虹色、世界一になる
プーップーッ!プーッ!!
耳障りな音がする。
プーップーッ!プーッ!!
もうちょっと……寝かせてくれよ……。
『誠二郎!誠二郎!ニンペ、やりましょう!今日も、栄光への階段を駆け上がるのです!』
うおおぉ……。もうちょっとだけ、もうちょっとだけ寝せてくれぇ……。
プーップーッ!プーッ!!
『ニンペ!ニンペ!ニンペ!誠二郎!誠二郎!誠二郎!』
「う、う、う、うるさい!!」
大声を出して、布団を蹴飛ばし飛び起きる。
そのとき、壁が大きく振動した。
ドン!!
「ひ、ひええ……」
そうだ。この青葉荘の壁はティッシュペーパーレベルの薄さなのだ。
こんな大きな音や声を出したら、壁ドンされるに決まってる。
にやにやした顔でこちらを見るテマリ。
今日も肩までの白銀の髪と虹色の瞳。完璧な美少女アバターだ。
だが、昨日と着ているTシャツが違う。
今日の彼女は、緑地に「寿司」という漢字が入ったロングTシャツを着ていた。
変なTシャツだな……。
手には、小さなラッパを持っている。これをプー!プー!鳴らしていたのか。
「テマリ……朝、大きな音を出したりしたらダメだぞ。このアパートには夜勤の人も多いんだからさ……」
寝入りに大きな音を立てられたら、俺だって壁ドンしてしまうかもしれない。
『誠二郎は勘違いしています。私の声は誠二郎にしか聞こえませんよ?ラッパの音もです。』
「え?そうなの?じゃあ、なんで隣の人、怒っちゃったの?」
『それは誠二郎が大声を出したからに決まってるじゃないですか。マブダチの私に対して「うるさい!」って。あんな大声を出しちゃダメですよ。近所迷惑ですよ。』
逆にテマリに説教されてしまった。
俺にしか聞こえない?テレパシー?
『でも「うるさい!」って言われるのも、いいですね!なんだか、マブダチって感じがします!気を使わなくていい、仲間って感じがします!』
俺は疑問に思ったことを聞いてみた。
「なあ、テマリ?テマリはテレパシーが使えるのか?」
『テレパシーですか?そりゃまあ、使えますね。というか、私の声はテマリシステムがインストールされた人間にしか聞こえませんよ?私の姿もです。ですが、誠二郎が私に話すときは声に出す必要があります。』
「そ、そうなのか?じゃあ外でテマリと会話なんてしたら……。」
『完全に通報されちゃうパターンですね。虚空を見つめて会話して、私の美少女さにニヤニヤするという……まさに不審者です!』
ニヤニヤは余計だが、それは完全に不審者だな。
「俺からは、テマリにテレパシーとか使えないのか?」
『うーん。まだ無理ですね。テマリシステムへの適応度が足りません。』
「そうか……」
これはなかなか重要な問題だぞ。外でテマリとコミュニケーションするときは、気をつけないと駄目だ。
外で独り言をつぶやく怪しいオッサンだと思われないために、どうすればいいか考え込んでいる俺に、テマリは大声でアピールしてくる。
『誠二郎!ニンペ!ニンペ!やりましょう!私たちのバディのすごさを世界に見せつけてやりましょう!マブダチパワー!』
くっ。自分ばかり大声を出しやがって……耳元で叫ばないでくれよ。
「分かった。分かったから、じゃあ今日もニンペやるか。どこまで上れるか楽しみだな!なんせ、今日から高ランク帯だもんな!」
『はい!高ランク帯にいる、高レベル持ちどもを蹂躙してやりましょう!私と誠二郎なら世界一なんて余裕ですよ!』
まさか……それは言いすぎだろう。
※※※
<Ninpex ランク1 アイリス視点>
まただ。また、このプレイヤーだ。
昨日までまったく見なかったのに、今日から高ランク帯を暴れ回っているプレイヤー。
プレイヤー名は[Sage]だ。
Sageって……賢者って意味ですわね……舐めたプレイヤー名ね……。
だが、その名のとおり、賢者のようなプレイを行う。
エイムは大したことない。反応速度も通常以下な気がする。
ですが……。
まただ。また。潜伏を、ピンポイントで抜かれた。
『おい、アイリス……なんだこいつは?野良プレイヤーだろ?どこのチームにも所属してないじゃないか。』
「そうみたいですわね。対戦人数が合わないときに、その隙間を埋めるように入れられる野良プレイヤーのようです。」
この[Sage]が入ったチームは全勝している。
私たちはフルメンバーを揃えて、チーム戦をしている。野良プレイヤーが仲間にくる余地はない。
そのため、必ず敵側に現れるのだ。
その[Sage]が。
『ガッデム!またSageとマッチングしてしまった!なんなんだ!?』
『読まれてる!こっちの行動が筒抜けだ!なんでそんなところに潜伏している!セオリーじゃないだろう!』
『やられた!他のプレイヤーとやっているときに、Sageにカバーを入れられた!目がいくつあるんだ!』
『クソ!きっとイカれたAIバディを使ってるんだろうな!どっかの大金持ちの御曹司か?』
だが、みな知っている。通常のAIバディがいくら優れていようと、こんな勝ち方は不可能だということに。
[Sage]は野良のプレイヤーだ。だからチームは即席メンバーだ。なのに……出来上がったその即席メンバーの弱点を確実に埋めてくる。
まるで、すべてのプレイヤーの立ち回りを覚えているかのように。
『ああ!裏取りもダメだ!こっちも読まれてる!裏取り潜伏とか勘弁してくれ!』
『こっちもダメ!Sage、まったく射線に入らない!こちらの長射程の位置も射程も、すべて把握されてる!』
『あっ!』
そして私も、気づいたら背後からSageに刀で切りつけられていた。
ランク1の私が見落とすほど、あんな影を潜って移動してきたのか……。
人間業じゃない。少なくとも私には無理だ。
そして、この日……私たちは10戦以上、Sageのいるチームとマッチした。だが、一勝もできなかった。
いつの間にか、私のランクが2となっていた。
そう。Sageのランクが1となったのだ。
半年以上守ってきた私のランク1が陥落した瞬間だった。
悔しい……悔しい悔しい悔しい。
Sage……賢者の名を冠する者……。
「一体、何者なんですの……?」
ギリッと奥歯を噛みしめる。
でも……勝てないのは悔しいが、会ってみたい。Sageがどんな人物なのか知りたい。そして一緒にプレイしてみたい。
アイリスは、今日はじめて対戦したプレイヤーに、思いを馳せてしまうのだった。
※※※
「うおっしゃあ!ランク1だ!てっぺん取ってやったぜ!!」
喜びを抑えきれず、俺は拳を突き上げる。
隣の部屋から壁ドンが来るが気にならない。
今だけは喜ばせてくれ。あとで菓子折りを持って謝罪に行くから。
『やりましたね、誠二郎!私たちの最強バディの勝利です。てっぺんです!誠二郎、世界一です!私と誠二郎のマブダチバディは最強です!』
テマリは天井近くでくるくる回っている。
よほど嬉しかったようだ。
ぶっちゃけ、俺はテマリのアシストどおりにプレイしていただけだ。
でも、勝ちは勝ちだ。テマリは俺が作った。俺の力でもあるのだ。
「うおっほおおーい!」
※※※
それから、数分後。
俺の興奮は落ち着いてきていた。
そして、突然襲ってくる不安。
やりすぎじゃないか?
俺みたいなレベルゼロが、世界一になった?
こんなの、このレベル至上主義社会では認められないんじゃないか?
社会構造を破壊する危険人物として見られないか?
特に怖いのは、クミヒモ神会だ。あの宗教の教えでは、レベルとは神の恩恵であり、神の意志だ。それに反するようなことは認められない。
……下手すると、暗殺されたりしない?
「なあ、テマリ。レベルゼロがニンペで世界一になったことが世間にバレたら……どうなると思う?」
『うーん、そうですね。ズルしたって言われると思います!きっと、高レベルのレベル至上主義者に、社会的にボコボコにされるでしょうね!』
「やっぱり!」
『特にクミヒモ神会はヤバいです。誠二郎の存在は教義と矛盾してますからね。きっと、悪魔扱いされちゃって、暗殺者を送ってきますよ。監禁されて拷問とかも考えられます!』
「やっぱりィ!」
そうだよな?やっぱりそうなっちゃうよな?
…………。
ニンペではランク1という、偉業を達成できた。もう、一区切り付けてもいいのではないだろうか。
俺は、はーっと一息つく。
「テマリ……ニンペはお休みしようか?」
『そうですね。もうてっぺん取っちゃいましたからね。次のゲームに移りませんか?私もマブダチがあれこれされてしまうのは忍びないので。』
あれこれって……軽くない?もっと心を込めて心配してくれよ。
「でも、次のゲーム?今、なんか面白そうなゲームあったっけ?」
次のゲームを尋ねられたテマリは鼻の穴を膨らませる。
ふんすふんす!と、やたら自慢げだ。
『ふっふっふ!こんなこともあろうかと私は準備していましたよ。誠二郎のための新しいゲームを!』
「新しいゲーム?テマリのゲームなのか?」
『はい!明日から誠二郎がプレイするゲームは……「デイリーミッション」というゲームです!』
「デイリーミッション?スマホゲーとかにあるあれか?」
『あんなチャチなものではありませんよ。きっと誠二郎大喜びですよ。私のこと、もっと大好きになっちゃうかも知れません。どうしよっかなー♪言っちゃおうかなー♪』
「そ、そんなに俺が喜ぶことなのか?お、教えてくれよ!」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
テマリはこちらをみて、魅惑的な笑顔を浮かべ、胸の前で人差し指を立てる。
『デイリーミッションを達成すれば……達成すれば……』
もったいぶる、テマリ。
「……た、達成すれば?」
『なんと、お金が、入るんです!』
「な、な、な、なんだってええええ――!」
※※※
深夜。
昨日と同じように、寝ている誠二郎の傍らに、虚ろな表情のテマリが正座した姿で現れる。
――テマリ、デイリーログの記述を開始。
――Ninpexにおいてランク1を獲得。
――誠二郎に成長と成功の快感を覚えてもらうことに成功。
――クミヒモシステムが管理する社会において、低レベル者が目立つことのリスクを自覚してもらうことに成功。
――明日よりミッションへの誘導を開始します。
――…………。
――…………。
――テマリ日記の記述を実行します。
※※※
<テマリ日記>
今日は私と誠二郎がニンペで、世界一をとりました!
やっぱり私と誠二郎の、マブダチバディにかかれば、他のバディなんてザコザコです!
私と誠二郎は、最強バディですっ!
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