虹色と暴走する用心棒
タクシーが株式会社クウデリの前へと到着する。
車内でずっと黙っていた彩葉が口を開く。
「……誠二郎さまの用心棒として、私、頑張ります。」
明らかに挙動不審である。
「大丈夫か?タクシーの中で何も話さなかったけど……体調悪いなら今日はやめとこうか?」
「……い、いえ!誠二郎さまにお仕えする気持ちを、さらに強く持った次第であります!」
言葉遣いがおかしい。お仕えって……武士じゃないんだから。
「気を楽にしてね。俺の後ろについてきてくれればいいから。ほらほら、リラックス、リラックス。」
俺の言葉に、彩葉が深呼吸を始める。
徐々に、顔から強張りが消えていき、体の力が抜けていく。
一分くらい、そうしてただろうか。
俺の目の前には、背筋をピンと伸ばした、凛々しい彩葉が戻ってきていた。
「…………ふう。誠二郎さま、心配させてしまい申し訳ありません。もう大丈夫です。」
あまり表情を出さない、いつもの彩葉だ。
……本当に大丈夫だろうか?
「じゃあ、いこうか。彩葉、よろしくな?」
「…………誠二郎さま、承りました。」
俺は彩葉を伴って、株式会社クウデリのエントランスへと足を踏み入れた。
そして、彩葉がぜんぜん大丈夫じゃないことに気づいたのは。
そのすぐ後のことだった。
※※※
株式会社クウデリ、エントランス。
そこには……車椅子の圧川部長と、その車椅子を押す男性。そして、またまた後ろで小さくなっている後藤さんがいた。
こちらを見つめる彼らに気づいた俺は、社会人(実質無職)として挨拶をする。
「こんにちは、圧川部長、後藤さん。あと、あなたは……」
「有馬……お前、よくクウデリに顔を出せたな。俺の体をこんなにしやがって……」
「何をおっしゃるんです?俺は何もやってませんよ。圧川部長は、勝手に階段を踏み外して落ちていっただけじゃないですか。救急車を呼んだのも俺なのに。」
「うるさい!今日は、あのレベル6の女はいないんだな……?ん、なんだお前、こんな小娘を連れ出してきて。新しい女か?お前、女をたらし込むのだけは上手いんだな?レベルゼロのくせに。」
ヴォッ!
風を切る音がした。
「…………私は本日、社会勉強として誠二郎さまに同行させていただいております。ただし、誠二郎さまを侮辱するような発言は……許しません。」
カチャリ。
彩葉の刀の鍔から、刀を鞘に納める音がした。
はらりと落ちる圧川部長のネクタイ。根元から切断されている。
い、彩葉。なんて手の早いやつだ。そうだ。忘れてたけども、猫探しのときも急に斬りかかられたんだった。
「な、な、な、な……」
ひらりと落ちた自分のネクタイに気づいたのだろう。
圧川部長は顔を真っ青にしている。
だが、すぐに気を取り直したようだ。頭に血が登って、恐怖の感覚がマヒしてしまったのかもしれない。
車椅子の彼が大声を出す。
「おい!有馬!お前、前にレベル6の女を連れてきてイキがってたな!聞いて驚け!俺の車椅子を押してくれている鈴木さんもレベル6だ!もう、お前の横暴は通用しないからな!」
俺、横暴なことなんてしてるか?そういうことばかりやってたのは圧川部長だと思うんだけど。
……どうでもいいか。
「レベルとか横暴とか、そういうのはもういいです。今日は社長と契約を結びに来ました。早く帰りたいので、案内していただけませんか?」
「ふざけるなお前!鈴木さん!ちょっとこいつを懲らしめてくれませんか!?」
こ、こらしめる?
社会人として、そんな選択肢が出てくるなんて、頭大丈夫なのか?時代劇か何かの見すぎではなかろうか。
「鈴木さん、お願いします!」
だが、圧川部長に鈴木と呼ばれた男は、顔を真っ青にしている。
「圧川……お、お前……。いや、有馬さん、お連れの方をご紹介いただけますでしょうか?」
え?彩葉を紹介?さすがにそれは……久遠寺家の了解とかがいるんじゃないか?
家の権威を勝手に使ったら駄目だろ。
うん、俺が紹介するのは、まずい気がする。
でもどうしようか?「彩葉」って名前だけを紹介しようかな、と唸りながら考えていると、彩葉がずいっと前に出た。
そして、彼らに丁寧にお辞儀をする。
「…………ご挨拶が遅れました。私、久遠寺彩葉と申します。綾取神刀術皆伝。レベル8です。」
「れ、レベル8……。綾取神刀術皆伝……。久遠寺……。」
彩葉の素性を知り、鈴木という男は後ずさる。
レベル8という言葉を聞いて、圧川部長も顔を真っ青にしている。
「あ、圧川。お前……私に、この方の相手をさせようとしていたのか?」
「い、いえ!そんなことは!前に来た女はレベル6だったんです!」
「圧川……私は命が惜しい。この件からは下ろさせてもらう。」
鈴木という男が踵を返そうとしたときだった。
彩葉が問いただす。
「…………あなたは、もし私がいなかったら、誠二郎さまに何をなさろうとしていたのですか?」
その言葉と同時に彩葉から、重苦しい気配が放たれる。
クミヒモシステム・レベル8の威圧だ。
鈴木という男は動けなくなる。彼の額は、汗でびしょびしょになっていた。
「…………感心しませんね。レベルを盾に理不尽な要求を通そうとするのは。」
彩葉が刀に手をかける。
くそ。手が早すぎだろ。ここは大人として注意せねば。
「彩葉!」
俺は大声で彼女の名を呼ぶ。その声に肩をビクッと震わす彩葉。
「そんなすぐに刀を抜いちゃダメだって!彩葉の刀が汚れるぞ!」
彩葉は俺の言葉に少し考えて、答える。
「…………ですが、誠二郎さま。この方たちは、おそらくレベルを盾に、誠二郎さまに無茶な要求を通そうとしたのですよ?私の刀は、大切な人を守るための刀です。これで刀が汚れるというのなら……私の刀は汚れていて構いません。」
そうキッパリ言い放つと、彩葉はピンと背筋を伸ばした。
彩葉に退く気配はない。その芯が通った理屈に、何も言えなかった。
そうか……そうだよな……。
彩葉は俺のことを恩人として見てくれている。その恩人を侮辱してきたり、理不尽に追い込もうとする相手を……彼女が放置できるわけないか。
俺は、はあ……とため息をつく。
「すまんな、彩葉。俺のために怒ってくれて。刀が汚れるという言葉は撤回する。彩葉の刀はキレイだ。でも……怪我がない程度で頼む。」
「…………誠二郎さま、かしこまりました。」
そう言った瞬間だった。
また、彩葉の刀が煌めく。
そして「カチャリ」と刀を鞘に納めた頃には、鈴木という男のスーツはバラバラに切り裂かれて、ネクタイと下着だけとなっていた。
うわー。……この格好は恥ずかしい。
「…………鈴木さんでしたっけ?下がっていいですよ。」
「は、はいぃぃぃぃ!!」
ネクタイとトランクスだけでエントランスから外へと逃げていく鈴木という男。
あの格好、大丈夫なのかな?警察に捕まったりしない?
っていうか、彩葉怖すぎだろ。俺は絶対に怒らせないようにしよう。
呆然とその様子を見ていた圧川部長の顔は青色から土気色となり、そしてどす黒くなっていった。
情けない格好でエントランスを出ていく鈴木を見ていた彩葉の視線が圧川部長に向けられる。氷のように冷たい視線だった。
彼女がその気になれば……いつでも、圧川部長を細切れにできる。
彩葉はそんな雰囲気を漂わせていた。おそらく圧川部長もそれを感じ取っているのだろう、ピクリとも動かない。
そういえばタクシーの中で、彩葉との間の沈黙が気まずくて、会社勤めのころのことについて色々伝えたっけ。事前知識の共有という名目で。
圧川部長にモラハラされたり、テマリをロートル呼ばわりされたり、クビにさせられたり、退職金がもらえなかったりとか。今思うと事前知識の共有というか、ただ俺の愚痴を聞いてもらっていただけな気がする。
どうやら、それで彩葉の圧川部長に対する印象を極限まで悪くしてしまっていたようだ。静かに見つめる彩葉に、圧川部長は首筋に汗を垂らす。
このまま見てるのも面白そうだけど……話がすすまないな。仕方ない。
俺は、彩葉の頭をポンポンと軽く触れる。いいよね、またポンポンしてってお願いしてきたのは彩葉の方だし。
「ほら、とりあえずこいつ連れて社長室いこう。圧川部長も変なこと言わないように頼みますよ?俺はザコですけど、彩葉は無茶苦茶強いんですから。」
彩葉は俺が触れた頭に手を重ね、軽く顔を赤らめる。だからそういう表情は禁止。おっさんに効きまくりなんだよ。
気づくと、彼女から放たれていた威圧も消え去っていた。
彩葉が申し訳なさそうに切り出す。
「…………誠二郎さま。勝手なことばかりしてすみません。」
「もういいよ。俺のためにやってくれたんだろ?この圧川部長からはずいぶん嫌がらせされたからな……彩葉のおかげでスッキリだ!あとの処分は社長に任せようと思ってる。」
「…………誠二郎さまはお優しいですね。」
優しいか?たぶんこいつ、クビになると思うけど。うん……クビ?クビだって?俺と同じじゃん。
ガチガチに固まっている後藤さんの方に顔を向ける。
彼女はクウデリで唯一俺の味方をしてくれた人だ。俺のせいで、面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳なさしかない。
「後藤さんもごめんな?こんなゴタゴタに巻き込んじゃって。」
そう言うと、後藤さんは高速でブンブンと、何回も首を横に振った。
彩葉の威圧の影響が残ってて、言葉が出ないのかもしれない。そっか、後藤さんまでいっちゃってたか。
威圧のあの重い空気、全方位に放たれてたもんな。
「なあ、彩葉。その威圧ってやつ、威圧したい相手だけに集中できないの?」
「…………できる方もいるみたいです。ですが今の私にはできません。修練不足で、申し訳ありません。」
彩葉も後藤さんの様子に気付いたのだろう。彼女の方に向いて、頭を下げる。
「…………怖がらせてしまい、申し訳ありませんでした。」
「後藤さん、ごめん。彩葉を許してくれると嬉しい。」
俺も彩葉の隣で頭を下げる。
「……誠二郎さま、私などのために頭を下げるなど……いけません!」
「いや、だって今の彩葉は俺の用心棒だろ?だったら俺にも責任あるじゃん。ほらアレ、管理者責任ってやつ?」
そんな感じに、あーだこーだと、やり取りを続ける俺と彩葉。言い合う俺たちを見て緊張がほぐれたのだろう。
後藤さんはクスリと笑う。よかった、大丈夫そうだ。
後藤さんが案内係としての仕事を再開する。
「えっと……有馬さんと久遠寺さん、うちのものがご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。すぐに、社長室までご案内します。」
俺は、圧川部長の車椅子の手押しハンドルを握る。
「さあ!さあ!圧川部長も一緒に社長室に行きましょうね!」
彼の車椅子を押し、エレベーターホールの方へ向かう。
圧川部長は、顔をドス黒くしたまま。もう何も言わなかった。何十歳も老け込んだように見える。
そんな圧川部長のボロボロな様子を見て思ったのだろう。俺のすぐ隣でぷかぷかと浮かんでいたテマリが口を開く。
『この人、さんざんですね。さすがの私も哀れに感じちゃいます。やっぱり、人は驕ったらダメです。誠二郎も驕っちゃダメですよ!謙虚に生きていきましょう!謙虚に!』
そうだな、テマリの言うとおりだ。
俺は謙虚に生きよう。
そして謙虚に契約を済ませ、とっとと家に帰って、謙虚にニンペでアイリスをボコボコにするのだ。
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