虹色とピンチの誠二郎
「有馬……ニンペで世界一のプレイヤーなのか?」
雨宮は眼鏡の裏で大きく目を見開く。
「キミは……あの1億人以上がプレイするゲームで……その頂点に君臨しているのか?」
…………。
しくじった。
そうだった、一試合を終えた直後だった。リザルト画面が出てて当たり前じゃないか。
俺は自分のあまりの迂闊さに固まった。
『誠二郎!すっとぼけましょう!大丈夫です、雨宮さんならいろいろ裏の事情まで考えて理解してくれるはずです!』
そ、そうだ。とぼけよう。それしかない。
冷静になれ。
レベルゼロの俺がこんなことできるわけない。
普通の人間ならそう考えるはずだ。ならば……
「ああ、これか。画像編集ソフトでちょっとリザルト画面をいじってさ。妄想を膨らませてたんだ。」
「画像編集ソフト?」
雨宮は困惑した顔をしている。
「俺ってレベルゼロじゃん?だからさ、もしレベルが高くて、ニンペでランク1になれたらどんなふうに見えるかな……って思ってさ。いやー、まさか雨宮に見られるとは!は、恥ずかしいな。」
完璧だ。
即興にしては、完璧なごまかしだ。
『ナイスです!誠二郎!誠二郎はすっとぼけるのも天才なのですね!さすが、私のマブダチです!』
「こ、こんなの見られたら恥ずかしいし、画面消すからな。」
そして、ささっとディスプレイの電源を切り、キーボードを操作してニンペを強制終了する。
よし。ボロを出す前に、ディスプレイの表示を消し、ニンペも終了できたはず。ここまでの流れは完璧だ。
雨宮はじっと俺を観察している。
な、何ですかね?
「ふむ……さっきの画面は、有馬が作った妄想のリザルト画面だったと?」
「そ、そうだ。」
「実際のニンペの画面ではなかったと?」
「も、もちろんだ。」
まずい。明らかに、今の俺、挙動不審だよな。
雨宮は、ふんと鼻を鳴らし、畳みかけてくる。
「じゃあ、ニンペを立ち上げて、ボクに見せてくれたまえ。」
当然そうなるよな……。だが、ここで引くわけにはいかない。
唸れ、俺の脳細胞。
全力で、すっとぼけネタを導き出して、雨宮の追求を回避するのだ。
「ちょ、ちょっとプレイヤー名が恥ずかしい名前でな。今、見せたくなくて。あ、あとでその名前を変更してから見せるよ。」
リアルな知人には知られたくない、そんなプレイヤー名を使っている人は山ほどいる。
『う◯こモリモリパワー』
とかそういう恥ずかしい名前だ。
おかしくないはず。おかしくない理屈のはずだ。
おかしくないはずなのに、雨宮は眉を寄せ、俺の様子を観察していた。
そ、そんな熱い視線で見ないでくれよ……。
そして目を閉じ、自らの顎をトントンとたたき始める。何やら考えているようだ。
数秒後、彼女はハッとしたような表情をすると、ボソリとつぶやいた。
「なるほど、クミヒモ神会か……。」
そして、ニヤリと笑う。
「有馬の事情は分かった!完璧に理解した!要はあの組織や他の人にバレなければいいのだろう?」
完全に見抜かれている。
『もう、無理ですね。誠二郎、ランク1であることは認めちゃって大丈夫です。自力でそこに達したって言っても彼女なら大丈夫でしょう。いざとなれば、私がなんとかします。』
なんとかするって、なんだよ。
実際にクミヒモとつながりがありそうなテマリだからな。なんとかなるのかもしれないが。
……怖いことはやめてくれよ?
仕方ない。認めるしかないか。
「……そうだな。だいたい雨宮の考えている通りだよ。だってあいつらにこれがバレちゃったら、俺、どうなっちゃうかわからないだろ?」
クミヒモ神会の教義では、レベルとは神の恩恵だ。それに反するような事象は、彼らにとって許されない。
ゲームといえども、レベルゼロが高レベル連中を差し置いて、世界一を取ったとなると、何をしでかしてくるかわからない。
「有馬の心配ももっともだな。だが安心しろ、私は小説家だぞ?お前みたいな面白い題材、ネタの宝庫を明け渡したりするわけないじゃないか!」
小説家って職業のことはよくわからないけど、そういうものなのかな?
雨宮は鼻息を荒くする。
「素晴らしい!素晴らしいぞ、有馬くん!ボクは本当にラッキーだ!こんな面白そうな人間に出会えるなんて!貧困生活取材のために、青葉荘に引っ越してきて、本当によかった!」
ひ、貧困生活取材?
そんな理由で、雨宮はこの『青葉荘』に引っ越してきたのか。ひどすぎる。
彼女の暴言カミングアウトに呆気にとられていると、雨宮はプルプルと震え始めた。
そしてブツブツと、小さくつぶやき始める。
「ボクのものだ……ボクのものなんだ……。」
彼女の白い肌が、どんどん赤く染まっていく。
あ、嫌な予感がする。
「うううっ!もうだめだぁああ!これはボクのネタだあぁ!!誰にも渡さないからなぁ!」
自分の感情を抑えきれなくなったのか、雨宮はガバーッと抱きついてくる。
ああ、またこの展開か。
なんで、俺の周りの女性は、興奮すると抱きついてくるのだろう。俺、おっさんだぞ?いいことないぞ?
だが俺は負けない。今回は少しでも耐えてやる。嬉しい感覚を味わうのだ。
ふわっと香る雨宮のシャンプーの香り。首筋に当たる、雨宮のすべすべの肌。
嬉しいけど、体が受けつけないこの感覚。
あ、やっぱり無理そう。まだ俺には早かったみたい。
「き、き、き、きゃああああああああ!!!!!!!!」
野太い。おっさんの声で響く、乙女な叫び声。
テマリは天井近くでぷかぷかと浮かびながら、だらしなく横になっていた。今日のTシャツに書いてある文字は、『モテ男』だった。
『誠二郎はモテモテですね!でも、誠二郎の生殖行動が見られるのは、まだまだ先になりそうです……残念です。』
雨宮のレベル6の怪力で完全にホールドされ、大騒ぎしている俺を見て、テマリはそんなことを思ったのだった。
※※※
<久遠寺彩葉視点>
聖藍学園武道館。
レベル8となった私は、竹刀を構えていた。
相手は三人。短髪の男子生徒とショートカットの女子生徒、そしてポニーテールの女子生徒だ。
私が竹刀を持っているのは、私がレベル8であるからだ。レベル8の者が放つ斬撃は、威力がありすぎるのだ。
竹刀を構え、彼らと向かい合う。
……だが、三人とも、一向にかかってくる気配がない。
私に斬撃が当たるイメージが湧かないのかもしれない。
仕方ない。少しだけ隙を見せてみよう。
ちらりと武道館に掛かる時計を見る。
わざと作った隙につられ、男子生徒が前に踏み出し、木刀を振るってくる。
三人いるのに、一人でかかってきてはダメだ。
それに、遅すぎる。
ふっ!
私は軽く竹刀をふるった。
竹刀が脇腹に当たり、悶倒する男子生徒。
それとほぼ同時だった。
ショートカットの子とポニーテールの子が前に踏み出してくる。
同時にかかってくるのはいい。数的有利は活かさなければいけない。
だけど、やっぱり遅い。
バン!
ショートカットの子の木刀を、竹刀の斬り上げで飛ばす。
武道場を飛んでいく彼女の木刀。
そして返す刀で、ポニーテールの子を右袈裟で斬り下ろす。
ビィィィン!
私の竹刀が止められる音が響く。
ポニーテールの子、確か小春と言ったか。どうやら他の生徒よりも、実力が頭一つ飛び出ているようだ。
彼女の木刀に当たり、少しだけ弾かれる私の竹刀。
彼女はそれをチャンスと見たのだろう。
容赦なく、木刀をひねり、私の左脇腹へと一撃を放ってくる。
ブオン!
風を切る音がする。
「……甘いです。」
私は一言そう言い、前に踏み出す。そして、左手を竹刀から離し、その手で彼女の右手首を取り、ひねり上げた。
「い、痛たたたた!彩葉さま!参りました!参りましたぁ!」
私はすぐに、ひねり上げた手を離す。
有馬さまのおかげで、私はレベル8になれた。今はもう……こんな普通の稽古では、さらなる強さは得られなさそうだ。
これからの修練のことを思い、「はあ……」とため息をついていると、小春の情けない声が聞こえてきた。
「い、彩葉さま、強すぎですよぉ……」
唇を尖らせ、不満そうな様子の小春。
小春はくりっとした目の、明るくはつらつとした女の子だ。ほのかに青みがかった髪をポニーテールにしている。
彼女は一年生なので後輩である。だが一年生のはずなのに、私より身長が10cm近く高い。出るところも出て、引っ込むところも引っ込んでいる。
おかしい。年下なのに、うらやましい。
私はそんな彼女に声をかける。
「…………小春、強くなってますよ。初撃を防がれるとは思いませんでした。」
素直に、思ったことを伝える。
「え?え?そうですか?えへへへ……彩葉さまにそんなこと言われたら、て、照れますね!」
はにかむように笑う小春。
思わず笑顔の彼女を見つめてしまう。彼女の笑顔にあの方の面影を感じてしまった。いったい、なぜ?
その理由を知ろうと、小春をじっと観察する。何かあの方につながるものが、あるのかも知れない。
「……な、何ですか?彩葉さま?」
戸惑った様子の小春。
そして、私は見つけてしまった。
彼女の胴着に『有馬』という名前が刺繍されているのを。




