虹色と友真と誠二郎
田所うなぎ店。
俺はいま、雨宮にプロポーズされ、彩葉に自室の床をくり抜かれたカオスな状況から現実逃避し、うな重を食べていた。
はあ、やっぱり田所うなぎ店のうな重、最高だな!
「ね、ねえ、有馬さん?あの二人、放っておいて大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫!大丈夫!二人とも、社会的信用抜群だから!」
「社会的信用ってなあ、お前……」
二人とも、半端ない高レベルだからな。社会的信用は抜群である。社会的信用だけはな。
そう、俺は一人で席に座り、うな重を食べているのだ。
目の前には親友の友真、その傍らにはウナが立っている。
友真は相変わらずの柔らかそうな栗色の髪をしたイケメンだ。キラキラとしたエフェクトをまとっている。これ、友真の持つ高レベルのスキルだったりするのだろうか?
ウナは炭火の赤外線で焼けた肌に、くりっとした瞳の女の子だ。Tシャツの上にエプロンをつけている。デニムショートから伸びる素足が眩しい。今日も今日とて、友真を見る視線には熱がこもっている。彼女は友真に夢中なのだ。
だけど。
「ウナ、なんか……綺麗になってない?もしかして……」
「えへへへへ……。有馬さん、ごめんね?私……レベル2になっちゃった!」
「やっぱり!この、裏切り者め……!低レベル仲間だって言ってたじゃないか。クソ!おめでとう!ウナ、よかったな!」
「ありがとうね?有馬さんならそう言ってくれると思ってたよ。桐生さんたちのお手伝いをしていたら、昨日急にレベルアップしたって気づいちゃって。私もびっくりしちゃったよ!」
なるほど。
友真の会社、桐生ストラテジーは害獣対策のあれこれを担う会社だ。アリ型害獣が発見されたということで、事前の約束通り、田所のうなぎ店の駐車場は、友真の会社の指令基地がおかれることになった。
害獣対策局への補給をしたり、封鎖された青葉中央公園から漏れてくるかもしれない害獣を駆除するために。
きっと、ウナも頑張ったのだ。その友真を手伝うという行為が、世界への貢献とみなされたのだろう。
ってことは、友真の手伝いを続ければ、その貢献度はどんどん溜まっていきそうだ。このまま、もう1レベルくらい上がるかもしれない。
これは……ウナにもチャンスが巡ってきたんじゃないか。
友真が口を開く。
「いやー、本当にウナちゃんには世話になってばかりだよ。うちの従業員たちにもウナちゃんのファンが多くてさ。うな重も最高だしな!俺も頭が上がらないよ。」
ほう……ならば。
「ならさ、この件が落ち着いたら、ウナをダンジョンに連れて行ってあげたらどうだ?どうせ青葉中央公園にダンジョンができるんだろ?お前がレベリングしてやれよ。俺もウナには世話になってるしさ、頼むよ。」
「え?そんな、悪いよ!」
慌てたように言うウナに、友真が答える。
「フラッドの後だろ?それくらいなら問題ないけど……」
「じゃあ、友真が連れてってやってくれ。ウナに何かあったら大変だし、レベル6のお前なら大丈夫だろ?あんまりたくさん連れてっても効率悪そうだしさ。」
「え?それじゃあ、俺、ダンジョンでウナちゃんと二人っきりになっちゃうけど……いいのか?」
「ウナがいいならいいんじゃね?俺は友真を信じてるしさ。友真、ウナを頼むぞ。ここは俺がタダでうな重を食べられる、貴重な場所なんだ。今のうちにウナに恩を売っておきたいんだよ!」
これがうまくいったら、うな重「並」じゃなくて、うな重「特上」を毎回注文しても、罪悪感が湧くことはないだろう。
「お前はまったく……まあいいや。ウナちゃん、どうする?俺がレベリングに付き合おうか?青葉ダンジョンのフラッドが落ち着いて、少し経ってからになると思うけど。」
「き、桐生さんがいいなら……お願いします……」
ウナの顔は耳まで真っ赤だ。お盆で口元を隠して恥ずかしがっている。これは……なかなか破壊力抜群だぞ。
チラリと友真を見ると、こいつもそんなウナに見入っているみたいだった。
完璧だ。自分の手腕に惚れ惚れする。
よし、俺にできることはここまでだな。
『誠二郎!恋のキューピッドもできるなんて……さすが私のマブダチですね!』
そうだろう!
『あとは誠二郎の問題ですね!彩葉さんと雨宮さん、どうされるのですか?』
ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、綺麗な虹色の瞳で俺を見るテマリ。
テマリの今日のロングTシャツに書かれていた文字は『人のことより、自分のこと!』なのであった。
ごもっともでございます。
※※※
「それで、誠二郎、あの二人は誰なんだ?あの感じ……二人ともかなり高レベルだろ。」
「そうだよね!あんな綺麗な人たち、なかなか見ないよ!」
そう言うと、友真とウナが、俺が連れてきた彩葉と雨宮にチラリと目をやる。
二人とも何事かを真剣に話している。
あれは、うなぎ屋に来た直後のことだった。
雨宮がくるりと彩葉の方を向いた。
「彩葉くん、ボクたちは別の席で話し合わないかい?お互いのことを、もっとよく知っておいた方がいいと思うのだよ。まあ、女同士の話し合いというやつだね。」
雨宮の誘いに、コクリとうなずく彩葉。
「…………はい。私も同じことを考えておりました。誠二郎さま、よろしいでしょうか?」
二人は、何事かをアイコンタクトで交わしている。
彩葉にはしっかりと威圧禁止と言い含め、俺はその申し出に快く承諾する。
一人でのんびりうな重を食べられるし。
「では、ボクたちは隅の席で話し合ってるから。話し合いが終わったら戻ってくるから。」
「…………誠二郎さま、少しだけお暇いたします。」
こんなやりとりがあり、いま彩葉と雨宮は、離れた席から時々こちらをチラチラと見ながら、何やら二人で真剣に話し込んでいる。
「なあ、誠二郎。俺、あのワンピースの子の方、どこかで見た覚えがあるんだが。」
友真の仕事は害獣対策関連だから、彩葉のことを知っていてもおかしくない。
「多分、合ってると思うよ。有名人だし。」
俺はもぐもぐとうな重を食べながら話す。うな重、おいしい。
「だ、誰なんだ?正直、彼女からはヤバそうなオーラが伝わってくるのだが。」
友真は冷や汗をかいているようだ。
一方、ウナはケロリとしているので、クミヒモシステムで高レベルだからこそわかる何かなのかもしれない。
「あの黒髪ロングの子は、久遠寺彩葉だよ。レベル8になったっていう。」
「マジか……」などと言いつつ、友真はガタンと机に突っ伏す。
「正義感にあふれた優しい子だよ。あとで紹介するわ。友真の仕事に関係してくるかもだし。」
「お前……どこで久遠寺さまと知り合ったんだ?」
「あれ?言ってなかったっけ?夜の公園で犬型害獣に襲われてた女の子が彼女だよ。それから色々縁があってさ。よく会うんだ。」
さすがに彩葉が、俺の下の部屋を借りているとかは言えない。いかがわしい関係みたいに聞こえるし。
「マジか……あの時の女の子ってのが久遠寺さまなのか……」
頭を抱える友真。
「なんでそんなに緊張してるんだ?」
「バカ、お前。彼女はレベル8だぞ!?今回のフラッド対策も、久遠寺さまの力を頼りに行われるんだ。なんというか、機嫌を損ねて、フラッド対策を手伝わないなんて言われたら、青葉市は壊滅だ。緊張するに決まってるだろ!」
そうだったのか。それなら、緊張するのも無理もない。
でも……
「大丈夫、彩葉は正義感にあふれた優しくてまっすぐな子だから。絶対にこの青葉市を見放すなんてことはないよ。俺が保証する。」
そう友真に言うと、顔を赤くした彩葉と目が合う。これはまさか……地獄耳レベル8か?
「もう一人は、雨宮栞さん。俺の隣人。小説家だって。」
「あ、雨宮栞さん?有馬さん、ホントなのソレ!?」
今度はウナが食いついてきた。
「ウナ、知ってるの?」
「知ってるも何も……超人気作家だよ!知らないの!?『水族館行くとお腹すくよね』とか『大きいのかかった!と思ったらサメだった』とか!」
魚介系小説を書く小説家なのかな?
まさか、俺の顔が魚に似てるから取材対象にしてるとか、そういうのじゃないだろうな?
そうだったら、さすがにショックだぞ。
「わ、私ファンなんだけど、サインもらっても大丈夫かな……?」
「大丈夫だよ。変なやつだけど、気さくでいいやつだから。喜んでサインしてくれると思うぞ。」
「そ、そっか……。嬉しいな!」
そう言うと、嬉しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねるウナ。
うん、可愛い。友真もポカーンとして彼女を見ている。レベル2でこれだ。レベリングでレベル3とか4になったら、友真と本当にいい感じになれるんじゃないか?頑張れ、ウナ!
俺は箸でうなぎとご飯をまとめてはさんで食べる。うな重、最高。
そんな呑気な様子の俺を見た友真は、呆れたように言った。
「なあ、誠二郎。なんでお前の周りは、そんな高レベル者ばかりなんだ?レベル6の俺が言うのもなんだけど、この社会、レベル6以上なんて千人に一人いるかいないかだぞ?レベル8なんてものは、この国で10人くらいだし。いったい、どうなってるんだ?」
そんなことは俺が一番聞きたい。
なんでなんだろう?
疑問に思いつつも、パリッと焼いた香ばしいうなぎとご飯を一緒に、口に放り込む。
うな重、美味しすぎだろ。幸せすぎる。
※※※
気づいたら、彩葉と雨宮は立ち上がって握手を交わしていた。
なんらかの合意に達したのだろう。
彩葉のブサカワペット愛と雨宮の飼育観察愛において、妥協点が見つかったのだろうか。
俺の了承も得ずに。
あんまりアレなことだったら、逃げるぞ俺は。実質無職を舐めないでほしい。
80万円のゲーミングマシンとノートパソコンだけ持って夜逃げすればいいのだ。引っ越しなぞ、秒だからな?
ニコニコとした雨宮と無表情の彩葉がこちらのテーブルへと歩いてきた。
「やあやあ、またせたね!有馬、お二人を紹介してくれたまえ!」
「…………誠二郎さまのご友人ですか?」
二人は俺の両隣へと座る。彩葉なんて、視線をそらしつつ、こちらに椅子を寄せてくる。肩が触れ合うほどだ。
……せ、狭いんですけど。
友真とウナは、彼女たちの様子を見て目を丸くしている。
わかる。美女と美少女にレベルゼロが挟まるこの光景。違和感しかないよな。
……リバーシみたいに、はさまれた俺もイケメンになったりしないかな。
さて、そんな妄想は置いといて。紹介をはじめねば。
友真とウナは、彩葉と雨宮のことをそれぞれ知っているようなので、紹介はいらなさそうだ。
そこで彩葉と雨宮に、友真は俺の昔からの親友、ウナはうなぎ屋でお世話になってる友達だと紹介した。
友真から友人を紹介されたことはたくさんあったけど、今回みたいな「逆」ははじめてかも。
※※※
その後、皆がうな重を食べ終わる頃には、友真とウナの緊張も消え、普通に会話していた。
友真は彩葉と害獣対策について話せたみたいだし、ウナも雨宮のサインをもらえて、ニコニコだ。
でも、彩葉と雨宮が友真に、昔の俺についていろいろ質問するのにはまいった。
矢継ぎ早の問いかけに、タジタジの友真だったが、俺のトラウマや恥ずかしい話を口にしないでくれたのは、本当にありがたかった。
基本、俺の昔話というのは、ネガティブなものばかりなのに、そこまでアレじゃない話だけをピックアップしてくれたのだ。
まさに俺の昔からの親友である。
友真は外見だけじゃなくて心までイケメンだから、文句をつけられない。でも、俺はそういう所に文句つけたい。
そんなことを考えていた俺の傍で、ゆらゆらと漂っているテマリが胸を張る。
『誠二郎からの信頼は、マブダチの私よりかは下ですけどね!友真さんもいい感じだとは思いますが!』
テマリのTシャツの文字は『マブダチ最強!』に変わっていた。
別に異論はないけど、そういうのは比較しちゃ駄目だと思う。
『それより、この後、駅前まで行ってガチャガチャやりに行きません!?誠二郎のガチャガチャやる権利、10回くらい溜まってますよ!』
ガチャガチャだって?10回も?
そんなの行くに決まってるじゃないか!




