久遠寺彩葉②
<久遠寺彩葉視点>
有馬さまを病院からご自宅へとお送りした。
そこは、趣のある木造アパートだった。
映像でしか見たことのないような建築物に、少し感動してしまう。
私は嬉しかった。
有馬さまのお住まいを、合法的に、拒絶されることなく知ることができたこと。
有馬さまが私のことを信頼してくれていると思ってもいいのではなかろうか?
これで今日の第一目標は達成である。
次は第二目標だ。
私は気になることがあった。
それは、有馬さまが私を「久遠寺さん」と呼ぶことだ。
有馬さまは年上で、私の命の恩人なのだから、名前で呼んでほしい。
久遠寺……いえ、彩葉と呼び捨てにしてほしい。
社会常識的にも、おかしくない。雨宮さんのことは、雨宮と呼び捨てにしている。ならば、私も呼び捨てでいいと思うのだ。
心頭滅却。私は真剣で相対するときのように、心を整える。
そして、なんとか言葉を絞り出した。
「…………有馬さま、私のことは彩葉とお呼びください。」
有馬さまは、快諾してくれた。やっぱり寛大なお方である。
だが、そのやり取りを雨宮さんに見られてしまった。雨宮さんのメガネがキラリと光る。
頭の中が真っ白になった。
「……し、失礼します。有馬さま、お体にお気をつけて。」
その言葉だけを告げ、アパートの二階から飛び降りる。
そして赤くなった顔を誤魔化すように、全速力で家へと駆けた。
……な、なんで?なんで、私は走っているのだろうか?
なぜ、顔が赤くなっているのだろうか?
※※※
困った。
有馬さまを訪ねる理由がなくなってしまった。
……何で困っているのだろう?私はなぜ、あのお方に会いたいと思っているのだろう?
な、何か理由があるはずだ。
……そ、そうだ!
私は、有馬さまに強くなる秘訣を教えてもらわなければいけない。
レベルの恩恵に頼らず強くなるための方法を。
決めた。有馬さまに真正面からお願いしよう。
思い立ったが吉日。すぐに、有馬さまの住む、木造アパートへと向かった。
そして有馬さまのお部屋の前で待機し、有馬さまが部屋から出てきたところで声をかけた。
すぐさま土下座を行う。有馬さまにはたくさんの借りがある。その上、さらに借りを重ねようと言うのだ。土下座ぐらいは当然だ。
「…………有馬さま、私に……私に稽古をつけてください。」
有馬さまは強くないとおっしゃっていたが、私は信じられなかった。
もちろんレベルの恩恵のない有馬さまは、身体能力では私より劣るのだろう。
だが、それ以外――例えば、戦闘中の観察力や判断力では、私を凌駕しているのではないか。
まさに、柔よく剛を制すということだ。
※※※
有馬さまは目立ちたくないとのことだったので、久遠寺邸の道場にて稽古をつけてもらうことになった。
目立ちたくない理由。
それは、この社会がレベル至上主義だからだ。
レベルが低い者が何らかの成果を出せば、不正を疑われ追及される。
有馬さまはそれを面倒に思っているのだろう。
それに世の中にはクミヒモ神会などという、その思想を極めたような過激派集団までいるのだ。
レベル至上主義。なんて愚かなのだろう。
レベルなど見なくても、その人が何をやったかを見れば、その価値は分かるだろうに。
本当に、くだらない。
この社会で暮らすほとんどの人は、レベル至上主義者だ。
そして、久遠寺家の人間もその例外ではなかった。
うちの使用人が有馬さまに「低レベル」などと言った。前に、分家の娘たちがあの方へ失礼な態度を取ってしまったのも思い出す。
許せない。
何も知らないくせに。
彼は私の命の恩人だ。
それに……。
道場へと入り、木刀で相対する。
有馬さまは、間違いなく、私の知らない力を持っている。もしかしたら、私より強いかもしれない。
そして、それはその後すぐに証明された。
私は有馬さまに床へ打ちつけられた。剣士でもないあの方に。
すごい。やっぱり有馬さまはすごい!私のすべての動きを読み!攻撃をかわし!さらには、私の背中を地につけた!
すごい!すごい!すごい!
私の有馬さまへの尊敬の念が極限に達した時だった。
私がレベル8となったのは。
※※※
有馬さまに合わせる顔がなかった。
頼み込んで稽古をつけてもらって、私をレベル8に導いてくれたのに……。
お父さまは彼に対して、真剣で斬りつけるなどという、とんでもない不義理を働いたのだ。
有馬さまの体は、レベルの恩恵を受けていない。もし刀が当たれば、有馬さまの体は真っ二つとなっていただろう。
許されない。決して許されるものではない。
もちろん、お父さまもお母さまも私を心配してのことだとは分かっている。
だけど……それでも……レベルなどというよく分からないものを信じ切って、人を傷つけていい理由にはならない。
私は初めて、怒りを込めて久遠寺家の者全員へと全力の威圧をぶつけた。LV8の私の全力の威圧だ。
皆、顔を青くして、膝を屈していた。お父さまもお母さまも例外ではない。
やってしまった。でも、後悔はしてはいない。
まずはこの久遠寺家から、レベル至上主義という病魔を取り除く。
それが有馬さまの望みを叶える、第一歩だ。
※※※
それにしても……。はあ……有馬さまとの稽古が恋しい。
学園の子たちは修練の相手にもならない。
そのため、今の私はほかの学園生を導く教育係を務めている。
私自身、まだまだ未熟なのに……こんなことをやっていていいのだろうか?
そんな思いを頭の片隅におき、竹刀を振るう。
パシィン!
おや……?
その一撃を受け止めた子がいた。
この子……他の子より頭一つ抜けて強い……。確か、一年の小春といったか。
立ち回りに、レベルの恩恵に頼らない動きが見受けられる。
思わず、その姿に有馬さまが重なる。
そして私は知ってしまった。彼女の姓が「有馬」ということを。
有馬さまの姪であることを。
私は幸運だ。こんな身近に有馬さまへとつながる人物がいたとは。
彼女に間に入ってもらって、有馬さまに謝罪しよう。そう考えた時だった。
私の脳に強烈な閃きが走った。
小春も有馬。有馬さまも有馬……。
人の名を正確に呼べないのは失礼である。ならば、私は有馬さまを「誠二郎さま」と呼ぶべきだろう。
そう。これは相手に誤解を与えないために必要なことなのだ。
人として、久遠寺家の者として、最低限の礼儀なのだ。
※※※
有馬さまは、私が「誠二郎さま」と呼ぶことを快く許してくれた。
家の者の無礼も、気に留めず流してくれた。
やはり器の大きいお方だ。
誠二郎さまはすごい。
う、うふふふふ……。
誠二郎さま。誠二郎さま。誠二郎さま。誠二郎さま。
はっ!一体、私は何を?
最近、少し疲れているのかもしれない。
ときどき、自分が何を考えているのか分からなくなる。
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