虹色と死戦の先のこと
ピッ……ピッ……ピッ……。
心拍モニターの音が鳴る病室の中、俺は目を覚ました。
白い天井、白い壁、白い床にドア。
前にも見たことのある光景だ。
俺の真上には、テマリがぷかぷかと浮いていた。
いつもどおり、白銀の髪に手毬の髪飾りをつけ、虹色の瞳を持った神秘的な容姿だ。
だが、ロングTシャツ一枚なのでその神秘性も台無しである。今日、プリントされている文字は「絶対安静」だった。
テマリが黒巫女装束姿でないということは、あの修羅場はもう終わったのだろう。ヒト型はどうなったのだろうか?
いまいち記憶がない。
テマリは輝くような笑顔で声をかけてくる。
『誠二郎、お目覚めですか!おはようございます!』
「テマリ、おはよう。じゃあ今日のデイリーミッション……は流石に後回しかな。」
あれから何があったか、テマリから聞いとかなければ。
ん?ヤバい。バリバリ声を出してしまったけど、前みたいに盗聴器とか仕掛けられてない?
怪しい独り言を口にするオッサンだと思われたりしないか?
『問題ありませんよ、誠二郎!盗聴器は、彩葉さんが全て破壊していました!』
「彩葉が?それは助かるな。」
青葉荘のティッシュ壁を通して、雨宮に色々聞かれるのは別に嫌な気がしないが、害獣対策局にいるレベル至上主義者たちに聞かれるのはなんとなく嫌だ。
オッサンの独り言なんて聞かれたら、大喜びで「あのレベルゼロが……」なんて言って回るに違いない。
いや、それよりも、だ。
「テマリ、あのあと何があったんだ?ヒト型をぶった切った記憶だけは残ってるんだけど、その先は何も覚えてないんだけど。ヒト型はあれで倒せたのか?」
『はい、誠二郎の超消却でヒト型は無事に倒せました!本当に、ヤバい奴でしたね!』
「ああ、まったくだ。あいつヤバすぎだろ。」
テマリの『顕板』と俺のキッコウを、次々と破壊しながら弾丸のように突っ込んできたヒト型。ミンチにされる寸前だったのを思い出し、背中に冷たいものが走る。
もう二度と会いたくない。次は、会っても絶対に逃げる。絶対にだ!
とはいえ、ヒト型など、そう滅多に遭遇するものでもないだろう。きっと、俺の人生における唯一のヒト型との遭遇だ。頼むからそうあって欲しい。
「フラッドの方はどうなったんだ…………はっ!!!俺のゲーミングマシン!!ゲーミングマシンは無事なのか!?」
俺の必死な様子に、テマリはその笑みを深くする。
『誠二郎のゲーミングマシンは無事ですよ!良かったですね!青葉中央公園のフラッドは、彩葉さんが中心になって抑えました。イヌ型ばかりだったみたいです!』
ゲーミングマシンが無事!よかった!マジでよかった!
『ただ、誠二郎とヒト型との戦いで、何人かの怪我人が出ています。』
そうか……。
あのヒト型、建物を破壊しまくってたもんな。コンクリの破片も投げまくってたし。あれで死人が出なかったのは、運が良かった方なのかもしれない。
『一方、青葉中央公園のフラッドでは……対策局の人間に何人かの死者が出たようです。イヌ型が1000体を超えていたようなので。』
1000体もイヌ型が出たのか。そりゃ、死者も出ちゃうよな……。
…………。
せめて。せめて、殉職した方々に、安らかな眠りを。
※※※
そう言えば、ニンペマンはどうなった?
ま、まさか、対策局の人たちに正体がバレたりしてないよな?
『それは大丈夫です。彩葉さんがなんとかしてくれました。』
また彩葉か。俺、彩葉の世話になってばかりだ。
『誠二郎はあの後、すぐに気を失ってしまったので、私が善意の匿名美少女として彩葉さんに連絡し、回収に来てもらいました!誠二郎はそこからこの病院へと直行ですね!』
美少女のところ、いるか?
それでも、大体の状況は分かった。
つまりだ。
ヒト型は倒せた。ヒト型との戦いでは死人は出てない。彩葉も無事。ニンペマンの俺バレもなし。ゲーミングマシンも守れた。そういうことだな。
『そういうことですね!誠二郎がいなかったら、民間人の死者は数千人となったでしょう。誠二郎は胸を張ってください!』
そっか……。確かにあのヒト型はヤバかった。あんなのが駅前で暴れてたら、青葉市終わってたろうな。
それで、たくさんの子供たちを守れたってのなら、頑張ったかいがあったってもんだ。
なにより、俺のゲーミングマシンがヤバかったかもしれないし。
『ゲーミングマシンは大切ですもんね!』
そうだ。俺にとって、ゲーミングマシンは超大切なのだ。
※※※
さて、俺の容体はどうなんだろう?
「なあ、テマリ。俺、今回はどれくらいで退院できそうなんだ?」
『うーん。全身強化に超消却ですからね。今回は一週間くらいは覚悟してください。』
「そ、そんなに?」
『ええ、特に「超消却」がヤバかったですね。誠二郎の事象記述回路をかなり痛めつけています。デイリーミッションの身体補修でも、回復には数日はかかりそうです!』
「そうだよ、その超消却。あれ、なんだったんだ?なんか無我夢中でやったら、できちゃったんだけど。それにあれ……正直いって、怖いんだけど。」
あの『超消却・黒忍者刀』は、なんというか……。
その気になれば、星すらも、いや、宇宙すらも真っ二つにできそうな、そんな感覚があった。
正直、あんなものは俺の手に余る。
『誠二郎、その恐怖は正しい反応です。あれは恐ろしいモノです!』
テマリは一拍置く。
『あの事象記述操作「超消却・黒忍者刀」は、害獣以外も消すことが可能です。あれは「あるもの」を「ないこと」にできる、武器の形をした別の何かです。』
あるものを、ないことにできる……?
『はい、誠二郎があの刀を振るった瞬間、「境界」へのアクセスを検出しました。あの刀は、おそらくヒト型を切ったのではありません。「境界」にあるヒト型の情報を切ったのです。』
境界か……。
「なあ、その境界ってなんだ?テマリの目は『境界眼』って言ってたよな?俺も自分の口から『境界』って言葉が漏れてくることがあるけど、なんなのかサッパリなんだよ。」
『うーん。「境界」はですね……なんか宇宙の情報がミチミチっと詰まってる平べったい場所ですね!あと虹色な感じです!』
なんだその適当な説明は。
『とにかくです。「超消却・黒忍者刀」はヤバいです。使い方を間違えればヤバヤバです!下手すると私や誠二郎自身も消えてしまうかもしれません。本当に本当にイザというときの切り札ですね!』
切り札……そんな札を切るような状況なんて嫌すぎる。
俺は、マブダチのテマリとニンペをやったり、ガチャガチャをやったり、うな重を食べたりして、楽しく日々を暮らせればいいんだけど。
それだけでいいんだけどな。
※※※
さて、目が覚めたことを、看護師さんに伝えなければいけないわけだが……。
前回の経験から分かる。
今の俺は、ちょっと動いただけで激痛が走るであろう。間違いなく。
その痛みが嫌すぎて、カタツムリのような速度でナースコールへと手を伸ばしている最中のことだった。
ガラララッ。病室のドアが開く。
花を生けた花瓶を持ち、うつむき加減で入ってきたのは、聖藍の制服を着た彩葉だった。
相変わらずのツヤツヤの髪。病室のベッドからでも分かる長いまつげ。制服からは、透き通るような手足が伸びている。
……この子、またキレイになってないか?
そっか、レベル8になったわけだから、さらなる容姿補正が入ったのか。うらやましい!
彼女は、ベッドの上で目を開けている俺を見つけたのか、驚いたような顔をする。
「…………せ、誠二郎さま?……夢?……幻覚ですか?」
そんな呆然とした様子の彼女に答える。
「彩葉、夢でも幻覚でもないぞ。いろいろ世話になったみたいだな。ありがとう。」
「…………せ、誠二郎さま?誠二郎さま?目を……目を覚まされたのですか?」
そして、彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
ガチャン!
彼女が持っていた花瓶が床に落ちて割れる。
ヤバい。なんか嫌な予感がする。
「……誠二郎さまぁぁぁ!!!」
がばっと、横になっている俺に抱きついてくる彩葉。
やっぱり来たっ!抱擁レベル8だ!
俺は『絶対安静』らしいのだ。テマリのTシャツにもそう書いてある。
前回は、身体補修で一日で治ったのに、今回は治るまで一週間くらいかかるほどボロボロなのだ。
つまりだ。たとえ小柄で軽い彩葉であろうと、抱きつかれたりなんてしたら……。
「う、うぎゃああああああああ!!!!!!!!」
信じられないような激痛が、俺の体に走るのも当然なのだった。
彩葉!君は!想像力が!足りない!




