虹色と彩葉とニンペマン
シャキーン!
影装!ニンペマン!
『キャー!誠二郎かっこいい!かっこいいですよぉ!』
「だろう?ふっふっふっふ。」
……待て、俺はいま緊急事態なのではなかったか。
そうだ。青葉中央公園に害獣が現れたんだった。それで彩葉が急行している途中だった。
ポーズの練習は後回しだ。急いで彩葉と合流しなければ。
幸い真夏の真昼間だ。酷暑でそんなに人はいないはず。いや待て、いまは夏休みだ。虫取りなどで茂みに入っている子供がいるかもしれない。木陰で涼んでいる人もいるかもしれない。
ダンジョンの地上接続点が木々の中だとすると……むしろ、一般人が危ないんじゃないか?
やばい。こんなので人死にが出たら、これから楽しくニンペができなくなりそうだ。
ドアをガチャッと開き、俺は部屋を飛び出す。
出発!ニンペマン!
※※※
閑静な住宅街を黒装束の男が走る。
幸い酷暑の中の住宅街は静かで、人影もない。だが、このままでは誰かに目撃されてしまうのは時間の問題だろう。ニンペマンもできる限り、人前にさらさない方がいいはずだ。
ニンペマンは影に潜むものなのだ。
『誠二郎!害獣発生ポイントまで視界表示にラインを引きます!地面を走ることにこだわらないでください!』
そうだ。俺はいま「強化」の途中だった。なら、わざわざ地上を走る必要はない。
視界表示に現れるほぼまっすぐの線。以前の夜のように、塀や屋根を伝って、目的地まで向かえということだな。
俺はテマリが引いたラインをなぞるように地を蹴る。塀を登り、屋根を駆け抜け、木から木へと飛び移る。まさに忍者ムーブである。
相当な速度で移動しているため、これなら目撃者は減らせるはずだ。
「あ!忍者だ!忍者がいるよ!」
時々そんなふうに騒ぐ子供がいるが、気にしない。大人に大ごとにされなければ何も問題はない。空をぼーっと見てる大人なんて、ほとんどいないはずだ。
つい調子に乗って、少しだけラインを外れてくるっと一回転して、地面へと着地する。カッコよくね……?
『誠二郎!監視カメラに映らないように移動しています!ラインを外れないでください!誠二郎は最高にカッコいいですけど!』
怒られてしまった。
忍者ムーブを自制しつつ、高所から高所への高速移動を繰り返し、青葉中央公園へと到着する。視界表示の移動ラインの指し示す先を見る。害獣は……やはり木々の中か。
茂みの中へと、体を躍らせる。生い茂る草が、皮膚をこする。
い、痛っ。
『誠二郎、ニンペマンの装甲はあくまで映像です!実体は伴わないので、防御力はありません!Tシャツに短パンのままだとお考えください!』
Tシャツ短パン状態なら、藪の中をこの速度で駆け抜けたら、すぐに皮膚がボロボロになってしまう。
なるほど、だから木々の上を飛び移るように、テマリは移動ラインを引いてくれているのか。
「了解!」
木から木へと飛び移る。高速でそれを繰り返す。
視界表示に映っている距離の数値がどんどん小さくなっていく。
100m……50m……10m……見つけた。
イヌ型じゃない。アリ型害獣だ。
木の上から害獣の存在を確認した、その瞬間だった。
『誠二郎!後方左15度、俯角70度!突き上げです!』
な、なんだっ?
身を翻して、その攻撃を躱す。
そして姿を現したのは……彩葉だった。
「……ひ、人型害獣。まさか地表に出てくるなんてっ!」
彩葉は一度だけ唇を結び、刀を正眼に構え直す。
「……誠二郎さま、申し訳ございません。私はここまでのようです。」
別れを告げる声だけがかすれていた。それでも彩葉は、刀の切っ先を真っ直ぐこちらへ向ける。
「……ですが!たとえ、差し違えてでも腕一本はいただきます!このあとに来る誠二郎さまのためにもっ!」
ま、また勘違いされている。
彩葉の姿が視界から消える。
『左後方15、仰角70!切り落とし!』
上を見上げる。そこには刀を振り下ろす瞬間の彩葉がいた。
――――『顕……』
レベル8の少女の斬撃速度に、テマリのあの板も間に合いそうにない。
仕方ない。この勘違いガールめ。あとで俺を訴えるなよっ。
くらえ。絶技、おっさんの抱擁。
即座に彩葉の方へと飛びかかり、彼女をギュッと抱きしめる。女性恐怖症?いまはそれどころじゃないだろ。この勘違いガールを止めなければ、俺が死んでしまう。
「……え?誠二郎さまの匂い……?」
途端、刀を握る指から力が抜け、そのまま彩葉の体が脱力する。
そんな彼女に言い聞かせるように、俺は彼女の耳元で声をかける。
「彩葉、俺だ!誠二郎だ!落ち着け!」
「……せ、誠二郎さま?ひ、人型害獣ではないのですか?」
俺の隣をぷかぷかと浮いているテマリが、眉をハの字にして、困った表情をする。
『あー、誠二郎。これは仕方ないですよ。いまの誠二郎、完全に「人型害獣」って感じですもん。カーボン状の装甲をまとってるように見えますしね!これは完全に私の失策ですね。すみませんでした。』
確かにテマリの言うとおりだ。犬型害獣、アリ型害獣を見た後だと、人型害獣がいるとしたら、まさに今の俺みたいな格好になりそうだ。
くそっ、調子に乗っていた自分が恥ずかしい。
『とりあえず、「投影」を解きますね。誠二郎の姿をお見せして、彩葉さんを安心させてあげてください。』
――――『解除。』
そして、Tシャツに短パンの俺の姿が現れる。
それを見た彩葉は、俺のTシャツをつかむ。その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれはじめる。
「…………誠二郎さま、ごめんなさい。また、斬りかかってしまってごめんなさい。でも、あんな姿、ひどいです。誠二郎さま、ひどいです。誠二郎さま、誠二郎さまぁ……」
俺の胸に顔をうずめ、しくしくと泣く彩葉。
テマリははしゃぐこともなく、虹色の瞳を細め、そんな彩葉を見つめる。
『人型害獣は災厄と呼ばれていますからね。出会った時点で終わりだと伝えられています。彩葉さんは死を覚悟したはずです。それでも、後で来る誠二郎の生存確率を上げるために、命を賭して可能性をつなごうとされたのでしょう。』
…………
……なるほど。
死を覚悟した直後に勘違いだったと分かって、安心してしまったか。後で来る俺のために、命をかけてくれたのか。
……かつて俺のためにここまでしてくれた人がいただろうか。……いや、絶対にいない。
じんと胸が熱くなる。なんて……なんて子なんだろう。
彩葉は、俺に抱きついて離れない。
そういえば、小さい頃の小春も、誕生日パーティーを両親にすっぽかされたとき、こんなふうにシクシクと俺の胸で泣いてたな……。
優しく、彩葉のサラサラの髪を撫でる。
「ごめんな、彩葉。紛らわしい格好で出てきちゃって。」
そして、落ち着かせるように、彩葉の背中をさすってやる。
「…………誠二郎さま、誠二郎さま、誠二郎さま……」
彩葉はぐすぐすと涙を流し、俺の名を呼び、Tシャツをつかむ指に力を込める。
俺と彩葉は長い間そうしていた。木の上で身を寄せ合いながら。
小春の姿を重ねてしまったせいだろう。今の彩葉は、俺に抱きついてくる女性ではなく、泣いている子供にしか見えなかった。
女性恐怖症の発作は出なかった。
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