虹色と取り巻き救助
ピロンピロンピロンッ!ピロンピロンピロンッ!
充電器に挿さったまま棚に放置されていたスマホから、非日常を告げる警報が鳴り響く。
『青葉中央公園にて害獣のフラッドが発生しました!害獣と遭遇する危険があります!屋外へ出ないよう、建物内で待機してください!』
『繰り返します!』
『青葉中央公園にて害獣のフラッドが発生しました!害獣と遭遇する危険があります!屋外へ出ないよう、建物内で待機してください!』
俺はその時……ニンペを止められなかった。
フラッドが発生しても、ニンペを止められなかったのだ!
『誠二郎、誠二郎!フラッドですよ!フラッドが発生しましたよ!』
「で、でも今の相手、アイリスのチームなんだよ!今日は1勝1敗で三戦目なんだよ!これ落とせないよー!フラッドなのにニンペがやめられない!フラッドなのにニンペがやめられないよ!」
『フラッドでもニンペをやめられない!その姿!まさにゲーマーの鏡ですね!ですが……ヤバいです……!青葉中央公園の外に一つ、ダンジョンの地上接続点があります。駅前モールの近くです!』
「え?それヤバいんじゃない?」
『ヤバヤバですよ!人、死んじゃうかもしれません。すでに何匹かの犬型害獣が地上接続口から出ています!』
害獣退治なんて俺の仕事じゃないし、こっちはアイリスとの試合中なんだぞ!でも、子供が死ぬのは嫌だし……く、仕方ない!行くしかないじゃないか!
「分かった、じゃあちょっとアイリスに挨拶してから出る!」
影潜伏でアイリスのもとまで移動していく。『全方位視野』とテマリのアシストのおかげで、そこまでの道筋ははっきりと分かる。
見失った俺を探し、キョロキョロとしているアイリスのニンジャの真後ろで影潜伏を解く。
そして、頭を下げる。すまん、今回は試合放棄だ。
アイリスは急に背後に現れた俺に驚いたのだろう。お辞儀をしている俺に切りつける。
それでも動かない俺。
アイリスも、いつもと違う俺の行動に違和感を感じたのだろう。
彼女のニンジャも動きを止め、武器を下ろす。
「じゃあな、アイリス。今日のゲームはたぶんこれでおしまいだ。また今度な。」
そして、ニンペを強制終了したのだった。
※※※
「さて、テマリ。そろそろ行くぞ!」
『はい、誠二郎!行きましょう!ニンペマン展開!』
――『投影。』
ニンペマンの装甲パーツが俺の周りに現れる。それが一つ一つ、「シュ!シュ!」と効果音を立てながらはまっていく!
おおお、なんだこれ!変身がかっこよくなってるじゃないか!
首から虹色のマフラーが伸びつつ、仕上げとばかりに頭部パーツが俺の頭にはまる。
ピキーン!とちょっと高めの音がして、のっぺりとした顔の装甲に青緑のLEDのような目が光る。
今か?今なんだな、テマリ!?行くぞ!
俺は印を手の前で組み、高らかに宣言する。
――『影装、ニンペマン!』
…………。
沈黙が室内に流れる。
完璧だ……。
テマリのこちらを見る目がキラキラと輝いていた。
今にも彼女の目から虹色の光が漏れ出しそうになっている。
『誠二郎……私は幸せです……誠二郎のマブダチで本当に幸せです!』
「テマリ、タイミングどうだった?俺的には完璧だと思ったんだが。」
『完璧ですよ!誠二郎!かっこいい!かっこよすぎです!変身モーションをしっかりと作った甲斐がありました!誠二郎なら絶対に合わせてくれると信じていました!誠二郎は、最高のマブダチです!』
「俺も、こんな変身モーションを準備してくれるなんて……思ってなかったよ。テマリ……最高のマブダチだぜ!」
『誠二郎!』
「テマリ!」
俺たちはガシッ!と抱きしめ合うのだった。テマリは映像だから感触はないんだけどね。
「俺たちは最高のマブダチだぜ!」
※※※
今日も今日とて、ロングTシャツ一枚のテマリが叫ぶ。
『では、私も今日は気合い入れます。行きますよ!』
その瞬間。
虹色の極光が部屋の中を埋め尽くす。
ぐお……『全方位視野』で見るとえげつないな、この虹色の情報量。
光が収まり、そこに現れたのは。
白銀の髪に、黒に白いラインの入ったテマリの髪飾り。
瞳からは、極彩色の炎のような光が流れるように漏れ出している。
虹色がまとわりつくようににじむ、白い上衣に、黒袴。
背筋を伸ばしたその姿は、あの彩葉を助けた夜ぶりに見る姿だ。
そう。
彼女の勝負服である『黒巫女装束姿』のテマリだった。
「カッコ可愛いぞ、テマリ!」
『でしょう!』
虹色のマフラーをたなびかせる漆黒のニンペマン。全身の至る所に虹色をまとう黒巫女装束のテマリ。
ここに今。虹色マブダチコスプレコンビが爆誕したのであった。
最強だよな!俺たち!
※※※
俺は今、テマリから足元の「強化」を受け、空を駆けていた。
飛んでいるわけではない。屋根や電柱などを足場にして、真っ直ぐ風のような速さで駅前のダンジョンの地上接続点へと急行している途中だ。
『誠二郎、1分以内の到着が望まれます!新しい地上接続点のようなので、出てきた害獣はまだ穴の周囲をうろうろしているようですが、移動し始めるのも時間の問題でしょう。害獣はイヌ型の模様。』
イヌ型か。あいつらは、足が速いし積極的に人を襲う。駅前モール近くなんかで暴れられたら、間違いなく死人が出る。
足に力を入れ、空に引かれた誘導ライン上を、高所から高所へと高速で駆ける。
あと少し、あと少し……!
『誠二郎!イヌ型が動き始めました!まずいです!聖藍の女子生徒3人が狙われています!イヌ型15匹です!誠二郎、戦闘準備を!』
「おう!」
視界表示が、ニンペ中のような戦闘モードに切り替わる。
視界の中、ビルの裏にイヌ型と思しき多数の影と3つの人の形をした影が映る。カフェを出た所……あの建物の裏か!?
……落ち着け。ニンペと同じだ。
『全方位視野』に映るテマリのアシスト通りに立ち回ればいい。行くぞ。
――――『消却』
両手に黒い光を纏う。
「い、嫌ぁ!!」
学園生たちの悲鳴が聞こえる。まだまだ子供だ、絶対に助けなければいけない。
建物の屋上へと高速移動し、目視で状況を確認する。
「行くぞ、テマリ!」
『はい、誠二郎!戦闘移動ルートライン、ハンドポイントガイドを表示します!やっちゃってください!』
移動ルートラインに従い、建物の上から右斜下方へと足を蹴る。
ハンドポイントガイドに手を置き、3フレームもかからずに地面に降り立つ。
途中、『消却』を纏った手に触れた犬型害獣3体が砂のように削れていく。
到着!ニンペマン!
※※※
犬型害獣との戦闘は、すぐに終わった。
『全方位視野』に描かれた移動ラインを高速で駆け抜け、ハンドポイントガイドへ手を置く。俺がやるのは、基本それだけだった。
上。右。背後。
飛び込んできたイヌ型が黒い光を宿した手に触れるたび、砂となって崩れていく。
テマリの表示から漏れた攻撃もあったが、それらにもなんとか対応できた。
「小さな声」だ。
彩葉との稽古で知り、ニンペで磨いてきた感覚が、今度は現実の戦場で俺を動かしている。
やはり、俺にとってニンペは戦闘訓練だったのだ。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……0。
ニンペでアイリスたちを相手にするのと比較すれば、15体程度の犬型害獣の相手なんて、ただの単純作業でしかなかった。
俺は……強くなっていた。
そんな俺に、黒巫女装束のテマリも、瞳の虹色をさらにキラキラとさせる。
『誠二郎、カッコいい!すごい!イカしてます!「小さな声」も完全に聞こえてますね!ああ……誠二郎がマブダチで……私はなんて幸せなんでしょう!』
よせやい、照れるぜ。
※※※
「あ、あの……」
女の子の声が後ろから聞こえてくる。
そうだった。ここには人助けに来たんだった。
『全方位視野』で最初から分かっていたことだが、この聖藍の女子生徒3人には面識があったりする。
俺のことを低レベル、低レベルと散々バカにしてくれた、彩葉の取り巻きである3人組だ。
例の、長身黒髪ポニーテールの一号、ゆるく巻いた明るい髪の二号、スレンダーな体でショートカットの三号だ。
偶然とは言え、面倒な相手を助けてしまった。
だがまあ……相手はまだまだ未熟な子供だ。ここは俺が背中で語るダンディな紳士を演出してやればいいだろう。
一拍置き、ニンペマンが俺だとバレないよう、できるだけ声を低くして答える。
「……無事か?怪我はないか?」
幸いにも彼女たちが、俺に気付いた様子はない。
相手はレベル至上主義者。レベルゼロに助けられるなんて思ってなさそうだし、当然かもしれない。
二号が答える。
「え、はい。あ、ありがとうございます!死んじゃうかと思いました!」
次は三号。
「お、お強いんですね。すごかったです!」
最後に、長身黒髪ポニーテールの一号が、尊敬するような眼差しでこちらを見てくる。
「あの……よろしければお名前をお聞かせ願えませんか?お礼を!金銭でも名誉でも、うちに出せるものなら、何でも出します!」
オッサンのときの俺への態度と違いすぎる。
でも……お金……?ふむ……?お金は欲しいな……?
お金は欲しいが、ニンペマンとしてそれを受け取るのはカッコ悪い。
レベルゼロの俺が受け取ったら、レベルゼロのクセに生意気だってことで、クミヒモ神会に拉致監禁拷問されてしまう。
お金は諦めるしかなさそうだ。残念だけど、どうしようもない。
俺がガックリしていると、黒巫女装束のテマリが、ニコニコしながら俺の顔を覗き込んできた。
『誠二郎!今回のこの救出、緊急ミッションとして申請して、受諾されました!すでにミッションクリアです!12万円ですよ!』
マジで!?
さすがテマリだ!これで、お金ゲットだぜ!
よし。そういうことならば、これ以上欲をかくのはよくない。さっさと退散しよう。
あ、ついでに一言言っておこう。
「…………低レベルの人間を大切にしろ。俺からの希望は……それだけだ。それだけでいい。」
「あ…………」「え…………」「なんで…………」
俺は彼女たちに背を向けたまま、振り返ることなく言葉を交わす。
『全方位視野』、背中で語る男を演じるのに便利すぎる。胃の内容物を吐きまくり、怪しいアマミヤブレンドを点滴され続けた、あの辛い日々にも価値はあった。
いや、アマミヤブレンド……あれはいいものだ……。またお願いしたら点滴してくれないかな?
さて、ダンジョンの地上接続点を確認して、彩葉に伝えなければ。とっとと他の人に任せて、俺はゲーミングマシンを守りに帰宅しなければいけない。
俺は強く地を蹴り、宙に飛び上がる。
離脱!ニンペマン!




