虹色と二人の無一文
暑い日差しを浴びた肌に、エアコンの風が心地よい。
俺は今、青葉荘の自室へと戻ってきていた。
ダンジョンの地上接続点から、ニンペマンのまま離れ、目立たないところで元の姿に戻り、そのまま徒歩で家に帰ってきた。
青葉中央公園の封鎖はすぐに行われた。
俺が青葉中央公園からのんびりと出ようとしていると、対策局の人たちがやってきて、急かすように追い出された。
公園の入り口には見知った人物もいた。
銭谷特級害獣捜査官。
入院しているときに俺の聴取に来た、対策局の人だ。
彼もこちらに気づいたようだが、今は俺に構っている暇なんてないのだろう。
こちらが軽く頭を下げると、彼も同様に軽く会釈をし、すぐに俺から視線を外し、忙しそうに指示を出していた。
畳に座り込み、天井を見上げる。
ふーっと一息つきながら、ボヤキが口をつく。
「あー、疲れた。やっぱ自分の部屋が一番だな。」
天井付近でぷかぷかと浮かぶテマリも、同意の声を上げる。
『私も誠二郎のお部屋が一番好きです!でも、よかったじゃないですか!対策局の人たちには疑われずに公園から出られましたし、フラッドまでの猶予も確保できました!誠二郎は、素晴らしい働きをしましたよ!』
テマリの言う通り、彩葉と協力して、アリ型の駆除はできた。もう今の俺にこれ以上できることはないだろう。
でも、なんで俺は正義の味方みたいなことをしてたんだっけ?
『誠二郎、忘れてませんか?フラッドを防いだのは、誠二郎のゲーミングマシンを守るためですよ?』
そうだった。
俺は……俺は、目的を見失っていた。
そういうことなら、あとはお金をもらって仕事をしている対策局の人に任せよう。
彩葉はどうするんだろう?まあ、久遠寺家の人たちがなんとかしてくれるだろう。これ以上関わる必要もないはずだ。
俺より頼りになる大人なんて周りにいくらでもいるだろうし。
俺が守るのは、このゲーミングマシンだけでいい。
『誠二郎!私のもう一つのお家も守ってくださいね。』
そっちもあった。テマリが動いているサーバールームは有馬家にある。あそこには小春もいるし、仕方ない。
くそう、結果的に有馬家の得になるようなことをやらざるを得ないのか。なんか腹たつな。
まあ、今はいいや。起こってもないことを、あれこれ考えても仕方ない。
「さあ!とりあえずはゲームだ!フラッド対策は、対策局の人に任せる!俺はゲームをする!ニンペをするぞ!!アイリスをボコるぞー!」
『ええ!私たちのマブダチコンビネーションを、今日も見せつけてやりましょう!』
※※※
<Ninpex ランク2 アイリス視点>
「Sage!今日も!なんで!私ばかりに粘着してきますの!」
今日も今日とてアイリスはSageに追い回されていた。
画面の中で、彼女のキャラクターがSageに斬り捨てられる。
「くっ!なんでこんなところに潜伏してますの!意味が分かりませんわ!」
悔しさに任せ、ドンッ!と机を叩いてしまう。
だめだ、冷静になれ。冷静になるんだ私。
なぜかここ数日は、私ばかりがSageに狙われている。結果、余裕のあるチームメイトが陽気に声をかけてくる。
『HA!HA!HA!アイリスだって、Sageとやり合うようになってから、さらに腕を上げてるじゃないか。全体の勝率は前より上がってるんだろ?』
「そんなの、Sageに負けてたら意味がありませんわ!ザコとの戦いなどどうでもいいのです!」
そんなアイリスの暴言を聞いたチームメイトは、苦虫を噛み潰すような表情になる。
『はあ……今、配信してなくて良かったぜ……。落ち着けアイリス。ザコとかは禁止ワードだ。』
くっ。正論すぎて腹が立つ。
でも、そんなおしゃべりしているヒマがあったら、こちらの援護ぐらいして欲しい。
一対一なら負けても、二対一なら勝てる。数的有利を常に確保するのは、ニンペの常識なのだから。
「次こそカバーお願いしますわ!」
だがアイリスのチームメイトは分かっていた。
たとえアイリスとSageの勝負に介入しても、自分が盾に使われたりして、アイリスの勝率がむしろ下がってしまうことに。
もう今のニンペは、完全にSageとアイリスの二強の世界となっていた。
※※※
ぐおっ。アイリスにこだわりすぎた。試合、また負けてるじゃん。
『上手いですね……自分を餌にして、試合自体に勝つ。まさに「肉を切らせて骨を断つ」ですね!さすが長い間、ニンペ世界一を誇った女傑です!』
「え?アイリスって女性なの?」
女性名の男性プレイヤーなんていくらでもいるし、プレイヤーの男女比的に、普通に男だと思ってた。
『ご存じありませんでしたか?彼女はプロゲーマーですよ。大会などで、顔出しもしてますし、お綺麗ですからファンもたくさんいるみたいです。』
なるほど……。
ニンペの大会は賞金もすごいらしいし。長く世界一だったアイリスがプロゲーマーなのも当たり前か。
『ちなみに、これがアイリスさんの顔写真です。年齢は38歳とのことです。』
テマリが見せてきたのは、金髪碧眼の整った容姿の少女の写真だった。
はあ?この容姿で38歳だと?
年も、俺と一緒なのに。同い年のはずなのに、どう見ても10代にしか見えないぞ。
またレベル補正か……。
友真や雨宮がレベル6だろ?そうなると外見で逆算すると……レベル7……下手するとレベル8あるぞ?
くそう、高レベルめぇ……次は試合も勝ってやるからな。
彩葉に戦いで負けるのは仕方ない。俺は剣術をやっているわけじゃないし。
でも、ニンペはダメだ。ニンペは俺が長年心血を注いできたゲームだ。テマリという存在がバディについていてくれる以上、俺はアイリスに負けるわけにはいかない。
たとえアイリスが高レベルであったとしてもだ。いや、高レベルであるからこそ負けられない。
見てろアイリス。見てろ高レベル。レベルゼロの根性を見せてやるぞ。
それから数時間。俺は寝るまでの時間をほぼすべてニンペに費やした。久々のゲーム漬けの時間だった。
だが、アイリスがかなりの高レベルだと知ってしまった俺は、自分を見失っていた。
その後の試合も、アイリスにまとわりつきまくった。まるでストーカーのように。そして、アイリス個人には勝って、試合に負ける。そんな情けない試合を重ねてしまった。
そして俺は……当然のようにランク2へと落ちたのだった。結果的に、ランク1をアイリスに献上してしまう形で。高レベルのアイリスにだ。
く、くそおおおおおお。
…………
ゲームを終えた後、俺は正座をしていた。伝統的な、反省のポーズだ。
目の前には、仁王立ちになっているテマリがいた。腰に手をやりつつ、ほっぺを膨らませている。
『誠二郎、感情的になりすぎです!ニンペは、レベル至上主義への鬱憤を晴らす場ではありませんよ!ルール貢献です!ルール貢献をしないとだめです!』
「うううっ……面目ない……」
俺は、こってりとテマリに説教されたのだった。
※※※
<Ninpex ランク1 アイリス視点>
『お!アイリス、久々のランク1だぞ!よかったじゃないか!』
「う、嬉しくありませんわ!」
たとえ試合に勝ったとしても……一対一で負け続けて、嬉しいはずがない。
どうすれば……どうすればSageに勝てる?ダンジョンに潜って、害獣を駆除しまくってレベルを上げる?
いやダメだ……。
もう十年以上定期的にダンジョンに潜っても、私のレベルは上がっていない。
おそらく私のレベルは今のレベル7が上限。
レベル以外の、何か別の方法が必要だ。考えろ。考えろ私。レベル補正以外で強くなる方法を考えるんだ。
そうだ……基礎だ。こういうときは基礎から固め直す。エイムを磨き、立ち回りを見直し、感情コントロールを徹底するのだ。常に冷静でいられるよう、熱くなる気持ちに振り回されないようにしないと駄目だ。
だが、その訓練の効果が出るまでには時間がかかる。
だから、今すぐできることは。
「AIカード……もっともっとAIカードが必要ですわ!」
短期的にはAIカードを買い込んで、AIバディの対面サポート機能を強化する。
長期的には私自身の基礎を鍛え直す。
この二つのアプローチでSageに勝つ!
AIカードは高いけど……もうあんまりお金ないけど……私にはこれしかない!
全財産でAIカードを買うのだ!
Ninpex世界一の美少女ゲーマーのアイリス(38)。
誠二郎と同じく、新たにゲームで無一文になったものが誕生した瞬間だった。
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