虹色と世話焼き姪っ子
友真とウナが連絡先を交換し、俺が9万円をゲットした翌日の朝。
俺は姪っ子である小春と通話していた。
『おじさん!全然連絡がつかなくて、私、心配したんだからね!』
「すまん……!最近スマホ見てなくてさ。色々やることあって忙しかったんだよ。」
『会社クビになったからって、自暴自棄になっちゃダメだよ!』
小春の声には心配がにじんでいた。
「分かってる、分かってるから。」
その母親のような発言に、ため息が漏れる。
赤ちゃんの頃は可愛かったなあ。ミルクも飲ませたことがあるし、オムツも替えたことがある。
ハイハイするのを見て喜んで、よろよろと立ち上がるのを見て喜んだ。おじちゃんと呼ばれた時は、天にも昇る思いだった。
子供が不幸になるのを許せない俺は、あの時にできたのかもしれない。
それにしても……いい歳したおっさんが、過去に世話した十六歳の子に生活の心配をされるなんて……情けない。
「ま、まあ、俺は大丈夫だから。貯金あるしね(嘘)。お金については不自由してないから(嘘)。」
『……本当?』
小春は、まだ心配そうだ。
「ああ、本当だ。それより、いつも俺のサーバールームを守ってくれてありがとな。たとえ約束したとはいえ、あいつら何してくるか分からないし。」
『それは大丈夫。』
「そうなの?いつも思うんだけど、どうやって有馬家の人に約束を守らせてるんだ?」
『簡単だよ。約束を守らなきゃ、おじさんが「あの有馬家の有馬誠二郎です!全裸でごめんなさい!」って叫びながら青葉中央公園を激走するって言ってたって伝えただけだから。』
「……は?」
『家の人たちは、面子ばっかり気にしてるからね。おじさんが全裸で奇声発して、公園を走り回ったら、有馬家の面子丸つぶれでしょ?』
「まあ……確かに。」
『だから、いつも手を変え品を変え、おじさんがこんなこと言ってた、こんなことされたら有馬家の面目丸つぶれだよぉっ!って感じで脅してるんだ。私、頭いいでしょ!』
「……ああ。頭いいな。」
なんだろう、喜べない。
あの連中、俺が本当にそんなことをすると思ってるのか?
いや、俺ならやりかねんと思ってるから小春の話を聞くのだろう。なんせ、今の俺は連中から見たら『無敵の人』だし。
くそう。いつかギャフンと言わせてやる。
『そうそう!この前、おじさんからのお願いのやつ。新世代の事象記述式AI用のサーバーも設置されたみたいだから。クビになったのが効いたのかもね!失うものが何もない人って強いよね!』
平気で俺の繊細な心を、言葉でグサグサと刺してくる、小春。
「そ、そうだな。ありがとな、小春。今度何かで借りを返すよ。金銭以外で。」
『クビになったおじさんにお金なんて期待してないから、安心して!』
クビクビ言わないで欲しい。心が痛い。
「じゃあ、またな。これからもよろしく頼む。」
俺がそう言って通話を切ろうとした時だった。
『待って!私、おじさんに聞きたいことがあるんだけど!』
「聞きたいこと?何も失うものがない俺に、小春が?」
すっとぼける。
『おじさん、彩葉さまとどんな関係なの!?』
ダメだった。
「い、彩葉とはちょっと色々あってな。知り合いになったんだよ。」
『彩葉!おじさん、彩葉さまを名前で呼び捨てにしてるの!?なんで!そんなことできる人、聖藍にもそんなにいないよ!なんで!?』
えっと、えっと……。
「そう呼んでくれって言われたから?」
『なんで!まさかおじさん、彩葉さまに手を出してないでしょうね……?彩葉さまの「有馬さま」と呼ぶあの顔、なんか恋する乙女みたいだったよ!まさか彩葉さま……ブサ専?』
ブサ専とかいうな。
「いやいや、恋とか、そんなわけないだろ!ちょっと色々あってな。俺が彩葉の命の恩人みたいになっちゃってるんだ。そのことを感謝してるだけだと思うぞ。」
『そうかなあ……?』
小春は疑わしげな様子だ。
俺は気になったことを聞いてみる。
「そ、そういえば、小春が俺の姪っ子だって彩葉は知ってるのか?」
『知らないみたい。私、基本的に小春ってみんなに呼ばれてるからね。私の苗字が有馬ってことは、先輩の彩葉さまにはバレてないよ。』
「そ、そうか。ちょっと安心した。」
それから、小春の機嫌をうかがうように、頼み込む。
「な、なあ、小春。そこ、秘密にしといてくれないか?」
『え、ええ?なんで?私、明日にでも自らカミングアウトしに行こうとしてたんだけど!彩葉さまの命の恩人の親類だなんて、誇らしいじゃん!』
「そこをなんとか!頼む!なんか面倒事が起きそうな気がして仕方ないんだよ。」
俺は両手を合わせ、ハンズフリー通話中の小春に向けて頭を下げる。土下座お願いポーズである。
音声通話で、小春からは見えるわけないのにだ。
幸い、小春は俺の言うことを受け入れてくれた。
『……そうなんだ。まあいいや。でも、彩葉さまが自分で気づく可能性もあるからね?それは私のせいじゃないよ?』
「それでいい、それでいいから。ああ、小春はなんておじさん想いの姪っ子なんだ。俺は誇らしいぞ!」
俺の言葉に、小春は、はあ……とため息をつく。
『おじさんは、いつも都合のいいことばかりだね。じゃあ切るね。おじさん、体には気をつけて!』
プツ!
呆れた声を出した小春は俺の返事を待たず、通話を切った。
……最後、ちょっと声、冷たくなかったか?
ヤバイ。そろそろ小春にも見放されそうだ。なんとか……なんとかしなければ。
焦る俺に、ぷかぷか浮いているテマリも口を開く。
『小春さんのおかげで私のサーバー群が維持されているようなものですからねえ……なんとか彼女に報いなければいけませんね!』
まったく、テマリの言う通りだ。どうすれば小春が喜ぶことができるんだろう。
ちなみに、今日のテマリのロングTシャツには「ダメ人間」と書かれていた。
その通りだよ。
※※※
さて、次はクウデリの後輩、後藤さんだ。彼女からのRINEも長い間無視してしまった。
後藤さんとのトークを開くと、「有馬さん、助けて!」とか「連絡して!」などのメッセージが並んでいた。
俺は彼女に、何かあったら連絡してと言った。だから……きっと何かあったのだろう。まずいな。結構、放置しちゃったぞ。
後藤さんにコールする。
プルルル……プルルル……プツ!
「あ、俺、有馬だけど。後藤さん、どうし……」
『あ、有馬さぁぁぁん!助けて!助けてくださいよぉ!このままだとクウデリが、クウデリが潰れてしまいます!』
後藤さんの声は悲痛だった。
クウデリが潰れる……?俺をクビにした圧川がいる会社だとはいえ、あの会社はテマリと一緒に頑張って成長させた会社だ。
さすがに潰れるとなると……なんか悲しい気持ちになってくる。
通話の向こうから、圧川部長の声が聞こえる。
『何!有馬だと!後藤!代われ!俺に代われ!』
『ひゃあ!』という後藤さんの声の直後、圧川の怒声がスマホの向こうから聞こえてくる。
後藤さんのスマホを奪い取ったのだろう。
『おい、有馬!テマリを戻せ!』
何言ってるんだ?
俺は忘れていないぞ。圧川部長はテマリのことをロートル呼ばわりしたことを。俺はねちっこいのだ。
「どういうことですか?圧川部長、言いませんでしたっけ?テマリはロートルAIで役立たずだって。」
『そ、それは……だな。まあ、色々あるんだよ!』
「どうせ、最新のAIとやらが使い物にならなかったんでしょう?まあ、俺のテマリは最強ですから。そんじょそこらのAIなんかには負けませんよ。」
俺の自慢に、ぷかぷかと浮いているテマリも、嬉しそうに賛同してくる。
『そうです!私は最強なのです!そして誠二郎も最高なのです!』
もちろん、圧川にはテマリの声は聞こえないが。
圧川部長は高圧的に俺へと命令してくる。
『おい!有馬!今から会社に来てテマリを戻せ!』
はあ?
「いえ、お断りします。」
『な、なんだと!レベルゼロのくせに、生意気な!』
「そのレベルゼロの力がなきゃ何もできない圧川部長が、何言ってるんですか。情けないと思わないんですか?」
息を呑む声が通話越しに聞こえる。
「それに……俺はもうクウデリの社員じゃないですからね。そんなことをする義務も義理もありませんし。俺にメリットないじゃないですか。」
圧川部長の絞り出すような怒りの声が聞こえてくる。
『貴様……クウデリが潰れてもいいと言うのか?』
「それは……圧川部長、あなたの責任では?」
俺の言葉に圧川部長が少し黙り込んだ。
絞り出すような、脅すような口調に変わる。
『おい……テマリをうちの基幹システムに勝手につなげたって……裁判するぞ。』
……裁判は困るな。俺、お金ないし。
『誠二郎、問題ありません!過去の社長さんとのやり取り、昔の私が聞いていたものを引っ張り出せました。裁判しても向こうに勝ち目はありませんよ!』
「さすがテマリ!じゃあ、あいつに聞かせてやってくれ。」
向こうに聞こえないように、小さな声でテマリに言った。
それからすぐにスマホで再生される、俺と社長の声。社長が基幹システムへのテマリの接続を頼み込んでいる会話の録音だった。
『き、貴様……盗聴だぞ、これは……。』
圧川部長の声はプルプルと震えている。
『テマリが聞いていただけですよ。それに、こんなの自己防衛のための秘密録音です。何怒ってるんです?第一、圧川部長は当事者ですらないじゃないですか。意味が分かりませんね。』
『有馬……貴様!貴様ぁぁぁ!このレベルゼロがぁ!』
「もううんざりなんですよ。みんな、レベルゼロ、レベルゼロって。もう切っていいですか?俺も忙しいんですよ。」
ニンペやりたいし。
『ま、待て!は、話し合おう。分かった、お前のクビを取りやめる。給料も元通りだ。テマリも元に戻す。これでどうだ?全部元通りだ。』
「俺がレベルゼロって蔑まれるのも元通りですか?」
圧川部長の息を飲む音が、また聞こえてくる。
『……わかった……謝る、謝るから!』
「いえ、結構です。圧川部長の謝罪とかいらないですし。」
『ぐぅ……!有馬ぁ……!』
相手をするのが面倒くさくなってきたぞ。
「圧川部長、俺、もうあなたとは喋りたくありません。今からそちらに伺い、社長と話をさせてもらいます。あと、後藤さんに八つ当たりしたら許しませんからね。絶対に。」
『有馬っ!ま、待て!!』
そんな圧川部長の言葉を無視し、通話を終了させる。
さて……どうしようかな。
それにしても……なんか俺、度胸ついてきてない?
害獣と命がけのやり取りをしたり、女性恐怖症を克服しようとしたからかな?
圧川部長なんて害獣に比べたら、チワワみたいなものだしな。いや、チワワに失礼かもしれない。ギャーギャーうるさいだけのセミとか?まて、彼らは数年も地中で頑張って成長して、地上にでてきてるんだ。いいところばかりかすめとっていく圧川部長とは違う。
そんな下らないことを考えながら、ふとテマリの方を見る。
なんでだろう?テマリは顔を少しだけ赤らめてぷるぷると震えている。ふんすふんす!と鼻息も荒い。どうやら何か興奮されているようだ。
『来ました……とうとう来ました……来てしまいました!さあ、誠二郎!お楽しみの時間です!待ちに待った時間です!』
そして輝く笑顔で、拳を突き上げた。
――『「ざまぁ」のお時間ですよ!誠二郎、カチコミです!』
「か、カチコミ!?」
その物騒な言葉に、つい声が大きくなる。
このアパートの壁が、ティッシュレベルに薄いことを忘れて。




