虹色と抱きつき看板娘
「だから現金は持ってないって言ってるだろ!電子決済だけだ!」
「すみません!すみません!ですけど、電子決済には本当に対応してないんですよ……。」
現金は持っていないと主張する客と、電子決済に対応していないと困り顔で言う店員さん。
――『メインミッション:田所うなぎ店の困りごとを解決せよ。』
か……。
仕方ない。勇気を出して介入してみよう。
メインミッションを完了させられず、デイリーミッションが発生しなければ、俺の毎日の3万円もなくなってしまうのだ。
ガタッと椅子を鳴らし、立ち上がる。
ゆっくりと、口論する彼らのもとへと近づいていった。
「あの……すいません?」
客がこちらを見る。
そして俺の姿を上から下まで見回すと、刺々しい声で言った。
「なんだ、低レベルが!今、俺は苛立ってるんだよ!声をかけてくるな!」
くっ。やっぱり、低レベルだってバレるか。
まあ、俺は見た目もパッとしないし、歳も食ってるもんな。
高レベルは、見た目もいいし、若々しく老化も遅い。
だから、一目見てしまえば判断できるのだ。その人が低レベルか高レベルかが。
だがレベルゼロの俺には、そんな罵倒には慣れっこだ。
『こいつ……私のマブダチになんてことを……!映像記録、音声記録、しっかりと保存してますからね……!あとで吠え面かかないでくださいよ……!』
後ろで毒づくテマリに勇気をもらい、腹に力を入れ話し続ける。
「まあまあ。大声を出しても状況は変わらないじゃないですか。現金は俺が払っておきますので、俺にその分の金額を送金してもらえませんか?なら、問題ないですよね?」
店員さんの顔がパッと明るくなる。
くりっとした快活な瞳が俺を貫く。
ぐっ……。可愛すぎる。そして女性恐怖症の俺には、しんどすぎる。
男は少し考えたのち、鼻をふんと鳴らし答えた。
「まあ……低レベルの言うとおりだな。ほら、スマホ出せ。送金してやる。」
彼はスマホを出し、俺のスマホへと電子送金を行った。
『マニマニ!♪』
アプリから送金完了の音が聞こえる。
ふう……あとは俺が店に、現金を渡せばいいだけか。
男は満足そうに笑みを浮かべ、困り顔の店員さんに、荒い言葉を叩きつける。
「おい!金、払ったからな!電子決済くらい対応しとけよ、うなぎ屋!」
そうすると踵を返し、男は店を出ていった。お、俺への礼とかはなし……?
若々しかったし、なかなかのイケメンだった。きっと高レベルなんだろう。低レベル見下し系男に違いない。
まあ、いい。あんなヤツらは山程いる。
「あ、あの……ありがとうございます!私、本当にああいうのに疎くて……。」
店員さんはそう言うと、こちらに頭を下げてきた。
魅力的な女性の感謝の気持ちがこわい。ぞわっと、鳥肌が走る。
「い、いえ……では彼の分のお金、お渡ししますね。」
すぐに話を切り上げたかった。
「あ、大丈夫です。あの、お客様のお支払いのときに一緒にいただければ……。」
そう言うと、上目遣いでこちらを見てくる。瞳がうっすらと潤んでいる。きっと、男に詰め寄られて怖かったんだろう。
「……じゃあ、そういうことでお願いします。」
店員さんの視線を背中に感じつつ、俺は自分の席へと戻ったのだった。
※※※
『誠二郎、かっこよかったですよ!困った乙女の前に颯爽と現れ、ピンチを救う誠二郎!まさに、ナイト様ですね!私も、マブダチとして誇らしいです!』
テマリは嬉しそうだ。ふわふわと俺の周囲を旋回しながら、ニコニコと笑顔を浮かべている。
一方の俺はぐったりとしていた。
「しょ、初対面の女性と話し込むのは、しんどい……。」
でも、うなぎ屋の困りごとはこれで解決できたはず。俺の毎日の3万円も、明日からは元どおりだ。
「はあ……。」
安堵の息が、ふっと漏れる。
テマリが口元に人差し指をやり、首をかしげながら不思議そうに言った。
『まだ、メインミッションの達成になってないみたいですね。うなぎ屋の困りごとって、なんなんでしょう?』
「ええ……?あれがうなぎ屋の困りごとじゃなかったのかよ……じゃあ、なんだ?何に困ってるんだ?」
『私には、分かりません!誠二郎が聞いてみるしかないのでは?』
なんでもないことのように言う、テマリ。
「あ、あ、あ、あの店員さんとまた話せというのか!?俺に!?」
テマリだけに聞こえるように声を出す。
『それしかないと思いますよ?誠二郎、いいチャンスじゃないですか!ここで女性恐怖症を克服しちゃいましょう!』
「だ、だ、だ、だけど、俺、黙り込んじゃう自信あるぞ!頭が真っ白になっちゃうぞ!」
『まったく困った誠二郎ですね!では、私がマブダチAIとしてサポートいたしましょう!誠二郎は私の言ったことをそのままリピートすればいいのです!少しずつ慣れていきましょう!大丈夫です、誠二郎ならやれます!』
ぐう……やるしかないのか。だけど3万円のため。3万円のためだ。やらない選択肢はない。それにだ、これは俺に与えられたミッションだ。ミッションをこなさずに放り投げるというのは、ゲーマーとしての矜持から外れる。
「分かったよ。頑張ってみる。」
『それでこそ誠二郎です!私は誠二郎を誇りに思いますよ!』
そんな話をテマリとしていたときだった。
「うな重特上、お待たせしました!」
すらりとした足が眩しい店員さんの快活な声が響いた。
声に驚いて、肩がビクッと跳ねる。
「先ほどは本当にありがとうございました。うなぎ、大きくておいしそうなやつを選んできましたから!」
「あ、あ、ありがとうございます……。」
店員さんのくりっとした目が俺を射抜く。
か、可愛い……。可愛いけど……可愛ければ可愛いほど、俺にはきつい。
『今です、誠二郎!私の言葉をそのまま復唱してください!』
お、おう……。
『「どしたん?話、聞こか?」はい、誠二郎!キュー!』
いや、それはダメだろ。完全にチャラ男のセリフじゃないか。
『誠二郎、3万円のためですよ!3万円!「どしたん?話、聞こか?」です。キュー!』
そうだ……3万円。3万円のためなら。
「ど、ど、ど、どしたん?話、聞こか?」
店員さんは、勇気を出してしぼりだした俺の言葉を受け、しばらく黙り込んで考えたのち……口を開いた。
「あの……もうすぐ一度店を閉めますので、少しだけ話を聞いてもらってよろしいですか?」
……俺の苦行は続く。
今日は、うなぎを食べるだけのはずだったのに……。
ご褒美ミッションなんて幻想だったようだ。世の中甘くはないのだ。
※※※
ランチタイムが終わり、田所うなぎ店は一度店を閉めた。
俺は椅子に座ったままだ。
うなぎは絶品だった。絶品ではあったのだが……その味を楽しめなかった。
もちろん、女性と長く話さなければいけないというミッションを負ってしまったからだ。
「ううう……もったいない……不甲斐ない……。」
『誠二郎、大丈夫ですからね!私が完璧にサポートしますから!』
ダメだ。テマリにばかり任せていたら、俺がチャラ男になってしまう。
テマリの言葉を自分の言葉に変換して話すんだ。
そう決意を固めていると、二人の人影がこちらへ寄ってきた。
先ほどの女性店員さんと……大柄な男性だ。肌は日焼けしていて浅黒く、まさに職人といった様相だ。ここの店主なのかもしれない。
でも……男性……?女の人と話さなくて済むのか……?
心の奥に安堵が持ち上がる。
だが、その期待はすぐに消えた。
「お客さん、こちらは父の田所源蔵です。私は田所ウナといいます。」
店員さん……いや、ウナさんの父親だという源蔵さんは、一言もしゃべらず、
うんうんとうなずく。
「すみません、父は無口なものですから……。」
結局、話す相手は女の人ってことか。
くっ。ミッションだ。3万円だ。俺は負けない。
「じ、じ、自分は、有馬誠二郎といいます。」
「有馬さん、先ほどはありがとうございました。おかげで助かりました。」
「い、いえ!」
言葉がうまく出てこない。
『誠二郎、いきますよ!!リピートアフターミー!「当然のことをしたまでです。困っている人を見捨てるなんて、俺にはできませんからね。」』
「と、当然のことをしたまでです。こ、困っている人を見捨てることなんて、お、俺にはできませんから……。」
うう……なんだこれは。こんなの俺の言葉じゃない。
「優しいんですね……。」
ウナさんはうつむいて、ぼそりとこぼす。
源蔵さんは腕を組んで、満足そうにうなずいている。
無口でもやっていけるのが、実にうらやましい。これが手に職を持つものの力か。
『誠二郎、話を進めましょう。「それで、何か困りごとがあるんですよね?話なら聞きますよ。俺は超優秀ですから、大抵のことはできるので」。はい、誠二郎、キュー!』
レベルゼロの俺にそんなことを言わせるのか?
ウナさんも源蔵さんも、俺の見た目からレベルが高くないことは分かってるだろう。本気で、本当に、そんなことを言わせるのか?
『頑張ってください!私のマブダチの誠二郎ならやれますよ!キュー!』
テマリの瞳は虹色にキラキラと輝いている。
くそ、この期待は裏切れない。あと3万円のためだ。
「それで……何か困ったことがあるんですよね?よければお聞きしますよ?お、俺は、た、大抵のことには対応できると思いますので。」
言ってしまった。言ってしまったぞ。
ウナさんが俺の方へ身を乗り出す。
「ほ、本当ですか!?ぜひお願いしたいです!実は……。」
ウナさんが話した内容は、予想どおりのものだった。
電子決済を利用するお客さんが増えてきて、最近困っているとのこと。そして、電子決済を導入したいけれども、やり方がさっぱり分からない。そういうことだった。
テマリが口を開く。
『そんなの私にかかれば朝飯前ですね。起床前レベルです。お二人のどちらかのスマホを貸してもらってください。』
確かに、高性能AIであるテマリなら、こんなの簡単そうだ。
俺は言われたとおりに、彼らに伝える。
「えっと……私のスマホでもよろしいですか?個人用のものしかないので……父は、スマホを持ち歩いていなくて。」
なるほど、本当にICT系が苦手なようだ。
「か、構いません。ロ、ロックを解除して、渡してもらえますか?」
「は、はい……どうぞ……。」
言われたとおり、ロックを外したスマホを渡してくるウナさん。
ダメだよ、ウナさん。こんなうさんくさい相手に、ロックを外したスマホを渡したら。あとで伝えとかないとな……。
※※※
『誠二郎、画面をこちらに向けてください。遠隔操作します。』
俺はテマリに見えるよう、スマホを少し傾ける。
――『端末解析、開始します……完了。』
――『電子決済用アプリの構築……完了。』
――『契約関係の手続きを進めます……クミヒモを通して即時承認手続きをゴリ押ししました。』
――『ついでです。メニューも入れておきましょう。』
――『メニューから料理と価格を紐づけし、アプリに導入します……完了。』
『誠二郎、開発と導入を完了しました。あとはウナさんに銀行口座を入力してもらえば、おしまいです。』
……もう終わったの?テマリ、優秀すぎない?テマリを作った俺、すごすぎない?
俺はテマリが今作ったというアプリを表示し、ウナさんのスマホを返す。
「ど、どうぞ。電子決済に対応したアプリを構築しました。あ、あとはここに銀行の口座番号を入れておけば、入金されるはずです。」
「……え?え?も、もうですか?」
『誠二郎!!反復してください!「俺は超優秀なので、これくらい朝飯前なんですよ」。はい!』
そ、そうだ。俺はテマリの開発者。テマリの功績は俺の功績。テマリの能力は俺の能力。
「お、俺は超優秀なので、こ、これくらいは朝飯前なんですよ。」
い、い、言った。言ってやったぜ。
『誠二郎、カッコいい!すごくカッコいいですよ!さすが私のマブダチです!』
テマリは頬に手をやって、その場でくるくると回転している。
人には見えないからって、相変わらず、やりたい放題だ。
源蔵さんが無言でスマホの画面を指す。ウナさんはそこをポチポチと触り、そのたびに顔を明るくしていく。
そして、ついに感情が追いついてきたのか、ウナさんの声が弾けた。
「すごい!すごい!すごい!有馬さん、これ私にも使える!すごいですよ!きゃあああー!」
感極まったのか、ウナさんがガバッと俺に抱きついてくる。
ぎゅっと押しつけられる柔らかいウナさんの身体。髪がゆれ、シャンプーの香りが俺の鼻をくすぐる。
嬉しいけど、嬉しすぎるけど、俺は女性恐怖症なんだよぅ……!
「き、きゃああああー!は、離れてえぇ!」
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