虹色とクウデリにカチコミ
ガチャリ。
ドアを開き、外に出る。
すると、そこには輝く笑顔の雨宮がいた。
野暮ったい眼鏡。ぼさっとしたゆるいウェーブの黒髪。青いパーカーにスウェット。
病院に来たときと同じような、コンビニ買い物スタイルだ。
こんな格好でも、雨宮はスラッとしていて、その整った顔立ちも相まって、とても魅力的に見える。高レベルはこれだから……。
ちなみに俺は、Tシャツにジーンズという私服スタイル。少なくとも雨宮よりかはまともな服装だ。
だが、レベルゼロだから、その見た目はまさにおっさんである。不公平、不公平だぞ。
雨宮は俺に笑いかける。
「おはよう!有馬!」
「雨宮……なんでいるんだ?」
「決まってるじゃないか!カチコミについていくのさ!有馬をクビにした会社に!」
「な、なんで知ってる?」
「有馬、このアパートの壁は薄いんだ。君の奇声もあれやこれやも、みんなボクには聞こえている。レベル6の耳の良さを舐めないでくれたまえ。」
こんなところにも、嫌なレベル補正が。
「さあ行こう、今すぐ行こう。ボクが聞いたところによると、君の作ったAIのテマリの代わりに新しいAIを導入して、クウデリは大変なことになっているのだろう?」
そんなことまで知ってるのか。
プライバシーだだ漏れじゃないか。
なんてこった……出歯亀なレベル6……なんて恐ろしいんだ。
「こんな、『技術ざまぁ』を見逃せるはずがない!さあ、連れていきたまえ!もちろん報酬は払うぞ。お金か?私の体か?好きなものを選びたまえ!」
か、体?実に興味深い高度で魅力的な提案ではあるが、女性恐怖症の俺には受けられない。じ、じゃあ、お金……お金なら……?
そんなことを考える俺に、ぷかぷかと浮いているテマリが身を乗り出してくる。
テマリは身を乗り出した勢いを失い、ふわりと高度を下げる。
『誠二郎、私、誠二郎にデイリーミッションでお金儲けしてほしいです……!そっちのほうが楽しそうですし……!』
て、テマリにそんなこと言われたら、マブダチとして無視できない。
ちなみに今日のテマリはマゼンダのTシャツだ。白い文字で『誠二郎と楽しみたい♥』と書いてある。
なんて、あざとい。あざとすぎるだろ。
ため息をつく。仕方ない。
「じゃあ、とりあえずは貸しということでいいか?」
「よろしい!」
雨宮は即答だった。
そうだ。雨宮には、また無一文になったときのセーフティネットにでもなってもらおう。
いざという時は、雨宮に食べさせてもらって、その間にデイリーミッションで生活を立て直せばいい。
ヒモなんじゃないかって……?
そのとおりである。でも、就職活動だけは嫌なんだよ。
おっさんレベルゼロの就職活動舐めるなよ。地獄だぞ。
※※※
そして今、俺は株式会社クウデリのエントランスホールにいた。
そこには、圧川部長が待ち構えていた。後輩だった後藤さんも、その後ろで小さくなっている。
俺はその横を通り抜け、受付に行く。
「ご存知だと思いますが、俺、有馬誠二郎と言います。社長とお話ししたいのですが、繋いでもらえないでしょうか?」
圧川の存在を無視する俺に、彼はこめかみに血管を浮かべる。
「有馬ぁ!社長はいいから、早くテマリを元に戻せ!業務命令だぞ!」
何を言ってるんだろうか。
「俺はここの社員じゃないですし、業務命令に従う義務なんてないですよ。」
「な、なんだと!……お、おい、その人は誰だ?」
圧川部長が、俺の後ろで静かにしていた雨宮を見る。
「ボクか?ボクは雨宮栞。小説家をやっている。今は、有馬の取材をしている。」
「しゅ、取材ですか……?あ、あのですね?ここは、関係者以外立ち入り禁止なんですよ。お引き取り願えませんでしょうか?」
どうやら雨宮のレベル6的なオーラにあてられているようだ。
圧川部長の態度が低姿勢になっている。
俺が口を挟む。
「それなら俺も、もうクウデリの関係者じゃないじゃないですか。帰らせてもらいます。」
「ま、待て!待ってくれ!」
「じゃあ、彼女も同席していいってことで。」
圧川は俺の言葉に、声も出ないようだった。
「はあ、もういいですよね。次、俺の邪魔をしたら、すぐに帰りますから。」
受付嬢の元へと歩いていき、言った。
「社長と繋げてください。有馬から緊急の用件があると。」
※※※
株式会社クウデリ、社長室。
「すまなかった、有馬くん。創業すぐの頃から力を貸してくれた君に……不義を働いてしまった。」
言葉だけなら何とでも言える。
こんな謝罪に価値はない。
ああ、面倒くさい。もういいから帰ってニンペしたいな。
後ろを見ると、雨宮はニコニコの笑顔をこちらに向けて高速スマホ入力中だった。
こいつは、本当にいつも元気だなあ。壁ドン女のくせに。
俺は「はーっ」と息を吐く。
さて、どう収めよう。このままテマリにここの世話をさせるのも違うし、俺がこの会社に戻ってくるというのも違う。
そんな風に悩んでいると、テマリが声をかけてきた。
ニコニコの笑顔だった。
『誠二郎、私の言うことをそのまま彼らに伝えてください!このままこの会社を金づるにしましょう!なんか飽きてきましたし!』
なあ、もううんざりだよな。ニンペしたい。
俺はテマリの言葉をそのまま伝える。何も考えずに。
「テマリを戻してほしいのですか?」
「ああ、有馬くんにも戻ってきてほしい。圧川の代わりに君を部長に据える。給料も五倍くらいになるだろう。」
「なっ!」
圧川は真っ青だ。
雨宮は、ニコニコだ。
五倍か……お金は欲しいけど、なんだろう、もうこの会社にいること自体がワクワクしないんだよな。
俺はテマリの言うとおり、言葉を口に出す。
「お断りします。俺はこの会社が心底嫌いになりました。その代わりと言ってはなんですが……俺が作った会社と契約して、テマリの能力を貸与するというのはどうでしょう?」
「会社……?有馬くんは起業したのか?」
「はい。」
俺って起業してたの?知らなかった。
「システム使用料は、ひと月一千万円ってところにしておきましょう。」
「一千万円!そんなの……」
圧川が口を挟んでくる。
だが、社長は違った。
「分かった、契約しよう。正直厳しいが……法外な金額ではない。倒産するよりはマシだ。」
社長の悲痛な言葉は続く。
「今じゃ、受注も発注も顧客管理も配送管理も止まってしまっているしな。このままじゃ終わりだよクウデリは。」
ほぼ、すべての業務が止まってるじゃないか。
いったい圧川部長は、どんなヤバいAIをつなげたんだ?
それにしても……月一千万円だと。マジか。俺、金持ちじゃん。
「では、契約自体は、また後日ということで。とりあえず、システムを復旧させましょう。」
「頼む、有馬くん。恩に着る。」
テマリと雨宮は、ニコニコだった。
どうやら、満足のいく『技術ざまぁ』が見られてご満悦のようだった。
※※※
その後、すぐにサーバールームへと向かう。
サーバールームへは、後藤さんが付き添ってくれ、ロックを開いてくれた。
「後藤さん、大変だったね。ごめんね、メッセージ見るのが遅れちゃって。」
「で、でも有馬先輩は助けてくれました。先輩のおかげで、クウデリはなんとか持ちそうです。」
「ははは、それは良かったよ。俺が会社をクビになるとき、悲しんでくれたのは君だけだったし。正直、後藤さんがいなければ、俺、この会社を助けてなかったかも。」
その言葉に、後藤さんが顔をぼっと赤くする。
「い、いえ……その……嬉しいです。」
そして、モジモジとし始める。
『今ので、この子、誠二郎に落ちましたね!誠二郎のジゴロ!天然タラシ!流石、私のマブダチですね!』
「なるほど、なるほど。こうやって有馬は女の子を落とすのか……実に勉強になる。いいぞ、もっとやりたまえ!」
この二人、本当になんとかならないかな。
レベルゼロの俺を、好きになってくれる子なんているわけないじゃないか。
妄想も大概にしてほしい。
※※※
サーバールーム。
ここに、雨宮はいない。
「入らせたまえ!入らせたまえ!」とごねていたが、さすがにここはダメだろう。丁重にお断りした。
サーバールームの中は真っ赤なランプが灯り、ビー、ビーというけたたましいアラート音が鳴り響いていた。
そんなにぎやかなサーバールームに、ぷかぷかと浮いているテマリ。
『誠二郎、持ってきたノートパソコンを取り出して、適当にその辺の端末に接続してください。あとは私がやりますから!』
俺は言われたとおりに、ニンペ用のゲーミングノートPCをサーバーに繋げる。
『じゃあ、すぐに終わらせますからね。誠二郎は「カタカタカタ、ターン!」と作業するフリでもしててください。』
言われたとおりに、カタカタとキーボードを打つ俺。
今、ノートパソコンのスクリーンに表示されているのは、黒背景に緑の文字列だけだ。その文字列が勢いよく上へと流れていく。
さぞかしデキるやつに見えているだろう。
カタカタカタ、ターン!
そんな作業をするフリをする俺を、後藤さんはぽーっと見ている。
振り返ると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして目をそらす。
なんだろう?監視されてるのか、さすがに今、こんなところで変なことしないぞ?
テマリが、やれやれと首を振る。
『根深いですね!でも、誠二郎はそのままでもいいと思います!マブダチの私がいますからね!私とずーっと楽しく遊びましょう!』
うんうん。まったくもって同感だ。
俺は今、とにかく早く帰ってテマリとニンペで遊びたい。
明日には八十万円のゲーミングPCが届く。今日はおそらく、このゲーミングノートを使った最後のニンペだ。
家に帰ったら、こいつをみっちりと使い倒してやりたい。
カタカタカタ、ターン!
その、五分くらい後だろうか。
すべてのアラート音が消え、サーバールームが静かになったのは。
※※※
テマリが作業を終え、サーバールームを出ようとしたときだった。
「あ、有馬先輩、また連絡していいですか……?」
少し震える声で、後藤さんが尋ねてきた。
「もちろん。また困ったら、なんでも連絡してね。」
俺の返答に、後藤さんは消えるような声で「はい……」と答える。
相変わらず、彼女の顔は赤い。ま、まさか俺のことが好きになった……とか……?
いや、ありえんな。俺みたいなレベルゼロのおっさんを、こんな可愛い子が好きになるわけがない。俺は身の程をわきまえる男なのだ。
サーバールームを出てすぐの廊下では、雨宮が膝を抱えて座っていた。
そして拗ねたようにぼやく。
「あーあ、残念だ。実に残念だ。サーバーの復旧とか、オフィスラブとかさ。ボクも見たかった!」
雨宮は、相変わらずだった。
※※※
社長にひとこと挨拶し、フロアを抜けエレベーターホールへと向かう。
フロアはざわざわしていた。
「レベルゼロが……」「調子に乗りやがって……」
なんて声が、あちらこちらから聞こえてくるが、誰も直接は言ってこない。
雨宮が大きな声を出す。
「しっかし、有馬。よくこんな会社に長くつとめたな?レベルゼロのお前には、辛かったろうに。」
「まあな。でも、全員が嫌なやつって訳じゃなかったよ。」
今一緒にいる後藤さんとか。
そして、雨宮は珍しく、苛立ちをにじませた声を出した。
「人を貶めるヒマがあったら自分を高める努力をすればいいと思うのだが。」
雨宮は、さらに声量を上げた。
「『レベル6』のボクには、サッパリ理解できんな。」
レベル6の部分を強調していう雨宮に、フロアのざわめきがシーンと静まり返る。
俺に対する誹謗中傷に、腹を立ててくれたのかもしれない。
ありがたいな……。
「さあさあ、有馬。そんなシケた顔をするのはやめたまえ!有馬には、まだまだ取材しないといけないことがあるしな!」
そう言って、ベシベシと俺の背中を叩く雨宮。
あ、叩かれるのは、女性恐怖症でないんだな。
そんな新しい発見に感動しつつ、俺は軽く後藤さんに挨拶する。
そして、彼女の視線を背中に感じながら、株式会社クウデリを後にしたのだった。
※※※
ここからは余談だ。
雨宮は用事があるとのことで、クウデリを出てすぐに別れた。
さあ、俺は家に帰って、テマリとニンペをプレイするのだ。
足早に、地下鉄に乗るための階段を降りていたときだった。
テマリが不意に短く声を響かせた。
『誠二郎!!左後方5度。前蹴りです!』
テマリの警告に反射的に体を左にずらす。
俺が避けるのは想定していなかったのだろう。男は蹴りぬいた勢いのまま、もんどり打って階段を転がっていった。
そして、一番下まで落ちていき、階段下のコンクリートに倒れ伏す。
手や足が、あり得ない方向を向いている。死んでないよな?
落ちていった男に近寄る。
「この……レベルゼロ……があ……」
男は圧川部長だった。とりあえず死んではない。よかった。
それにしても……そこまで俺が憎いのか。……いや違うな。レベルゼロに敗北したって事実が圧川部長には受け入れられないのだろう。
彼にとっては低レベル持ちは、バカにしていい相手、踏みつけていい相手なのだ。
これもレベル至上主義社会の弊害か。そんな意味では、彼も被害者なのかもしれない。もちろん本人の資質ってのも充分にあるのだろうが。
テマリも、そんな俺のモヤモヤを感じ取ったのだろう。声をかけてくる。
『やはりクミヒモシステムはダメダメですね!低レベル者を見下さない。そんな機能も実装するべきでした!』
俺はゆっくりと近づき、ボロボロの彼の前で腰を落とし、声をかける。
「圧川部長、大丈夫ですか?救急車、呼びますか?」
救急車を呼ぶか尋ねても、目に涙をため、真っ赤になってプルプルと震えている圧川部長は、何も答えなかった。
『うわー、痛そうですね!痛そうですね!誠二郎も階段を降りる時は注意しましょうね!』
コンクリートに倒れ伏し、満身創痍の圧川部長を見たテマリの感想はそれだけだった。




