虹色と金持ちイケメン親友
「す、すみません……実は俺、女性恐怖症なんです。」
俺は大声を上げた理由を弁解する。
男として普通は喜ぶべきことに、悲鳴まで上げたのだ。彼女を傷つけてしまったのではないかと思った。
「そ、そうだったんですね。すみません、急に抱きついちゃって。」
「いえ……俺も治したいと思ってるんですけど。最近はこれでもマシになったんですよ。」
主にテマリのおかげだ。テマリはAIだけど、どこからどう見ても美少女だからな。
そんな俺をみて、ウナさんはアハハ!と笑う。
「有馬さんって面白いですね!あんなにすごいのに、女の人が苦手だなんて!」
「うう、面目ない。」
「じゃあ、私がお手伝いしましょうか?」
「お手伝い?何の?」
「女性恐怖症を治しましょうよ!普通におしゃべりするだけでいいんですよね?」
そんな提案をウナさんがしたときのことだった。
テマリが大声を張り上げた。
『素晴らしい提案です!誠二郎、ウナさんとたくさんお話しして、女性恐怖症を治してしまいましょう。せめて、どもらずに会話できるように!』
……テマリの言うとおりだ。
こんなチャンスは、なかなかないのかもしれない。
「そうですよね……。人類の半分は女性ですし。治したほうがいいですよね。」
「そうですよ!有馬さん、そんなに優秀なんだから、きっとその女性恐怖症を治したら、モテモテですよ!」
ウナさんの隣に黙って座っている源蔵さんも、うんうんと頷いている。
こ、この人、本当にしゃべらないな。
「……見た目からも分かると思うんですが、俺、低レベルなんですよ。それもレベルゼロです。だからモテモテはないですね。」
ウナさんは目を見開く。
「ええ!あんなすごいことができるのに?レベルゼロなんですか!?で、でも、私もレベル1なんです!低レベル同士、話が合いそうですね!」
ウナさんがレベル1だって?
信じられない……。
レベル1でこのビジュアルは……よっぽど地がいいのだろう。
「ウナさん、レベル1なんですか?そんなに可愛いのに?」
「もう、いやだ、有馬さんたら!」
そして、恥ずかしさをごまかすように振られた手が、俺の頬を直撃した。
バチーン!
「ブフォォォ!」
※※※
「す、すみません……。」
ウナさんが身体を小さくして謝ってくる。
「い、いえ。大丈夫です。俺、意外と丈夫なんですよ。これでも。」
身体補修で、これからもっと丈夫になる予定だし。
それにしても、ウナさんは本当に話しやすい。これなら、俺の女性恐怖症も、なんとかなるかもしれない。
テマリも満足げだ。
『むふふ……想定外に、素晴らしい人材をゲットしましたね。ウナさんは誠二郎のためになってくれそうです!』
今のテマリは、俺の頭上で逆さまに浮いている。やりたい放題である。
俺が頭上のテマリに目をやっていると、源蔵さんがウナさんに耳打ちをする。
「それいいね、お父さん!有馬さん!」
「は、はい?」
「有馬さんは、これからうなぎずっと無料だって、お父さんが言ってます。」
……!!
「ほ、本当ですか!?」
「はい!このアプリも業者とかにお願いしたら、すごくお金取られますよね?それに比べれば安いものだと言ってます!」
うなぎずっと無料……うなぎずっと無料……。
素晴らしい。
「す、すごく嬉しいのですが、本当によろしいんですか?俺、結構食べますよ?」
源蔵さんがウナさんに耳打ちをする。
「大丈夫って言っています。あと、有馬さん。有馬さんは私に対する敬語は禁止ですよ。」
「え?え?」
「だって、有馬さん、年上ですよね?それに、女性恐怖症を治したいなら、そっちのほうがいいに決まってます!」
確かに、ウナさんの言うとおりだ。なら……。
「じゃ、じゃあ、ウナさんも俺に対する敬語禁止ってことで。そ、そっちのほうが恐怖症、治りそうだし……。」
「分かった!あと、ウナさんじゃなくてウナね?さん付けは禁止!分かった?」
「わ、分かったよ。ウナ。こ、これでいいのかな?」
「よろしい!じゃあ私と有馬さんはこれから友達だね!」
ウナさんは輝くような笑顔を浮かべる。
俺みたいな陰のモノには眩しすぎる。
テマリはウナさんの頭上に移動して、目を手にやって、泣きまねをしている。
『うっ、うっ、うっ……。あの誠二郎に人間の女の子のお友達ができるなんて……うっ、うっ、うっ。感動で、涙が止まりません……!この子、なんていい子なんでしょう!うなぎもタダになりましたし、いいことずくめですね!誠二郎、よかったですね!』
な、なんて、わざとらしいんだ。
だけど、シクシクと鳴き真似をするテマリを横目に、だいたい俺も同じことを考えていた。今日は、なんてラッキーなんだと。
ウナは、俺の女性恐怖症を治すための貴重な練習相手になってくれそうだ。
敬語無しで会話できる家族以外の女の子なんて、今までいなかった。
女性恐怖症治療のきっかけになればいいんだけど……。
さらには、これからうなぎ無料。
なんて素晴らしいんだろう。
※※※
夜の仕込みがあるとかで、ウナと源蔵さんが席を離れたときだった。
パンパカパーン!
ファンファーレが頭の中に響く。
そして、視界にメッセージが表示される。
――『デイリーミッション:田所うなぎ店へ行き、うな丼を食せ。』
――『メインミッション:田所うなぎ店の困りごとを解決せよ。』
テマリの声とは少し違うアナウンスが続く。
『デイリーミッションの報酬として、3万円が銀行口座に振り込まれました。』
『デイリーミッションの報酬として、身体補修が夜間に実行されます。』
『メインミッションの報酬として、6万円が銀行口座に振り込まれました。』
『メインミッションの報酬として、行動最適化が夜間に実行されます。』
メインミッションの報酬……六万円?
デイリーミッションの報酬とあわせたら九万円だって……?
なんてことだ……なんてことだ……なんてことだ……。
急いで視界表示で、銀行口座を開く。
昨日と同じように、クミヒモという名義から振り込みが行われていた。
しっかりと9万円だ。
「イャッホオオオオ!!」
※※※
その後、突然奇声を発した俺に驚くウナと源蔵さんに、愛想笑いを浮かべ、田所うなぎ店を出た。
一応、しっかりとシステムが働くかどうかを確認するために、夜の営業時にも顔を出すことになっている。動作テストは大切なのだ。
店を出た俺に、テマリが尋ねてくる。
『誠二郎、これからどこに行くんですか?』
「テマリが言っていた案。ノイズキャンセリングイヤホンだよ。隣人へのお詫びの品としてさ。想定外の報酬もあったしな。」
9万円の報酬だ。ノイズキャンセリングイヤホンなど、2万もあれば買えるだろう。俺にとっては痛くもない金額だ。
『そうですね!それがいいかもしれません!騒音トラブルで誠二郎が刺されたりしたら悲しいですからね!』
「怖いこと言うなよ……。」
相変わらずテマリの言葉は軽い。
『何にせよ、今後の憂いを断っておくことはよいことです。隣にはどんな方が住んでるんですか?』
「実は、俺、まだ知らないんだよね。隣の人、ちょっと前に引っ越してきたみたいでさ。まだ顔を合わせたことないんだよ。」
『なら、なおさらですね!隣人と顔見知りになり、交友を深めておくのはいいことです!誠二郎が奇声を発しても許してくれるかもしれませんよ?』
「奇声とか言うなよ……悲しくなってくるだろ……。」
そんなくだらないことをテマリと話しながら、中央通りを歩き、駅前の繁華街へと向かっている途中だった。
プップー!
クラクションが鳴らされる。そして高級感がにじみ出るセダンが路側帯に一時停止した。
この車は……見たことあるぞ。
「誠二郎!誠二郎じゃないか!」
そして、車から顔を出す超イケメン。
こいつは桐生友真。俺の昔からの親友である。
高レベルなので俺よりも十歳以上若く見え、笑顔が眩しい。白い歯がキラッと光っている。
高レベルのくせに、なぜかレベルゼロの俺と親しくしてくれる、奇特なやつだ。
「友真か!久しぶりだな!」
「久しぶりじゃないぞ、誠二郎!お前、連絡しても全然返信が戻ってこないから、心配してたんだぞ!」
「すまんすまん。ブラックな感じで働かされてたからな……。」
「ああ、あの会社か。株式会社クウデリだっけ?過去形ってことは、もうブラックじゃなくなったのか?これからは誠二郎と連絡取れるのか?」
「クウデリはクビになった。今は無職だ。だからいつでも連絡できるぞ。」
「クビ?マジ?」
「マジなんだよな、これが。」
俺がそう言うと、友真はニカッと笑った。これは女の子なら一撃撃沈だろう。男の俺にもズキュンとくるものがあるし。
「まあ、乗れよ。今からどこに行くんだ?」
「駅前の家電量販店。ノイズキャンセリングイヤホンを見に行こうと思ってさ。」
俺は友真の車の助手席に乗り込みながら答える。
車内には、高級車特有の革張りの匂いが満ちていた。
「ノイズキャンセリングイヤホンか。なら、俺がおすすめのやつを選んでやる!」
「ほどほどのやつでいいぞ?隣人への貢ぎ物だからな。」
「隣人への貢ぎ物?なんだそれは?」
「実は……。」
俺はかくかくしかじかと、その理由を話す。
…………。
「はっ!はっ!はっ!なんだそりゃ!めちゃくちゃ面白いじゃないか!誠二郎は、相変わらずだな!」
実に、爽やかな笑い声を上げる友真。
こっちは、いつ刺されるか分からない、生存の危機なんだよ。まったく面白くない。
でも、たぶん隣人も、こいつが出した奇声なら、壁ドンしてこないだろう。世の中、実に不公平である。
その現実に、「はーっ」とため息が漏れる。
『誠二郎!誠二郎には、私がいますからね!』
俺の気持ちを感じ取ったのか、勝手に乗り込んだ後部座席から、声たかだかに主張を始めるテマリ。
分かってるって。
テマリの言葉に心の中で答え、自然と顔がほころぶ。
それを横目で見た友真は、ニヤリと笑う。
「へえ……誠二郎、なんだかお前、表情が柔らかくなったな?」
「……そうか?」
「ああ。間違いない。俺には分かるぞ。なんかいいことあっただろ?」
いいことはあった。いいことはあったけど、超進化テマリの詳細は、流石に言えない。
暗殺とか拷問されるのは嫌だし、そんなものに友真を巻き込むわけにもいかない。
「まあな。テマリが最近すっごく賢くなってな。それがなんだか嬉しくて。」
伝えられるのはこれぐらいだろう。
「そうか……そりゃいいな。お前、すごい頑張ってテマリの開発してたもんな。おめでとう、誠二郎!」
「あと、うなぎが無料になった。」
「なんだそりゃ!」
友真はツッコミまでこなす。さすが、高レベルである。
その後、家電量販店を友真とぶらつき、友真おすすめのノイズキャンセリングイヤホンを買う。
田所うなぎ店へと戻った。
友真もうな重が食べたくなったというので、車で店まで送ってもらった。車……便利だな。
※※※
田所うなぎ店。
友真は、店の建物の趣あるたたずまいを見上げた。
「へえー。ここが田所うなぎ店か。俺、うな重とか久々かもしれん。」
「友真なら、いつでも食べられるだろ?ここのうな重、うまかったぞ。」
先程は、メインミッションに気を取られて、しっかりと味わうことはできなかった。
だけど、脂がのったうなぎに、香ばしいタレ。そして、ふわふわパリパリの焼き加減。絶品だと思った記憶だけは残っている。
だから、今から俺は、2食目のうな重を食べるのだ。今度こそ、しっかりと味わって。
健康には良くないかもしれないけど、今日ぐらいいいよな?
隣にいる、友真が不思議そうに尋ねてくる。
「でもまた、なんでうなぎが無料になったんだ?」
「……ちょっと、店の困りごとを解決してあげたんだ。そしたら、お礼ってことで、無料になったんだよ。」
「ほー面白いなー」などとつぶやく友真と共に店の入口に立つ。
店の中からは、たくさんの人のガヤガヤとした声が聞こえる。なかなか繁盛しているようだ。
俺と友真は、ガララ!と店の引き戸を開けて中へと入った。
店内には、相変わらず、香ばしいうなぎを焼く匂いが充満している。自然と、口の中に唾液が溢れてくる。
店に入って鼻を膨らませている俺を見つけたのか、テーブルの間を慌ただしく動き回っていたウナが声をかけてきた。デニムショートからのびる足が眩しい。
「有馬さん!あの、メニュー電子決済アプリ、完璧だったよ!私、感動しちゃっ……た…………。」
店の入口の俺たちを見て、ウナが固まる。うん?どうしたんだ?
俺の上をふわふわと浮いているテマリが、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
『あちゃー!こうなっちゃいましたか!まあ、友真さん、高レベルですもんね。レベルの低いウナさんには、刺激が強すぎたのかもしれません。クミヒモシステムはやっぱり欠陥システムですねっ!テマリシステムが最強です!』
後ろを振り向く。
そこには店の中を興味深そうに見渡している友真しかいない。なんだろう、こいつの周りだけキラキラとしたエフェクトがかかっているような……。
なるほどなるほど。ウナは、俺が連れてきた友真を見て固まっているのか。
それも、顔をほんのりと赤く染めて。
すべて合点がいった。だが……本当に……そんな事象が存在するのか?
テマリは、すべてを分かっているといった雰囲気をかもしだしつつ、ドヤ顔で語りはじめる。
『そうですよ、誠二郎。誠二郎のお考えのとおりです。』
「ま、まさか、あの伝説の?」
『そうです。これがあの伝説の……。』
――『ひとめぼれです!』
テマリは実に楽しそうに宣言したのだった。
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