虹色と小説家とプロポーズ
「やってやるぞ、アイリス!ランク1返してもらうからな!金満高レベル美少女ゲーマーめ!鼻っ柱へし折ってやる!」
俺は今日もアイリスに執着する気満々だった。
そんな俺にテマリが真正面から人指し指を立てて「めっ」としてくる。
『誠二郎、ルール貢献です。ルール貢献。誠二郎がアイリスさんのことを大好きなのは分かりました。でもそれで、無様に試合に負けていいのですか?それは、敗北ですよ。敗北!あなたは金満高レベル女に敗北するのです!』
敗北だと……俺がニンペで金満高レベル女に?テマリなんていうスーパーなマブダチAIバディを抱えても敗北?
許されない。そんなのは許されない。
『見てください、誠二郎!これが今日の私の気持ちです!』
ぷかぷかと浮いているテマリは、胸を張り、Tシャツに書かれた文字を見せつけてくる。
『レベルで負けて試合にも負ける敗北主義者!』
…………
そうだ、その通りだ。テマリの言うとおりだ。
なんて愚かだったんだ。一対一の結果など、試合における一属性の記録でしかない。試合の勝敗ではないのだ。
それに、ニンペでの戦いは俺だけの戦いではない。マブダチのテマリの戦いでもあるのだ。俺は、俺の鬱憤を晴らすためだけに、マブダチを巻き込んでいた?
そんなの……そんなの……マブダチとは言えない。
「すまん、テマリ!俺は間違っていた!俺はマブダチ失格だ!」
『誠二郎、分かってくれると私は信じていました!それでこそ私のマブダチの誠二郎です!誠二郎は、マブダチ失格などではありません!』
お互い、目に涙をにじませながら、ガシ!と抱き合う。テマリに感触はないが、俺には充分だ。
遅い青春の一幕だった。
もうアイリスなんてどうでもいい。次は……試合に勝つ。
そのときだった。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
「有馬、来たぞ!お前のNinpexのプレイをボクに見せてくれたまえ!」
雨宮だ。隣人の出歯亀小説家レベル6の。
『誠二郎、ちょうどいい見届け人が来られたのでは?誠二郎がランク1に返り咲くところを雨宮さんに見てもらいましょう。』
「だが……集中の邪魔にはならないか?」
『ご安心を!誠二郎がニンペをやっているときの集中力は私が保証します!火事が起きても気づくのか怪しいくらいですよ!』
「……そこまで?火事が起きて気づかなかったら、俺死んじゃうじゃん。」
まあ、でもテマリが言うならそうなんだろう。雨宮がいても邪魔にはならなさそうだ。
ドアを開け、雨宮を室内に招き入れる。
彼女はいつものメガネに、水色のパーカーにショートパンツだ。スラッとした足が艶めかしい。今日は髪を緩めにまとめている。ローポニーテールというやつであろうか。
「さあ、有馬!約束の時が来たぞ。キミのニンペのプレイを見せてくれたまえ!」
相変わらずの警戒心のなさだ。こんな生足を晒してくるなんて。きっと、俺のことを男として見てないんだろう。
まあいい。今日は雨宮に、生まれ変わった俺のニンペのプレイを見てもらおう。そしてアイリスからランク1を奪取するという目的を達成するのだ。
「雨宮……伝説を目撃する準備はできたかね?」
「伝説?なんだそれ?……んんん?有馬、ランク2じゃないか!ランク1はあのアイリスか。あの時は偶然だったのか?」
「だから見てろって。俺とマブダチのテマリの連携、見せてやるよ。今日、必ずランク1を取り戻すから!」
そしてドカッと畳に座り、ニンペの試合のマッチングロビーに入る。
「有馬は……中射程タイプか?」
「そうだ。前は短射程タイプだったんだけど。短射程だと試合結果が安定しなくてさ。今は中射程を使ってる。」
「そうか……お?試合相手が見つかったみたいだぞ?おおお!相手、アイリスがいるじゃないか!?今のランク1だろ!?」
「最上位ランク帯だからな。そこそこ会うんだ。まあ見ててくれ。試合には……絶対に勝つから。」
雨宮にそう言い放ち、画面へと集中する。
世界が、ニンペが表示されたスクリーンのみに集約していく。
雨宮はもう、俺の世界にはいない。
すでに俺とテマリだけの世界だ。
そして、試合がはじまる。
『誠二郎、行きますよ!アイリスは右高から展開するようです。あそこは、ルール貢献に関係のないポイントです。出てこない限り、無視します!いいですね!』
「おう!」
※※※
<Ninpex ランク2 アイリス視点>
「な、なんでですの!今日のSageはなんで、対面を仕掛けてこないんですの!」
いつものSageなら、試合が始まってすぐに私がいる方向へと向かっていた。私はそれを待ち受けて対面し、結果、Sageの囮となり、試合には勝てた。
だけど、今日のSageにはその立ち回りがない。
昨日とはまるで別人だ。
せっかく対面強化用のAIカードに全財産をはたいたのに、これでは無駄遣いじゃないか!
もう、無一文なのに!
くっ!
このまま、このポイントにいてもジリ貧だ。ルール貢献をしなければ試合に負けてしまう。私が動き始めたそのときだった。
「あああ!なんで気づかれてるんですの!」
私の焦りを察知されたのかもしれない。
ルール関与をしようと高台から降りた直後、潜伏していたSageにニンジュツで燃やされる。
『ちっ!Sageがアイリスのストーカーをやめて、ルール貢献に戻ってきやがった!』
『だめだ、このままじゃ総崩れになる。』
「皆さん!落ち着いてくださいまし!前のSageに戻っただけですわ!冷静になれば勝率5割はいけますわ!」
『ぐっ!裏に入られてる。長距離、落とされた!』
『おいおい!こいつ、一人でリスポーン狩り始めたぞ!こんなの、アイリス以外相手にできるわけないじゃないか!』
『ああ、だめ!もうカウントが!止めて!誰かニンジュツを!』
『くそ!もうみんな残ってねーよ!』
そして今日のSageとの一戦目は、なすすべもなくノックアウトで敗北した。
その日の結果は惨憺たるものになった。
相手のチームにSageが来たときの勝率は……2割。ひどい結果だ。
そして……私のランク1は再び奪われたのだった。
な、な、な、なんでですの!Sage、Sage、Sage!いったい誰ですの!?どこの国の人間ですの!?
……会わなければ。一度会って、どんな人間か観察しなければならない。Sageはどんな人物か?何が好きで、何が嫌いか?経歴は?収入は?住んでいる場所は?
そうやって人物像を知り、Sageの行動予測イメージに組み込むのだ。
だが、私は忘れていた。
それらを調査するためのお金。もし海外であるならば、そこに向かうためのお金。
そのお金がない。AIカードを買いすぎたせいで、無一文になってしまったから。
「な、なんでですのー!」
その日夜遅く、金髪碧眼無一文の美少女ゲーマー(38)の雄叫びが、周囲に響き渡ったのだった。
※※※
時は少しだけ遡る。
ヘッドセットを取り外す。
ふぅ……。なんとかランク1を取り戻せたか。
後半、何試合か向こうに持ってかれたが、元とはいえアイリスのチームは世界最強だ。これくらいは仕方ないだろう。
ぷかぷかと浮いているテマリが、俺の元へと降りてくる。
『誠二郎!今日の私たちは最強でしたね!最強マブダチコンビの復活です!』
テマリのTシャツの文字は「マブダチ最強!」に変わっていた。
やはり、レベル至上主義への鬱憤を、ニンペという聖域にぶつけるなんて……俺は間違っていた。
俺は……自分が……自分が恥ずかしい。
「おい、有馬……。これで世界一なのか……?プレイ人口一億人以上のニンペで、有馬が世界一なのか……?」
……そうか。雨宮もいたんだっけ。
「ああ、これで世界一だ。何か小説のネタになったか?」
俺の言葉を受けて、少し考える雨宮。
「正直、わけがわからん。有馬はレベルゼロなんだろ?なのになんでこんなことが……なんていうか、お前、未来予知してるような動きだったぞ。」
「俺のAIバディが優秀なんだよ。俺は大したことはない。」
「でも……小春くんから聞いたぞ?キミのAIバディの『テマリ』も有馬が作ったんだろ?」
あいつ、余計なことを……
「そのあたりは秘密だ。レベルゼロの大したことない人生にも秘密はあるんだよ。」
俺の言葉に、ニヤリと不敵に笑う、雨宮。
「ほほう……秘密……秘密だと……?素晴らしい……素晴らしいではないか!こんなワクワクするやつは有馬が初めてだ……。はっ、まさか!」
雨宮は俺の方をバッと振り向く。
「ボクはキミに恋をしているのかもしれない!そうか……!これがあの有名な恋か!よし、これから、ボクといっしょに暮らそう!同棲しようじゃないか!」
「は、はあ?」
「大丈夫だ!キミは好きに生きたまえ!彩葉くんとの交流も続けたまえ!ボクは何も邪魔しないからな!そっちの方が面白そうだし!」
フンス!フンス!と鼻息荒く俺ににじり寄ってくる雨宮。
俺は反射的にのけぞる。そして、改めて雨宮を上から下まで見る。
レベル6、雨宮栞。
職業は小説家。小春が知っているくらいだ。そこそこ有名なのだろう。おそらくは相当稼いでいるに違いない。高レベルだから美人だし、何よりそのスラッとした足がたまらない。不思議とすごく話しやすいのも加点ポイントだ。
だが、俺は思う。雨宮、それは絶対に恋じゃない。
きっと……そう、珍妙な生き物を見つけて、それをじっくりと観察するために飼育するようなものだ。
そういえば、ブサカワペット枠として彩葉に飼われるという話もあったな……
今回は、観察対象として雨宮に飼育を提案されているわけか……
うーん……さすがに彩葉の提案の方が魅力的かな。
ペット愛ならともかく、飼育観察愛などというものは存在しないだろう。やはり愛は大切だ。ブサカワペット愛であったとしてもだ。
雨宮の暴走は止まらない。
「いや、同棲なんて生ぬるいな!わかったぞ!有馬、ボクと結婚しようではないか!」
信じられないワードが、雨宮の口から飛び出す。
……結婚?
なんだっけ、それ?どういう意味だっけ……?どこかで聞いたことがあるような……?
結婚……結婚……結婚?
まさか、結婚ってあれか?男女がつがいになって、お互いを認め合って、愛し合って、子供を作って……
そういうやつか?
雨宮は、俺の沈黙を脈ありと受け取ったのか、畳み掛けてくる。
「分かる、分かるぞ、有馬。キミが驚くのも分かる!こんなふうに急にプロポーズされたら困ってしまうよな?」
いや、もう俺にとって困るとか困らないとか、そういうレベルの問題じゃないんだけど。
結婚なんて、俺の人生に絶対に発生しないイベントだし。なんだこれ?いったい何が起きているんだ?
あ、分かった。これは流行りのロマンス詐欺ってやつだ。
うん……?ロマンス詐欺ってことは……きっとこれからお金を要求されるってことか?
はっはっは。脇が甘いな、雨宮栞。ほぼ無一文の俺が、お前に払うお金なんてないぞ。お金持ちが、俺みたいな貧乏人にお金をたかるのは良くない。
頭の中でグルグルとそんなことを考えていると、雨宮はガシッと両手で俺の肩をつかむ。
すこしだけ女性恐怖症が顔をだす。鳥肌が立つが、今の俺は成長した。これくらいなら大丈夫だ。
雨宮は、逃げられないように、俺の肩をレベル6の怪力でガッチリと固定している。ちょっと痛い。そして顔を近づけて、力強く宣言した。
「有馬、喜べ!ボクはお金持ちだ!ボクと結婚すれば……お金がたくさん手に入るぞ!」
お、お金?
ん…………お金だと?
お金。
まさか、俺が払う側じゃなくて、貰う側なのか?
ロマンス詐欺じゃない……のか?
マジで?
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