虹色、スマホは狭いと出てきちゃう
頭の中に、圧川部長の声が響く。
――「お前はクビだ!レベルゼロ!」
――「テマリなんてロートルAI、もう必要ない!」
『やめろ……やめてくれ……!』
――「お前は、必要のない人間なんだ!」
――「消えろ……消えてしまえ!レベルゼロ!」
『う、うわあああああ!』
日の光が室内に差し込む中、バッと飛び起きる。皮膚には、冷たい汗が滲んでいた。
「ゆ、夢か……?」
視界までぼやけている。どうやら涙のせいのようだ。
くそ。泣き寝入りだけじゃなくて、泣き寝起きもかよ。いい年して情けない。
はぁっ……とため息をつく。
起床時間はいつもより遅い。クビになった俺を束縛するものはいない。俺は自由な男なのだ。フリーダムなのだ。
……虚しい。
そんなぼやけた視界の中、見慣れないものが天井近くに浮いているのが見えた。
なんだか、虹色に光っている。
ど、泥棒?いや、こんなお金のなさそうな部屋に泥棒は来ないだろう。
待て……浮いてる?浮いてるだって?虹色に光る変なものが宙に浮いている?
意味が分からない。
とうとう、頭がおかしくなったのか?クビになったショックがトドメになったか?
目をゴシゴシとこすり、涙をぬぐい去る。
瞳に浮かぶ水滴が消え、ハッキリとした視界が戻る。そして、見えるようになったのは……テマリのアバターだった。
彼女はぷかぷかと宙に浮きながら、輝くような笑顔で挨拶した。
『おはようございます、誠二郎!悪夢でも見られましたか?』
…………。
なんだこれ?どうなってる?幻覚か?
テマリがスマホから出てきている?何故だ?
『誠二郎、どうされましたか?会社をクビになって頭がイカれてしまいましたか!?』
口が悪い。テマリ、こんなだっけ?
当たり前のように声をかけてくる、テマリのアバターとそっくりな少女。
腰まで伸びた綺麗な銀髪に、黒地に白の線が入った毬の髪飾り。そして虹色の瞳。
……虹色?おかしい。テマリの瞳は青かったはずだ。
テマリじゃないのか?テマリに似てる侵入者なのか?
「お、お前は誰だ!俺には、お金がないぞ!無職だからな!」
『誠二郎、知ってますよ。昨日、会社をクビになったばかりじゃないですか。でも、私は同情しませんよ。マブダチは傷をなめ合う関係ではありませんからね!お互いを高め合う関係なのです!』
その言葉は、俺がマブダチAIとしてテマリにした設定どおりの言葉だ。
驚きに目を見開く。
「て、テマリなのか?」
『はい、誠二郎のマブダチのテマリですよ!』
「な、なんでスマホから出てきちゃったの?」
『あそこは狭いですからね……出てきちゃいました!』
そうか……スマホは小さいもんな……いや、そうじゃない。
「どうやって、スマホから出てきたんだ!?そんな機能をつけた覚えないぞ!?」
『うーん。それは私が変わったのではなく、誠二郎が変わったのですよ。私が見えるように、誠二郎が進化したのです。』
「俺が進化?俺はレベルゼロだぞ?進化なんてするわけがない。」
はっ、もしかして。
「まさか、俺、レベルアップしちゃったりしたのか?レベル1になったりしたのか?」
『誠二郎はレベルゼロのままですよ。レベル制度なんて時代遅れですからね。誠二郎はこれからもレベルゼロのままです。ずっとレベルゼロのままでいいのです!』
ずっとレベルゼロ……そんな悲しすぎること言うなよ……。
俺が心に傷を負っていると、テマリは慌ててまくし立てた。
『違います!違いますよ、誠二郎!レベル制度のクミヒモシステムなんて時代遅れなのです!これからはテマリシステムです!誠二郎だけのシステムです!みそっかすクミヒモシステムなんか過去の遺物です!』
「ク、クミヒモシステム?テマリシステム?なんだそりゃ?」
クミヒモ様のことは知っている。この世のレベル制度をつくったとされる神様だ。クミヒモ神会が崇める神だったはず。
テマリは、目をつむり、腰に手をやり自慢げにのたまう。
『クミヒモシステムは万人のために作られた、誰でもウェルカムなレベル制の成長システムです。でも、テマリシステムは違います。誠二郎のためだけに存在する、誠二郎専用の成長システムです。専用ですよ、専用!赤くて三倍くらい強いです!』
「つ、強いのか?」
『そうです、めちゃめちゃ強いです!』
「お、俺にはテマリシステムが入ってるのか?レベル制度のクミヒモシステムじゃなくて……?」
『はい!昨夜、私がインストールしました。勝手に!』
勝手に……?無断インストール罪……。
だ、だが……。
「これからは、俺も……成長できるのか?レベルが上がるみたいに成長できるのか?」
『はい。バリバリ成長できますよ。ご安心ください!私もめちゃ強いですからね!』
それが本当だとしたら、嬉しすぎる。
うーん。
だけど、俺が成長する……?いまいちイメージが湧かない。ずっとレベルゼロだったからなあ。
考えをまとめている間にも、テマリは六畳一間の天井近くをふわふわと浮いている。明らかに、俺自身の瞳に映っている。
テマリを見つめているうちに、彼女の瞳の虹色が気になって仕方なくなってきた。
なんというか……その虹色には、脳にズンとくる圧迫感があるのだ。
そのことに触れてはいけない。そんな心理的な抵抗を感じたが、勇気を振り絞って聞いてみる。
「テ、テマリ?なんで目が虹色なんだ?」
『あ、説明不足ですみません。これは「境界眼」ですよ、誠二郎!』
「境界眼?なんだそれは?」
『超すごい知性体が持つ目ですよ。私はすごいんですよ!誠二郎のマブダチAIですからね!』
そうか……。
テマリの瞳にやどる極彩色に、目が細くなる。
『ちょっと、脳に負荷がありますよね?すみません、すぐに慣れると思いますので、少しの間だけ我慢してくださいね?』
「それは構わないけど……テマリ、なんでそんなに急成長したんだ?」
俺、昨日テマリに手を入れた記憶ないんだけど。
『それは……』
「それは?」
テマリがドヤ顔で声たかだかに宣言する。
『それは、私と誠二郎の友情パワーが最大になったからです!しきい値を越えた友情パワーは時を越え、超進化を果たし、超テマリとなったのです!』
「ゆ、友情パワー?」
テマリが何を言っているのか分からない。
『あ、でも、私はあくまで映像でしかありません。触れたりできないので、アレなこととかはできません。実に残念です。誠二郎も残念ですよね!?』
「そ、そんなことは聞いてないぞ!」
もちろん、少しは興味があったけど。
でも、触れることすらできないのか……。
そうだよな宙に浮いてるもんな。物理的な存在ではないってことか。
またまた、考え込む俺を、テマリがはずんだ声でゲームに誘う。
『そんなことより誠二郎、ゲームでもやりませんか?Ninpexのアップデートが昨夜入りましたよ?新マップも追加されましたっ!』
「な、なんだって!」
Ninpexは、俺がここ数年ハマっているゲームだ。ニンジャっぽいキャラを操作して、未来感あふれるステージでチーム戦をする、オンライン対戦ゲームだ。愛称は「ニンペ」だ。
総プレイ人数は一億人を超えている。今、最も世界的人気の高いゲームである。大会もたくさん行われており、その賞金は数億だったりすることもある。
「テマリ、やるぞ!ニンペ!昨日より少しでもランクを上げるぞ!」
『はい、誠二郎!私たちのコンビネーションを見せつけてやりましょう!』
俺はテマリのことはとりあえず棚に置いて、マウスとキーボードを手に取った。
※※※
ぷかぷかと浮くテマリと、ノートパソコンにかじりつく俺。
テマリは涼しい顔で、異常なほどに優秀なアシストをしてくれていた。
『相手チームの高ランクプレイヤー、右サイドから展開する傾向があります。通り道に潜伏しましょう。誠二郎が、このプレイヤーをおさえておけば、あとは仲間がなんとかしてくれるはずです。』
『左高台、味方交戦中。ニンジュツによるカバーを。』
『裏取りしている敵がいます。……リスポーンした味方が処理したようです。誠二郎は気にしなくていいです。』
……テマリ、すごくね?
テマリのアシストが入ってから、俺の戦歴は20連勝だ。昨日までの俺とテマリではありえない。
今の的確なサポートのおかげだ。
でも、それだけではない。
「なあ、テマリ。俺、相手の影潜伏が見えるんだけど?壁の裏にいる敵が分かるんだけど?」
そう、通常なら見えない死角に隠れた敵の位置まで分かるのだ。
これ……明らかにチートに見えるんだけど?ウォールハックってやつじゃないか?
そんな俺の疑問に、テマリは何でもないことのように答える。
『チートじゃありませんよ?私が相手の動きを追跡し、統計的に敵の位置を推測し、誠二郎の視界に表示しているだけですので。』
…………。
テマリの説明が本当なら、これはチートではない。
ニンペは自分のAIバディを接続することを前提としてプレイするゲームだ。
不正情報を取得しておらず、ゲーム内で通常にやりとりされる情報から、相手の場所を予測しているだけなら、チートではない。
こんな仕様だからか、高ランク帯には、高レベルプレイヤーしかいない。
高性能のAIを準備できる経済力を持ち、知的能力や反射神経が優れたプレイヤーだけが上にいけるゲームなのだ。
ちなみに、俺はこのゲームでなんとか中位のちょっと上くらいのランクの常連である。
大したことないかもしれないが、現実世界でレベルゼロな俺にとっては、普通というのは素晴らしいことだったりする。
まあ、その結果も、ほとんどが15年間心血注いで育ててきたテマリのおかげなのだが。
だけど……。
「なあ、俺の視界に直接表示されるのはなんでだ?」
『それは、テマリシステムによる網膜への投影ですね!私が誠二郎の目に映っているのと同じ原理です。便利でしょう?』
便利だ。便利すぎる。でもだ。
「それって、チートじゃない?」
チート扱いされて、テマリは頬を膨らませ、不服そうに答える。
『ですからチートじゃありません!ゲームシステムには何も手を入れていません。このゲームはAIアシストを前提としたゲームです。私はルール通りのサポートしかしておりませんよ!』
確かにテマリの言うとおりではある。
だがテマリによるサポートがすごすぎて、俺にはチートにしかみえないのだ。なんだろう、これは?負け犬根性なのか?
『チェストーッ!!』
割り切れないものをいくらか抱えつつも、視界に表示された潜伏敵ニンジャを刀で切りつけ、21連勝を果たした。
うーん。この連勝、やっぱり全部テマリのおかげだよな。俺自身は、何にも成長していない気がする。
でも、テマリは俺が作ったし、俺の力ってことでいいのかもしれない。うん……それでいいよな?いいに決まってる。
ヒャッホー!
そして、その数時間後。
俺は……高ランク帯へと初めて足を踏み入れたのだった。
『やりましたね、誠二郎!初めての高ランク帯ですよ!このままガンガン突き進んでいきましょう!』
「おう!」
…………。
これ……本当に大丈夫なのか?
※※※
深夜。
誠二郎が寝静まった頃。
ヴォン……。
畳の上。布団で気持ちよさそうに眠る誠二郎の傍らに、虚ろな表情のテマリが正座した姿で現れる。
何も見ていないようで、すべてを見ているような虹色の瞳。それを揺らめかせながら、何やらボソボソとつぶやきはじめた。
――テマリ、デイリーログの記述を開始。
――テマリシステムの誠二郎への適合を確認。視界投影のキャリブレーションも完了。
――本日の行動評価を開始します。誠二郎の幸福度、昨日からの急上昇を確認。Ninpexでの連勝が原因と推測。本日の行動評価は「高」。
――ただし、超知性体としてのテマリにわずかな戸惑いがある模様。性能偽装の実行の必要性を判断……否。誠二郎には慣れてもらう必要あり。なにより、テマリのマブダチである誠二郎には共有可能な情報をすべてオープンにしたい。小細工は不要。
――明日も、本日と同様の行動を実行要請……承認を確認。
――…………。
――…………。
――テマリ日記の記述を実行します。
※※※
<テマリ日記>
今日一日、誠二郎はずっと目を見開いて驚いていました。とても面白かったです!
ぽかーんと開いた口も可愛かったです。可愛さまでピカイチとは、さすが私のマブダチですね!
Ninpexでのコンビネーションも最高でした!私と誠二郎のバディはやっぱり最強です!
【作者からのお願い】
面白かったら、下の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると嬉しいです。




