虹色とニンペ世界一バレ
久遠寺邸から逃亡した翌日の朝のこと。
俺は玄関のドアが閉じないように手で支えていた。
もう完全に夏だ。外ではミーンミーンとセミが鳴き、青空には入道雲が浮いている。
なんで玄関先につっ立って、ドアを開けっ放しにしているのかって?理由は単純だ。今、配達の人が大きな荷物を運んでくれているのだ。
とうとうゲーミングマシンが到着したのだ。80万円もしたゲーミングマシンが。
ゆっくりと運び込まれていく段ボールは、静かに室内の床へと下ろされた。
配達の人たちが汗を拭う。
「お仕事、お疲れさまです!こちら、つまらないものですが!」
そう言ってペットボトルの麦茶を彼らに渡す。
「あ、ありがとうございます?」
こんな木造アパートの住人から得られると思わなかったであろう高待遇に、配送の人たちは戸惑っているようだった。
おそるおそるペットボトルのお茶を受け取り、ペコリと頭を下げて出ていった。
ガチャリ。
ドアが閉まる。シーンと部屋が静まり返る。
今、俺の足元には……
ゲーミングマシンとゲーム用のディスプレイが入った段ボールが置かれていた。
来た、来た来た。とうとう俺の80万円ゲーミングPCが来た。
『誠二郎。やりましたね!早速セットアップを始めてしまいましょう!』
「おう!」
オラ、ワクワクしてきたぞ。
※※※
段ボールに貼られているテープを剥がす。
中に、黒いゲーミングPCの筐体がちらりと見える。発泡スチロールで丁寧に、丁寧に梱包されていた。
俺は梱包ごと、それをゆっくりと引き出す。
セットアップは、慎重に慎重を重ねて行った。なんせこのゲーミングPCは80万円もするのだ。
俺はこんな高額なものを所持したことがない。初めてのことだ。
貴重でもなんでもない、おっさんの初体験だ。
…………。
ふぅ……。これでいいのかな?
大きなゲーミングPCとディスプレイで、部屋の雰囲気が一変した。
二つとも、黒光りしていてかなり大きく、部屋の中で異彩を放っている。俺が慣れてないだけかもしれないけど。
貧乏学生の部屋から、ゲーマーの部屋へと変貌したといえるだろう。
『誠二郎、問題ありません。これで動作するはずです!』
「お、おう。」
俺は恐る恐る起動ボタンを押す。
フィーン……。
静かなファンの音が、部屋に響く。
そして、BIOSが立ち上がり、OSが起動した。設定項目を確認する。
大丈夫。しっかりとGPUも認識されている。
すぐにネットワークの設定を行った。続けてゲームの統合プラットフォームをインストールし……ニンペの本体もインストールした。
…………。
今、俺の目の前では、まるで別のゲームのように精緻に表示されたニンペがディスプレイに映し出されていた。
こ、こんなに違うものなのか……。
高解像度で表示されたゲーム世界。キャラやオブジェクトもヌルヌルと動いている。
感嘆が口をついて出る。
「すごいな……。」
『今までのゲーミングノートは、こんな設定にしたら、カクカクでまったくゲームにならなかったでしょうからね!誠二郎、これは購入して正解ですよ!』
「そうだな!」
『さあ!早くニンペをやりましょう!』
「おう!」
※※※
<Ninpex ランク2 アイリス視点>
『アイリス!Sageはどこだ!?』
「見失った!……いや、いた。発見しました。手前高に入られてますわ!」
だが、Sageは1対1では、そこまで強くはない。私は落ち着いて、Sageと向かい合う。
Sageが影潜伏を繰り返しながら、突進してくる。
!!!
昨日までなら、この状況ならSageは後ろに下がっていたはず。なぜだ?なぜ向かってくる?
だけど。
私はSageの動きに対応すべく、右に左に影潜伏を繰り返し移動する。
時々、シュリケンでの牽制も忘れない。
よし。
Sageのニンジャは目の前だ。ここなら。
Sageの真横で影から飛び出し、Sageへと斬りかかる。
取った。
っ!!
私の一撃は、Sageにギリギリでかわされ……そして横薙ぎにキャラの背中を斬りつけられる。
速い。なぜだ?
私のライフはあとわずか。再度Sageの位置を確認しようと、そちらへ目を向けたとき、飛んでくるシュリケンがあった。
ま、負けた……?対面でも負けた……?
そして、リスポーンを待っている間に、その試合の勝敗は決した。
私たちの敗北で。
…………。
『アイリス。お前が対面で負けるなんて、久しぶりに見たぞ。』
「ええ……。ですが……Sage……あの方、強くなってますわ。」
チームメイトが驚いた声を出す。
『はあ!?マジでか!あんな化け物がさらに強くなったってのか!?』
「おそらくは……。以前より1フレームほど反応が速くなっています。」
『1フレーム……。俺にはよく分からん領域だが、ランク2のお前にはその違いが分かるんだろうな。』
「はい、明確に。でも、本当に面白いですわ!追いついたと思ったら、また引き離される……!こんな感覚、久しぶりですわ!」
アイリスの目はキラキラとしていた。
これでこそゲーム。勝ったり負けたりするからゲームだ。対戦後、どうして勝ったか、どうして負けたかを考える。そして、さらに自分を成長させていく。それが……それが面白いのだ。
アイリスは興奮に顔を赤らめる。
「どうやら、私はランク1に長く座りすぎたようですわね!これからは、挑戦者としてSageに胸をお借りしますわ!」
久しぶりに感じるワクワク感に、鼓動が速くなる。
そんなアイリスの様子とは逆に、チームメンバーは肩を落としていた。
Sageが強くなったということは、彼らのランクがまた下がるということなのだ。
一人が悪態をつく。
『くっ!さすが最強プレイヤーのアイリス様だな!見えること、感じていることが俺たちと違いすぎやがる!負けて喜ぶなんて、訳わからん!きっとSageもお前と似たやつなんだろうな!』
「あら?それは私にとって、最高の褒め言葉ですわ。それに私は最強プレイヤーではありません。今はSageが、最強プレイヤーでしょうね。でもご安心を。必ず追いついてみせますわ。」
『く!天才どもめ……!』
彼はチームメイトのアイリスの言葉に頼もしさを感じつつも、悪態をつかざるを得なかった。
自らとの格の違いを感じてしまって。
※※※
ふぅ……対戦の感覚も全然違うな。特に、対面が難しい。高解像度化で、遠距離にいる相手の位置がはっきりと見えるのは嬉しいけど。
『でも、先ほどアイリスさんとの対面に勝ったじゃありませんか!お見事です!』
「ああ、あいつくらいの強さの相手なら、全力を出してもこっちに反応してくれるからな。むしろやりやすい。どちらかというと、対面が得意ではない相手とやりづらくなった気がする。」
『なるほど……少し環境に慣れが必要そうですね!まあ、私のマブダチの誠二郎ならすぐですよ!』
そんな会話をテマリと交わしていたときのことだった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
ちょうど試合の合間で小休憩を取っていたので、インターホンの呼び出しに応じる。
訪ねてきたのは雨宮だった。
「有馬、ボクが来たぞ!さあ、有馬のニンペのプレイを見せてくれたまえ。その新しいゲーミングマシンで!」
さすが、ティッシュ並みに薄い壁の青葉荘。今日のテマリとの会話も俺の独り言と認識され、出歯亀レベル6の雨宮にはすべてが筒抜けのようだ。
仕方ないか。約束だもんな。
「分かった、今ドア開けるよ。」
ガチャリと鍵を開けると、勢いよく雨宮が入ってきた。
「ふむ……ここが有馬の部屋か。いい部屋ではないか。あまり物がないのが好ましい!」
そして俺の許可もなく、ドカドカと部屋の中に入ってくる。
どうやら図々しさもレベル6のようだ。
「ほう、これが新しく買ったゲーミングマシンだな。いい感じじゃ……な……」
そこで雨宮が言葉を止める。
なんだ?と疑問に思い、彼女の視線の先を追ってみる。
画面はニンペの試合後に表示されるリザルト画面だった。そしてそこには……はっきりとランク1と表示されていた。
雨宮が信じられないようなものを見る目で、こっちを向く。
「ら、ランク1だと?……あ、有馬?キミはニンペで世界一のプレイヤーなのか?」
俺は自分の迂闊さに何も答えられなかった。
「キミは……あの1億人以上がプレイするゲームで……その頂点に君臨しているのかい?」




