虹色と現実逃避
「有馬、喜べ!ボクはお金持ちだ!ボクと結婚すれば……お金がたくさん手に入るぞ!」
雨宮が、俺の心にダイレクトヒットする言葉を叫ぶ。
お金……お金!
ま、待て。ダメだ。俺はテマリとデイリーミッションで楽しく成長しながらお金儲けするんだ。
今まで発生したすべてのミッションをこなしてきた。当然、ゲーミングマシンを買って一文無しになったあとのミッションもすべてこなした。
当面、生きていけるお金はある。タダでうな重を食べられる田所うなぎ店もあるし。
お金に目が眩みかけた俺の瞳に、意志の光が宿る。
『誠二郎……!』
テマリが心配そうな目で俺を見つめてくる。
大丈夫だ、テマリ。俺はお前とのマブダチ生活を捨てるつもりはない。困難なデイリーミッションを達成しながら、ゲームのような日々を、辛くも楽しく生きていくのだ。
雨宮め。美人で金持ちで高レベルだからって、すべてが思い通りになると思うなよ?
雨宮には、俺の決意を伝えなければならない。キリリとした顔を作る。
そもそも俺は、恋人だの夫婦だのより、何でも言い合えて背中を預けられるマブダチの方がよほど信頼できると思っている。結婚なんて形だけ整えても、雨宮を信用できるようになるわけじゃない。
そして自信満々に、雨宮からのプロポーズに答えた。
「お友達からなら……」
俺は就職活動だけはしたくないのだ。レベルゼロの就職活動、あんなに恐ろしいものはない。今の年であんなのを経験したら、俺の人格が崩壊してしまう。
大丈夫、テマリ。これは保険だから。保険。俺はお前と一緒にデイリーミッションを続けるから。
テマリは嬉しそうに、コクコク!とうなずく。
雨宮が俺を愛したりしていないのは明白だ。あいつは、取材観察対象として俺を独占したいだけだ。
わざわざ結婚などする必要はない。取材や観察したいのなら、友達になればいい。友達になれば、そいつの役に立ってやろうと思うのは当然だ。
俺は友達として、雨宮の独占取材の対象となる。雨宮には、俺が無一文になったときにデイリーミッションで立て直すまでのセーフティネットになってもらう。
俺はテマリのヒモにはならない。なぜならテマリはマブダチだからだ。でも雨宮のヒモにはなれる。なぜなら雨宮は壁ドン出歯亀小説家だからだ。
素晴らしい。まさに、ウィンウィンの関係だ。
『誠二郎、素晴らしいです!まさにクズですね!立派なヒモ理論です!』
テマリの今日のロングTシャツに書いてある文字は『宇宙ひも理論』だ。怒られそうだから、やめてほしい。
形のいいあごに指をやり、考えるような素振りをする雨宮。
「ふむ……ボクじゃ不満かい?やはり彩葉くんの方がいいのかね?それとも、独占取材は無理ってことかね?」
彩葉はともかく、俺を取材対象として見ている変な人は雨宮だけだ。独占もなにも、ほかに需要がないんじゃなかろうか?
「そういうわけじゃなくて。雨宮は、俺を取材したいんだろ?だったら、友人として取材を受けるよ。他に取材してくる人なんていないわけだし、結果的に独占取材だろ?だから、結婚だなんて……」
※※※
そのときだった。
カヒュ!ヒュ!ヒュ!ヒュ!
ま、まさか!
俺はドアの方を見る。ドアは無事だった。
じゃあ、なんだ?さっきの音はどこから聞こえてきた?
部屋の中を見渡す。すると、部屋の隅で床の一部が、ゆっくりと下へ抜け落ちていくのが見えた。
こんなことをするのは、一人しかいない。そういえば下の住人が先日引っ越していったっけ。
雨宮がその光景を見て、目を丸くする。
「な、なんだね?あれは?有馬の部屋、忍者屋敷か何かなのかね?」
そんなわけはない。
その穴から、シュタッと現れた白い影。
そして俺の部屋に降り立ったのは、白いワンピースを着た、久遠寺彩葉だった。
彩葉は、刀を抜いたまま、虚ろな目をして、呆然とそこに立ち尽くしていた。なかなかにホラーな光景だ。
それにしても、ずいぶんとアクロバティックな登場だ。
だが、俺はもうすっかり慣れきっていた。彼女のそんな突然の登場に。
2回は突然襲いかかられ、1回は気づいたら隣を歩いており、1回はドアを細切れにしての登場だった。
あと、土下座で俺の前に現れたのも2回ほどあったか。
こんなのばかりだ。
約束して外で会うとか、道ですれ違って「こんにちは」って挨拶し合うとか、そんな普通の遭遇など一度もない。
きっと常識からの外れ度合いもレベル8なのだろう。さすがである。
俺は、無言で立ち尽くしている彩葉に声をかける。
「やあ、彩葉。どうしたの?」
俺の声に、虚ろだった彩葉の目の焦点が合う。
慌てた様子の彩葉が両手を前に出して、弁解を始める。
「……あの……その……引っ越しのご挨拶を……」
無理がある。どんな引っ越しの挨拶だ。
それよりも危ないので、刀をしまってほしい。
俺は、彩葉をじっと見つめる。
「……も、申し訳ありませんでした!誠二郎さまのお近くにいたくて、ここを借りました!雨宮さんが羨ましかったのです!それで部屋に来てみたら、プロポーズや結婚などという言葉が上から聞こえてきて。」
そして、彩葉は一拍置く。
「……我を失ってしまいました。」
カチャリ。
彩葉は刀を鞘に納める。
そして、ゆっくりと膝をつき、頭を下げる。
彩葉お得意の、流れるような土下座レベル8である。
とてもとても、美しい土下座だ。
……なるほどな。俺というブサカワペットが雨宮に取られると思ったのか。まあ、彩葉もまだ18歳だもんな、自分を抑えられないところがあってもおかしくないか。
『誠二郎も、高レベル美少女金満女のアイリスに我を失って粘着してましたもんね!もう38歳なのに!38歳なのに!』
余計なことを思い出させないでくれ。
でも、テマリの言う通りだ。38歳であのザマなんだ。18歳じゃ仕方ないだろう。よっぽどブサカワペットが欲しかったと見える。
「彩葉、俺は雨宮と結婚しないよ。雨宮は友達だ。な?」
そう言って雨宮の方に顔を向ける。
雨宮が俺たちに向ける瞳は、それはもう、キラキラと輝いていた。
フンスフンスと鼻息荒く、スマホに何やら高速入力中だった。
「雨宮?」
彼女は、整った顔を紅潮させ、俺と彩葉を熱い眼差しで見つめ続ける。
「あ、有馬!すごい……すごいぞ!キミは……キミたちは最高だ!ネタが……ネタが降ってくる……!フォオオオオ……!」
もうこいつ嫌だ。
傍らには土下座をする白いワンピースの大和撫子系抜刀少女、もう一方には鼻息荒く、何かを高速入力している壁ドン出歯亀小説家。
あ、なんかもうどうでもいいや。すべてが面倒になってきた。
そう言えば、お腹へったな……。今日、ロクなもの食べてなかったかも。
「なあ、みんなでうな重食べにいかない?」
俺が選んだ選択肢。それはただの現実逃避なのだった。




