虹色とウナギ屋の看板娘
『誠二郎!起きてください!デイリーミッションの時間ですよ!お金ゲットの時間ですよ!』
「お金!」
俺は大声を上げ、ガバッと起き上がる。
し、しまった。声が大きすぎたかもしれない。
お隣さんからの壁ドンは……あれ?今日は来ないぞ?
機嫌がいいのか?それとも、外出してるのか?それとも刃物の準備をしていたりして……。
背中に悪寒が走る。
ああ……俺って、なんて学習能力のないやつなんだ。
『誠二郎、いつか刺されちゃいますよ?今夜あたり、謝罪に伺いましょう。』
「そうだな……手土産でも持って誠心誠意、謝罪に行こう。そして、興奮すると大声が出ちゃう体質なんだって伝えておこう。」
『ノイズキャンセリングイヤホンとかプレゼントしたら、喜ばれるかもしれませんね!』
「おお、それはナイスアイデアだ!さすがテマリだな。」
『うへへへへ……そうですかね?誠二郎はうるさいですからね!』
うるさくなっちゃう原因は大体テマリだけどな。
テマリは手を頭にやり、照れたように宙に浮きながら身体をくねくねさせている。
可愛い。
「じゃあ、今日のデイリーミッションをお願いしていいか?」
『はい、誠二郎!本日のデイリーミッションは……』
ドゥルルルルル……。
ドラムロールがはじまる。
パンパカパーン!
盛大なファンファーレが脳の中に鳴り響く。
そして目の前に表示される文字。
――『田所うなぎ店へ行き、うな丼を食せ。』
食せ?食べるだけ?
「なんだこれは……ミッション?ご褒美なのか?」
『ご褒美ミッションですね。たまに混ざってるみたいですよ?』
「みたいですよ?ってなんだよ。デイリーミッションはテマリが作ってるわけじゃないのか?」
『はい、私は直接関わってません。デイリーミッションを作る部署があるのです。もちろん、こういうミッションがあったら誠二郎が喜ぶかもという進言はしますが。』
「そうなのか……。」
相変わらずテマリには秘密が多い。
だけどだ、俺はテマリを信じる。なぜならテマリは俺のマブダチだからだ。
報酬は、今日も3万円と身体補修か。ん?身体補修といえば、夜に行われると聞いたけど、行われたのか?
『さあ……それはデイリーミッション部署の仕事ですからね。ちょっと外を出歩いてみては?』
「……そうだな。田所うなぎ店の場所を探したり、そこまで移動したりすれば、身体補修の効果も分かるだろうし。」
俺はよっと立ち上がる。なんだか、身体が軽い。
立ち上がっただけで、身体補修の効果を実感できた。少しだけ若い頃に戻った気分だ。そういえば……昨日あれだけ歩いたのに足の疲労感もない。
……これはすごいことなのでは?下手すると、3万円なんてアホみたいに思えるほどに。
まあ、それもお金があればの話だ。お金と健康。人間、どちらも必要なのだ。
でも、デイリーミッションで毎日3万円がゲットできて、身体補修を毎日受け続けられるのならば……。
俺はどこまで行けるのだろう。もしかしたら、実家の……有馬家の連中を見返してやることもできるかもしれない。
…………。
やめよう、そんなことはどうでもいい。思考をネガティブに引っ張られるな。落ち着くんだ。
今は目の前のことだけに集中しよう。
俺のやるべきこと。
それは……。
田所うなぎ店に行って、うなぎを食べることだ。
「イヤッホオオオ!」
ドオォン!
「ヒャアアアッ!」
奇声を発した結果、壁ドンされ、心が縮み上がる俺。
『うんうん。そういうところも誠二郎ですね。さすが私のマブダチです。私は受け入れますよ、誠二郎のそういうところ!』
理解者ぶりやがって……お前は俺の母親か。
※※※
昼少し前、俺は目的の店へと到着した。
ここが、田所うなぎ店か……。
田所うなぎ店は、家から遠くない場所にあった。
川の方に歩いて、15分といったところだ。
店の周りには、うなぎを焼く香ばしい匂いが広がっている。た、たまらん……。
『ここが田所うなぎ店みたいですね!情緒あふれる、素晴らしい和風建築です!』
「そうだな。こういうの、いいよな。」
店の前で俺とテマリが建物を眺めていると、スーツ姿の人が次々と入っていくのが見えた。
どうやら昼時のようだ。しかし、ランチにうなぎを食べられるなんて、この人たち高レベルで高収入なんだろうな。実に、うらやましい。
そんなことをぼんやりと考えながら、店に出入りする人々を見ていると。
宙でぷかぷかと浮かぶテマリが、むくれ気味の声を上げた。
『誠二郎、今、高レベルの人が、うらやましいと思ってましたね?』
「うっ!ちょ、ちょっとだけな?」
『私、言いましたよね?クミヒモシステムのレベル制より、テマリシステムの方がすごいって。』
「分かってる、分かってるよ。俺だってマブダチの言うことは信じてるさ。でも、今までのトラウマとか、そういうのが残ってるんだよ。」
レベルゼロとして、差別されてきた日々は変わらない。
『むう……クミヒモのせいですか……クミヒモが何らかのフォローを誠二郎に与えていれば、こんなふうにねじ曲がらずに、心が傷つかないで済んだのに……やっぱりクミヒモはダメですね。ダメダメです!』
相変わらず口の悪いテマリなのだった。
……クミヒモ様って、テマリ曰く神様なんだよな?そんなに悪口ばかり言って、いいのかな?
※※※
それから30分くらい、外でぼんやりとする。
サラリーマンたちとは違って、無職の俺には時間がある。
何も混んでいる時間帯に入店する必要はない。
それにだ、俺はうなぎをゆっくりと時間をかけて味わうつもりなのだ。忙しい時間帯に、長い間、席を占拠する客がいたら迷惑だろう。
さらに30分。
俺はにぎやかなテマリとおしゃべりしながら、時間を潰していた。
しばらく待ち……ついに客足が途切れた。
どうやら、会社員のランチタイムは終了したようだ。
これからは無職の時間なのだ。ふっふっふ。なんだか、虚しいぜ。
ゆっくりとのれんをくぐり、店内へと入る。
他の人には見えていないが、テマリももちろん一緒だ。周囲をきょろきょろと見回している。
「いらっしゃいませ!お一人ですか!?」
入口で、店員さんに声をかけられる。
うっすら日焼けした、ショートカットの若い女性店員さんだ。
Tシャツにデニムショートパンツ。その上にエプロンを付けている。
すらっとした足がまぶしい。
「あ、はい。ひ、一人です。」
しまった。急に声をかけられて、ついキョドった。な、情けない……。
「では一番奥の席におかけください。すぐにご注文を受けに参りますね。」
「お、おねがいします……。」
彼女に言われたとおりに奥まで行き、席に座る。初対面の女性に声をかけられたせいか、足取りまでぎこちなかった。
俺のぎこちなさに、テマリが呆れた声を出す。
『はあ……誠二郎は情けないですねえ。マブダチとして私は悲しいです。もっと、シャキッとしてください!シャキッと!』
「う、うるさい……好きでこうなったわけじゃないんだよ……。」
だけど、俺もテマリに同感だった。さすがにこの女性恐怖症だけは、克服しなきゃダメだろう。
なんせ、人類の半分は女性なのだから。
そんなことを考えていると、先ほどの店員さんが、注文を尋ねてくる。
「ご注文をお伺いします!」
「あ、い、うな重の特上で。」
どもりながらそう言う。く、くそう……うまく言葉が出てこない。
「うな重の特上、承りましたー!」
元気に厨房へ注文を通す店員さん。
俺のどもった様子を笑うこともなく、ハツラツとして、実に気分がいい子だ。
それに比べ俺のマブダチのテマリときたら……。
『あ、い、うな重!?おむすびを注文するときは、「あ、い、う、え、おむすび」とか言うんですか!?ぶふぅっ!』
く、くそう……テマリめぇ……無視だ。無視。
スーハーと深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。
うなぎ屋の趣のある店内を見渡しながら、うな重の仕上がりを今か今かと待っていたときのことだった。
レジ付近で大声が響いた。
「はあ?この店、電子決済やってないの!?どうするつもりだよ!?俺、現金なんて持ってきてないんだけど!」
「す、すみません。うち、そういうのに疎くて……まだ対応できてないんですよ。」
「ふん!老舗だからって、あぐらかいてるんじゃないのか?殿様商売ってやつだな。うらやましいことだな!」
「あの……現金でのお支払いをお願いしたいのですが……。」
「だから持ってないっつーの。そっちがなんとかしろよ!今どき電子決済なんて当たり前だろ?」
男の言っていることももっともだ。だが、さすがにあれはないんじゃないだろうか?店員さんは引きつった顔をしている。
そのときだった。
――パンパカパーン!
頭の中に例のファンファーレが鳴り響いた。
んん?デイリーミッションはもう受けてるはずだけど……なんでファンファーレが今さら?
そして頭の中に響く、テマリとは少しだけ違う声。
『メインミッションが発生しました。』
メインミッション?なんだそれ。
視界にメッセージが表示される。
――『メインミッション:田所うなぎ店の困りごとを解決せよ。』
――『メインミッションが完了しない限り、次のデイリーミッションは発生しません。』
次のデイリーミッションが発生しないだって……?
ま、マジ……?
そ、そ、そ、それは困る。
俺の、毎日の3万円がぁ……。
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