虹色と新たな特技
「…………実のところ、ニンペマンは何と戦われていたのですか?」
彩葉は第一線で戦う人間だ。
怖がらせたくないから隠す……なんて選択肢はないな。
「ヒト型だよ。」
「……ひ、ヒト型!? ニ、ニンペマンが倒したのですか?」
「まあ、ちょっと特殊な技を使ってね。」
「…………その技とは?」
「ごめん、教えられない。教えても、たぶん俺にしか使えないものだから。」
「…………そうですか……」
肩を落とす彩葉。
申し訳ないが、あんなものの使い手だなんて知られたくない。
俺があれを人に使うなんて、自分で想像するのも、誰かに想像されるのも御免だ。
単純に、俺を慕ってくれる年下の子に怖がられたくないだけって話なんだろうな。
身勝手な理由だ。
真剣な顔をつくり、彩葉に向き直る。
「彩葉。ヒト型はマジでやばかった。」
「たぶん真っ向勝負じゃ、人間は勝てない。ニンペマンも運が良かっただけだと思う。」
「…………やはりですか。」
「逃げられるなら絶対に逃げろ。もしどうしても戦う必要があるならば、頭を使って前もって準備して、罠にはめたりとかした方がいいと思う。もちろん一対一なんて絶対にダメだ。複数人で戦うべきだ。」
「…………承知いたしました。ですが、ニンペマンは人類初の人型害獣の討伐者です。たとえ他の誰もが評価してくれなくても、私はニンペマンを……いえ、誠二郎さまを尊敬いたします。」
両手を胸のあたりでぎゅっと握り、真正面から見つめてくる彩葉。
「そっか、ありがとうな。彩葉。」
俺への評価が嬉しくなってしまい、彼女の頭をやさしくポンポンとする。
っていうか、ヒト型の討伐って人類初なの?
驚きだ。
ならば、人型害獣の情報って貴重なのではないだろうか?
あいつのヤバさについては、できるだけ多くの人に知っておいてもらいたい。
「彩葉、後で人型害獣についてレポートを作成して送っとくよ。害獣対策局にもなんとか言い訳をつけて共有しといて。」
その言葉に、こくりとうなずく彩葉。
あんなもの、滅多に遭遇する相手ではないと思うけど、対策局の人には知っておいてもらうべきだろう。
これ以上、死人を出さないためにも。
※※※
その後、数日間のデイリーミッションは楽なものばかりだった。
目を覚ましてからの体が全く動かなかった三日間は、「あーん」のミッションばかりで助かった。
彩葉が二回、雨宮が一回「あーん」してくれた。
彼女たちのおかげで、デイリーミッションは、あの昏睡していた日々以外は達成できている。
あの三日間。デイリーミッションが未達成だったのは仕方ない。あれは、ノーカンだ、ノーカン。
それに、ミッションが出されてもいないわけだから、失敗とも言えない。ゲーマーとしての矜持を破ったとは言えないだろう。
そうしよう。そう考えることにしよう。
ちなみに、雨宮が俺に「あーん」してくれていたところへ、彩葉が丁度病室へと来てくれたことが一度あった。
彼女はショックを受けたように、その光景を呆然とした顔で見つめていた。
そんなにブサカワペットに餌をあげたかったのだろうか。ブヒブヒブヒー。
雨宮といえば、雨宮ブレンドを点滴してほしいとお願いしたこともあった。
「ウヒヒヒ……有馬、キミもこれの良さに気づいちゃったか!?大丈夫だ。すべて合法的な成分だから!」
ニヤつきながら輸液パックをカバンから取り出し、俺に点滴しようとしたタイミングだった。
俺が期待に満ちた目でそれを見ていると、看護師さんが駆け込んできて、点滴は阻止された。
よくよく考えれば、当たり前だ。
病院の関係者じゃない医師がやってきて、勝手に点滴をするなど許されるはずもない。
くっ!仕方ない。
雨宮ブレンドは家に帰ってからのお楽しみとしよう。
友真とウナも、お見舞いに来てくれた。
田所うなぎ店は無事とのことだった。
俺の無料うな重を提供してくれる、あの貴重な店だけは無くすわけにはいかなかった。
良かった。本当に良かった。
ウナに「あーん」をお願いすることはしなかった。流石にそれは……なあ?
人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえと言うしな。
そんな人間にはなりたくない。
※※※
脳出血などというものを起こしていたため、体がある程度動けるようになった後も、俺は入院していた。
再検査したところ、脳出血の痕跡はまったくなかったらしいが、経過観察というやつである。
退屈で仕方なかった。
こんなときはデイリーミッションである。
「テマリ、いつものやつを……!」
『はい、誠二郎!もうデイリーミッションの常連さんですね!』
小さな問題を一つひとつ解決していくのは、ゲームみたいで気分がいいのだ。特に入院している最中は、ニンペもできない。
デイリーミッションが楽しみになっていた。
ドゥルルルルル……パンパカパーン!
――『ムーンウォークで病院の中庭を一周しろ。』
羞恥系か?
でも、死線を乗り越えた俺に、羞恥系ミッションなど何でもない。
とりあえずムーンウォークってどうやってやるんだっけ?後ろに進むんだよな?
えっと……かかとを上げて……その足を後方へ滑らせて……かかとを下ろすか。これを両足でやるんだな。簡単じゃん!
…………。
結果から言うと、なんとかできたという感じだった。
全方位視野のおかげで、後ろ側も見える。他の人にぶつかるような事故は起こさなかった。
ただ……足の運びに慣れるまでは難しかった。
それを目撃した小春には笑われた。彩葉は姿勢を崩さぬまま、そっと顔を背けていた。銭谷捜査官だけは眉間にしわを寄せていた。
ふん!なんとでも思えばいい!俺はこんなことでは自分を見失わない男なのだ。
デイリーミッションは絶対だ!
結局、病院の庭でのムーンウォークミッションは、俺が退院するまで続いた。二日目からは足も滑らかに動いてくれた。
うっぉおおおん。青葉総合病院の中庭ムーンウォーカーとは俺のことだぜ。
まるで背中に目がついているように、スムーズに障害物を避けつつムーンウォークを続ける俺は、病院で暇を持て余すご老人や子供たちの人気者となっていた。
ふっふっふ。新たな才能が芽生えてしまったぜ。
彩葉についてきた取り巻き3人組の反応は笑えた。
「まあ……有馬さんでしたっけ。いったい何をやってますの?」
「病院でこんなことをするなんて、低レベ……!」
「八神さん!ニンペマン様との約束ですよ!それはダメです!」
「そ、そうでした!ああ……ニンペマン様。あなた様の言いつけを破ってしまいそうになった私をお許しください!」
「あれほど強大なお力をお持ちのニンペマン様。きっと寛大なお方です。八神さん、おそらく大丈夫かと。」
「ですが、彼の高潔な価値観、私たちも受け継いでいかねばいけません。救っていただいたこの命をかけて。」
「ああ……それにしましても、今思い出しても胸が高鳴ります。私たちを助けてくださり……そして背中で、『低レベル』の方たちを気遣うお姿……」
「ええ。まさに彼のような方が英雄というのでしょう。有馬さん?あなたも見習ってみられては?」
その会話を聞き、宙に浮かぶテマリが腹を抱える。
『ニンペマン、そこにいますよ!あなた方の命の恩人のニンペマンが!目の前ですよ!英雄のニンペマンがあなた方の前に!ブフゥーッ!!!』
彩葉もこの3人の会話には耐えられなかったようで、背中を向けて肩を震わせていた。
デイリーミッションの邪魔になる3人組を華麗にかわし、そのまま滑らかに後ろへ進む。
「まあ……意外とお上手ですのね。」
長身ポニーテールの取り巻き1号が、その足運びを目で追いながらつぶやく。
こいつらからこんな言葉を引き出すとは……新しい宴会芸が一つ増えたな。
実質無職だし、宴会なんて行かないけどな!
※※※
そしてその数日後。
無事、病院を退院したのだった。
新たな特技「ムーンウォーク」を身につけて。
入院費は株式会社テマリセージローが払った。
『ふっふっふ!株式会社テマリセージローは福利厚生も完璧なのですよ!』とのことだ。
役員報酬はガチャガチャをする権利だけどな。
ちなみに、彩葉は今回の入院費も久遠寺家が払うと主張していたが、彼女を助けて怪我をしたわけでもないので、丁重にお断りした。
さて、愛しのゲーミングマシンでプレイする麗しのニンペの日々がまたはじまる。
待ってろよアイリス!
すぐにNinpexのランク1、返してもらうからな!
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