虹色と彩葉とバッドタイミング
<久遠寺彩葉視点>
私は今、小春と駅前のカフェに来ていた。
こういうところには友人によく連れて来られていたが、自分から誰かを誘ったのは初めてだった。
私は、人と話すのがあまり得意ではないのだ。
「え、えへへへへ!彩葉さまとカフェでお茶なんて、光栄ですね。」
小春は頭の後ろに手をやり、顔をほころばせている。
やはり、小春と有馬さまは似ている。いや、顔ではない。顔ではなくて……そう、雰囲気だ。雰囲気が似ているのだ。
「…………小春、強くなったね。何か、有馬家の秘伝でも?」
「いやだなあ!彩葉さまのお役に立つようなもの、私は持ってませんよ!なんせ学園初のレベル8ですもんね!この国にも10人いないとか!」
「…………ねえ、私がどうやってレベル8になったか、知ってる?」
「いえ、まったく?……彩葉さま、秘密にされてますよね?もし秘密にされてなかったら、今時学園中に知れ渡ってるでしょうし。」
「…………小春、鋭いね。秘密にしてる。」
「それ、なんでなんですか!?やはり、久遠寺家の秘伝とかそういうのがあったり!?」
小春は身を乗り出してくる。
「…………ううん。私がレベル8になれたのは、あるお方のおかげ。」
「あるお方?」
「…………小春、秘密にしてくれる?あのお方にこれ以上迷惑をかけたくない。」
「も、もちろんです。彩葉さまが秘密にとおっしゃるなら、おじさんを人質に取られても話しませんよ!」
おじさん?誰?
小春は眉を寄せ、うーんとうなり始める。
「でも、なんで私に秘密を話すんですか?特にお役に立てそうなことはないと思うのですけど?」
「…………小春にしか話せないから。」
「わ、私にしか話せない!?え、えへへへへ!承知しました!この有馬小春!絶対に、彩葉さまを裏切らないと誓いましょう!」
そう言って胸を張る小春。本当に快活な子だ。
「…………実は。私をレベル8にしてくれたのは……。」
――「有馬誠二郎さまなの。」
「……へ?」
…………。
二人の間に、数秒の沈黙が流れる。
小春は想像もしていなかったのだろう。
目を大きく見開き、大声を出した。
「え、え、えええええええええ!!!」
「…………小春、声が大きい。秘密だから。」
「あ、すいません……。」
小春はキョロキョロとあたりを見回し、そして前かがみになり、私に顔を寄せてくる。
「……で、でも誠二郎おじさん、レベルゼロですよ?おじさんは面白くていい人だけど、彩葉さまのお役には立てないと思いますよ……?人違いでは?」
やっぱり。やっぱりだ。有馬さまは小春の関係者だった。おじさんってことは……小春は有馬さまの姪か何かなのだろうか?
「…………うん。合ってる。有馬さまはレベルゼロ。その有馬さまで間違いない。」
子猫を必死に守ろうとするあの姿、私を害獣から助けてくれたあの姿、そして……私に新しい戦いを教えてくれたあの姿。
思い出すと、つい顔が熱くなってしまう。
あ、有馬誠二郎さま……。
そのとき、私の体に電撃が走った。
待って……小春の姓も「有馬」だ。なら、あのお方を「有馬さま」と呼び続けるのはおかしいのではないだろうか。
どちらのことを呼んでいるのかわからなくて、混乱してしまうのではなかろうか。
わ、私は彼を『誠二郎さま』とお呼びするべきでは……?
か、体が震えてきた。
落ち着け、落ち着くんだ私。こんなことで心を惑わす私を、せ、誠二郎さまの関係者に見せるわけにはいかない。
「あ、彩葉さま?お加減でも悪いのですか?やっぱり、誠二郎おじさんが何かやっちゃいました?私が、叱っておきましょうか?」
誠二郎さまは叱られるようなことはしていない!私は小春のその言葉に、過剰に反応してしまう。
「……ダメッ!有馬さまは悪くない!せ、誠二郎さまは悪くない!」
強い否定の意志から発せられたレベル8の威圧が、カフェの店内に放たれる。
シーンと静まり返る店内。
「い、彩葉さま?秘密なのでは?そんな大声を出されては……?」
少しだけ青ざめた顔で、私を見る小春。
いけない!誠二郎さまの関係者を怖がらせてしまうなんて……!
「……ごめんね、小春。あ、あの、小春にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「それは構いませんが……私にお願いですか?」
そして私は小春に伝えた。
先日あったこと、誠二郎さまに謝りに行きたいこと。
今の私が誠二郎さまと二人でいると、また誠二郎さまに迷惑をかけてしまう。
ならば、誠二郎さまと親しい小春に間に入ってもらうことで……誠二郎さまと正々堂々とお会いできるのではないかと。
私はそう考えた。
「……なるほど……なるほど。……話はわかりました!では、善は急げです!今から参りましょう!」
そんな小春の突然の提案に、反射的に腰が引ける。
「……い、今から?こ、こ、心の準備が。」
……甘えるな私。
心の準備だって?私は何を言っているんだ?
この世は常在戦場ではないか。常に戦場にいる。そういった心構えで生きてきたはずだ。
甘ったれるな、私。
「…………小春、お願いできるかな?」
「もちろんです、彩葉さま!私も誠二郎おじさんにいろいろ聞きたいですしね!」
そして、すぐに席を立ち、誠二郎の住む青葉荘へと向かう二人なのだった。
※※※
<有馬小春視点>
彩葉先輩が誠二郎おじさんにあそこまでの興味を持つなんて……。
おじさんには一体何があるのだろう。
おじさんは私が小さい頃から優しくしてくれた。
父親も母親も忙しく、私にあまり構ってくれなかった。
有馬家において、一番たくさん一緒に遊んでくれたのが誠二郎おじさんだった。
だけど、おじさんはレベルゼロ。有馬家の出来損ないだなんて呼ばれていた。
でも、おじさんは諦めなかった。そこそこいい大学に、レベルの恩恵なしに入学し、テマリという優れたAIまで作り出していた。
テマリを作った理由というのが、これがまた、もの悲しかった。おじさんの親友の友真さんが海外留学でいなくなったときに、その寂しさに耐えられなくなったからということだ。
それだけ、おじさんの味方になってくれる人が少なかったということかもしれない。
そして、たとえそんな理由であったとしても、テマリは、おじさんがレベルの恩恵なしに作った。
自分の力だけで作り上げたのだ。
たとえそのAIが……レベルの恩恵のある人が作ったものよりも劣るAIであったとしてもだ。
そんなおじさんの姿を見てきたからだろうか。私はこのレベル至上社会に違和感を覚えていた。
もちろん、そんなことは表に出さない。表に出した時点で、異分子となり、排除されてしまうからだ。
大っぴらにはできないが、私は誠二郎おじさんを尊敬している。
そして今。聖藍学園の歴史において初めて現れたレベル8を持ったお方。
久遠寺彩葉さまが、誠二郎おじさんを気にかけてくれている。
誠二郎おじさんのことを話す彩葉さまは、可愛らしい。なにやら顔を赤くしたり、モジモジしたりと、まるで恋する乙女のようだった。
だけど、おじさんと彩葉さまの間には、年の差がある。それに、レベル8の人間がレベルゼロの人間を好きになったりすることがあるのだろうか?
恋愛とは別の感情なのかも知れない。……ただの憧れとかなのかな?
私には、よく分からない。
でも、そんなことはどうでもいい。
レベル8というとんでもない高レベルの彩葉さまが、誠二郎おじさんのことを認めてくれている。
私は、ただただ、それが嬉しかった。
※※※
青葉荘にはすぐに着いた。
相変わらずボロボロの建物だった。
カンカンカンと音をたてながら金属の階段を上り、私と彩葉さまは、二階の角部屋にある誠二郎おじさんの部屋のドアの前に立つ。
インターホンを押そうとしたときだった。
ドアの向こうから声が聞こえてきた。
誠二郎おじさんと、知らない女の人の声だ。
女の人の声は実に楽しそうだった。
『ほら……ほら……これならどうだ?こんなのはどうだ?』
『ぐうっ!うはっ!ああっ!待って、限界!限界かも!』
対する誠二郎おじさんの声は、何かを我慢しているような……そんな調子だった。
なんだ、誠二郎おじさんもやることやってるんだ。
おじさんを見てくれる人が他にもいることに安心したと同時に、隣の彩葉さまの様子が怖くて見れない。
レベル8の威圧……ちょっと漏れてきてるよおぉ……。
『こんなので限界なのかい?有馬、キミは情けないな!もうギブアップなのかい!?恥ずかしくないのかい!?』
『あ、ああああ……出る、出てしまう!』
ドアの向こうから、おじさんの情けない声が聞こえてくる。
で、出る?何が?
こ、これは不味いのではなかろうか?
恐る恐る彩葉さまの方に顔を向けると、彼女は体をプルプルと震わせ、信号機のように顔を赤くしたり青くしたりしていた。
いつもの冷静沈着な彼女はそこにはいなかった。
せ、誠二郎おじさん!何をやっているのぉ!
タイミングっ。タイミングぅっ!!
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