面全体には、生徒会室のモニターに表示されていたものと同じ、複雑極まる『原初記述コード』の幾何学紋様が眩い光を帯びて明滅している。
扉の中央にある操作スリットから、床を震わせるほどの莫大な魔力の脈動が漏れ出している。
リサは眼鏡を直して言う。
「扉の向こうから伝わる魔力圧……通常の結界炉とは桁が二つは違います」
ノアが端末を取り出し、金色の操作パネルへ歩み寄る。
「……ここから先は、僕の仕事です」
ノアが意を決した表情で端末の端子を封印扉の古代スロットへ差し込む。
ノアが黒革の端末を封印扉の古代金属スロットへ差し込み、指先から金色の魔道文字を高速で流し込む。
「『原初記述コード』認証クリア。最深管理区画、開門します」
「カチリ、カチリ、ドォン……」と重厚なロックピンが奥底で外れる音が連続で響き、数百トンはあろうかという黄金の扉がゆっくりと内側へスライドする。
隙間から漏れ出す莫大な魔力圧の風が、一同の前髪と制服を激しく翻す。
「うわっ、風が重っ……! まるでプールに潜った時みたいに空気が肌に張り付くんだけど!」
「高濃度の魔力場による空間の歪みです。気を引き締めなさい」
扉を抜けた先、一同の足元は空中にせり出した一本の細い黒曜石のブリッジ。
見上げる天蓋も、足元の底も霞んで見えないほど広大な、完全な球体ドーム空間が広がっている。
ドームの中央、虚空に浮遊しているのは、直径数十メートルに及ぶ巨大な球体魔導炉――『原初の魔導核』。
「……おいおい、マジかよ……。学校の真下に、こんなもんが浮いてたのか……!?」
「体育祭の時に見た結界炉なんて、これの足元にも及ばないじゃん……! これが、桐花学園の本当の心臓部……?」
「ええ、学園どころではありませんわ。この規模の魔力循環……帝都全域の結界や都市機能を丸ごと維持できるレベルの超古代演算炉ですわね」
炉心の外殻には無数の金色の古代術式が幾重にも同心円を描いて回転しており、帝都深層のレイラインから莫大な地脈魔力を吸い上げ、循環させている。
ドクン……ドクン……と、大地を揺らすような重低音の脈動が空気を震わせている。
感嘆も束の間、美しい金色の球体表面に、ピキピキと禍々しい赤黒いノイズの亀裂が走っているのが露わになる。
これまでの戦いの魔力ショックが蓄積した結果、炉心は過負荷の熱量を排熱しきれず、激しく痙攣するように点滅を繰り返している。
ブリッジの手すりや床の石畳が、過剰な放電によってバチバチと火花を散らす。
ノアは端末の警告メーターを凝視する。
「残り時間は?」
「あと30分も保ちません。このまま排熱に失敗すれば、炉心が自壊――学園の全結界が吹き飛ぶどころか、帝都の地下レイラインごと大爆縮を起こします!」
「そんなの絶対に阻止しなきゃ! ノア、どうすれば止められるの!?」
ブリッジの先端、炉心の直前に浮かぶ半円形の中央操作壇。
そこには現行のキーボードやレバーなどはなく、青白い光を放つ平らな古代金属の祭壇が設置されている。
ノアが躊躇なく駆け寄り、自らの黒革端末をコンソールの中央スロットへガチリと噛み合わせる。
「僕が直接、主幹OSへ強制冷却パケットを流し込みます。……学園の心臓だろうと、暴走するシステムなら僕が書き換えて沈めてみせる」
「頼んだわよ、ノア! 私たちがしっかり見守ってるから!」
「……はい。プロトコル初期化、手動同期シークエンスを開始――」
端末とコンソールが同期した瞬間、ノアの足元から同心円状に眩い金色の光がブワッと広がり、ドーム全体の空間を染め上げる。
ノアの指先が古代コンソールに触れたその瞬間、操作壇から甲高い異常警告音が鳴り響く。
ノアが端末から緊急冷却コードを送信したコンマ数秒後、古代金属のコンソールから「ピキィィィン!」と耳をつんざく高周波の共鳴音が響く。
端末の画面が激しく明滅し、ノアの打ち込んだコマンドが「例外エラー」として強制破棄される。
「なっ……!? コマンドが弾かれた……!? そんな、僕のマスターアクセスが拒絶されるなんて……!」
操作壇の中央から、青白い立体光の粒子が立ち上り、一人の「人型の輪郭」を編み上げていく。
それは実体ではなく、光のバイナリコードで構成されたアバター――無表情で冷たく光る眼鏡をかけた、数年前の「幼いノア」の姿を模した思考ルーチン《ゴースト》
「ちょ、なにこれ!? 画面からちっちゃいノアくんの幽霊みたいなのが出てきたんだけど!?」
「ホログラムの自律術式……? いえ、この魔力波形は――」
浮かび上がった光の少年〈ゴースト〉が無機質に首を傾げ、冷え切った電子音のような合成音声でドーム内に宣告を響かせる。
『――未承認アクセスを感知。魔力波形の照合を完了。……識別コード:脱走体ノア。および、同伴する排除対象5名』
『主幹OSの防衛規定に基づき、侵入者の思考・生体活動の永久停止を実行します。……例外規定:抹殺』
その声は、紛れもなく「感情を完全に削ぎ落としていた頃のノア」そのものの声。
ノアの瞳が激しく揺れ、顔からサッと血の気が引いていく。
ノアは唇をワナワナと震わせ、後ずさりかける。
「……嘘だろ……。これ、僕が昔……組織にいた頃、炉心のコードを守るために組まされた……【自律迎撃論理爆弾】だ……!」
「ノアが昔作ったプログラムだって!? なんでそんなもんが学園の地下で動いてんだよ!?」
「組織は……僕が逃げ出す前に、すでにこの学園の結界炉に干渉して、僕の防衛コードを仕込んでいたんだ……! 自分の過去のプログラムが、僕たちを殺しに来るなんて……!」
〈ゴースト〉の指先がパチンと光を弾いた瞬間、背後の巨大な黄金の封印扉が「ズドドドォォンッ!」と地響きを立てて完全閉鎖され、分厚い隔壁で逃げ場を完全に塞がれる。
ドームの天井、壁面、そして黒曜石のブリッジの床下から、青白い幾何学光を放つ無数の「古代防衛タレット」と、重装甲の「自律機動ゴーレム群」が音もなく出現する。
『迎撃フェーズ1開始。遅延行為は非効率。0.4秒後に一斉掃射を実行』
通信による煽りや会話の余地など一切なく、過去のノアが構築した「無駄のない最短の殺戮ルーチン」に従い、数十基の砲門が一斉に無警告で生徒会へ照準を合わせる。
照射口からチリチリと空気を焦がす殺傷熱線の光条が収束を始める。
タクトが即座に前に滑り込み、腕甲をガシンと交差させる。
「ふふ、無駄口を叩かないあたり、いかにもノアさんらしい合理性ですわね!」
ノアは頭を抱えてしゃがみ込みそうになる。
「僕のせいだ……僕が昔、組織の命令で作ってしまった悪意の塊が……みんなを巻き込んで……!」
絶望に呑まれかけたノアの襟首を、私はガシッと力強く掴んで引き上げる。
「――顔を上げなさい、ノアッ!!」
「……っ、会長……?」
「アンタが昔作ったなら、今のアンタが叩き直せるに決まってるでしょ! 過去のアンタだろうと関係ないわ。うちの書記を泣かせるプログラムなんて、私がまとめて生徒指導でぶっ飛ばしてやる!」
「ええ。その自律AIがどれほど完璧であろうと、現在のノア、そして私たち生徒会が劣る道理はありません」
「ノアくん! リアル側の防衛はアタシらに全部任せて、中に入ってあいつの鼻っ柱折ってきな!」
ノアは私たちの気迫に目を瞠り、ゆっくりと眼鏡を押し上げる。
「……はい。僕が作った呪縛なら、僕の手で書き換えます。……主幹OS深層へ、意識を【フルダイブ】させます!」
私は真紅のマントを翻し、魔導指揮杖の切っ先を浮遊する〈ゴースト〉と古代兵器群へビシリと突きつける。
瞳には迷いも恐れもなく、仲間を絶対に過去の闇へ置き去りにしない「生徒会長」としての猛烈な覇気が宿る。
リサが絶対零度の冷気を立ち上らせ、セナがワイヤーを展開し、タクトが最大の偏向障壁を展開してノアの背中を守る陣形を瞬時に敷く。
「タクト、防壁全開! ノアが一歩も引かずに済むよう、私たちがこの場所を死守するわよ――ッ!!」
〈ゴースト〉から放たれた無数の古代熱線がドームを焼き尽くすように降り注ぎ、タクトの障壁が火花を散らす。
可哀想って可愛いんだよ(何回目?)
ノアの顔が真っ青になっていく描写……堪らなく好きでしたよ……
あの冷静沈着マイペースノアが……こんな姿になるなんて……
楽 し い !!!!
大変ワクワクしながら書いております、ドパガキ。




