虹色と用心棒の彩葉
青葉中央公園で、害獣退治をした翌朝。
昨夜、ニンペでアイリスをボコボコにして、いい気分で眠りにつけたのが効いたのかもしれない。
俺の目覚めは、とてもよかった。
「いやー、アイリスいいなあ。キャラの動きがやっぱり他の相手と全然違うよな。」
『でも、私たちのマブダチコンビには及びませんけどね!』
「そうだけど、やっぱ強い相手に勝たないと面白くないよ。アイリスは他のプレイヤーと比べて、頭一つ抜けてる。アイリスがいてくれるから、俺はいまニンペを楽しめてるのかも。」
『昨日は4-1で勝ち越しましたが、後半の動き、明らかに違ってましたもんね!』
「そうだな。今日のアイリスはもっと強くなってるだろうな!じゃあ今日もとっととデイリーを終わらせてプレイするか。ニンペを!」
『はい!では今日のミッションいきますよー。』
ドゥルドゥルドゥルドゥル、パンパカパーン!
――『クウデリに行って、テマリの接続契約を締結せよ。』
「クウデリ?また行くの?あれは、テマリが全部やってくれたんじゃ?」
『そういえば、繋げてそのまま忘れてましたね。まるでリマインダーですね、今日のデイリーミッション。』
「確かに……株式会社テマリセージローは本当にあるんだよな?」
『あ、はい。それは大丈夫です。この前私が作った会社です。代表取締役は誠二郎ですよ!すごいですね!よっ!社長!』
「でも、お金は俺のものじゃないんだろ?」
『そうです、テマリのものです。会長は私、有馬テマリです!持株比率100%です!』
横暴。それじゃあ、全然うれしくない。
「じゃ、じゃあ、役員報酬は?」
『ありません!すべて株主である私に還元です!』
非道。
『大丈夫ですよ。今度一緒にガチャガチャやりに行きましょうね?ニンペの武器コレクションとかいいんじゃないですか?』
……ガチャガチャできればいいか。マブダチとやるガチャガチャとか、楽しそうじゃないか。
ガチャガチャで懐柔される男。有馬誠二郎38歳。実に、情けない。
まあ、そんなことはいいや。
ミッションをこなしていけば、俺は生活していける。就職活動をしなくていいのだ。それで十分だ。
ぷかぷかと浮いているテマリが言う。
『誠二郎、そこの先日届いたダンボールの中に、社印やいろいろな書類が入ってますので。それを持ってクウデリに行きましょう!向こうには先ほど、アポを取っておきましたから!大丈夫です!誠二郎のお気に入りの後藤さんもいますよ!』
彼女は、そんなんではない。そりゃ、後藤さんいなかったら、寂しいけど。
さて、じゃあクウデリに行きますか。
とっとと終わらせて帰ってきてニンペをやろう。今日もアイリスに粘着するのだ。
俺は、ダンボールの中に入っていた社印とか書類のあれこれを、リュックに入れ、背負う。
そしてドアを開け、夏空の下に出る。
真っ青な空に、カンカンと照りつける太陽。そして遠くに見える入道雲。
まさに、夏という感じである。
ふう、今日も暑いな……。
視線を下げる。
そこに涼しげな顔で久遠寺彩葉が立っていた。
「ひゃあああああ!」
※※※
「…………誠二郎さま、驚かせて申し訳ありません。」
しょんぼり気味の彩葉。
「だ、大丈夫だけど、今日はどうしたの?」
今日の彩葉は制服ではなかった。
白いワンピースに、黒いカーディガンを羽織り、同じ色のバケットハットを被っている。お嬢様な出で立ちと、腰に差している刀との違和感がすごい。
彩葉が、小さな口を開く。
「…………昨夜お借りしたカーディガンをお返ししようと思いまして。」
「あれか。わざわざ悪いな。」
地下鉄に乗るために、駅前に今から行くし、なんならこっちから取りに行ってもよかったのに。
「…………こちらこそ、ありがとうございました。昨夜は気にかけていただき、嬉しかったです。……では行きましょうか。」
「え?行くってどこへ?」
何にも約束とかしてないよな?
「…………誠二郎さまが勤めていらした、株式会社クウデリに向かうのでしょう?雨宮さんに、誠二郎さまについていてくれってお願いされたのですが。」
「何それ、どういうこと?」
「…………雨宮さんは用事があるから、私が行ってくれると嬉しいとのことでした。あの会社はレベル至上主義的なところがあるから、私が行ったら面白いことになりそう、などとおっしゃってました。」
「あ、雨宮が?」
そうか、さっきのクウデリ行くって会話、みんな聞かれてたのか。
まさにプライバシーゼロ。さすがティッシュ壁の青葉荘である。
でも……なんで?なんで、雨宮がそんなことを?
「…………雨宮さんには、これを持っていくようにって言われています。」
彩葉がその白い手に持っていたのは、クリップ型の何かだった。
『誠二郎、これはボイスレコーダーですよ。きっと雨宮さんは、彩葉さんをクウデリに送り込んで起きるドタバタを聞きたいんでしょうね!』
なんてフリーダムなやつなんだ。
「…………つい先ほど、雨宮さんはこれを私に渡し、涙を流しながら『なんてボクは運がないんだ!』って言って、タクシーに乗っていかれました。」
なるほど。事情は分かった。
俺にとって、どうでもいいことだということだけは分かった。
「彩葉、別に雨宮の言うこと聞かなくていいぞ?俺一人でも問題ないし。」
「…………いえ、株式会社クウデリはレベル至上主義だと雨宮さんが言っていました。誠二郎さまがレベルに関することで、かなり低く見られているということもお聞きしております。」
キリリと、彩葉の目に強さが宿る。
「…………そんなのは、私は我慢できません。ぜひとも彼らに、誠二郎さまの価値を分かってもらわなければ。」
価値を分かってもらっては困る。クミヒモ神会に狙われてしまうじゃないか。
でも、彩葉の目は据わっている。これは俺が何を言っても聞き入れないやつだ。
まあ……いっか。彩葉の社会経験にもなるかもしれないし。
「今日は学園は?」
「…………創立記念日でお休みです。」
そっか、じゃあ問題ないな。
「わかった。今日は彩葉に用心棒をお願いしようかな。弱っちい俺を守ってくれ。」
「…………誠二郎さまは弱くないとは思いますが……委細承知いたしました。」
彩葉は待たせていたタクシーに乗るよう俺に促す。
また、どうやらクウデリまで、タクシーで連れていってくれるようだ。
俺は貧乏性なので、基本、タクシーなど使わない。
でも正直、この暑い日にエアコンが効いたタクシーは助かる。
一方の彩葉は、こんな暑い日なのに、涼しげな顔をしている。レベル8は暑さにも耐性があるのかもしれない。
羨ましい。
そういえば……小春にきつく言われてたことがあったな。
私服姿の女の子に会ったら、とりあえず服装を褒めろ……だっけ。なんだか小春に調教された犬みたいだな、俺。
まあいいや。素直に思ったことを口にすればいい。
用心棒ということで、俺の後にタクシーに乗り込んでくる彩葉に向けて口を開く。
「彩葉の私服姿、初めて見たかも。よく似合ってるな。」
その言葉に、彩葉が固まる。
俺から視線をそらし、挙動不審になりながらタクシーへと乗り込むと、そのままうつむき、身を縮めた。
「い、彩葉?どうした?」
彩葉は何も言わない。仕方なく俺が運転手さんへ目的地を伝えると、車が動き出した。
……ひょっとして今の言葉、痛すぎたか?
俺、やっちまった?地雷ふんじゃった?
俺みたいなオッサンが言ってはいけない言葉だったか?
『誠二郎!ジゴロ!タラシ!遊び人!色男!』
俺の耳元でそう騒ぐテマリは、実に嬉しそうなのだった。
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