虹色と隣人へ貢ぐ俺
ウナには注文を取りに来たときに、友真を紹介した。
「あ、ウナ。しょ、紹介するよ。こ、こいつは俺の親友の桐生友真だ。」
相変わらず、女性相手には、どもってしまう俺。
友真も挨拶をする。
「誠二郎とは古い付き合いでさ。よろしくね、ウナちゃん。」
キラリと歯を輝かせて笑う友真。そういうところだ。そういうところだぞ。
「はいぃぃ!よろしくお願いしますぅぅぅ!!!」
うーむ。女性恐怖症の俺よりも、今のウナは挙動不審だ。
忙しなく目や首を動かし、張り付いた笑顔で左手と左足を同時に前に出しながら歩いている。これは重症だ。
それでも、源蔵さんが焼いてくれる、田所うなぎ店のうな重は、やっぱりおいしかった。
「おい、本当にうまいな。名店じゃないか。俺もここ通うぞ。」
友真も実に機嫌がよかった。
「いいな!じゃあ俺が来るときに友真も誘っていいか?」
「もちろんだぜ、誠二!楽しみにしてるぞ!もう、音信不通とか許さんからな?」
「ははは、すまんな。もうブラックはこりごりだよ……。」
俺たちは久しぶりに、旧交を温めていた。
一方のウナは実に挙動不審だった。
あっちに行ったり、こっちに行ったり、注文を間違えたり、こちらに近づいてきて声をかけようとしてやめたり。
昼間までの、ウナの快活な様子は完全に消え失せていた。
ふわふわと俺の上に浮かぶテマリはそれを見て、興味深そうな声を出す。
『恋愛というのは人間をこんなにも変えてしまうのですね!実に興味深いです!』
テマリはやはりどこかズレていた。
でもまあ、俺も恋愛のことなんて分からないし、何も言えないか。
その後、メニュー電子決済アプリがしっかりと動作しているのを確認し、俺は田所うなぎ店を出た。
ウナは何か言いたげにこちらを見ていたが、結局、会計のときにアプリはとても便利だと少し話しただけだった。
店の前で友真と別れ、夜道を進み、青葉荘へと歩いていく。
うーん。こんなじゃ、ウナが女性恐怖症克服に協力してくれるって話、期待できそうもないな。
友真に特定の相手はいなさそうだけど、この社会、やはり同じくらいのレベルの者どうしがくっつくのだ。
どんなもんかなと考えていると、テマリが釘を刺してくる。
『誠二郎、人の恋愛事情に首を突っ込むのはやめておきましょう!相手から頼まれたり、ミッションが発生したら動けばいいのです!』
確かにそうだ。俺は何様だ。
いつから、人の心配などできる立場になったのだ。
今は自分のこと。自分のことだ。
※※※
そう……自分のことだ。
俺の奇声で迷惑をかけている隣人に、詫びを入れにいくのだ。
ドキドキしながら壁ドンをしてくる隣人の部屋のインターホンを鳴らす。心の広い人でありますように。
ピーンポーン。
ほどなくして、ガチャリとドアを開いて出てきたのは、眼鏡をかけたスラッとした、無表情の女性だった。
ウェーブがかかった少し乱れた黒髪が背中まで伸びていて、壁ドンをしてくるとは思えない静かな雰囲気を伴っている。
じょ、女性だと……チンピラっぽいオッサンかと思ってた……。
俺の中の女性恐怖症がひょこっと顔を出してくる。最近、女性とのエンカウント率、高すぎだろ。
どうしてこうなった。
待て。落ち着け、落ち着くんだ。今日、短い時間でもウナと普通に話せたじゃないか。それを思い出すんだ。俺だって少しは成長してるんだ。
テマリに笑われないように、頑張ってやる。
さあ、人間関係のはじめの一歩。自己紹介だ。
「あ、お、俺、隣に住んでいる有馬誠二郎と申します。」
「………?」
メガネの女性は何も答えない。
お、怒ってるのかな?無表情で感情がまったく読めない。
ぐっ……ボロが出ないうちに早めに謝って退散しよう。
俺はドアから顔を出した彼女に、深々と頭を下げた。
「せ、先日は、何度も大声を出して申し訳ありませんでした!こ、興奮すると大声を出してしまう、奇病を患っておりまして……。」
奇病ってなんだ。まさか、テマリの軽口がうつったか?
だが、俺の謝罪に、メガネの女性も小さく頭を下げる。
「……いや、ボクも仕事が進まなくてイライラしてたからね。壁を蹴ったりしてすまない。」
ボクっ子だと……初めて見た……。
「こ、これ、お詫びの品です。」
そして、友真に選んでもらったノイズキャンセリングイヤホンが入った紙袋を渡す。
「いいのか?」
「もちろんです。た、ただ……もしまた、奇声を上げたら、こ、これを耳につけて、ちょっとだけでもお目こぼしをいただければ……。」
思わず、自分の希望まで口から出る。
俺は自信がなかった。おそらく近いうちに、また奇声を上げるだろう。テマリと一緒にいたら、必ずそんなことが起きる気がするのだ。
「分かった。そのときは、このプレゼントに免じて、我慢してみるさ。」
そう静かに言うと、彼女はかすかに口角を上げた。
なるほど……。俺は彼女の持つ、この静かな雰囲気をぶち壊していたんだな……。
それは罪深いわ。
※※※
部屋に戻ると、ドッと疲れが押し寄せてきた。
今日はたくさんの人と話した。話しすぎた。いつもの一週間分くらい話したかも知れない。
「ふぁあ……しんど……」
友真、元気そうだったな……。ウナはどうなっちゃうんだろ……。
疲れに負けて、すぐに横になる。
畳の上に寝そべった俺に、テマリはぐるっと身を翻して、その虹色の綺麗な瞳で見つめてきた。
『誠二郎、よかったですね!これで、隣人さんからの壁ドンもきっとなくなりますよ!』
「……俺の奇声がなくなるのが一番だと思うんだけどな……。」
テマリはにこりと輝くような笑顔を見せる。胸を張って俺に言い放った。
『それは無理ですね!』
ですよねー。
※※※
深夜。
虚ろな虹色の目が、寝ている誠二郎を見つめていた。
――テマリ、デイリーログの記述を開始。
――誠二郎。デイリーミッションを達成しました。
――デイリーミッションによる報酬「身体補修」を行います。
――誠二郎に「診断」を実行。加齢と不摂生、ついでに本日ミッションを原因とする身体ダメージの修復をバックグラウンドで実行します。
――誠二郎。初回メインミッションを達成しました。
――メインミッションによる報酬「行動最適化」を行います。
――誠二郎の「情報指向性弁」、第一門を解放します。
――明日、英雄・久遠寺彩葉とのファーストコンタクトの予定。
――…………。
――…………。
――テマリ日記の記述を実行します。
※※※
<テマリ日記>
今日の誠二郎は、躍進の一日でした!なんと……女性恐怖症の克服にチャレンジしたのです!やっぱり、誠二郎はすごいです。さすが、私のマブダチです!
それにしてもこの世界はおかしいです。友真さんより、誠二郎のほうがよっぽどカッコいいのに。ウナさんも、誠二郎じゃなくて、友真さんに一目惚れです。
意味が分かりません。私には、誠二郎のほうが百万倍イカして見えます!
やっぱりクミヒモシステムは欠陥品ですね。もしかしたら、クミヒモも欠陥神なのかもしれません。こんなこと、あの子に言ったら泣いてしまうでしょうか?でも、誠二郎を不幸なまま放置してたので自業自得です!
さて、それよりもです。とうとう、明日はあの子との初遭遇です。また誠二郎にベタ惚れしてしまうのでしょうか?誠二郎を評価する人間が増えるのは、実に好ましいことです!
まあ、友真さんも、彩葉さんも私には敵いませんけどね。私は誠二郎の一番のマブダチなのですから!
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