虹色と単身赴任
突然、単身赴任が決まった。実質無職の俺に。
『メインミッションの詳細が送られてきました!赴任先の部屋は準備されてるみたいです。』
白銀のロングヘアに虹色の瞳。Tシャツ一枚のテマリが、ニコニコとした笑顔で言う。
彼女の今日のTシャツにプリントされている文字は『退院おめでとう』だった。
ありがとう。
っていうか、病院から退院した日に単身赴任が決まるとか、株式会社テマリセージロー、どんだけブラックなんだよ。
ブラックな会社が用意している部屋。不安しかない。
「単身赴任だろ?期間とかは分かるのか?」
『期間については、触れられてませんね。ただ、部屋には、生活用品もありますし、ゲームに使えるディスプレイもありますよ?家賃もテマリセージロー持ちですしね!』
それは助かる。至れり尽くせりではないか。
でも、これだけしっかりと居住の準備がされてるってことは……どうやら長い単身赴任となりそうだ。
はあ……。
「……ゲーミングマシンはないんだろ?」
『はい。それはありません。誠二郎が持っていかなければいけません!』
今日退院したばかりなのに。
今からのんびりとニンペをやろうと思ってたのに。……せめて、数日後にしてほしかった。
ぷかぷかと浮いているテマリが、人差し指を立てる。
『誠二郎、明日のデイリーを受けたかったら、急がなければいけませんよ?あと1時間後に迎えに来るタクシーに乗れなければ、今日中のメインミッション達成は不可能です!』
「タクシーまで配車予約されてるのか?」
『そうみたいですね。ミッションは、よほど誠二郎に白峰研究学園都市へ行ってほしいみたいです!』
くそう、ミッションさんは、白峰で俺に一体何をさせるつもりなんだ。
でも、文句言っても仕方ない。ミッションさんの言うことを聞いていれば、お金も手に入るし、健康も手に入る。使わないに越したことはないが、自分の身を守る術も身につけられる。
それに、デイリーミッションを諦めるなどというのは、俺のゲーマーとしての矜持に反する。
もともと、俺には選択肢などというものはないのだ。
「分かった、単身赴任うけるぞ!持っていく必要なものだけリストアップしてくれ!」
『分かりました!ふふふっ!誠二郎。引っ越し先はすごいですよ!』
「すごい?どういうことだ?」
『それは着いてのお楽しみです!急ぎましょう!』
視界表示に持ち物リストが表示される。っていうかゲーミングマシンしかない。
「持っていくものはゲーミングマシンだけ?ほかはないのか?」
『下着とか服も用意されています。歯ブラシとかもです!楽ちん単身赴任ですね!』
なるほど。
このゲーミングマシンだけを持っていけばいいってことか。
買ったときの梱包材を捨てなくて本当によかった。これなら準備も間に合いそうだ。
俺はゲーミングマシンの電源を抜き、ケーブル類を外す。そして大切に、送られてきた時と同じように、段ボールに梱包し直した。
改めて考える。
白峰研究学園都市って、ここから300kmくらい離れてたよな?そんなところまで、ゲーミングマシンの箱だけを持って移動するのか。
ゲーミングマシンひとつ抱えての単身赴任。なかなか笑えるじゃないか。
どんな単身赴任だよ。
※※※
荷物の準備はすぐに済んだ。
後は……冷蔵庫の中身を処理しておかないと。
食材を捨てるなどという選択肢はない。もったいないからな。
俺は声を張り上げる。
「雨宮ー!ちょっとうち来れるかー?」
青葉荘のティッシュ壁から、当たり前のように声が返ってくる。
『有馬、なんだ!ボクは今仕事中だぞ!』
「すまん、今から白峰研究学園都市に単身赴任になった。冷蔵庫の中を空っぽにしたいんだ。中身を引き受けてくれないか?放っとくと腐っちゃうし。」
『はあ、単身赴任だと!?ちょっと待ちたまえよ!』
どたばたと隣の部屋から音がする。
隣の部屋のドアが開く音がして、俺の部屋のノブがガチャガチャと回される。
鍵を開けて雨宮を部屋へ招き入れた。このご近所付き合いにも慣れてきたな。
今日の雨宮は少しだけウェーブがかかった髪を後ろにまとめていた。髪が邪魔にならない、雨宮の執筆スタイルなのかもしれない。白く、形のいいあごのラインとうなじがセクシーである。
雨宮が口を開く。
「単身赴任ってどういうことだ?有馬、無職じゃないか!」
「今の時代、無職でも単身赴任があるんだよ。これは、秘密のミッションだ!」
俺の返答に、ワナワナと震える雨宮。
「ひ、秘密のミッションだと……また、お前、そんな面白そうなことを……!」
「今日中に白峰に着かないとヤバイんだよ!俺の大切なものが失われる。」
具体的には、明日のデイリーミッションの報酬の3万円と、俺のゲーマーとしての矜持が。
「ふむ……向こうに行っても連絡は取れるのかい?」
「もちろん。メッセージも通話も普通にできるぞ。向こうで何するかわからんけどな。」
本当に何をするんだろう。
「くそ……むちゃくちゃ面白そうじゃないか。ついてって、取材したい!取材したいけど……今、締め切りが近いんだよな……」
ついてくるだって?雨宮が?……いや、プロポーズしてくるくらいだ。それくらいは考えてもおかしくないか。
「ボクも落ち着いたらそっちに行くからな!?有馬みたいな面白いネタキャラを逃すわけにいかない!」
マジで来るの?
まあ、雨宮は立派な大人だ。俺が文句いうことでもないだろう。
それに雨宮が来れば、アマミヤブレンドも一緒に付いてくる。
医師である雨宮が点滴してくれる栄養剤のアマミヤブレンド(合法)は、正直ありがたい。
あれは、エナドリより効く。きっとにんにく注射とかそういうのだろう。きっと。
「それとだ。ちゃんと、彩葉くんには後で連絡しておきたまえよ?彩葉くんは、有馬にかなり執着してるみたいだからな。有馬が急にいなくなったら、どう動くかわからんぞ?何が起きても、ボクは責任とらないからな?」
「う、た、確かに……。わかった。連絡する。」
ブサカワペットが逃げ出したら、追いかけてきそうだもんな。彩葉には、また戻ってくると伝えておかなければ。
あと、友真や小春とかにも連絡しとかなきゃ。
ハッ!白峰研究学園都市に行ったら、田所うなぎ店の無料のうな重が食べれなくなるじゃないか!
な、なんてことだ……。まだ十回も食べに行ってないのに……。
※※※
青葉荘の前。
タクシーに乗り込んだ俺に、雨宮がつまらなそうな声を出す。
「またな、有馬。元気でな?」
「ああ。雨宮もすまんな。いろいろ手間かけさせて。」
「ボクはキミに取材をする身だからな。これぐらい構わんさ。」
俺がいない間の部屋の管理は雨宮がしてくれることになった。鍵も預けてある。
鍵を預けるなんて不用心だって?俺の部屋は、一階の彩葉の部屋からでも行ける。もともと不用心な部屋なのだ。
いや、ティッシュ壁の青葉荘に住んでいること自体、不用心なのだ。いまさらである。
俺はぎゅっと、ゲーミングマシンが入った段ボールを抱える。カバンすらない。俺の所持品はマジでこれだけなのだ。
「じゃあな。落ち着いたら、ボクも行くから。彩葉くんには絶対に連絡したまえよ?絶対だからな!」
「分かったって。雨宮も、またな?」
そして、タクシーは出発する。
まずは、地下鉄に乗って、高速鉄道の走る駅まで向かう。そこで、高速鉄道へと乗り換えて、白峰研究学園都市へ直行する。
高速鉄道の座席に座ると、すぐに窓の外が動き始めた。
到着は……3時間後くらいか。やっぱり、気軽に行き来できる距離じゃないな。
うな重を食べるために青葉市に戻るとかは、無理そうだ。うな重代より、交通費のほうが、よっぽど高くつく。
残念だ。実に残念だ。
※※※
3時間後。
うつらうつらと居眠りしてる内に、白峰研究学園都市に到着した。
高速鉄道を降り、駅のホームへと降り立った。
もう、夜も遅い。街の散策とかは明日にしよう。
駅からも、タクシーの配車予約が行われていたので、それに乗り込む。無人のタクシーだ。さすが研究学園都市という名前だけはある。
青葉市より未来的な雰囲気の洗練された町並みが、窓の外を流れていく。
さて……ブラックな株式会社テマリセージローが果たしてどんな部屋を準備してくれているのか……。期待半分不安半分で、目的地も分からぬままタクシーは進んでいく。
そして到着したのは……そびえ立つタワーマンションだった。
――『白峰スカイタワー』
六十階建ての白い建物。窓には無数の明かりが並び、その足元には、搬入口と広い車寄せが上品に光っていた。
俺は後部座席で、段ボールに入ったゲーミングマシンを抱え直す。
「……まじで、ここに住むのか?」
呆然自失の俺に、テマリは綺麗な虹色の瞳を輝かせる。
『誠二郎、着いてからのお楽しみと言ったでしょう!誠二郎のお部屋は見晴らし抜群の五十階です!いかがですか!?株式会社テマリセージローの福利厚生は!?ヤバくないですか?』
ヤバいな。
これは、ヤバい。
白いバスローブとワイングラス買ってこなければ。夜景を見ながら、ワイングラスをゆらし、ぶどうジュースをのまなければ。
ソファに深く腰かけながら、こう言うのだ。
――『退屈だな……何もかも、思いどおりというのも。』
なんだか、テンション上がってきたぜ!
ヒャッホーイ!!
『誠二郎が喜んでくれて、マブダチの私も嬉しいです!ここなら、誠二郎が奇声を発しても壁ドンされないですよ!きっと!青葉荘がティッシュなら、ここはタングステン厚板くらいの壁の厚さがありますからね!』
ロングTシャツにプリントされている文字は『奇声発するタワマン住人(仮)』に変わっていた。
『奇声発する』と『仮』のところ、いる?
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