虹色と超消却
彩葉の取り巻き1、2、3号を助けた俺は、テマリの誘導ラインに従い、宙を駆け抜けていた。
ダンジョンの地上接続点を見つけるためだ。
虹色をゆらゆらと纏った、神秘的な黒巫女装束姿のテマリが指さす。
『誠二郎、そこです!その廃ビルの地下駐車場です!こ、これは……!?』
どうしたんだ、テマリ?
テマリは驚いたように、目を見開いている。
それから一拍おき、眉根を寄せて強く言った。
『高濃度ヴァーミン・ナノマシンを検出しました。誠二郎、強敵です!今まで通りにはいきません。覚悟しておいてください!』
わ、分かった。
強い敵……人型害獣とかそういうのか?彩葉ですら敵わないだろうという。
逃げたい。逃げたいけど……俺が逃げたら、たぶんとんでもない数の死傷者が出る。
「テマリ、とりあえず確認してみよう。勝てなさそうなら逃げるぞ。」
『分かりました。』
テマリが、地下駐車場の入り口を睨みつけるように凝視している。彼女が纏う虹色の揺らめきが、激しく蠢いている。
怒り?憎悪?テマリから、こんな感情を感じるのは初めてだ。何故だ?何故そんな感情を……?
いや、今は被害が拡大しないための情報共有だ。この地上接続点について、害獣対策局に伝えなければいけない。
俺は、視界表示を介して彩葉に電話をかける。
プルルル……プルルル……プツッ!
『……せ、誠二郎さま?どうされたのです?』
彩葉が話すその後ろから風切り音がする。刀が振るわれる音だ。
「彩葉。今、戦闘中か?」
『……はい。手短に!お願いします!イヌ型ですが!数が多いので!』
ヒュッ!ヒュッ!と向こうから刀が振るわれる音がする。
青葉中央公園も大変そうだ。
だけど、たぶんこちらの方がヤバい。
「分かった。緊急案件だ。駅の近くの廃ビルにダンジョンの地上接続点を発見した。おそらく地下駐車場の中に地上接続口がある。」
『……な、なんてこと!』
「今、座標をそちらに送った。害獣対策局との情報共有を頼……」
『……誠二郎さま、どうされましたか!?』
言葉を失った俺に彩葉が叫ぶ。
俺はその彩葉の言葉に答えない。いや、答えられなかった。
『誠二郎、害獣1体が地下駐車場から現れました……!高度害獣です!』
ゆっくりとスロープを上がってくる一体の人影。
身長は人間と同程度。180cmといったところか。
炭素繊維により編み上げられたような、マットブラックの体。顔はのっぺりとしていて、何もない。
それがゆっくりと、まるで人間と同じように歩いてくる。すでに、こちらのことを認識しているようだ。
青緑のLEDアイと虹色のマフラー以外は……ほとんどニンペマンと同じような姿だった。
なるほど、彩葉の気持ちも分かる。これが高度害獣。これが……人型害獣か。
「彩葉、そっちはよろしく頼む。」
『……誠二郎さま!何……』
一方的に通話を終わらす。
『誠二郎、間違いありません!人型害獣です!まだ誠二郎には早い!まだ早いのに!』
俺の中の声が大合唱を始める。ここに留まるな!と。
ヒト型の姿が消える。来るっ!
「小さな声」をなんとか聞き取り、全力で地を蹴る!俺が立っていたアスファルトには、5メートルほどの穴が空いていた。
な、なんてやつだ!
「テマリ!全身強化を!足だけじゃこいつとはやり合えない!」
『分かりました!』
俺の全身が虹色に輝き始める。同時に、体の芯に、激痛が駆け抜ける。
ぐうっっっ!全身強化、痛すぎだろ!
虹色を激しく揺らめかせたテマリが、俺とヒト型の間へ躍り出た。
――――『顕板!』
ガンッ!
ヒト型が投げたであろう、コンクリの破片がテマリの作ってくれた板に弾かれる。
『遠距離攻撃は、私が対処します!誠二郎は相手の本体に集中してください!』
「分かった!」
屋根から屋根へ、飛ぶように移動し、なんとかヒト型の攻撃を避ける。
だがこれではジリ貧だ!
その動きは、アイリスほどではない。だが、今の俺には相手の攻撃を受け止める盾がない。
こいつは、俺の手に直接触れるのを防ぐため、自らの手や足を何か石のようなもので覆っているのだ。きっと、俺の『消却』の力を感じ取っているのだ。
『誠二郎!アスファルトです!アスファルトを溶かして、手を覆っています!イヌ型の時のように相手の攻撃を手で受けるようなことは絶対にしないでください!』
分かってる!分かってるが……!
避けるだけってのは、辛い!
ヒト型の右回し蹴りをなんとかバックステップで避ける。
ヒト型は、そのまま一回転し、どこかで拾ったらしい鉄筋で俺の右脇腹への薙ぎ払いを仕掛けてくる。
その攻撃を、上体をそらし、そのまま地上へと落下して避ける。
ヒト型と俺たちが通り過ぎた後には、ぐちゃぐちゃになったコンクリートや瓦礫が散乱していた。
くそ!器物損壊だぞ、お前!
テマリが俺へ小さな手を差し出す。
『誠二郎!今、テマリシステムを介して、私の事象記述操作「顕板」の制御権を付与しました!』
なんだそれ。そんなことを急に言われても……!
『ニンペで、シールドを作るニンジュツ「キッコウ」と同じものです!誠二郎なら使えるはずです!足場にも使用できますので!』
それなら話は違う。数えきれないほどゲーム内で使用したニンジュツだ。
ヒト型が消える。直後、俺の頭上で、すでに鉄筋を振り下ろす体勢に入っている。なんだこいつ!瞬間移動能力者かよ!
テマリはあいつが投げたであろう、コンクリ破片を防ぐのに精一杯だ。
くそ、やるしかない!ぶっつけ本番だ!
俺は、イメージする。鉄筋と俺の間に浮かぶ、青緑に透けた六角形の板。何万回も俺を守った、硬い硬いキッコウを。
――『顕板!』
ガンッ!!!
鉄筋が跳ね返される音がする。
で、できた……。
俺の目の前には、青緑に透けた六角形のシールドが出現していた。
本当にニンペのニンジュツ「キッコウ」と同じだ。ならばっ!
上空をにらみつけ、そこに現れる青緑の六角形をイメージする。当然のように出現する、六角形。
何万回と見てきた「キッコウ」だ。強固なイメージがあるからだろう。トリガーワードなしで展開できる!
キッコウを足場にし、上空を走る。キッコウは俺の足が離れた瞬間に消えるようイメージしているため、ヒト型はそれを足場として使えない。
俺は空を走れるが、ヒト型は地面しか走れない。
ここには人が多い。他に被害が出る前に、このまま青葉中央公園まで、あいつを誘導する!
※※※
展開したキッコウからキッコウへと、空を駆ける。
『誠二郎、さすが私のマブダチです!トリガーワードなしの「顕板」の発動は、かなり難しいのですよ!』
テマリ、違う。あれはキッコウだ。これから俺に言う時はキッコウで頼む!
『あ、イメージの問題ですね!承知しました!それにしても……誠二郎、空飛んでますよ!言ったでしょう!テマリシステムに適合すれば、空も飛べるようになるかもって!実現しましたね!』
これ、空を走ってるイメージなんだけどな……。ちょっと思ってたのと違う。
地上ではガン!ガン!と、邪魔なものを破壊しながら、追いかけてくるヒト型。
いいぞ。かなり執着心の強いタイプみたいだ。
だけど……まずいな。アイツ、街を破壊しながら追いかけてきやがる。
『誠二郎!人的被害を防ぐため、できる限りヒト型の移動経路に建物や車両が入らないよう、上空移動ラインを引きます!』
テマリ、ナイスだ!
そのラインにそってキッコウを展開する。俺はその六角形を足場に空を駆ける。進路上の障害物がなくなった結果、地上を走るヒト型の速度が上がる。
くっ!青葉中央公園まで、追いつかれなければいいが!
『誠二郎、青葉中央公園まであと100メートルです!90、80……』
見えた!青々と茂る木々と広い空間のある青葉中央公園だ。
あそこには彩葉もいるし、害獣対策局の人たちもいる。
みんなで取り囲んでリンチしてやる!ボコボコだ!
空を駆ける。
50、40、30、20……
青葉中央公園はもう目の前だ。
ヒト型はもう俺のほぼ真下を駆けている。
『10……青葉中央公園に到着しました!』
そのときだった。ヒト型が大きく跳躍する。
そして、弾丸のように俺の方へと飛んできた。なんて脚力だ!
――――『顕板!顕板!顕板!顕板!』
テマリが続けざまに何層もの板を、俺とヒト型の間に顕現させる。
だが、その全てが突き破られていく。
続けて俺が重ねたキッコウも、ガラスみたいに砕けていく。
くっ!このままあれがぶつかってきたら、俺、ミンチじゃね!?
もう手がない。あと少しで俺は死ぬ。
そんな時だった。
テマリが叫ぶ。
『誠二郎!「黒忍者刀」を思い出してください!ニンペの持ち武器の黒忍者刀です!トリガーワードは「超消却」です!全てを切り裂く黒い刀。誠二郎をニンペで世界一にしたあの武器です!』
次々と割られていく、俺のキッコウとテマリの『顕板』。クソッ!なんか知らんがやるしかない!
テマリの悲鳴のような声が響く。
『誠二郎っ!超消却・黒忍者刀です!』
その言葉に、頭の中でぼやけたイメージが現れた。
黒忍者刀は俺のメイン武器。ニンジュツであるキッコウの数倍見慣れている。
前回のガチャガチャでも、一発で入手できた。そんな黒忍者刀なら……今回もいけるはず!
刀を具体的にイメージする。
刃は黒い。鍔も握りも黒い。その全てが黒い。
でも、駄目だ。これだけじゃ足りない。
ふと頭に浮かんだのは、消却の虚無とテマリの虹色。
虚無の光と宇宙の全てが存在する境界の虹色光。
そしてそれが合わさったような揺らめく光。これだ。この光だ。
イメージに、刀身から漏れ出る光を加える。
後はこの刀を『境界』から引っこ抜く!
大丈夫。これはいつも俺の傍らにあるもの。ニンペで、俺がいつも握っている俺の武器。既にここにある。あるはずだ。
現せ…………。
――現せ、現せ、現せ、現せ、現せ。この世に現せ。
――境界に虚無を記すための刀をここに!
――――『超消却・黒忍者刀!!』
……………………!
一瞬、周囲が暗闇に包まれ、音もなくなった。
…………気づいたら俺の右手は何かを握っていた。
それは、その見た目と相反して、存在感がない黒い刀。それはもともとそこにあった刀。ずっとずっと俺の手が握っていた俺の刀だった。
虚無とすべての情報を持つ虹色をまとった矛盾した存在。境界の虹色に虚無を記す刀。宇宙を編集するための道具。
――――反射的に、その刀を振るった。
ニンペでの動作と同じだった。アイリスや他のプレイヤーとの戦いで、何万回と繰り返した動き。それと全く同じだった。
右袈裟に振り下ろされたそれは、全ての顕板とキッコウを破壊して目の前に迫っていたヒト型を。
アスファルトに大穴を開け、建物を突き破り、テマリの顕板と、俺のキッコウ、全てを破壊し尽くしてきた、堅い堅いヒト型を。
いとも容易く、2つに切り裂いたのだった。




