虹色と雨宮とティッシュ壁
青葉中央公園の中に発生した、ダンジョンの地上接続点。
そこには、アリ型害獣の残骸がゴロゴロと転がっていた。
彩葉が処理したのは、21体。
アリ型害獣は1体が1メートルぐらいの大きさだ。
21体も転がっていれば、それはもう圧巻である。
きれいな黒髪をたなびかせながら、そこに背筋を伸ばして立つ彩葉は、なんというか……覇者の雰囲気を放っていた。
無表情に一点を見つめていたその端正な顔が、俺と雨宮を見つけるなり、少しだけ柔らかくなる。
「…………誠二郎さま、お疲れさまです。とりあえず地上に出てきたアリ型害獣は処理できたようですね。」
「すごい光景だな。死屍累々というか……」
「…………そうですね。地上ではなかなか見られる光景ではないかもしれません。フラッドが起きない限り。」
連れて来た雨宮は大興奮だった。
「すごい!すごいぞ!すごいではないか!アリ型害獣じゃないか!初めて見た!それもこんなにたくさん!」
カシャカシャとスマホで撮影を始める雨宮。
後ろに結んだ髪を揺らして、こっちへカシャカシャ、あっちへカシャカシャと騒がしい。
「…………誠二郎さま、ダンジョンの地上接続口も発見しました。こちらです。」
彩葉に案内されるままついていくと、直径1メートルくらいの穴がぽっかりと開いていた。中は真っ暗で何も見えない。
風の音が低く反響しており、この先に巨大な空間が存在することを示している。
これがダンジョン……
この中に害獣が大量にいるのか……怖すぎだろ。
「俺、ダンジョンって初めて見たわ。」
「…………そうなのですか?そのようなお力を持っているのに……。私はてっきり、お一人でダンジョンに潜られて、たくさんの害獣を処理されていたのだと思っておりました。」
そんなわけがない。
害獣を見たのも、彩葉を助けたときが初めてだったし。
通常、良家の人間は、15歳でレベルが与えられたときに、ダンジョンに連れていかれ、お金を払ってレベリングを受ける。
レベルというのは世界への貢献度と推測されている。ダンジョンに入り、害獣を倒すことで、世界の安定へ貢献したと見なされレベルが上がるのだ。あくまで仮説らしいが。
もちろん、手厚く守られての害獣退治なので、上がるレベルは少しだけだ。
それでも良家と一般家庭ではスタートラインから違うのだ。これが良家の人間に高レベルの者が多い理由でもある。
有馬家でもそれは同じだ。だが、俺はレベルゼロ。歴史上、レベルゼロの人間がレベル1になった記録はない。両親もお金の無駄だと思ったに違いない。俺は、そのレベリングを受けていない。
ダンジョンの地上接続口という俺たちの言葉を聞いたのだろう。雨宮が駆け寄ってくる。
そして鼻息を荒くして、カシャカシャとスマホでその穴の撮影を始める。
「おお!本当にダンジョンじゃないか!こんな小さな入り口は初めて見たぞ!ま、まさか、できたてってことか?」
「…………はい、おそらくできたてほやほやです。数日中にフラッドが発生するでしょう。」
彩葉の言葉に、雨宮が青ざめる。
「い、彩葉くん、それはまずいのでは?」
「…………まずいです。害獣対策局に先ほど連絡しました。少ししたら、局員がやってくるはずです。青葉中央公園は封鎖でしょうね。」
な、なんだって。害獣対策局が来るだって?それはまずい。
こんなところにいたら、いろいろ詮索を受けてしまう。
レベルゼロの俺が害獣と戦えるってことがバレるのはまずい。
「……誠二郎さまは、急いでここを離れてください。ドタバタしてしまい、申し訳ありません。本当は誠二郎さまの許可をいただいてからと思ったのですが、いつフラッドが始まるか分からないので。」
彩葉の判断は正しい。フラッドが発生してしまえば、大量の害獣がこの穴から溢れ出してくるのだ。そうなれば、害獣と戦えないほとんどの人間はそのまま殺されてしまう。
俺の横にぷかぷかと浮いているテマリが叫ぶ。
『誠二郎、あと5分ほどで局員が到着します!早く、逃げましょう!』
本当に時間がなさそうだ。
「じゃあ、あとは頼む!彩葉、無理するなよ!あと、雨宮。俺のことは絶対に秘密に!もし口に出したら、取材とかなしだからな!」
「わ、分かってる!ボクは口が堅いことで有名なんだ。安心してくれたまえ!」
本当かよ。胡散臭すぎる。
『誠二郎!急ぎましょう!南西から局員が向かってきています!逆側から帰りましょう!』
おう!
俺は、ニンペマンのまま。木の枝に飛び移り、逃げるようにその場を離れたのだった。
※※※
<久遠寺彩葉視点>
とりあえず斥候と思われるアリ型害獣を処理することはできた。
以前の犬型害獣は、迷い出てきただけのものだろうから、このアリ型を殲滅できたのは大きい。
アリ型害獣は、探索とダンジョンを掘ることに特化した害獣だ。
このアリ型は、地上に出て人間と遭遇したりすると、招集フェロモンというものを発する。
招集フェロモン。これが害獣による災厄の元凶である。
招集フェロモンは害獣を呼び寄せる。つまり、ダンジョンの中にいる大量の害獣が外に出てくる。
これが『フラッド』と呼ばれる現象なのだ。
今回、誠二郎さまがいなかったら、間違いなく何匹か討ち漏らしていた。
一体でも討ち漏らしたら、アリ型は一般人に会い、危害を及ぼした直後、招集フェロモンを発したことだろう。
そうなれば、フラッドは今日にでも発生したかもしれない。今回は本当にギリギリだった。
だが、これはあくまで時間稼ぎにすぎない。ダンジョンの地上接続口ができた時点で、フラッドは必ず発生する。数日以内に。
でも、数日あれば、実力者を招集したりバリケードを築いたりと、やれることはたくさんある。
対策のための貴重な時間が稼げたのだ。
今、周囲に害獣の気配はない。
この気配というのはなかなか便利なもので、害獣が近くにいる、いないというのがはっきりと分かる。
だが、そんなに万能なものでもなく、敵の正確な方角は分からなかったりする。こっちの方向にいるような気がするとなんとなく感じる程度だ。
もちろん、害獣の正確な数など分からない。
害獣の位置と数。
この正確な情報を誠二郎さまから教えていただけなければ、アリ型害獣の駆除は無理だった。
特にこの場所から離れていたアリ型害獣を駆除するのは不可能だっただろう。
誠二郎さまが来てくれて、本当に助かった。やはり誠二郎さまはすごい。
ツンツンと、私が倒したアリ型をつついていた雨宮さんが、疑問を漏らす。
「有馬って何者なんだろうな?あいつ、ダンジョンを見たことないって言ってたな。」
「…………言ってらっしゃいましたね。」
それであの強さ。意味が分からない。
「レベルもゼロだしな。あいつの存在を、クミヒモ神会に知られるわけにはいかない。絶対にだ。」
雨宮さんの言う通りだ。クミヒモ神会はレベル至上主義。レベルゼロの誠二郎さまが力を持っていると知ったら、誠二郎さまに何をするか想像できない。
レベル差別はダメだ。誠二郎さまは私が必ず守る。何があろうとも。
そうだ、誠二郎さまといえば。
「…………雨宮さんは、なぜこんなところにいらっしゃったのですか?こんな真夏の暑い日に散歩ということはないでしょう?」
ここに来た理由を尋ねると、雨宮さんがギクリと体を震わせる。
「い、いやー。な、なんだったかな?そ、そう!カブトムシを探しに来たんだ!」
カブトムシを探しに?雨宮さんが?虫には詳しくはないが、カブトムシというのは夜に出てくるものなのではないのだろうか?
じっと雨宮さんを見つめる。実に挙動不審である。
「…………本当ですか?」
ちょっとだけ圧を込めてそう聞いてみると、雨宮さんはすぐに口を割った。
「あ、有馬の声が耳に入ってきちゃったんだよ!青葉中央公園で何かが起きてるってさ。し、仕方がないだろう!青葉荘はティッシュのように壁が薄いんだから!有馬の独り言とかも、ぜんぶ丸聞こえなんだ!」
「…………それで、有馬さんを探しに来たのですか?」
「そ、そうだ。なんだか面白いことがありそうだなーなんて思ってな。彩葉くん、これは小説家の性なのだよ!仕方のないことなのだよ!」
ひとりごとも聞こえちゃうなんて……まるで一緒に暮らしてるみたいだ。
誠二郎さまと一緒に暮らす……?
なんてうらやま……いえ、個人情報。そう、プライバシー保護の観点からそれは良くない。
個人情報を管理することは大切なのだ。とてもとても大切なのだ。
…………そうだ。
今までの、ご恩返しということで、久遠寺家で防音工事をするというのはどうだろう?
今度、誠二郎さまに聞いてみよう。喜んでくださるかもしれない。
私は、頭の中のやることリストの先頭に、そのことを強く刻み込んだのだった。
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