虹色と彩葉のお見舞い
「…………も、申し訳ございません。」
彩葉は肩を落とし、うつむいている。
「だ、大丈夫だから、次からは気をつけてね。」
実はまだ大丈夫じゃなかったりする。抱きつかれた衝撃は、音が反響するように俺の体の中を行ったり来たりしていた。
ぐおお……痛い。痛すぎるぅ……。
俺が痩せ我慢していると気づいたのだろう。彩葉の背中はさらに丸くなっていく。
くっ!こ、こんな少女を悲しませるのは、俺のポリシーに反する。
話をそらせ。話をそらすんだ。
「な、なあ、彩葉。俺、どれだけ眠ってたんだ?」
「…………三日ほどですね。お医者様から脳に出血があって、二度と起きないかもしれないと言われて、私……」
じわっと彼女の瞳が潤む。
マジ?俺、脳出血してたの?身体補修のお陰で生き延びたってことか?
それに、三日も寝てたのか…………はっ、三日だと!三日間もデイリーミッションをやれなかったってことか?
なんてことだ。なんてことだ!
そ、そうだ。彩葉にデイリーミッションを手伝ってもらおう。それで今回の激痛はチャラだ。なんだかすごい心配をかけてたみたいだし。
テマリ、いつものやつ頼む!
『はい、誠二郎!今日のデイリーミッションいきますよ!』
ドゥルルルルル……パンパカパーン!
――『女性に「あーん」をして食べさせてもらえ。』
『あーん』ミッションか。楽なやつ来た!
よし、こいつでチャラということで。
「い、彩葉。ちょっとプリン食べたい気分なんだよね。また前みたいに食べさせてくれない?ほら、体動かないし。」
「…………承知いたしました!今すぐプリンを買ってきますゆえ!」
シュン!
瞬時に視界から消える彩葉。
今の動き、見えなかったぞ。さすが彩葉だ。パシリレベルも8だったりするのか。
※※※
「…………あーん。」
彩葉が俺の口にプリンを流し込んでいる。
そして、その後ろには。
銭谷特級害獣捜査官と小春がいた。
腕を組み、面白そうにこちらを眺めるイケオジ捜査官。
その隣には、うらやましそうにこちらを見る小春。
「有馬くん、久遠寺さまとずいぶん仲がいいようだね?なぜなのかな?」
「彩葉さまに『あーん』してもらえるなんて…………うらやましい!おじさん、ずるい!」
当の彩葉は、そんな後ろからの声などどこ吹く風だ。
「えっと」
「…………あーん。」
俺が何か言おうとするたびに、口の中に流し込まれるプリン。
プリンが喉の奥へと消えていく。
「あ、あの、彩葉?前も言ったけど、一回でいいんだよ。一回で。」
「…………最後までお務めを果たさせていただきます。…………あーん。」
彩葉は相変わらずだった。
『私も誠二郎に「あーん」ってやってあげたいです!肉体のないこの身が口惜しいです!』
テマリはニヤニヤしながら、俺の反応を覗き込んでくる。
なんという羞恥プレイ。
姪っ子と、害獣対策局の偉い人の目の前で、学園生にあーんしてもらうオッサン。
二人の目に、俺はどう映っているんだろう。
想像したくない。
※※※
「有馬くん、ちょっと二人だけで話したいんだが……いいかね?」
銭谷捜査官は、彩葉と小春に目をやる。
この人は、レベル差別もしない。
対策局の中でも信頼できると、俺が考えている人だ。
「小春、彩葉。悪いけど、ちょっと外してもらえるか?」
「…………わかりました。では、小春と外で待っていますね。何かありましたら、すぐにお呼びください。」
「おじさん、またあとでねー!」
そう言って、病室から出ていく二人。
ガララ……と引き戸が閉まる。
銭谷捜査官は、彼女たちの気配が離れていくのを待ち、俺へと向き直った。
「有馬くんは、二人から好かれているようだな。」
「まあ、小春は赤ちゃんの頃から世話してましたからね。彩葉とも、いろいろありましたから。レベルゼロの俺を嫌わないでくれて、ありがたいです。」
そんな俺の言葉に、銭谷捜査官は眉をしかめる。
「有馬くんは……本当にレベルゼロなのか?久遠寺さまを救出したことといい、彼女の威圧が効かないことといい。俺には疑問しかないんだが。」
そして一拍。
「いや、そんなことより、君には言っておかないといけないことがあるな。」
銭谷捜査官は背筋を伸ばす。
そして、俺に深くお辞儀した。
「ダンジョンの地上接続点の情報、本当に感謝する。あれがなかったら、おそらく数倍の殉職者が出ただろう。下手すると『青葉フラッド』の抑え込みに失敗したかもしれない。」
「い、いえ……カブトムシをよく探しに行くので……ち、地の利があったんですよ。そういう勘とか?それが、お役に立てたのならよかったです。」
俺の返答に、銭谷捜査官は腕を組んで、ため息をつく。
「本当は、いろいろ聞きたいんだがな。どうやってダンジョンの地上接続点を見つけたのかとか、フラッドの最中に封鎖されている青葉中央公園の中で、なんで倒れてたのかとか。」
「つ、つい、カブトムシを探したくなっちゃって。が、我慢できなかったんです。」
無理がある。
俺は害獣との接点が多すぎる。
訝しげな目で見られるのも当然だろう。
「それでもだ。君のおかげで、害獣対策局は助かった。市民の命もだ。」
「ははは……。」
「有馬くん関係は、対策局の中でうまく誤魔化しておく。安心してくれ。有馬くんを煩わせて、次の協力が得られなかったら、対策局の損害だしな。」
「カ、カブトムシを探しに行っただけですよ?」
「そうだな、カブトムシはかっこいいもんな?」
銭谷捜査官がニヤリと笑う。
絶対に信用されていない。当然である。
「では、俺はこれで失礼するよ。お体のほう、お大事に。」
銭谷特級害獣捜査官は、たくましい背中を俺に向け、病室から出ていった。
『銭谷特級害獣捜査官!話がわかる人ですね!100点あげちゃいますよ!』
テマリは俺の隣でぷかぷか浮きながら、パチパチと拍手をしている。
きっと、業務として、俺に聞きたいことは山ほどあるんだろう。
だが、情報提供の恩義に報いるために、それを飲み込んでくれたのだ。
実にありがたいことだ。
こんな人なら、また大切な情報を流したくなってしまう。これが、デキる男ってやつなんだろうか。
男として、憧れるぜ。
※※※
彩葉は、銭谷捜査官と入れ替わるように病室に戻ってきた。
小春は、友達と約束があったのを忘れてたらしく、帰っていったとのことだ。
ええ?あいつ、病室滞在時間5分に満たなくね?なんともまあ、俺に対して塩対応な姪っ子である。
おじさん、悲しい。
昔はあんなに可愛かったのになあ……。
そう懐かしんでいると、彩葉は病室の入口へ目を走らせてから、問いかけてきた。
「…………誠二郎さまは、いったい何と戦われていたのです?」
「ん?ニンペマンとして戦ったから、あれ、かなり目立ったんじゃないかな?どうして今さらそんなことを?」
「…………それが、わからないのです。」
「わからない?」
「…………ニンペマンは、確かに戦っていらっしゃいました。ですが……相手が極めて脅威度の高い高度害獣だったと推測できるだけで……。」
ふむ?
「…………思い出せないのです。」
「思い出せない?どういうことだ?」
「…………言葉のとおりです。防犯カメラにも映っていませんでしたし、他の方に聞いても、覚えていないとのことでした。」
彩葉は背筋を伸ばし、淡々と報告を続ける。
「…………道路のアスファルトが突然陥没し、建物が壊れ、コンクリート片が飛び交う。それらすべてが、移動するニンペマンへ向けられていました。ですが、何がそうしているのか……防犯カメラの映像を見ても、私には認識できませんでした。」
「…………ニンペマンをご存じない方々には、私以上に理解しがたい光景だったでしょう。」
あんなに派手にやり合ったのに?
何やら思案していたテマリが、パチンと手を叩く。
『誠二郎。これは「超消却」のせいかもしれません!』
超消却のせい?
『「超消却」は境界へとアクセスして、その相手の情報を削除します。つまり……その力を受けた者は、人々の記憶からも消されてしまうのです!「あるもの」が「なかった」ことにされてしまったのです!』
じゃあ、俺が斬ったあのヒト型は『なかった』ことにされ……いろんな人の頭の中でも『なかった』ことになったということなのか?
『おそらくは!』
テマリの声は、相変わらず底抜けに明るかった。
だが俺の背筋には、冷たいものが走っていた。
事象記述操作『超消却』。
もう一度やれと言われても、再現できる自信はない。
でも、たとえ再現できたとしても、二度と使いたくない。
……怖すぎだろ。
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