虹色とハイエナ雨宮
俺の部屋の玄関で、彩葉が土下座している。
彩葉って、よく土下座するよな。これで見たのは三回目ぐらいかな。申し訳ない気分になるから、止めて欲しい。
いや、待て。なんで小春もいる?俺と小春のつながり、とうとう彩葉にバレたのか?
まあ、普通にバレるか。有馬なんて、そうある名字じゃないし。
そういえば……なんで玄関のドアが開きっぱなしなのだろう。蚊が入ってくるじゃないか。
そして俺は気づいてしまう。ドアが紙みじんに切り裂かれ、その角ばった欠片が床に落ちていることに。
なるほど……彩葉がやったのか。だから土下座しているのか……でもなんで?
「おじさん、彩葉さまを許してあげてよ。あれは仕方ないよ。おじさんたちの声、外に漏れてたもん。彩葉さまはおじさんが襲われてると思って、助けようとしたんだよ。きっと。」
「そ、そう?外まで丸聞こえか。……でも、まいったな。こういうドアって、きっと高いんでしょ?」
今日のデイリーの三万じゃ無理だろうなあ。また、俺は一文無しになってしまうのか。
「…………ドアに関しては、久遠寺家が負担して、すぐに直しますゆえ。誠二郎さま……誠に申し訳ありません……。最初の時と同じで、私、勘違いばかりして。」
うつむいた彩葉からは、ぽたぽたと涙が落ちている。
いけない。こんな真面目な少女を泣かせるなど、大人失格である。
「誰にでも間違いはあるから。彩葉は気にしなくていいよ。でも、ドアを直す手配だけは、お願いしていいかな?俺、今一文無しに近いんだよ……」
罪悪感を消してやるためには、何か要求をしてやるのが一番だ。そういうものだ、きっと。
「……もちろんです!」
彩葉は鞄からスマホを取り出すと、すぐにどこかに連絡を入れる。どうやら、暗くなる前には直してくれるとのことだ。うん。それならこちらには文句はない。
さすがに、ドアなしは困る。俺を狙うやつはいないだろうけど、80万円のゲーミングマシンを狙うやつはいるかもしれない。
ゲーミングマシンだけは守らなければいけない。
「もう大丈夫だから。気にしないでよ。ん……?誠二郎さま……って?彩葉って俺のことそんな風に呼んでたっけ?」
彩葉がモゴモゴと口を動かす。
「……あ、有馬様と呼ぶのは、小春がいるので、ま、紛らわしいかなと。もちろん誠二郎さまがお嫌なら、元に戻しますゆえ!」
彩葉の顔は真っ赤だ。
ぐっ。すごく可愛い。女性恐怖症でよかったかもしれん。でなければ、道を踏み外していてもおかしくない。
そこに食いついてくるハイエナ雨宮。
にやりと笑い、彩葉をからかう。
「そうだよね。小春くんがいるなら、確かに紛らわしいかな?ボクも有馬のことを誠二郎って呼んじゃおうかなー。」
「……よ、呼び捨てですか?それはさすがにはしたないのでは?まさか……雨宮さんは、誠二郎さまと、お、お、お付き合いをされているのですか?」
そんなわけがない。俺は無職な女性恐怖症のレベルゼロだぞ。舐めないでいただきたい。
「んー。そうだね?今はまだ、ご近所さん付き合いってところだな。有馬はボクの取材対象だしね!ボクはお隣さんだし、有馬の部屋にも頻繁に来てるしさ!有馬だってボクの部屋に来たことあるんだよ。いつ関係が変わってもおかしくないだろうね。」
こいつ、まあ、思ってもいないことをペラペラと……。
チラチラと彩葉を見ながら、得意そうな顔をする雨宮。
彩葉はどこか悔しそうな顔をしている。
「……わ、私も、この青葉荘に引っ越してくれば。」
絶対に、やめてくれ。
雨宮が続ける。もう口を開かないでくれ。頼むから。
「それにボクは、有馬の女性恐怖症の克服に手を貸してるからな。スキンシップもこれから増えてくだろう。単純接触効果だっけ?ボクと有馬、どんどん、親密になっちゃうかもなあ……」
「……そ、それなら私が、私がやります。誠二郎さまには大恩がありますので!」
「うーん、ボクもあんまり彼に借りを作りたくないんだよね。一方的に取材させてもらってるのも、なんだか申し訳なくてさ。」
そんなこと思ってもないくせに。
っていうか、これはなんだ。俺の部屋で何が繰り広げられているんだ。勘弁してほしい。
「……う、うううっ!」
ぎりっと、彩葉が奥歯を噛みしめる音がする。
瞬間、とてつもなく重い空気が部屋の中に広がった。彩葉の威圧だろう。
「ひ、ひいいいぃ!」
雨宮がその直撃を受け、顔を青くする。
そして、慌てて俺の後ろに隠れる。
「あ、有馬?か、彼女、LVは?」
「……レベル8だ。」
「れ、レベル8!レベル8だって!」
雨宮はドンと俺を突き飛ばす。
「ふべっ!」
レベル6の怪力で畳に倒される俺。
雨宮はキラキラとした瞳で彩葉を見つめている。
「彩葉くん!キミ、レベル8って本当かね!」
急に態度が変わった雨宮に毒気が抜かれたのだろう、彩葉の威圧が消える。
「……え、ええ。有馬様のご助力で、先日レベル8に至りました。」
「レ、レベル8……有馬の助けで……だって?ふ、フォーーー!!き、き、聞かせてくれないか!有馬の女性恐怖症克服助力の権利、譲るから!どうやって!レベル8に至ったのか!聞かせてくれよおぉ!」
うーん、そろそろもう別の場所でやってくれないかな。
俺、ニンペしたいんだけど。
80万円のゲーミングマシン、まだあまり使えてないんだよな。
せっかく買ったのに。
静観していた小春が声をかけてくる。
「おじさん、なんでこんなにモテモテなの?」
「モテモテ……?彩葉はまあ年上に甘えたいだけだろ?雨宮には、俺、遊ばれてるだけな気がするし。」
「おじさん……鈍いねえ……たとえそうだとしても、好意を持ってない相手に二人ともこんな態度取ったりしないよ。」
「そうかあ?」
女性からは、今までひどい目に遭いすぎてきた。正直、俺には色恋沙汰は無理だと考えている。相手の問題ではない。俺が女性を信じられないのだ。友達でいい。友達がいい。
パンパン!
手のひらを二回叩いて、何やら話し込んでいる彩葉と雨宮の注目を集める。
「とにかくだ!彩葉に女性恐怖症の治療は頼めない。彩葉はまだ学園生だ。そんな子にお願いできることじゃない。」
「…………そうですか。」
そんな悲しそうな顔をしないでくれよ。
「あと雨宮。あまり俺の周りをかき回さないでくれ。じゃないと取材の話はもうなしだ。」
「う!分かったよ……ごめんな、有馬。」
「…………ですが、私は誠二郎さまには大恩もありますし、ご迷惑もたくさんおかけしました。何もしないわけには。」
そう言うと、彩葉はしょんぼりとした。
その姿が小さかった頃の小春に重なる。
俺は彼女の頭にぽんぽんと二度、優しく触れ、笑顔を作る。小さな子をあやすように。
「だから、言ったろ?俺たちみたいな低レベルな人間が生きやすくなるような社会を、久遠寺彩葉が作ってくれよ。それって、彩葉みたいな高レベルの人しかできないと思うしさ。」
ゆでだこのように赤くなる彩葉。
なんでそうなるのか不思議に思っていると、小春が耳打ちしてくる。
「おじさん、これラブだよラブ。頭をポンポンされて顔を赤くするなんて、ラブしかないじゃん。どうするの?さすがに歳、離れすぎでしょ?」
……マジ?そんなことあるか?
「ち、小さい時の小春を思い出してつい……」
俺の言葉に、小春は呆れたような声を出す。
「はあ……もう、知らないからね!?彩葉さまに変なことしないでよ?不誠実なことしたら、許さないからね!」
「するかよ!」
彩葉が呆けたような声を出す。
「…………この頭……当分洗いません。」
頼む。頼むから、洗ってくれ。
その後、絶対に洗わないと頑なに言い張る彩葉を説得するため、また頭をポンポンするという約束をしてしまった。
俺、なんかドツボにハマってないか。
※※※
その後、外も暗くなり始めたので、彩葉と小春は帰っていった。
彼女たちが帰る前に、部屋のドアも業者によりピカピカなものへと取り替えられていた。さすが久遠寺家である。
ちなみに、雨宮は部屋に残る気満々だったようだが、「夜分に男女が二人きりでいるものではありません」と、彩葉に連れられていった。
帰るよう促され、少しだけ抵抗した雨宮だったが、また明日があると思ったのだろう。素直に自分の部屋へと帰っていった。
『いやー、誠二郎、どんどんモテモテになりますね!マブダチとして誇らしいです!』
テマリは相変わらずだった。
「モテモテ、モテモテってさあ……。そんなことより、俺は疲れたよ。ニンペもできないし。それに彩葉と恋愛関係なんてありえんだろ。」
『そんなことはありませんよ?誠二郎は、ほぼ不老ですしね。』
「は?不老?」
『今相手が18歳で誠二郎が38歳だとしても、50年後には68歳と88歳なわけです。ほら?なんとなくアリな気がしてきません?高レベル者は老化もほとんどしませんし、彩葉さんは68歳でも若く美しいと思いますよ?』
「ちょ、ちょっと待て。それより、俺が不老?そんなの初めて聞いたんだけど。」
『あれ?言ってませんでしたっけ?』
「聞いてないよ!」
『そうですか……忘れてたみたいですね!テマリシステムがインストールされたものは、ほぼ老化が発生しないんですよ!クミヒモシステムなんかとは違うのです!』
ぷかぷかと浮かびながら胸を張るテマリ。
そうだったのか……なら、アレは?アレはどうなんだ?
テマリに、気になったことを聞く。俺にとっては大切なことだ。
「ち、ちなみに容姿補正は?イケメンになったりする?」
『それはないです!』
即答だった。
「なんで!」
『だって、人間なんて皮一枚ひっぺがしたら、皮下組織と筋膜の集合体ですよ?美しさもへったくれもありません。みんな同じです!「美貌は皮一重」ってやつです!本当の美しさ!真の美しさというのは、心の内側に宿るものなのです!』
「そ、そりゃ、分かるけどさ……生きづらさが変わってくるんだよ……」
『いいじゃないですか。誠二郎の魅力が分からない見る目のない方など、相手にしなければいいのです!大丈夫です、マブダチの私が保証します!誠二郎は、素晴らしいクールガイですよ!』
そうなのかなあ……
『それよりも、誠二郎に残念なお知らせです。メインミッションが発生してしまいました。』
「はあ!?」
マジかよ。今日はもうクタクタなのに。ニンペやりたかったのに。
だけど今日中に終わらせなければ、明日の三万円がなくなってしまう。逆に、今日中に終わらせられれば、今日の収入が九万円だ。明日のデイリーミッションも発生する。
結局、無一文に近い、俺に選択肢などないのだ。
テマリが元気よく声を出す。
『誠二郎、とっとと終わらせて帰ってきてから、ニンペをやりましょう!行きます!』
ドゥルルルルル……パンパカパーン!
視界表示に、メインミッションのメッセージが現れる。
――――『青葉中央公園に発生した犬型害獣三体を駆除せよ。』
……無理じゃね?
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